推し活の価値観が合わなくなった友人へ。10年来の関係で気づいた“オタクの価値観”の話
推し活って、楽しいだけじゃない
毎日のちょっとした悩みや、推しに対するこだわり、友達との距離感…そういうものが少しずつ積み重なっていく。だからこそ、楽しい時間と同じくらい、考えさせられることも多い。
私にはずっと一緒にオタクをしてきた10年来の友達がいる。
最初に出会ったのは、今とは違う界隈。
あの頃は、推しが同じでいっしょに推しの良さを分かち合ってきた。
そこからお互いに別ジャンルへ移ったけど、偶然また同じ作品を好きになって、再び一緒に推し活をするようになった。
推しへの気持ちやオタクとしての価値観が似てて
「やっぱりこの子と一緒に楽しむ時間は特別だな」と改めて思った。
住んでいる場所は少し離れているけれど、月に1回くらいは会ってライブに行ったり、カフェでグッズを並べて写真を撮ったり。
ライブ後に「あの場面、最高だったよね!」って話しながら帰る道すがら、ちょっと寄り道して居酒屋で延々と推しトークを続ける時間も、私にとっては楽しくて大切な日常だった。
だけど、最近ふと感じることがある。
——あれ? 前と少し、価値観が違ってきたかもしれない。
グッズの集め方やイベントの楽しみ方、SNSでの発信の仕方…以前なら何も思わなかったことに、最近は違和感を覚えることが増えた気がした。
このnoteは、人生のほとんどをオタクとして過ごしてきた
20代オタク女子の私がこれまでの経験を通じて積み上げてきた
オタクや推し活の考え方をまとめておきたいなと思って作ったものです✒️
今回のテーマは、長くオタクをしていると
誰しもいつかはきっとぶち当たることになるんじゃないかなっていう
価値観に関する話。
誰かにこの考えを強制したいわけではないので
「私はこう思ったよ」っていうエッセイみたいなものだと思って
読んでみてください📖✨
共感してくれる方が少しでもいたらうれしいです🎀
きっかけ:SNSで変わっていく“推し活の基準”
変化を感じたのは、友達に新しいSNSの友達ができた頃からだった。
その人たちと絡むうちに、友達の中で“推し活の基準”が変わっていったように思う。
その様子を見ているうちに、私は少しずつなんとなくモヤモヤした気持ちを抱えるようになった。
SNSから感じる周囲の目
「グッズは全部買わなきゃ」
「推しピックアップのガチャは出るまで回すのがオタク」
「完凸しないと推してるとは言えない」
「推しのイベントは全部走らないとオタクとは言えない」
これは、SNSでつながっているフォロワーさんの目が気になって悩んでいることを、友達がぽつりと話してくれたときに出てきた言葉だった。
「オタクとは…」「推し活とは…」そんな話題の度に、心のどこかで違和感を覚えていた。
私はどちらかというと、
「自分のペースで推し活したい」「無理なく続けたい」タイプ。
だから“周りの目を気にして頑張る推し活”は、少し違うように感じた。
もちろん、友達がその価値観で推し活していくのを否定するつもりはまったくない。
ただ、価値観の差をじわじわと感じてしまった瞬間だった。
私の思う「オタクの正解」ってなんだろう?
もちろん、コンテンツを応援するためにお金をかけることは大切。
私もグッズを買ったり、イベントに参加したりして、コンテンツを支えたい気持ちはある。
推しが楽しそうにしている姿を見たり、作品が盛り上がったりするのを感じると、自分も幸せな気持ちになれるし「応援してよかったな」って心から思う瞬間がある。
義務ではなく、愛情表現としての推し活
でも、最近ふと思う。
「周りからオタク失格だと思われないために頑張る」って、本当にそれが自分の楽しさにつながっているんだろうか、と。
推し活は、義務じゃなくて愛情表現のひとつ。
だから、“〇〇しなきゃ”というプレッシャーが強くなりすぎると、推すこと自体が重荷になってしまうんじゃないかなって私は思う。
推し活が義務感に変わってしまうと、楽しむはずの行動が、いつの間にか自分を苦しめるものになってしまう。
もし、推すことがどんどん苦しくなって
推すこと自体をやめてしまったら…
一番かわいそうなのは、もしかしたら推しなのかもしれない。
だって、推しは何も悪いことをしていないのに、オタク本人が推しを好きでいながらも、推し活のせいで大切なファンが一人、知らない間に減ってしまうことになりかねないから。
SNSがもたらす「推し活の同調圧力」
SNSでは、たくさんの人の“推し方”が目に入る。
完凸報告、購入したグッズの写真、イベント完走のスクショ……。
どれもオタクの姿として尊いものだけれど、
これらを見続けているうちに、無意識的に心の奥で焦りが生まれることがある。
比較や理想像による無意識の焦り
「自分もそうしなきゃいけないんじゃないか」
「そうしないとオタクって言えないんじゃないか」
ふと気づくと、そんな思いが頭をよぎってしまう瞬間がある。
SNSは楽しい場所でもあるけれど、同時に“比較”や“理想像”を無意識に押し付けてくることもあるんだな、と思う。
友達の言葉も、きっと悪気があるわけじゃない。
ただ、SNSの中で少しずつ作られる“これが普通”という空気に、私たちは知らず知らずのうちに影響されてしまう。
その流れに飲み込まれるように、無意識のうちに価値観が変わっていったのかもしれない。
それでも、私は“自分のペース”で推したい
私は、推しを長く愛し続けたい。
だからこそ、心の余裕も、お財布の余裕も、大切にしたいと思っている。
無理して全部追いかけるよりも、自分が心から楽しめる範囲で推す方が、結果的に長く応援できると思うから。
応援の形は、人それぞれでいい。
たくさんお金をかけたい人は、それがその人にとっての正解。
自分のペースでゆっくり楽しみたい人は、それがその人の正解。
誰かを応援することは、誰かに強いられることじゃないから。
「推し活の正解は一つじゃない」
——それを、これからも忘れずにいたい。
それが心穏やかに長くオタクを続けていく方法なのかなって思う。
距離ができても、きっとまた笑い合える
もしかしたら、今の私たちは少しだけ価値観がずれているのかもしれない。
でもそれは、長くオタクをしていれば誰にでも起こりうること。
価値観の違いは決して悪いことじゃないし、関係を壊すものでもない。
推し活の仕方が違っても、
「推しが好き」「コンテンツが好き」という気持ちは同じはず。
その軸さえあれば、きっとまた一緒に笑いながらライブに行ける。
そう信じて、今日も私は自分のペースで推しを愛していこう。
焦らず、比べず、無理せず。
そうすれば、いつかまた、友達とも自然に笑い合える日が来ると信じている。
読んでくれた方の中で、もし友達や自分の推し活のスタイルで悩んでいる方がいたら、自分のペースで大丈夫だよって伝えたい。
推し方に違いがあっても、好きな気持ちは変わらないから。
誰かに迷惑をかけたり、不快な思いをさせなければ
自分の価値観を大切にしていいと思う。
最後まで読んでくれてありがとうございます💌
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推し活やオタク友達との関わり方で悩んでいる方の
背中をそっと支える内容になってたらいいなと思います🤍
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