家を守るように育つ、ホワイトセージ
庭に、ホワイトセージの苗を植えました。
植えたばかりの頃は、まだ小さくて、少し頼りない姿でした。
ちゃんと育ってくれるだろうか。
そんなことを思いながら水をあげていたのですが、しばらくすると、驚くほどぐんぐんと大きくなっていきました。
葉を広げ、枝を伸ばし、気がつけば、庭の中でもひときわ力強い存在になっています。
その姿を見ていると、なんだか不思議な気持ちになります。
まるで、この家を守るためにここに来てくれたような。
そんなふうに感じるのです。
ホワイトセージは、古くから浄化に用いられてきた植物です。
日本でも「空間を清める」という考え方がありますが、植物の香りや煙には、目には見えないものを一度リセットしてくれるような感覚があります。
私は、乾燥させたホワイトセージの葉に火をつけて、その煙で空間を清めることがあります。
たとえば、仕事でどうしても関わりたくない人と接した日。
なぜか気持ちが落ち込んでしまった日。
人と会ったあとに、心がざわざわしているとき。
そんなときに、窓を少し開けて、ホワイトセージの煙を部屋にゆっくりと巡らせます。
煙がふわりと上へ昇っていくのを眺めていると、嫌だったことも、心に残っていた言葉も、少しずつ遠ざかっていくような気がします。
もちろん、植物の煙に科学的な意味で人や空間の「悪いもの」を取り除く力がある、と断言することはできません。
それでも、昔から人は植物や香り、火や煙を使って、心を切り替える時間をつくってきました。
もしかすると「浄化」というのは、何かを追い払うことだけではなく、自分の心を元の場所に戻すための小さな儀式なのかもしれません。
宝石をホワイトセージの煙にくぐらせることもあります。
長く身につけていたものを一度休ませるように、煙に通してあげる。
すると、宝石そのものが変わるわけではないのに、こちらの気持ちが少し変わります。
「また新しい気持ちで使おう」
そんなふうに思えるのです。
植物には、私たちが忘れてしまいがちなものを思い出させてくれる力があります。
季節が来れば芽を出し、光のほうへ伸び、必要以上に急ぐこともなく、ただ自分の場所で育っていく。
庭のホワイトセージを見ていると、その姿そのものが、ひとつの御守りのように思えてきます。
家の隅で、風に揺れながら葉を広げている姿。
それは、「大丈夫」と静かに言ってくれているようでもあります。
嫌なことがあった日も。
心が疲れた日も。
誰かの言葉に傷ついた日も。
家に帰って、窓を開ける。
植物に水をあげる。
香りを感じる。
そして、深く息を吐く。
それだけで、少しずつ自分の場所に戻ってこられる。
そんな時間を、私は大切にしたいと思っています。
庭で力強く育っているホワイトセージ。
これからも、この家の片隅で、まるで小さな守り神のように、静かに葉を広げていてほしいと思います。

