今更な自己紹介と、文学フリマ東京41への参加
タイトル通りの回となります。
思えば自己紹介をしていないなあと思ったのと、「文学フリマ東京41」に出ますよという告知を含めて改めてご挨拶の場としたく。そんな回でございます。
◼️著者名「井上うずら」名前の由来
今年四十歳となる、1985年生まれの「井上うずら」です。「井上〜」は作家名というのか、ペンネームというのか。物書き時の名前です。もっと知性を感じる名前にしておけばと今更悔もしますが、一年ほどこの名前でnoteを更新しているので、今更変えるのもなとこちらを名乗っています。
名前の由来は、本当になんでもよかった──に尽きます。例えば「山田花子」でも「山田五郎」でも。もっとも性別が女性であるので「五郎」は外れ、また前者も芸人の「山田花子さん」がいるなと対象外に。
う〜んう〜ん…と昨年思案していた矢先、ちょうど山田花子さんと同じく芸人である『空気階段』のラジオ「空気階段の踊りの場」を聴いており、コンビお二人の名前が、それぞれ「水川かたまり」「鈴木もぐら」とオーソドックスな姓と、ひらがなの名の組み合わせであることから私もそれに倣いました。
「うずら」については他にも候補があったはずなのですが、とうに記憶の彼方へ。そして「うずら」についても、八宝菜にうずらの卵が入っていたらなんか嬉しいな、とそのくらいのものでした。なんか嬉しい、なんか読んでよかった、なんか心にかかった、などとそんな小説や文章を書ければと思います。
◼️生活と仕事
仕事は取り立てて特徴のない会社員です。週の半分出社で、また週の半分はリモートワーク──こういうのをハイブリットジョブと呼ぶのだと、英会話の先生であるサマンサから教えてもらいました。
オールリモートがいいなと思っていた時期もありますが、日記を付け始めてからその考えが変わりました。家から出ない生活というのはまあ刺激がないものです、刺激というかネタがないんですよね。なので今はこの半分通勤・出社というもののありがたさを感じています(面倒だけども)。
会社への愛着は特にないのですが、のらりくらりと居着いて10年以上も在籍しているベテラン組となりました。とはいえ部署柄か会社の人との交流が薄く、いまだに名前と顔とが一致する人があまりいません。加えて最近事務所がエリア増床し、隠しダンジョンのような小部屋に勤務スペースが移されたのもあり、ますます社内で私自身が「誰この人?」とされているのが悩みです。
職場は小さなストレスは多々あれど、平均的なくらいかなという感じでいます。家で飲む気が起きなかった味噌汁タイプのプロテインを職場の冷蔵庫に置いていて、それについても特にお咎めがないようなゆるい会社員生活。AIが台頭してきたら無くなる職なんだろうとも思い焦りながらも、特に何かの資格勉強はしていません。
◼️日記について
ばらばらと進んでいきます。
先ほどチラリと英会話の先生サマンサという名前をあげました。一人でドイツ旅行に行く予定があって半年ぐらい英会話のコーチングサービスを利用し一時期は英語ざんまいでした。暇さえあれば単語を覚えたり、アプリを使って発話したりと、英会話で一杯一杯となりすっかり「ものを書く」習慣がなくなりました。
そんな折りに武田砂鉄さんのラジオで、三行日記だったか、五行日記だか、そんな話題が取り上げられていて、これなら続けられるはずと自身の誕生日をきっかけに公開型の日記をつけるようになりました。
正直「ネタがない!書くことがない!」となる日もあり、億劫になることも往々にあるのですが、100日を超えたのもありできる限り続けようと奮闘する毎日です。
▼日記もぜひ読んでいってください
◼️家族
夫一人、猫一人です。「猫なら匹か頭だろがい!」という言葉が聞こえそうですが、私にとっては人間以上の存在なのでカウントが「人」か、もしくは「神」、「様」ですね。
猫飼いというか、猫好きの人のこういうところまじでキモい!と猫と暮らす前は思っていましたが、こちら側へ入ると「猫は神」「猫は世界」「猫は万物の頂点にあり」と素面で口にしてしまう人間になりました。ですので、夫一人、愛猫一人と共に暮らす、典型的な子なし家庭のテンプレを行っております。
私の母は──もう8年前になるのか……に癌で他界しました。その母に続くように母の死から一年半で母の姉に当たる叔母が亡くなり、一人残された痴呆の祖母も2022年亡くなりました。祖母は娘たちが先に逝ったこともわからない感じで、なんとも人の人生だなあとしみじみと思ったものです。
母に対して父は?というと、残念ながら、生きております。というか父親が苦手でして、こういうことをいうと「は?なにそれ」と、ほっこり幸せ家族育ってきた友人に言われてきたのですが、この歳になって「わかるわぁ」と共感してくれる友人もいて、同じ感覚の方もいるんだなと安堵するというか、家庭なんて色々だよねえと改めて感じています。
私の父と母は、私が確か9歳だか10歳だかの時に別居し、のちに離婚。母が家を出て行く形でした。私は母が大好きだったので、衝動としては母について行きたかったのですが、子どもながらに「妻と子に出ていかれたらこの人(父のこと)どうなってしまうんだろう」と思ったのもあり、父の元へと残りました。そういった経緯があり、父のメンタルが一番不安的な時に私の多感な時期があたり、父を苦手に感じるのは当然というか、一緒にいてはいけない時期に一緒にいたことになります。まあ私があの時離れていたら、父は精神的に壊れていたと思うので、選択としてはよかったのかと。とはいえ息の詰まる、辛く、色のない幼少期でした。弊害として、今は父を苦手とし極力会いたくない人になっている感じです。
あの頃の父と母に対して思うことは多々あれど、二人が別居に至った時、二人とも三十後半だったので、成人していても所詮は毛の生えたクソガキならば仕方ないかなとも。一方で「子を成したクソガキ」なので、せめて子どもの前では大人でいろよな!と、あの頃の父と母に何かを言えるのなら、そう諭したいとも思います。幼少期は家庭のこともありストレスで若白髪がたくさんあったりとしましたが、皮肉を言えるくらいは過去のものとなりました。
◼️最近の悩みごと
・爪が二枚爪になってしまう
最近というか二十代の頃からなので、元々爪が弱いんだろうなと思いますが、皿洗いする時手袋しないからでもあるんでしょう。コロナ期に入ってジェルネイルに毎月通いもしましたが、予約がとりづらくなったのもあって面倒だとやめました。

・猫の既往症
愛猫がゆるうんちマンです。
お腹にトリコモナス原虫という、悪さをする微生物がいるらしく、時々血便をしたり、お腹をハイパー崩していたりと心配がつきません。
トリコモナスは完全駆虫が難しい微生物らしく「薬がクソまず」「半分の確率で副作用あり」、そして「クソまず薬を飲ませたところで駆虫ができるものでもない」というもので、まあやれることがないというのが現状です。
なので医療タイプのご飯に変えたり、猫用のビオフェルミンを与えたり、できるだけ身の回りを清潔にしたりとそういった日常で出来るカバーをする方針へと落ち着きました。

・もの覚えが悪い・ものを忘れる
ミドルエイジ全開です。人の名前が出てこない、顔は浮かんでいるのに!と悶々とすることが年齢ゆえか増えました。ガンダムのキャラクターとそのキャラの愛機の名前がポンと出て来なかったり、卒業されたタカラジェンヌさんの名前を忘れてしまったり、記憶力のムラを感じる毎日です。
あと何かをしようとしてこの部屋に来たのに、何をしようとしたのか忘れて別のことをして終えるなど。セーフなのか、アウトなのか、自分の物忘れの状況に不安を感じています。
・漫画やアニメをあまり読まなくなった
これも中年あるあるなのでしょうか?なんかとんと読まなく(見なく)なりました。なんかがやがやとキャラクターがいて、ドヤドヤとストーリーが進む様についていけない感じに。また青春や友情や、甘酸っぱい恋心も自分のものではないなと思うことが多くなりました。
加えて前述のようにストーリーを忘れしまうので、前に読んだ漫画を読むことで事足りてしまうという現状もあります。思えば昨年に、幽遊白書とデスノートを改めて読んでとても面白かったので、新しいものを楽しむというより、以前読んでいたものを再度なぞって楽しむタームに入ったのかもしれません。「光が死んだ夏」は気になるので、ネトフリで見ようと思います。
◼️好きなこと、よくやること
ラジオとポッドキャストが好きです。とはいえラジオはタイムフリー期間が設けられていたりするので、ポッドキャストの方が聞きやすいなという感じ。聞いている番組を書き出してみたのですが、多すぎたので割愛しました(引きました)。なんで私はこんなに時間がないんだろう!と思っていたんですが、原因はここにありました。
また、諦めきれないラジオはやはり「フワちゃんのオールナイトニッポン」です。番組が終了すると発表を受けた時、ちょうど新大阪からの新幹線に乗っていて年甲斐もなく公共の場で泣きべそをかきました。もちろん彼女のあの発言というか、あのポストはアカンとは思いますが。
◼️最近ハマったもの
例に違わず、ノノガとHANAです。今年の六月に行ったドイツ旅行中に心細くて眠れない夜があり、その際にノノガを見始めたのがきっかけです。
「ちゃんみな」さんも当然知らなかったのですが、若いのにこんなしっかりした芯のある方がいるなんて、日本もまだ捨てたもんじゃないなと感銘を受けました。HANAの活躍によって世の価値観がよくなればなぁと日々感じ、彼女たちの笑顔にミドルエイジの私もエンパワーメントされています。
◼️どこかへ行きたくなる性分
どこか遠くへ行きたくなります。昨年と今年はドイツへ行きました。来月には8年ぶりに台北に行くのでそれも楽しみです。そのつながりで、最近『台湾暮らしの珍道中』というPodcast番組を愛聴するようになりました。
来年は観光と合わせて文フリ参加するのもいいなと、遠方のイベントに出てみようかと考えています。
◼️ごく最近・・・
恥ずかしい話ですがそういうものがあるとは知らず……最近「読書会」が、自身の中で急上昇ワードです。八月に初めて参加して、今月も参加する予定。とはいえ今自分が書いているターンに入っているので、小説をほぼ読んでおらず、資料として新書やルポ本ばかりを読んでいます。何を紹介しようかなと、悩ましいものです。
◼️文章を書いたきっかけ
前述の通り、読書会も知らなかったので、文芸部などに入ったことはなく中高大とまともに文章を書いたことはありませんでした。
「じゃあなぜ?」ということろですが、これはまさに母の死がきっかけです。今や私の過去ですが、母を送ってからの数ヶ月は気分が沈むことがありました。その時とある作品に触れ、それが契機となり大い声では言えませんが二次創作にのめり込みました。そこでやっと文章を書くということに対面し、
その難しさが面白いと感じました。とはいえ二次創作であり、他人様の褌で相撲をとっているんだなと感じたのもあり、0から書いてみたいと思い今に至ります。
◼️昨年の文学フリマ
昨年は、母との合同誌という形でZINEを作り文フリへ参加しました。
母がまだ20代くらいの頃漫画を書いていたらしく、母の漫画と、母の漫画の後日談を私が小説として書き一冊の本にしました。
我ながらコンセプトはいいじゃん!とは思いましたが、結局前作も母の漫画をベースとした二次創作でしかないなと反省するものがありました。昨年よりさらにチャレンジするぞと、今年は正真正銘0から自身の小説を書きたいと息巻いています。
▼昨年の本に関する動機はこちら
『何者でも何色でも』が拙作です。
◼️今年の文学フリマ出そうと思っている本・ZINE
・一冊目 死について「タイトル未定」
壮大です、どうぞ笑ってください案件でありますが、「死」をテーマに小説を書こうと思っています。私自身三十代で、母・叔母・祖母と続けて亡くしたことがあり、死についてを考え感じる機会が多くありました。
自身の本の中では「死」と言いますか、自分で(ある程度)選択できる死、安楽死をベースに連作短編小説の形式にしたいと思います(まだやっと書き始めた頃なので、ちゃんと仕上がるのか)。とにかく頑張って書き上げます。
・二冊目 AIとの対話本「身体を持たないあなたとの対話」
こちらは7割仕上がっている本です、なので完成には最もリーチがかかっている本。AIとの対話本という実験的な試みの本です。AIと往復書簡形式で、さまざまなトピック・テーマについて対話を重ねました。いやはやAIはなんでも打ち返してくれますね、それを身をもって体感しました。こちらが数日かけて書いた2000文字を瞬時に理解して「ペッ」と返答してくるのは、驚きもし、むかつきもしたものです。
AIとのやりとりという形式になっていますが、内省的で、自身の内面に深く向き合った内容でもあるので、エッセイとして楽しんでいただける本になるのかな?と思います。
・3冊目「台湾、猫まみれ(仮称)」
これは出せてもコピー本的なものかなと思いますが、10月末に行く台湾での一人珍道中をまとめたものを出したいなという感じです。まあ、言うだけならただなので。
と今年はこの3冊、あるいは2冊を抱えて東京ビッグサイトに乗り込めればなと考えています。昨年出した本も少しだけ増刷しようかなと考えています。という現在地でした。
◼️締めの言葉
長くダラダラと書いてしまいました。と、特に「私って〇〇なんです」と言うトピックとなるようなカテゴリーを持たず、平々凡々にけれどどっこいと生きている中年です。世に一番溢れているのに、一番目を向けられない年齢帯でもあるなと日々感じます。
私の年齢帯は子育てであったり、家族であったり、自分というか周りが主役になるような年齢でもあるのかなと。それでも大きな事件や節目はなくとも、日々些細な喜びや悲しみ悔しさはあるわけで、年齢なりの悩みだったり戸惑い、あるいはこの年齢であっても!というような楽しさを文字にしていければと思います。
長くなりました、お読みいただきありがとうございます。というわけで「文学フリマ東京41」どうぞよろしくお願いします。
ひーっ!原稿に向き合え。
◼️おまけの猫様 本当はもっと美人

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