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『恵まれた』と思える人生を振り返る、「みらいいろ」を聴きながら|エッセイ

人生が折り返しに近づき、歩んできた道を振り返ることが増えたように思う。過ぎ去った日々を悔やみくよくよとしているわけではない。かつて確かに在った刹那刹那を垣間見ては懐かしむ、そんな瞬間が増えた。

もっともそれはとどのつまり、前を向いている時間が減っていて、それだけ思い描く未来が少ないことを意味している。自分だけの人生を生きている人間などそういうものだと思わなくない。


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過去を懐かしみながら幸福な未来について語る

先日、21年続く地元の同人誌即売会を訪れた。

ポケットマニア40

初めて訪れたのは東日本大震災の数年前。以降、何度か訪れている。その後、それをきっかけとして岩手県内を中心に様々な場所で行われていた同人誌即売会を訪れ、決して多いとは言えないにせよ、顔馴染みが増えた。

以来、長い人々で15年以上にわたり親交を持っているが、何分人付き合いが苦手な身である。主に自身の問題で関りが途絶えた人々が少なくない。また、同人誌即売会を中心とした関係性ではよくあるが、各々のライフステージの変化でほとんど見ることのなくなった人々も少なくない。

中には行方不明になってしまった者、自ら命を絶ってしまった者もおり、そうした人々については、思い出す度に何とも言えない鬱屈とした想いに駆られもする。そういうものだと思わなくもない。しかし、割り切れない想いというのは、どうしたところで出てしまう。

『人は、突然居なくなる。だから会えるときに会っておいた方が良い』かつて不慮の事故で親交のあった者を亡くした同級生が口にした言葉だが、真実そう思う。災害の多い国でもある。多くの人々にとって、この言葉は他人事ではないとも思う。

さておき、長い時を経て、同人誌即売会はある種同窓会のような時を過ごす機会になってきている。年に数回、様々な場所で行われる同窓会と表現すればいささか頻度の多い会と言えるが、さりとて同じ人間と毎回会えるものでもない。

中には一年に一度会えれば良い方、そんな人間もいれば、数年会っていない人もいる。どの人についても、初めて会った時から十年以上もの時が経過している。当時若者だった自分は、今や人生の折り返しを向かえようとしている時分だ。

会えば、自然と昔話や時の経過にしみじみと感じ入るような話を交わすことが増えた。この日は、東日本大震災以前の街並みについて、訥々と昔話を交わす場面もあった。ポケットマニアは、元々は陸前高田市で開催されたいた同人誌即売会だったのである。

昔の会場の様子や街並み、かつて存在した店々などについて話しつつ、また当時から連綿と続いた数々の同人誌即売会での時間などを語らいつつ、そうかあれからもう20年近い時が経とうとしているのかとふと思ったものである。

「みらいいろ」を聴きながら人生を振り返り、幸福がどこにあるかを語る

筆者の人生は、お世辞にも綺麗な時間を過ごしてきたとは言えない。どちらかと言えば、と言うよりも、どうしたところで無惨で慙愧に堪えない時間の積み重ねで出来ている。

それが外部環境など外的要因によって生じていたならば一定程度仕方ない面もあろうが、大半が自身の愚かさ、疎かさによって生じた結果なので、忸怩たる想いや悔悟の情が湧いてくる。

とりわけ人付き合いの不出来さによって生じた多くの問題やそれによって陥った数々の状況については、今尚もう少し上手いやり方があったろうし、関係者に対して迷惑をかけずに済ませられたのでないかと想いはする。

それら数々の失敗を繰り返した後、病気を患って人付き合いそれ自体ができなくなったのは、ある意味では因果応報だったのかもしれないし、一方でそんな筆者にとっては救済でもあった。

今でこそ仕事を通じて人と話せはするが、当時は会話さえろくにできなくなったものである。声を出すことさえ辛く、人と話そうとする度に強烈な吐き気に襲われ黙るしかなくなった。対人業務程度しかやって来なかった筆者にとって、その状態が絶望的だったのは、今尚忘れられない。

至極惨めな1-2年だった。自身の人生を自身で終わらせるのが筋だと半ば狂いそうな意識の中で想いはすれど、それすら出来ないことに哀れさを感じながらも、何もできない自身の無意味を噛むだけの日々だった。

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