見出し画像

『静削の巡礼路』第二景|テスカトルテノチティトラン 滞在八日目



宿の主人が、壁の隙間へ何かを詰めている。
黒い繊維。乾燥草。粘土。
観察する。

「寒さ除けだ」

なるほど。
今まで私は、黒曜石と神殿の構造ばかりを見ていた。
だが、人間は神殿では寝ない。家で寝る。

正午頃

住宅地区を歩く。

石造住宅、低い窓、厚い壁、小さな火鉢。
外は寒い。しかし、中は暖かい。
この都市は、高地の冷気(寒さ)と戦うために設計されている。
共同広場。
壁補修をしている家族、屋根を修理する子供、乾燥草を束ねる老人。
誰も英雄ではない。ただ、日々の生活を維持するために暮らしている。

午後

宿の主人に呼び止められる。

「旅人。その背が高いなら、そこへ届くだろ」

要請、屋根の防寒補修。

余剰の動作を省き、数分で作業を終了させる。
報酬は、温かい豆茶。

しばらく、器から立ち昇る湯気を凝視する。
港湾都市サン・デ・ウルアでは、湿気が敵だった。だが、この高地圏では冷気が明確な敵になる。
環境が違えば、家の構造も違う。当然の帰結だ。

夕刻

高台から住宅街の全景を観察。
ここからは、市場は見えない。巨大な段状神殿も見えない。
だが、無数の煙突から立ち昇る生活の煙が見える。
それぞれ、別の家、別の家族、別の生活。



宿へ帰還。石壁へ背を預ける。
二日目の朝に感じた、冷気を蓄積する岩盤の特性。それが今は、火鉢の熱を内側へ閉じ込める逆の蓄熱体として機能している。
冷たいはずの壁。だが、少し暖かい。
私は静かに目を閉じる。
火、水、食、衣、そして住。

ようやく、このテスカトルテノチティトランという街の暮らしが、一つの形として繋がり始めていた。

#静削の巡礼路
#日刊連載小説
#生活紀行ファンタジー
#引き算の美学
#うんめぇなはれ

いいなと思ったら応援しよう!

温(ぬる) よろしければ、応援お願いします。いただいたチップはクリエイターとしての活動費として使わせていただきます。