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ひとまず1年ちょっとの振り返りを


はじめに

皆さん初めまして、United Nagoya所属、05世代の梅崎(うめざき)と申します。
UNの選手のnoteは僕が知る限りないと思いますし(某引退詐欺さんは除く)、なかなか地理的に関東や関西の練習会に顔を出すこともできない(そもそも僕は練習会のオプチャに入ってないので情報が来ない)ので、名古屋の選手がどんなことを感じながら競技に取り組んでいるかが皆さんに伝わりづらいのかなーと思ってます。
ということで今回は少しでも他地域の皆さんに親近感を持ってもらえたらと思い、これまでの競技生活を振り返るnoteを書いてみることにしました。
と言っても冗長に書き連ねていっただけのものなので読みにくいかと思いますし、別にレベルの高いことを語るわけでもないですし、そもそもnoteを書くのが初なので完成度はすこぶる低いですが、それでもよくてお暇な方はお読みいただけるとうれしいです。

※本当にクソ長いので、興味のあるところだけでも読んでいただければ幸いです。
そんなところあるかわかりませんが。


自己紹介

自分のことをご存じでない方が大半かと思いますので、軽く自分の情報を並べていきます。
まず競技歴ですが、僕は大学に入ってからサークルを見つけてキャップ野球を始めたので、大半の方とスタート時期は同じです。大学に入る前からキャップを投げていたわけでもなく、2、3回くらい中学生の時に友達とやってみたことがあるくらいで、そのときの僕は全員の中で断トツ下手(弾いても2mも飛ばないくらい)だったので、もう2度とやらないだろうなと思ってました。
スポーツ歴も中学まで野球と、これもキャップ野球界にはよくいる感じの経歴ですね(強いて特徴があるとすれば左打ちなことくらい?)。高校は帰宅部でしたし、遺伝的にフィジカルに恵まれているわけでもないので、本当に平々凡々なスペックのプレーヤーです。今年は2回生の年なので競技も2年目でして、年上の歴の長い方々や中高生からキャップを投げていた人たちにはなかなか勝てないなあといつも感じています。

もともとは普通の野球かソフトボールのサークルに入るつもりでしたが、自分の大学にそれがなく、あまりピンとくるサークルもない中で、新歓期間の終わりがけにたまたまTwitterでキャップ野球サークルを見つけたのが始まりでした。
ちょうど近いうちに新歓があるということで、速攻でDMを送って参加を希望して、そこでGODに会ってすごい変化球を見せられて、そのまま勢いで入部しました。そのサークルをつくったのもGODなので、彼がいなければこの1年ちょっとの経験はすべてなかったということで、そういう意味では彼は恩人ですね。

まあ、ここは今回のメインではないのでこのくらいにして、ここから少し、自分が出た大会の話を中心に振り返ってみます。


1年目

関西新人戦2024

初めての大会は、少しだけある野球経験を生かそうと打者と守備で挑みました。このころは全く投手も捕手もできなかったのでしゃーなしですね。
結果は、個人としては.357(14-5)、出塁率.500とまずまずの結果だったことになってます。「なってます」というのは、実際には手で打ったものがヒットだと言われたり、他の人のヒットが自分のヒットになってたりと、いろいろ間違ってたところがあるからですね。
このころはまだ全然正確に蓋を捉えることができないスイングをしていて、ほとんど納得いく打席はなかったです。ハム戦でなんとかファールで粘ってタイムリーを打てたのは良かったかなーというくらいです(たしか相手投手は柏谷)。
チームとしては予選で1勝3敗、トーナメントで初戦身内対決で潰し合い負けとそこまで楽しみ切れませんでしたが、これがなければ始まらんかったので参加してよかったなとは思います。自分たちから逆転ホームラン打った野田のことは許してません。

蓋の陣2024

個人的にかなり思い出深い大会です、何もしてないけど。
この大会はうちのチームはピッチャーはGOD頼りで、打線もそんなに打力が高かったわけではないので、今思うと結構苦しい状況でしたね。結果的にはGODの頑張りで奇跡的にベスト8までいきましたが、僕は全試合通して1安打で打率1割だったのでひたすら足引っ張ってました。
今年の陣は新人なのに打ちまくってる子がいっぱいいてひっくり返りました。

大会前日に少しだけ観光しました

何とか予選を突破した後、トーナメント1回戦の龍谷戦、相手先発門井の前に何もできず全打席三振でした。あまりにも打てなさすぎて何回目かの打席でキャッチャーに「門井君いいピッチャーですね」って話しかけたら「はあ…」みたいなリアクションされて恥ずかしかったです。
この試合はタイブレークまでもつれた末何とか勝てたのですが、続くサンテレビテレビ行きを懸けた三田との準々決勝、ここでこれまで全部1人で投げ抜いてきたGODがついに完全にスタミナ切れ、打線も先発山口さんの前に手も足も出ず10-0で2回コールド負けでした。初めて世代戦レベルのピッチャーと試合で対戦して、カットボールとシンカーのキレにビビり散らかしました。

このあまりにも一方的な負け方を経験して、ただ守備で見ているだけだった自分はなんて無力なんだ、自分もピッチャーとしてチームが困ったときに投げられるようにならないと!って決意したんですよね(なお現在)。これは多分チームの他の皆も同じだと思います。
それとこの大会でなにより良かったことは、真剣勝負の面白さを強く実感できたことですね。この大会を通して、小さなキャップに意識を集中させるからこその試合に引き込まれる感覚と、全力で戦って勝ち負けを決まる面白さを感じることができて、ここで大学生活はしばらくキャップ野球に時間使ってみようと決意することができました。実はこのときまでは普通の野球への未練が捨てきれてなくて草野球の体験に行ってみたりもしてたし(合わなくて2度と行かなかったけど)、初めての期末レポートや大学のテストに追われていたこともあったとはいえ7月に1回しか練習に行かなかったりもして、そこまでモチベーションは高くなかったんですよね。

テストが終わって陣の前の練習に数回行っただけの自分をAチームに入れてもらって、しかも全試合フル出場させてもらったからこそ今の自分があるのかなと思ってます。チームのみんなに感謝感謝ですね。

余談ですがこの大会で初めて谷さん福田さんを目の前で見て、明らかに迫力の違うキャップ野球をしていたので衝撃を受けました(それ以前から動画で知ってはいたのですが、生はやっぱ違いますね)。一部の人は僕が二人の狂信的なファンなのは知っているかもしれませんが、スタートはここでした。それ以来お二人の動画は見まくってます。

関西シャッフル2024

台風に弄ばれて、出場予定だった阪大カップをキャンセルする羽目になり、その結果陣の次の大会はこちらになりました。
正直あまり出る気はなかったのですが、野田が誘ってくれたので一応出ることにしました。

ただもちろん何の実績もない自分はαで指名されるはずもなく、βリーグにお邪魔させていただいて戦いました。
僕の割り振られたHチームの皆さんは、今でこそ知り合いの人たちもいますが、当時は他地域のキャッパーとの関わりが少なかったため宮城さん以外存じ上げず、かなり不安な思いで会場に向かいました。
で、実際の結果ですが、正直こんなにダメとは思いませんでした。


なんで防御率とWHIPは空白なんでしょうか()

陣が終わってからピッチャーの練習を始めて、2か月弱で初めて試合で投げたんですよね。
当時の持ち球はストレート以外はスライダーとチェンジアップだったのですが、この2球種が当日本当に調子が悪くて、スライダーは未だかつてないほどひっかけて叩きつけるし、チェンジアップはひたすらすっぽ抜けるしで投球になりませんでした。
結局あまり入らないストレートとあまり減速しないチェンジアップを苦し紛れに投げ続けるだけになってしまい、1アウトも取れずに降板。捕手の森石さんとチームの皆さんに大変な迷惑をかけました。それなのに負けがついてないのが驚きですね。

一方の打撃も、大会が始まる前にグリップを新調して、βリーグならタイトルの一つでも取っちゃおうかなーとか舐めたことを考えていたのですが、結果はノーヒットで終了。常にボールの下を振っていて、めちゃくちゃ上を振る意識で振ってようやくフライを打ち上げるくらい、イメージと実際のスイング軌道がずれてました。

まだ絶望を知らない頃の哀れなぼく

実はこの日、僕の誕生日だったんですよね。
間違いなく人生で一番しんどい誕生日になったと思います。
あまりにへこんだのでその日の夜にものすごい量の反省及びお気持ちツイートを投稿しました。
今思えばよくここで投げ出さなかったなと思うくらい、思い切り心が折れました。

ただ、この経験があったからこそもっと練習しようと思いましたし、慢心もし過ぎないようになったと思います。
今の僕を形作る、とても貴重な経験でした。

秋から冬にかけて

関西シャッフルの後、しばらく大会がないということで、足りない実力を補うために必死に練習しました。恐らくこの頃がこれまでで一番練習した時期じゃないかなと思います。特に投球に関しては、1日に何百球と投げることがざらでした。
ただ、この頃は正直あまり上達してる実感がなくて、日々試行錯誤を続けていました。制球も球速も中々向上せず、良くなったと思ったらまたすぐにだめになっての繰り返しでした。
それでも、数を投げることで少しずつ、腕を振りながら弾く動きがスムーズになってきて、ピッチングの土台が作られていったと思います。また、スライダーのキレが増したり、縦スライダーを覚えたりしたのもこの頃だったので、かなり遅い歩みではありましたが多少の成果はあったのではないかと思っています。

バッティングも同様に伸び悩んでいましたが、こちらも練習を続ける中で少しずつ今の形に通ずる部分が生まれていったので、決して無意味ではなかった(と自分が信じたい)ですね。

新人戦Second

悪夢の関西シャッフルから3ヶ月、練習の成果を見せようと意気込んで臨んだこの大会。
まず第1試合、京大戦に先発しました。

あれー、また空欄がありますねー()

結果としては、また1つもアウトを取れずに降板しました。2ストライクまでは早めに追い込めたりしたんですが、そこからどうしてもストライクが取れず、四球を連発して試合を壊してしまいました。記録では2つとなっていますが、確か記憶だと4連続で出して押し出しになってから交代したんじゃないかなと思います。さいちに尻拭いをさせてしまって申し訳なかったです。
この後の試合で牧が龍谷相手に好投したりと、他の皆がピッチャーとして結果を出していく中、自分は何にも成長してないなと悲しくなりました。
正直、1試合だけでこの大会の登板は終わりだと思っていたのですが、このまま終わったら後味が悪いだろうというチームの皆の配慮で、最後の同志社戦にも投げさせてもらえることになりました。

アウト7個中三振が4つ、柔キャかな?

最終戦だったので疲れもピークに達し、思ったように身体が動きませんでした。ただそのおかげかそこまで緊張はせず、四球やヒットでランナーは出しながらも何とかストライクゾーンに投げていくことができました。
初アウトをフライで取るなど、硬キャなのにチェンジアップでポップフライを打たせる意味不明な投球で、3回途中まで何とか投げました。結局勝つことはできませんでしたが、とりあえず試合でアウトを取るという経験ができたのが大きかったなと今になって思います。

そしてこの大会の後に皆で晩ご飯を食べた際、みにからリリースのときに肘が下がっていると指摘を受けました。2週間後の関西新年に向けてここを改善する練習をすることにしたのですが、これが結構大事だったなと後で気付くことになります。

関西新年2025

初めてUnited Nagoya以外のチームで試合に出たのがこの大会でした。
尾張キャップ投げ倶楽部として、05世代5人で優勝を目指しました(といっても僕はユニフォームすら持っていなかったので、チームメイトのものを借りて出ました)。
結果は確か7位でしたね。
自分が足を引っ張っていなければもっと上の順位に行けたのにと、今でも悔しい思いが残っています。

予選ではハム大と龍谷3期と対戦しました。
ハム大との試合前は、前述したとおり僕が大ファンである谷さん福田さんがいたので、初めて対戦できるとあって緊張と興奮が入り混じった心境でした。
といっても僕が先発予定だったので、緊張が高い割合を占めていた気がします。ここで投げさせてもらえたのは完全にチームのみんなのご厚意でって感じでしたね。

実際、この試合も投球内容はぼろぼろでした。
谷さんにしょっぱなから2ベースを浴びるなど、1イニングすらもたず4失点で降板。もうピッチャーやめたら?って今振り返ってみても思います。
ただ、リリースのときに肘が下がらないように練習をしてきた結果、試合前に投げていたときはかなりの確率でストライクゾーンにいっていたので、少しだけ成長している実感はありました。
そしてこの試合はみにが尻拭いをしてくれた後、小塚が福田さんからナックルを捉えて逆転2ランを打ってくれたおかげで勝つことができました。僕はバッティングでもノーヒットだったので、本当に頭が上がりません。

余談ですがこの試合の後みにが僕を無理やり引っ張っていってくれたおかげで谷さんに挨拶ができましたし、その後の空き時間で谷さん福田さんと写真も撮っていただけました。今のTwitterの僕のヘッダーがそのとき撮った谷さんとの写真です。
これ以来大会でお会いしたときなどにときどき話しかけていただけるようになりました。みにと野田、ほんとありがとう。

予選のもう一つの試合である龍谷3期との試合は、小塚とみにの好投で接戦となりましたが、残念ながらあと1本が出ず1-0で敗れてしまいました。この試合も僕はノーヒット、相手先発中西の前に何もできませんでした。
陣の予選以降ここまで1本もヒットを打てなかったので、もう自分はバッティングも無理なのかな、だったら何もできないじゃんとかなり自信を無くしていました。
ただ、小塚が投げているときの守備はヒリヒリしましたが楽しかったです。

龍谷3期に負けたことで予選2位となり、この時点で優勝はなくなってしまったので、トーナメントの初戦、阪大戦にも投げさせてもらえることになりました。
この試合も初回からピンチを作りましたが、何とか切り抜けて無失点で帰ってくることができました。初めて初回を0で抑えることができてめちゃくちゃうれしかったです。
その裏に打線が爆発し4点を奪いました。で、僕の成績ですが・・・。

ちょーうれしい!!!

久々のヒットは人生初のホームラン!!
キャップ野球でも(当然)普通の野球でも打ったことがなかったのですごくうれしかったです。が、この打球は打席からだと守備が弾いて入ったように見えたのであまり喜ばないほうがいいかなと思い、ちょっとすかしたようなリアクションになっていたかもしれません(後で映像を確認したところ、守備が触ってはいましたがアシストホームランというほどではない感じでした)。
2打席目も代わったピッチャーから続けてヒットが出てよかったです。ただこちらは残念ながら映像が残ってませんでした(というかこの回の攻撃丸々映像が消えていたのでホームランの映像をたまたま撮ってくれていたおじに感謝)。

予選のときはかなり緊張していたんですが、予選が終わった後にふっと肩の力が抜ける感覚があったんですよね。初回を抑えられたのもヒットを2本打てたのもそのおかげだと思います。ただ、緊迫した場面で打てないのはあかんなあと思いましたし、みにからも「打つのが遅い」と怒られました。

なお試合は5-4で敗れました。

2回に僕がメッタ打ちされて逆転負け。フォアボールもあったんですが、点を取られたところは全部ヒットとホームランでした。あべしょーに打たれたホームランは今でも忘れません。

後でこの試合に勝っていればこの大会を最後に解散となる加茂分雷の最終試合の相手が僕たちだったと知り、再び申し訳ない気持ちになりました。とことんチームの足を引っ張り続けてました。

ただ、その代わりと言っては何ですが、最後の龍谷2期との試合で初めて試合でキャッチャーをやり、野田が完全試合を達成しました。
当時はキャッチャーの技術を1ミリも知らなかったので僕は座っていただけで、ただただ野田がすごかったです。
一応僕もこの試合1本ヒットは打ちました。

宝石のような野田


大会を通してほとんど勝利には貢献できませんでしたが、久しぶりに楽しむことができた大会でした。期末テストが近い時期でしたが、少し無理して参加した甲斐があったなと思います。

大会の後、居酒屋さんで食べた鰤のお刺身がとても美味しかったです。

これは帰りに駅で食べたカレーうどんです
これもうまうまでした

ハム大カップ

春休みに入り、東西に向けて準備をしていく時期の大会でした。
ですがこの大会の4日前に親知らずを抜いていたので万全の状態ではなく、大した結果も残せなかったので、僕個人について書けることはあまりないですね。
あるとすれば投手谷さんと初めて対戦したことと、中西と初めてちゃんと喋れたことくらいでしょうか。

この大会はさいちの活躍で3位までいくことができました。
そのさいちから菊池さんが打ったホームランが守備をしていた自分のはるか頭上を越えていってびっくりしました。

優勝したのはねこもなかでしたね。4人しかいないので絶対無理だろと思ってましたが、室田さんと西川さんのバッテリーがすごすぎました。
特に西川さんは関西新年のときから引き続いて見てましたが、キャッチャーとしてあまりにもすごすぎて感動しました。菊池さんから1試合で4安打放っていたのも(その試合は横審から見ていましたが)すごかったです。

あと体育館めちゃ寒かった。

同志社カップ

東西前最後の大会でした。野田ファミリーとかいうよくわからないチームに入れてもらって戦いました。けんさんや学さんに初めて会ったのがこの大会でした。

まず初戦の近大戦に先発。2回3失点と微妙な内容でしたが、いかんせんこれまでの自分がひどすぎたので、それと比べるとなんかめっちゃ頑張ったように見えますね。打者の皆さんにも援護していただいて、記念すべき投手としての初勝利を手にしました。長かったー。

ただ、この試合は特に変化球が全然入ってなかったので、内容的には今までと同様全然良くなかったですね。こんなんで東西で投げられるのかなーって感じでした。この試合のあとけんさんからいくつかアドバイスをもらいました。

続く同志社B戦はバッティングで結果が出てくれました。大久保から2ベース、重松から3ランと計4打点でチームも8-5と打ち勝ちました。せをさんの諌見のホームランパフォーマンスも飛び出して楽しい試合でした。カメラに写ってて良かったですね。

ただその後の2試合は全く打てず、特に龍谷A戦では潮田に対して3三振。アウトハイのボール球のまっすぐに手を出しまくるひどい内容でした。
投手としても残念ながらその後登板機会はありませんでした。いいピッチャーがチームにたくさんいたので当然の話なんですが。

それとこの日はけんさんからのにんにく臭がすごかったです。
さすがに前日に食べてくるのはやめてほしかったなあ。

3決を前にお疲れの2人



まあそんなこんなで東西前すべての大会が終わり、残りの期間も必死に自主練を重ねて、いざ満を持して本番に臨む、はずでした。

東西2025西予選

東西西予選を3日後に控えた2月24日、バイトをしていて少しだけ喉に違和感を覚えました。そのときは少し乾燥しているだけかな?と思ったんですが、次の日になると体のだるさと熱っぽさが増していて、その日の練習は早退。同日の夜バイトから帰った後は結構しんどい状態でした。

次の日起きて熱を測ると37度台の微熱。この日が関西へ出発する予定の日で、翌日には西予選本番。1年の集大成であり何としても出たい大会でしたが、チームへの迷惑や自分の体調などを考慮し、いろいろと悩みに悩んだ末、欠場する決断を下しました。

同志社カップで何かもらってきたのか、それとも寒空の下で無理に練習をやりすぎたのが良くなかったのか。理由ははっきりとはわかりませんでしたが、いずれにせよとても悔しかったですし、情けなかったです。


ところが不幸中の幸いと言うべきか、その日の夜には熱が下がっていました。
さすがに次の日すぐは体調が心配でしたし、1泊するとチームの皆に移してしまう可能性もあったので1日目は欠場しましたが、2日目からならギリギリ参加できるのでは?ということで一転して急遽参加を決断。
1日目はチームが2連敗していたこともあったので、何とかチームの力になりたい!ということで無理を押して2日目の朝、新幹線で神戸まで向かいました。

会場に着いたはいいものの、アップをしているときからずっと体がだるくて、本当に試合に出られるのかというぐらいのコンディションでした。
それでも来たからにはやるしかないと思い、無理やり体を動かして試合に出ましたし、頑張って声も出しました。それが運よくいい方向に作用し、回を重ねる毎に少しずつだるさが軽減されていって、何とかこの日は完走できました。

トーナメント初戦の近大戦。三宅が体調不良、GODが留学で不在とあって、こちらはピッチャーの枚数がかなり限られている状況でしたが、この試合はさいちが躍動。見事な完封ピッチングを披露してくれました。キャッチャーのかんたさんもうまかったですね。この試合で僕がしたことといえば蓋を蹴っ飛ばしたくらいでしょうか。

他人事じゃないのにこれをいじってきた潮田くんは絶対に許しません。絶対に。
一応言い訳をすると、このときはキャッチャーが前に弾いた蓋を守備が触ったらもうその時点でWPとかPBにはならないと思ってたので、蹴っ飛ばしても別にいいやろ~って思ってたんですよね。
今はルールをちゃんと知ってるのでこんなことしませんし、カバーも蓋に向かうのではなく回り込んで壁を作るように徹底してるので2度とこれは起こしません。これだけは断言しときます。

このカバーについては賛否あるかもしれませんが、僕は重要な試合ではやった方がいいのかなーと思ってます。単に蓋が逸れないようにというだけでなく、毎回守備がカバーに入るという「動き」を見せることで、孤独な感覚に陥りやすいポジションであるピッチャーやキャッチャーが「守備も一緒に戦ってくれているんだ」という気持ちになれるのではないかと思いますし、なるべく守備が蓋を拾ってバッテリーの負担を減らすようにようにするべきというのもあります。蓋を拾うだけなら急ぐ必要もないですが、ピッチャーのリズムというところも考えると早いほうがいいですよね。
ただ毎回この動きをしていると守備も疲れてしまいますから、それほど重要でない試合や局面においてはやらなくてもいいと思いますけどね。


続く本戦出場を懸けた龍谷戦。初めて全戦力を1チームに集約した龍谷と戦うとあって、試合前から勝てないんじゃないかなーと僕は思ってしまっていました。
負けるつもりで戦いに挑んではいけないのでしょうが、やはりそう甘くはなく、結果としては7-0で完敗。コールドを回避できたことがせめてもの救いでしょうか。
こちらの先発はこの試合もさいち。結局最後まで彼が投げ抜きました。前日から結構なイニングを投げていたので疲労もピークだったと思います。本当によく投げてくれました。
リリーフですら投げられなかった自分がただただ情けなかったです。体調不良を考慮されて起用されなかった部分もあるかもしれませんが、ピッチングの完成度が高ければそんなこと関係なしに使われていたはずなので、ひたすらに実力不足だったとしか言いようがありません。まあこれまでの試合の結果を見れば使われないのは当然っちゃ当然ですが。
バッティングの方は中西、木本さんから1安打ずつでしたが、得点につながるバッティングではなかったので意味無しです。チャンスで打たなければいけませんでしたし、チャンスで回ってこなかった打席はホームランで得点を入れなければいけませんでした。


本戦出場は叶わず、1年間目標にしていたものが消えてしまったわけですが、案外僕はあっさりしてました。負けてしまった悔しさはもちろんありましたが、年が明けたあたりからずっと東西へのプレッシャーを感じていたので、そこからの解放感というのも自分の中に強く存在していました。僕はストレスにめちゃくちゃ弱い人間なので、戦う前からまずそこに負けていたんでしょうね。本当はここでしばらく立ち直れないくらいに悔しがることができないといけないわけで、ここも自分の未熟な部分の一つかもしれません。

閑話休題:世代戦2025

東西本戦への出場が叶わなかったことで、皮肉なことに関東への遠征費が浮いたので、そのお金を世代戦観戦に回すことにしました。
この日の横浜は雨風が強くて、バス停で待つことすら大変でした。
当日はそこかしこにすごい人たちがいて、どこをみたらいいのかよくわかりませんでしたね。

空き時間には練習で藤本さんの打席に立たせてもらいました。剛速球ピッチャーじゃないから打てるかな?と思ってましたが、いざ打席に立つと変化球のキレやブレーキがすごくて1球も当たりませんでした。やっぱり結果を出しているのには相応の理由があるんですね。

ただ、この頃は今以上に知り合いが少なかったので、それ以外の時間は人見知りの僕はほとんど誰とも話さずにひたすら試合を見ていました。強いて言うならりゅーくんと初めて喋ったくらいでしょうか。
みにがピッチングで01以上のおじさんお兄さんたちを手玉に取っていたのが印象的でした。あとやっぱり03は強かった。

来年こそはプレーヤーとして来たいと思わせてくれる場所でした。

名古屋大会

野田が何か月も前から開催したいと言っていたこの大会。
体育館の確保、体育館側との擦り合わせ、要項の作成、当日の運営などなど、野田とかんたさんが中心となって本当に頑張ってくれたおかげで無事開催できました。そんなバイタリティは僕にはないので、ただただ感服です。
僕がしたことといえば景品の名古屋土産を買ったことくらい。自分のセンスに自信がないので皆さんのお口に合ったか不安ですが、喜んでいただけたならば幸いです。

この大会は直前に新歓に来てUNに入ってくれた石黒と中高生たちも参加してくれました。彼らの多くは現在定着してくれているので、本当に有意義な大会だったなと思います。

僕自身もとても楽しみにしていたこの大会ですが、どういうわけか僕はほとんど出られませんでした。

事故の瞬間

大会4日前、練習後に近くの河川敷でみんなで遊んでいたんですが、そのときに思いっきり遠投しようとして、投げた瞬間に足を滑らせ転倒。手のつき方が悪く、左手薬指を骨折しました。折れた瞬間に耳元で「ゴキィ!!」って音が聞こえました。映像にも骨が折れる音が入っていました。
地面の草が少し濡れていた影響もありましたね。皆さんも足場の良くないところで遠投する際は気を付けましょう。

そういうわけで基本スコアか審判をしていた僕ですが、チームの皆(主に野田?)の計らいで少しだけ打席に立たせてもらえることに。ただ当然左手は使えないので、右手一本でバットを握って打席に向かいました。

よりにもよって相手が中西-西川さんバッテリーでした。さすがに無理でした。
打ってたらキャップ野球TV行きだったかもなあ。

試合にはほとんど出られなかったこの大会ですが、準決勝と決勝を主審の視点から見られたのは貴重な経験でした。来年こそは健康体で出たいです。


とまあこんな感じで、僕のキャップ野球1年目は終了しました。
こうして振り返ってみると意外といろんな経験をしてるなあと思うんですが、他の方と比べるとどうなんでしょうね?
1年目からもっといろいろ出てるものなんでしょうか。そのあたりも皆さんに聞いてみたいです。

あんまり長くなってもあれなのでここで一旦区切ろうかとも思いましたが、もうすでにだいぶ長くなってるのでこのまま2年目の話も書きます。
良ければお付き合いください。

2年目

新歓

あまり触れたくないことではあるんですが、新歓の話を少しだけ。

結論から言うと、自分の大学の新歓は失敗しました。

僕の通っている大学は名古屋市立大学ってところなんですが、この大学は名前からわかる通り公立の大学ですし、ハム大ほど規模が大きいわけでもないので、そもそもの学生数が他大学と比べてかなり少ないです。
加えてキャンパスが4つに分かれているので、なおさら学生が分散してしまって、新入生を集めるのが難しいです。
しかも現在、教養教育で1年生たちが集まるメインのキャンパスが絶賛工事中でして、新歓期間中もキャンパス内で呼び込んだりビラを配ったりすることすらできない状況でした。
できることといったら大学のインスタアカウントに宣伝を流してもらうことと、自分たちのサークルのSNSアカウントで情報を発信することくらい。
そもそも僕はSNS自体結構苦手なので、新歓期間の1か月間その運用(主にインスタ)をするだけでかなり精神的にキツかったです。

UN全体としての新歓アカウントでも宣伝してもらいましたが、大学内での新歓と合同新歓合わせても名市大生の参加者は延べ10人いくかいかないかくらい。
結局入部してくれたのは2人だけですし、その2人ももうほぼ来なくなってしまいました。
そもそも自分の学年は僕以外活動している名市大生はいませんし、UN全体でも3人だけなので、無理のない話かもしれません。ですが、去年と比べれば間違いなく力を入れて取り組んだ新歓だったので、こんなにうまくいかないのはかなりショックでした。

ただ、もっとうまく新歓ができたのではないかとか、入ってくれた新入生に対してもう少しやれることはなかったかとか、反省すべき点はあるので、それを踏まえて来年また取り組んでみようと思います。
それでも無理だったら名市大はキャップ野球サークルが存続できる環境じゃなかったということで諦めます。

一方他の大学は、ある程度新入生は入ってくれました。
名城大学は前々からサークルがあって現在の部員も名古屋では一番多いので驚きはないですが、今年初めての新歓だった中京大学も5,6人新入生を捕まえてきて、いくら規模の大きい大学とはいえすごいなあと思いました。ここでも野田が頑張ってくれました。頭が上がりません。

ですが、今年は定着率というところが微妙なんですよね。これは名市大だけに限った話ではなく、UN全体として、新人戦あたりまで来てくれていた子たちがいつの間にかいなくなっているということが起きているので、中々難しいなあと思います。何なら他地域のサークルでも新歓がうまくいかなかったとか定着しなかったとかいう話を聞くので、意外とどこも苦労しているのかもしれません。

そもそも大学のサークルって自主的に行くものなので、合わなければすぐ行かなくなっちゃいますしね。僕もキャップ野球以外に入った2つのサークルは1年生の5月には行かなくなりました。
せめて何とか1度大会に出てもらって、キャップ野球の真剣勝負の面白さを感じてもらえたら・・・とは思うんですが。ただ、高校までの部活と違って、大学のサークルに対して、真剣に向き合ったり勝負をしたりってことを求めてない人って多いと思うんですよね。とりあえず居場所を作っときたいくらいの人が多いんじゃないかなー。やっぱり、難しい話です。

関西リーグA2部2025春

僕にとってもチームにとっても初めてのリーグ戦でした。
参加の経緯は、いずれは中部リーグを復活させたいから、その前にいったん関西リーグに参加してみようみたいな流れだったかな。あんまりちゃんと覚えてないです。

僕個人としては骨折明けだったのでどこまでできるか不安でしたが、ひとまずリーグまでになんとかバットは振れるようになりました。正直1週間前までは怪しかったです。

各試合を軽く振り返ってみます。なるべく長くならないように端折ったつもりです。

まず最初のカード、近大との2連戦でした。
開幕戦の先発はありがたいことに僕でした。ただ、なんか僕最初の試合で投げる場面多くないですかね。最初の試合ってアップの時間も短くてなかなか難しいんですよねー。

この日は力入れるとストレートを叩きつけてしまう感じだったので、少し抑えめに投げてました。
ただそれでも意外と(僕にしては)ストレートが走っていたみたいで、2球だけスライダーを放った以外は全球まっすぐで押し切りました。

2回参考ながらノーノー達成(振り逃げ1つあり)

以前と比べたら成長したなと思います。
フォアボールがなかったのもよかったです。
ただ、ほぼまっすぐしか投げていないからでもあるんですよね。

まっすぐで押し切れたからずっと投げていたのもありますが、まだそこまで精度が高くなかったから他の球種が投げられなかったというのもあるので、そこは次回への課題だなと感じました。

この試合は打線が爆発し、11-0で勝利。僕も2安打3打点で、我ながらいいスタートが切れました。

2試合目はピッチャー陣が荒れてしまい、9-4で敗戦。ただ今のけんとと南谷さんだったらもうここまで荒れることはないんじゃないかな。さいちは正直まだ可能性はある。ごめんさいち。

打のほうで言うと、和泉が喜多さんから2ベース打ってました。この頃から少しずつ打者和泉がその片鱗を覗かせていましたね。

次の大和洛中連合との2試合、初戦は石黒が先発。僕は捕手として出場しました。めちゃくちゃいいボール投げてたんですが、如何せん僕のキャッチャー技術が未熟なせいで苦しめてしまいました。本当に申し訳ない。

ただそれでも何とか2回を3失点(自責1)に抑えてくれて、打線もけんとと南谷さんにホームランが出るなど11得点で大勝。
まわりに助けられての勝利でした。
倉田にヒット性の当たりをアウトにされたのには本気でキレました。

その次の試合はさいちと野田の完封リレーで1-0で勝利。
どちらに転ぶかわからない、引き締まったいいゲームでした。
名古屋大会とこの試合で投手野田も少しずつ存在感を放ち始めていたように思います。

僕らが名古屋からの遠征となる都合上、1日に4試合まとめて消化できるように日程を組んでもらっていたので、ここまでが1日目に戦った試合でした。
初日は3勝1敗。GODが1試合も投げていないのにこの結果だったのは、当時の僕たちにとってかなり大きな収穫でした。

それから2週間後、この日は近大、同志社との2試合ずつを戦いました。
初戦の近大戦は再び石黒が先発。キャッチャーも再び僕でした。制球しやすいように投げ方を変えたというのもあって、この日は2回1失点にまとめてくれました。この日も僕はぽろぽろしていたような気がします。何をしているのか。

打線は相手のワイルドピッチで3点を取りますが、その後中々押し切ることができませんでした。やっぱり喜多さんはすごかった。
ただ、僕は間違いなく1打席早く下がるべきでした。石黒が降りるときに一緒に交代するはずだったのに、もう一打席あれば喜多さんを打てる気がする!とかいって無理やり追加で1打席立ち、牧の出番を減らしてしまったことを今でも後悔しています。

試合は和泉→GODとつないで何とか3-2で勝利。和泉としては2イニング投げ切りたかったでしょうが、ナイスピッチングでした。

次の試合は再び投手野田が躍動。先発で3イニング無失点と素晴らしいピッチングでした。この試合も僕はキャッチャーでしたが、本当に捕りやすくてすごいなあと思いました。ただこの日の朝に言われたダンシングカーブは今でも納得してません。

4回もベッティーさんが0でつなぎ完封リレー。こちらも3回まで相手先発一條の前に無得点でしたが、最後はサヨナラで1-0で勝利。サヨナラタイムリーを打ったGODはバットを投げて出禁になりました。お疲れ様でした。

次の同志社との初戦は残念ながら投手陣が荒れて9-1で敗戦。先発の牧は薬学部でかつバイトも忙しいためなかなか練習時間が取れていなかったのですが、そんな中でも柔キャを試したりといろいろ試行錯誤していました。この試合は結果が出ませんでしたが、またいつかリベンジしてほしいです。

一方2戦目はこちらの打線が爆発し11-1でコールド勝ち。4本のホームランが飛び出しました。ただ、この試合先発のGODはあまり本調子ではなかったですね。

最後の4試合はそこからさらに2週間後でした。一応僕も打撃のタイトルが狙える位置にいたので、変な力が入ってましたね。そのせいか朝からお腹の調子が良くなかったです。

最初の2試合は同志社との試合でした。初戦は大久保の前に手も足も出ず6-0で敗戦。これでこのリーグ対大久保2敗目です。僕自身は1打席目の内容はファールの後に四球を選ぶなど悪くなかったですが、前に飛ばしたかったですね。後の2打席は何もできませんでした。

2試合目は先程の試合で崩れたGODとさいちがリベンジを果たし4-0で勝利。相手の松井さん-ともしさんバッテリーが少し荒れてくれて助かりました。
こちらもヒットは打てなかったので、向こうの息が合っていたら点は取れなかったでしょうね。

これで残りの大和洛中との試合、どちらか勝てばリーグ優勝という状況になりました。

1試合目の先発は僕でした。ここで勝てばリーグ初戦と優勝決定戦の2試合で勝ち投手というおいしい場面でした。
結果は3回途中1失点で勝ち投手。ですが向こうの主力の稲田さん、福森さん、みにに対しては歯が立たず、その3人との5打席で3四球1被安打とボロボロでした。変化球は決まらずストレートは浮き、投げる球にずっと困ってしまいました。GODに尻拭いしてもらったのもあって何とかこの試合で優勝は決められましたが、課題の残る結果になりました。

最終戦は優勝も決まったとあって、いろんなピッチャーが投げる試合になりました。僕はキャッチャーとして先発出場。当初は途中で代わる予定でしたが、なんか最後までいくことになりました。
先発はけんと。1イニングを危なげなく抑えてくれました。このあたりから僕はピッチャーけんといいなあって感じてました。球速い上にまとまってるんですよね。
次のイニングは普段は打者専のもとが投げました。どうなることかと思いましたがしっかりストライクに投げてくれたおかげで1回1失点。久々の登板でこれは普通にすごいなあと。
3イニング目はベッティーさん。なかなかズレカが決まらず苦しんでましたが、それでもリードを守ったまま1イニング投げ切ってくれました。
最終回は野田。僕のリードが悪くてイライラさせてしまいました。ごめん。

試合は6-4で勝利。相手先発の竹内くんを攻めて点を取ることができました。
ただ、投げ方がボークなんじゃないかという指摘を試合の途中でしてしまったせいで、その後投げにくそうにしているように見えたので、そこは申し訳なかったです。

最終的に3日間とも3勝1敗でリーグ成績は9勝3敗。
個人的には打点王、最多安打、総合MVP、打者MVPを獲得することができました。ですがやはり好投手からはなかなか打てなかったので、あまり手放しに喜ぶことはできませんでした。
石黒も最優秀新人に選ばれていましたね。おめでたい。

秋リーグはどうするか少し悩みましたが、チームで話し合った結果関西1部リーグに参加することにしました。どこまでやれるでしょうか。期待よりも不安のほうが大きいですが、できるだけ頑張ろうと思います。

閑話休題2:関西新人戦2025

僕は引率でもなかったんですが、ちょうど暇だったので、2日目だけではありますが関西新人戦を覗きにいきました。
UNは2チーム出していたんですが、そのうち一方は参加のキャンセルがあり急遽4人で戦うことに。その結果自動アウトの影響もあって敗れてしまいました。あれがなければわからなかったなあ。
もう一方はかなりいいところまでいったんですが、キャッチャーが止められるように石黒がセーブして投げた結果、なかなか制球が定まらず負けてしまいましたね。でもその前の試合で先発の長谷川が3イニング1失点で抑えてその裏サヨナラ勝ちしたり、前日には両チームとも先発が好投して勝利を挙げたりと、充実した内容だったように思います。ヒットが出た新人も何人かいましたしね。ただ石黒にももっと打ってほしかった。

決勝はすごい試合でしたね。観に行って良かったです。
さすがに同志社が勝つかなーと思いましたが、土壇場で牧田くんが起死回生の逆転3ラン。そしてその裏も簡単には終わらず最後までもつれた末の決着だったので、ものすごく見応えがありました。ああいう試合を体験出来たらキャップ野球にはまっていくんだろうなーという、素晴らしい試合でした。
去年の決勝はかなり締まりのない試合だったので、なおさら良く見えましたね。
それ以外にも関西の新人の子たちをたくさん見られて楽しかったです。
それと、関東の方でも三宅が奮闘したり、横国の期待の新人たちがたくさん活躍したりしたと聞いて、これからがますます楽しみになりました。

青学カップ

少し時間が空いて、8月。この大会は僕が参加したいと言い出したものでした。一緒に出場してくれたチームメイトに感謝。
ただ、2か月空白があっていきなり陣はさすがに良くなかったと思うので、これは出て良かったです。
ちなみにこの大会は言い出しっぺなので僕が代表者として、初めて自分でオーダーを考えながら戦いました。


ホテルで薄い本を読む牧

特殊ルール大会に出た方々から体育館が本当に暑いと聞いていたので、こちらもなるべく対策はして臨んだのですが、それでもなかなか大変でしたね。
ただ、運営の方々もしっかりと対策を講じてくださったので、何とか無事に1日を終えることができました。
1番キツかったのが1試合目で、それ以降は風が通るようになったのか若干ましにはなりました。

初戦の明治戦、お互いにチャンスは作りつつもあと1本が出ない展開でした。こちらの先発はGODでしたが、暑さにかなりやられていたようで、ストレートがあまり走っていませんでした。かくいう僕もかなりしんどさを感じながらキャッチャーをやってました。結果的にシンカーで押していって何とか2回まで無失点。2回のピンチでピッチャーゴロを打たれた瞬間は終わったと思いましたが、GODの好守備でギリギリ耐えました。
3回の表にチャンスが来て、そこで僕が2点タイムリーを放ち先制。3回は野田が登板して逃げ切り、何とか勝利をつかみました。

勝利に直結するバッティングができたのはおそらくこれが初めてだったので、めちゃくちゃうれしかったです。自分の中でもそこまで調子がいいという感覚ではなかったのですが、そういった状況下で結果を出せたことも良かったなと思います。

2戦目、青学Bとの試合でした。この試合は先発が野田、キャッチャーは再び僕でしたが、前半は僕がリードで野田の足を引っ張ってしまい、2回までに2失点。途中で野田と話して少し修正できましたが、もっといろいろと考えないといけないなと思いました。
それでもこの試合は打線に助けられ、7-2で勝利。1番で起用した亀井さんは先頭打者ホームランを含む2安打2打点。試合で1年ヒットが出ていないと言っていましたが、どうせ打つだろうと思って1番に置いて良かったです。この采配は我ながらドンピシャでした。
この試合は登場曲が流れる試合だったのですが、それに興奮して逆に力んでしまい、打席では思うような結果は残せませんでした。まだ試合がわからない状況だった2打席目で打ちたかったです。


何はともあれ予選リーグ2連勝で首位通過。ですが次の準決勝の対戦相手はこの大会の優勝候補の一つだったであろう、世代戦プレーヤーや世代戦候補がずらっと並ぶシンカーの会でした。

この大会は一応蓋の陣前の調整という意味もあるから、ピッチャーはなるべく陣で投げる可能性のある人にやらせたい。でも野田とGODは予選で投げているから疲れもある。ということで、消去法で先発は僕になりました。

正直、新年大会のハム大戦みたいにノックアウトされて終わるんじゃないかと思ってました。そもそも自分も暑い体育館で6イニングキャッチャーやってるし、このときかなり調子悪かったし、予選2試合目からそれほど休めてないし、ピッチャーとしてのアップも誰も付き合ってくれないし。少し怒りも覚えながら、半ばムキになって登板しました。

案の定ストレートの調子は最悪に近かったですが、それでもスライダーがある程度決まってくれたのと、その他もろもろ運がよかったのもあって、3四球を与えながらもギリギリ初回は0に抑えて帰ってくることができました。
こちらはその裏に野田のタイムリーなどで2点を先制。かなり大きな援護でした。
次の回は1つフォアボールを出しましたがそれ以外は抑えて0点。少し調子が出てきた感じはありましたが、同時に体力の限界も近いように感じていました。
その裏はこちらも0点で、迎えた3回の表。この回はいろいろありました。

これがあったのがこの回です。
まあ1個目の自分のやつはちょっと難しかったし、自己責任だから割り切れるんですよ。
2個目の野田のやつもまだ我慢できた。だいぶショックだったけど。
3個目はがちで心折れた。さすがに我慢できなくて崩れ落ちた。
いやさすがにそれはないやろって。本音を隠さず言うと、クソ暑い体育館でキャッチャーもやって疲れてる中強敵相手に必死に投げてるのになんだそれはと。
ただそれ以上に腹が立ったのが、落とした後にだんまりしてることなんですよね。あまりに静かなもんだから、立ち上がって僕の方から守備を励ますっていうよくわからない状況になってました。
お前らは俺が何かしてやらんとどうにもできんのかって、正直怒りを覚えました。

でも後になって振り返ってみると、守備がミスしたのも仕方のないことでした。
暑いのは守備も同じで、そんな中で守ってたら集中が途切れるのも無理はない。しかも自分がフォアボールをたくさん出してテンポの悪いピッチングをしていた中でいきなり打球が飛んで行ったから、守備もかなり守りづらかったはずです。
そのうえ守備についていた2人はそこまで守備経験が豊富なわけじゃなかったのですが、陣で守る可能性が0じゃないからという理由で、僕の判断で起用した2人でした。
だから冷静に考えると別に2人は悪くなかったです。

まああと普通に自分が打たれたりもして、この回3点を失い逆転されました。ただそのあとずるずる行かず何とか踏みとどまれたのは良かったです。
一歩間違えばここで試合が壊れていたかもしれません。

その裏、先頭のGODが振り逃げで出塁したときに、もしかしたら何かあるかも?とうっすら感じました。次のもとは三振で、1アウト1塁で自分の打席。
ピッチャーはやすべえでした。ストレートとシンカー、どちらを狙うのか、打席に入ったときははっきりと決めきれていませんでした。
初球はシンカー。右ピッチャーのシンカーは得意なボールだったので狙いにいきましたが空振り。
2球目はまっすぐ。アウトローに外れてくれたので助かりましたが、ストライクゾーンに来ていたら間違いなく振り遅れていたと思います。
それに気づいて、ここで意識を高めのまっすぐ1本に変えました。この試合の審判は高めが広めだったので、そこを使ってくると考えました。
3球目に来たのは高めでしたが、まっすぐではなくシンカー。そこを無理やり反応で打ちました。

打った後打席から見えた弾道が忘れられないです

自分でもびっくり、逆転2ラン。

打ったときの感覚をまだ覚えているんですが、もし仮にシンカーを狙っていたら、多分若干下を振ってファールになっていたんじゃないかという気がします。ストレートを狙って若干上を振る意識があったからこそ、ドンピシャでシンカーに噛み合ったんじゃないかなーと。やっぱり高めのボールは少しでも潜ったら打てないですね。
動画で見たら意外とリアクションは控えめでしたが、多分次のピッチングもあるからあまり余裕がなかったのと、スコアを勘違いしててこれで同点だと思ってたのが理由だと思います。内心はめちゃくちゃうれしくて、実際この後ベンチで泣きそうになってました。

最終回は誰かに代わろうかとも思いましたが、ひとまずランナーを出すまでは投げようということになり、とりあえずマウンドに上がりました。
先頭バッターは3-1までいきましたが何とか三振。
しかし次の木本さんにデッドボールを当ててしまい、ここで交代しました。

6四死球、8暴投を出しながら、何とか3回1/3を3失点で耐えました。
詳しくは省略しますが、正直、かなり運に助けられた登板でした。当たり前ですが、もう一回やったら間違いなく負けます。

試合はその後、代わったGODが2アウトランナー3塁までこぎつけますが、そこで痛恨の振り逃げ。しかしここで試合時間80分が来て強制終了。何とも微妙な雰囲気で終わってしまいましたが、一応僕たちの勝ちで、決勝進出が決まりました。

内容はともかく、結果としてシンカーの会相手に互角に渡り合えたのは、自分にとって大きな自信になりました。今までのキャップ野球人生で、間違いなく1,2を争うレベルで印象に残っている試合です。


決勝は愉快な04との試合でした。実況やアナウンスがあったのも楽しかったです。次の青学杯でもあれがあったらいいなあと思いますし、よりパワーアップしていることを期待してます。
ここまでの試合で陣に向けて起用したいメンバーを起用したい場面で起用できたので、決勝は出番をなるべく均等に近づけつつ楽しもうという気持ちで臨みました。ただ、その結果先発ピッチャーがけんとになったので、再びキャッチャーを自分がやらなければならなくなりました。しんどかった。

そして、やっぱりけんとはいいピッチャーでした。ストレートもカットボールもスライダーも基本低めに集められるので、キャッチャーもカバーする範囲を絞りやすいんですね。ただ僕の技量不足で、左打者のインローあたりのまっすぐとカットボールを何球も逸らしてしまい、0でいけるはずが無駄に1失点してしまいました。むしろけんとのおかげで1点で済んだって感じでした。
3イニングを放っても余裕そうだったので、スタミナも申し分なし。この先めちゃくちゃいいピッチャーになりそうな予感がします。
ただ残念なことに、夏の大会が終わったら彼は半年間留学に行ってしまうんですよね。なるべく向こうでも蓋を投げてもらって、感覚を忘れないようにしてもらえたらと思います。

4回のマウンドはベッティーさんが上がりました。この日はあまり調子は良くなさそうでしたが、後で話を聞いたところ珍しく緊張していたようでした。決勝戦でいきなりマウンドに立つのはそりゃきついよなあと。かなり酷なことをしてしまいました。
結果、1アウトはとったものの四球が続いてしまいました。2,3個出た時点で代えた方がいいかなと思いましたが、決勝戦はエンジョイしようと決めていましたし、本人が「自分で限界だと言うまでいかせてほしい」と言っていたので、信じて投げてもらいました。
結果、自分のしょうもない逸らしもあって3失点。ここでバッテリー毎GODと野田に交代しました。
逸らしたのは言うまでもないとして、もっと楽に投げてもらえるように自分にできることがあったのではないかと、かなり悔いの残る場面でした。

試合は4-0で最終回を迎え、このままあっさり負けてしまうかと思いましたが、ここで打線が粘りを発揮。ヒットやフォアボールでつないで3点を返しました。しかし残念ながら最後はけんしょーさんに抑えられて試合終了。
最終結果は準優勝となりました。

ただ、大会前は目標とかは考えてなくて、とりあえず皆のいい調整の場になればくらいにしか思っていなかったので、ここまで来られただけでも万々歳でしたし、特に上級生の皆さんに「大会で準優勝できるなんて、発足したころは考えられなかったからめちゃくちゃ感慨深い」と言ってもらえて、多少無理した甲斐があったなと思います。

余談ですが、この大会でそこそこ打てたのには理由がありまして。
実を言うと、リーグ戦の頃から8月頭までバッティングの調子がずっと悪かったんです。全部バットが外回りしてこねてしまうような感じでした。
その状況に焦りを感じ、何とかしなければと思って大会の直前に練習に秘密兵器を取り入れたのが功を奏しました。

その秘密兵器とやらがこちら。

僕が試合会場とかで振ってるのを見た方もいるかもしれません(蓋の陣の会場は持ち込み禁止だったらしいですね、知らずに使ってしまいすみません)。このバットは振ってるだけで勝手にスイングを理想的な形に近づけてくれるという優れもの。内からバットが出るようになり、ヘッドが走って打球速度も上がります。プロ野球のキャンプでも吉田正尚選手などが使っていたそうです。

確かこれを買ったのは去年なんですが、あんまり普段の練習では使ってませんでした。というのも、このバットの効果を最大限発揮するには実際にボールを打ち込む必要があるからです。打ち込みは当然外じゃないとできないので、めんどくさがってました。
ですがこのときはあまりにも不調だったため、外でこのバットを使って打ち込みを実施。その結果いい感覚が出てきて、調子が上向いたというか、何ならスイング自体が良くなりました。もっと早くから使っとけば良かった。

僕は頭で動きをあれやこれや考えてもうまくいかなかったので、難しいことを考えずに感覚を磨けるこのギアに助けられました。まあまあ高いですが、本気でバッティングを向上させたい方は購入を検討するのもありかも?


話が逸れましたが、とにかく僕たちはこの大会で蓋の陣に向けて弾みをつけ、満を持して京都へ向かいました。

蓋の陣2025

大会1か月ほど前に、けんさんがUnited Nagoyaとして出場することが決まりました。強いピッチャー1枚いるだけでかなり大きいので、僕らにとってはかなりの僥倖でした。

僕をキャップ野球に引きずり込んだ2024年大会から1年。この1年で力をつけたんだということを証明するためにも、そしてけんさんのためにも、上位進出、そして優勝を目標に大会に臨みました。

予選ブロック初戦、龍谷大学Bとの試合。この試合の先発はGODで、相手は新人主体のチームだったので、まあ普通に抑えて勝てるだろうと思っていました。
一方相手先発は藤井。新人戦の頃からどれだけ成長しているか、対戦が楽しみな相手の1人でした。
初回の攻撃は、先頭の僕が3ベースで出塁。早いうちに1本出したいと思っていたので、最初の打席で出てくれて良かったです。ただだいぶまっすぐに押されていました。
その後ワイルドピッチで1点を先制。ここまではいい流れでした。

しかしその裏、この試合もGODはストレートの走りが良くありませんでした。2ベース3本を浴びるなどいきなり3失点。あまりアップをする時間もスペースもなかったので、そこの難しさもあったようです。

ただ、初戦の難しさは相手も感じていたようで、フォアボールやバッテリーエラーが絡み、和泉のバットを止めながらのタイムリーも出て(本人は納得いってなさそうでした)3回までに6得点。6-3で最終回の守備を迎えます。

不満げな和泉

しかし先頭打者にフォアボール、続く打者に対し振り逃げ、さらにはヒットも浴び、ワイルドピッチで1点を与えてなおも一打同点のピンチ。
次の打者のときにはフライが上がりますが、これを守備の和泉が冷静にキャッチ。
普通の場面だったら何てことないフライですが、この場面でエラーしないのがすごいなあと思いました。僕もこの試合守備をしていましたが、僕の方に飛んできてたら落としてたんじゃないかな。それくらいガチガチでした。

このプレーもあってなんとか逃げ切り6-4で勝利。熾烈なCブロックにおいてこの1勝はかなり価値あるものでした。

その後かなり時間が空いて2試合目。青学との対戦でした。
青学カップでは勝つことができましたが、相手も今回は戦力を1チームに集中させており、しかも相手先発は梶川。苦戦を強いられることになりました。

こちらの先発はけんさんでした。経験もあるし、修羅場も何回も経験しているからどうにか抑えてくれるだろうと、そう思っていました。

その期待通り初回は無失点。さすがのピッチングでした。
しかし2回、フォアボールでランナーを出して、梶川に2ランを被弾。肩口から入ってくるスライダーを完璧に引っ張られました。さすがにあのホームランには度肝を抜かれました。
その後もフォアボールやヒットなどが絡み計4失点。
梶川から4点取るというのもキツいですが、それと同じくらい、けんさんですら4点取られるのかという事実にも追い詰められたような気がします。

結局打線は梶川の前に沈黙し、完全試合を達成されました。
僕も3三振と全く歯が立ちませんでした。上から投げ下ろしてくる軌道が今まであまり見たことないもので、しかも高めは浮き上がるので上から入ってくると思ったらボール、っていう感じでほとんど高めのボール球を振らされました。が、打てなかった以上に悔しかったのが、2打席目と3打席目は、どちらもフルカウントから真ん中のまっすぐを見逃して三振しているということ。それまでは振りにいけていたのに、最後に手を出すことすらできなかった、これが1番屈辱的でした。

フライ打ってるだけもとすごい

初日は1勝1敗。良くも悪くも最低限の結果でした。
しかしいつまでも引きずってもいられないので、切り替えて2日目へ。

ちなみにこの日の夜、宿で寝る場所をかけて地獄のような勝負が行われたのですが、その話はまた別の機会に。

2日目、予選3試合目は横国Aとの試合。この試合の結果次第で予選の順位が大きく変わる重要な試合でした。
先発は石黒。キャッチャーはリーグのときと同じく僕でした。
石黒はあれ以来対外試合で投げていなかったので、どこまでいけるか不安でしたが、大会前日にみっちりバッテリーで練習したので、それを信じて戦いました。

この日はライズボールの調子が抜群に良かったです。
初回は速いボール中心の組み立てでしたが、2回以降少しずつライズボールの割合を増やしていきました。バッターはほとんど対応できてなくて、こんなにも刺さるのかと驚いた記憶があります。

一方打線は横国先発中谷の前に初回から6者連続三振。しかし3回に先頭の和泉がヒットで出塁し、1アウトからけんとがフォアボールを選んで1,2塁のチャンス。ここでピッチャーが北角に代わりました。
北角は左打者に対してはスライダーが多いと聞いていたので、外から入ってくるスライダーに狙いを絞りました。インコースに決めきられたら打てないのは自明なので、思い切ってそこを捨ててみました。

5番石黒がその通りにインコースのスライダーで三振。後で聞いたらそこを前で捌くつもりだったらしいですが、右ピッチャーの左へのインスラはベースの角をかすめて打者が当てられない場所を通るので、まあ厳しいですよね。あとボール球まで追いかけることになってしまいますし。
食い込んでくるボールへの対処法などあれば教えていただきたいです。

石黒の打席で1球ワイルドピッチがあり、2アウト2,3塁で自分の打席。
案の定全球スライダーもしくはカーブと食い込んでくる系でした。
外に目つけをしていたおかげでボール球に手を出さずに済み、カウント3-1。5球目はカーブだったかなと思います。
外から入ってきた球(ちょっとボール気味だったかも)を何とか当ててヒットゾーンに飛ばしました。中谷と対戦しているときにスイングのずれを感じていて、この打席も多分その影響であまり綺麗に捉えられなかったですが、何とか頭を使って結果が出せたのは良かったです。

ただ、先制したはいいものの、その裏にバッテリーミスが絡んで追い付かれました。パスボールはもちろん僕が悪いですし、ワイルドピッチ2つも何か簡単に逸らしてしまったなという感じがします。石黒のまっすぐは右打者のアウトローのあたりに来るとカットするのでそこをケアしていたのですが、逆にインコースに若干抜けた球を逸らしてしまいました。これに関しては捕手の限界もあると思うので、仕方ないといえば仕方ないのかもしれませんが、何とかできなかったかなーという思いは今でもあります。

1-1で迎えた最終回。表の攻撃で点が取れず勝ちはなくなってしまいましたが、それでも引き分けられればかなり大きいので、何とか守り抜きたかったのですが・・・。
もともとこの回は得点圏にいったら石黒をGODに交代、という話だったのですが、先頭をフォアボールで出した時点でタイムを取り、僕からもう交代させるべきだと訴えました。このままやってたら高い確率ですぐに得点圏まで進むし、1手でも遅れたらそれが命取りになると思ったのです。キャッチャーもここで野田に代えるか迷いましたが、この試合ずっと出ていた自分の方がいいのではという結論になり、そのまま続行。ここの判断は決して間違っていなかったと思います。

ただ、結果は最悪でした。次の打者は自分がシンカーを逸らして振り逃げ。GODのリズムを狂わせてしまい、その次の打者に四球。これでノーアウト満塁。一人三振に取るものの、その次の打者のところで再び僕がシンカーを逸らしてゲームセット。僕のサヨナラパスボールで負けました。

試合終了後しばらくして、キャップ野球で初めて泣きました。自分のタイムリーが決勝打になるかも!と浮かれていた20分前の自分を殴りたかったです。
ぐしゃぐしゃの顔でメインアリーナを歩いて2階の観客席に上がりました。途中でぷれさんに声をかけていただきましたがロクに言葉を返せませんでした。
失点が全て自分のミス絡みだったことが情けなくて、申し訳なくて、悔しかったです。

ただ、せめてもの救いは自分で逸らした原因がわかっていたことでした。

見てもらったらわかるんですが、滑るときに左足の下の空間を潰せていないので、そこを抜けていってしまったんですよね。
ここは前々から良くないよなーと思ってはいたのですが、それでも大体は止まっていたのでほったらかしにしていました。
今後の練習で潰さなければいけない課題が見つかって良かったと思うようにしています。

しかしながら1勝2敗とやや不利な状況に追い込まれたのは事実で、幸い同ブロックの他の試合の結果で決勝トーナメントにいけることは決まりましたが、3位か4位での通過しか残っていない状況になってしまいました。

予選最後の同志社A戦、お互い予選通過が決まったため、この試合は両チームとも少し気を緩めて戦っていたように思います。
かくいう自分も本戦に少しでも体力を温存するため、この試合は(特に守備は)気を抜いてました。この試合の先発はさいちだったので、基本飛んでこないですし。
バッティングの方は坂口相手に沼り、4三振くらいしました。こっちは調整だとは思いつつもある程度真面目にやってたのに真ん中のまっすぐを空振りしたので、さすがにまずくないかと焦りました。

試合はもとが3打席連続の2ベース(映像には1本しか残ってなかったらしく可哀想)、けんとの2ベース(ちょうど皆よそ見しててけんとブチギレ、本当に申し訳なかった)などで4点を奪い勝利。2勝2敗、予選3位で決勝トーナメントに進出しました。


決勝トーナメント1回戦の相手はGブロック2位、洛中洛蓋でした。先発はもちろんみに。リーグで対戦したときは欠片も合わなかったので、個人的にはかなり嫌な相手でした。

こちらの先発はけんさん。予選でなるべく温存して、その分トーナメントでフル稼働してもらおうと大会前から決めていました。
上位3人が脅威でしたが、初回は0で抑えて裏の攻撃へ。

この試合も僕は1番に入りました。
みにのような球種が多くてどんな球でもストライクが取れるピッチャーはなかなか狙い球を絞りづらいので、とにかくストライクに来た球を振っていくことだけを考えて打席に立ちました。
1打席目は2球で追い込まれますが、なんとかボール球を見極めフルカウントまでこぎつけました。そして最後のボールはチェンジアップ。
かなり崩されましたが、少し甘く来た分なんとかヒットゾーンへ運ぶことができました。
この打席は早めに追い込まれてから何とか出来たのが良かったです。

皆さんは追い込まれた後の対応はどうしてますか?
僕は引っ張りの意識は捨てて、センターから逆方向だけを意識して長くボールを見るようにしてます。ここも皆さんと話してみたいところです。

ただ、みにの厄介なところは連打が出ないところで、ここも残念ながら後続が続かず無得点。バッテリーもそうそう崩れてくれないので、なかなか大量点は難しいなと感じました。

2回に振り逃げとヒットで出したランナーがワイルドピッチで帰ってきて2失点。正直これ以上取られると厳しいなというところでした。

その裏、先頭のけんさんがあっさり三振してきて、1アウトで自分の打席。
無理ゲーだと思っていたみにから1本打てたので、少し肩の力は抜けていました。
シンカー、シュート系は甘く来たら反応で打てると思っていたので、食い込んでくる系に若干意識を向けていました。

ランナーがいればなおよかったですが・・・

初球のカットボールに比べて若干甘く来た逆スラをライトへ。
かなりギリギリでしたが、入ってくれて良かったです。
引っ張ったホームランはあまり打ったことがなかったので、それもうれしかったですね。
けんさんとは思わず抱き合ってしまいました。

ただ、この後も2者連続三振であっさり攻撃が終わってしまい、やっぱり隙がないなと思いました。ここで乱れないのが歴の長さというか、練習量の違いなんですかね。

2-1と一点差に詰め寄るまでは良かったのですが、3回の表、1アウトから福森さんにフォアボールを出し、続く稲田さん。
3巡目に入り、もしかしたらそろそろ捉えられるかも・・・と思ってはいましたが。

守備をしていた僕の横を高速で抜けていきました 全く反応できませんでした

1点返したあとに2点追加されて、正直ここで終わったかなと思ってしまいました。あまりにもこの1発は重かったです。試合の雰囲気も一気に変わってしまったという実感がありました。

その裏の攻撃は3人で終了。僕にも回ってきましたが、3塁線ギリギリの打球がファールになり、ツキもないなと感じました。結局その後三振。
4回表にも1点を失い、5-1と窮地に追い込まれました。

しかしその裏、2アウトからランナー2人を出して自分に回ってきました。1発を打っても追いつけないし、そう何発も打てるピッチャーではないので、何とか2ベースあたりでつなぎたかったです。が、結局インコースのまっすぐを見逃して三振。打てるとしたら2球目にファールにしたシンカーくらいでしたが、ほんの少しバットが遠回りして仕留められませんでした。

この打席は1球目と3球目にインコースの厳しいボールをストライク判定されていました。自分としては自信をもって見送ったのですが、後から振り返ると1打席目もインコースギリギリのカットボールをストライクと言われていたので、そこを頭に入れていなかった自分の責任でした。自分のイメージと審判のゾーンが違うときはそこを意識して打席に立たなければいけないということを学びました(審判に対して文句を言ってるとかでは全くないです、不快な思いにさせていたらすみません)。

僕がラストバッターとなり試合終了。3日目に試合をすることは叶わなくなってしまいました。
チームとして本気で上位を目指した大会だったので悔しかったし、なによりけんさんと勝ちたかった、けんさんを上に連れていきたかった(ピッチャーはけんさんとGOD頼みだったのに何言ってんだという話ですが)という思いが強かったので、初戦で終わってしまったことが悲しかったです。
けんさんのnoteも何回も読んで、その思いを多少なりとも知っていたから、一層勝ちたかった。

試合が終わった後、けんさんとたくさんお話ししました。というかこの2日間でだいぶいろいろしゃべりました。
その中で思ったのは、やっぱり助っ人頼みではいけないということ。特にうちは安定感のあるピッチャーの枚数が足りないので、自分たちが成長してそこを補っていかないといけないと痛感しました。自分ももう一度、ピッチャーとして自分を鍛え直そうと思います。

3日目は他の皆は大体京都観光に出かけましたが、僕と野田と石黒は会場に試合を観に行きました。
3日目で印象に残っていることをいくつか挙げると、まずハム大が2回戦で負けたこと。あれだけのメンバーがいますし、去年優勝した経験もあるのに、こんなに早くに消えるとは思いませんでした。谷さんが荒れるのも久々だったので、びっくりしました。

次に、Northernと湘南三田が準決勝で負けたこと。どちらも圧倒的なメンバーがそろっていましたが、試合を観ているとバッテリーの連携の差で負けたような気がします。連合チームだとバッテリーが普段組んでない人同士になったりもするので、いくらすごい人同士でも大事な場面でミスが出るのかなと思いました(めっちゃ失礼かつ上から目線でごめんなさい)。

そして何より、洛中が優勝までいったこと。正直、準決くらいでみにがバテて負けると思ってました。それが決勝まで投げ切っちゃうんですから驚きです。さすがに決勝の5回に連打で逆転されたときは限界かなと思いましたが、その後踏ん張って自分でホームラン打って逆転勝ちとは、御見逸れしました。

ただ実は、負けた瞬間以上に、洛中が優勝した瞬間が1番悔しかったです。負けた瞬間は、自分の打席の内容がなまじ良かっただけに若干満足してしまっていた部分がありました。ですが洛中が優勝した瞬間、洛中に負けたあの試合がそのまま僕たちと優勝チームの力の差なのかということに思い至って、小さくはないが大きくもない差だったように感じていたために悔しさが込み上げてきたんです。
まあそれと、嫉妬とも言えるかもしれませんが、彼らが勝者で自分たちが敗者であることが浮き彫りになって、屈辱を感じたというのもあります。
もちろん、祝福する気持ちも感動する気持ちもあったんですけどね。

洛中洛蓋の皆さん、おめでとうございます

この大会を通して感じたのは、まず球が速ければ勝てるわけではないということ。みにもそうだし、原郷さんとかも球は速くないけど投球術で相手打線を抑え込んだ。2日目が終わった後、けんさんも「今は速い球を投げても打たれる。それだけじゃ勝てない。キャップ野球の時代が変わった」と言っていたんですが、3日目の試合を観て納得しました。
それともう一つは、バッテリーの完成度の重要性ですね。洛中も、京大も、そこを突き詰めていたから決勝まで残った。まあそれはレベルの高い試合ほどロースコアが増えることからも自明の理だと言えるかもしれませんが、ワイピとかパスボはちょくちょく出るけど基本0で抑えるとかではなくて、極限までミスを減らせるバッテリーじゃないと最後の最後で勝てないのかなと思いました。

阪大カップ

陣が終わったこともあり、かなりゆるい雰囲気の大会だったように思います。
ただ僕はメンバーを集める際にいろいろありましたし、結果なかなかなチームができてしまったので、気は抜けなかったんですけどね。

ただ、僕が悪いところも大いにあるんですけど、そもそも最初は出場できるか怪しいレベルで人数が集まらなかったんですよ!
そんななかで連絡してきてくれたりうちで出てもいいと言ってくれたりした人のことは断れないじゃないですか!
それを続けていったらあのチームができたってだけです!
そもそも僕以外の人が連絡して呼んだ人もいるし!
Dさんに関しては完全に僕の責任ですが、僕もグループLINEでチームに入れて大丈夫か確認はしたんです!ただ半日経っても既読はついてたのにだいしゅんさんから返信が来ないからいいかなって・・・。
そもそも右も左もわからない中初めてのチーム作りを一生懸命やってる人に対して周りが集中砲火するのってどうなんですか!?

・・・嘘です、その節は本当に申し訳ありませんでした(特にだいしゅんさんと中西)。
チーム作りって大変だなあということを実感しました。
またいつか機会があればやってみてもいいですが、当分はいいかな。どこかのチームに入れてもらう方がよっぽどいいや。

で、試合の方ですが、まず予選1試合目のデリキャ戦。
この試合に勝たないと3位以下トーナメントになってしまうので、この試合が1番重要までありました。ですが結果は1-0で惜しくも敗戦。諌見に完全試合を食らいました。実はこの日の前日、僕は西宮での練習で対戦していたんですが、それでも全く何もできませんでした。
重松も柔キャで好投を見せましたが、アウトラインをギリギリ越えるタイムリーにより失点。この当たりはめちゃくちゃ際どくてビデオ判定までしたんですが、それでもはっきりどちらとは言い切れず。結果として最初の判定が優先されることになりました。正直守備で真横から見ていましたがそれでもわからなかった。アウトにはなりませんでしたが、にかさんナイスプレーでした。

前日練習した塩瀬体育館(画像は西宮市HPより引用)

続く狂蓋戦。この試合は宮上-土井の東大寺バッテリーで挑みましたが、初回にまろすけさんが腰を痛めるまさかのアクシデント。急遽土井さんをピッチャーにし、途中でキャッチャーをにかさんに代えましたが、なかなかうまくいかず敗戦。森はやっぱりいいピッチャーだった。

残念ながら予選4位となってしまいましたが、そのおかげでUNと対戦できることに。この大会のUNは中高生の子も多く、その子たちに高いレベルを経験してもらおうということで、UN戦は中西をぶつけました。キャッチャーは志願していた重松。

重松がなかなか止めるのに苦労していたので、中西は相当出力を落として投げていました。それはもう笑ってしまうくらいに。それでもストレートのライズ幅が変わらないのがすごいなと思いました。
結局余裕の3回完封。さすがに格が違いました。でも下の世代の子たちにも世代戦レベルを感じてもらえたんじゃないかなと思います。
中西から2ベースを打った中学生、石本くんの名前は皆さん覚えておいてください。

最後の九大戦は青学カップぶりにけんととバッテリーを組んで臨みました。
あのときと比べるとけんとの調子はそこまででしたが、それでも尻上がりに内容が良くなっていって、4回を2失点にまとめました。
この試合は我ながらなかなかキャッチャーとしていい仕事ができたと思います。最初の方はパスボールもありましたが、後半はほとんどミスなく、苦手だった左打者のインローあたりのカットするボールもしっかりと止めることができました。少し上達したかもしれません。

試合は同点でタイブレークに入りましたが、にかさんのタイムリーなどで表に2得点。にかさんはこの試合2安打3打点で後輩をいじめていました。
裏は1点を失いましたが何とかリードを守り切って勝利。自分としても最後に良い試合ができましたし、けんとはこの大会を最後に留学に行ってしまうので、そこを良い形で終えられてうれしかったです。

そんなこんなで、何とか無事に1日を終えることができました。
この日は1日中Dから中西を守り続けました。一応最低限責任は取ったということで許してほしい。
いろいろありましたが、大会後にチームの皆さんからなんだかんだで楽しかったと言っていただき少し救われたような気がします。
また同じメンバーでというのは無理ですが、一人ひとりとはまた一緒にプレーしてみたいですね。特に土井さんとは戦ってみたいです。僕は別に苦手じゃないですし。まろすけさんともまたやりたい。

なんかちょっといい感じの写真

関東シャッフル2025

小竹さんと竹下さんからまさかの4位指名をいただき、抽選で小竹さんのAチームに参加させていただくことになりました。どうやら同チーム1位の松井さんが猛プッシュしてくれていたみたいです。ありがたい限り。

しかしながら、阪大カップ翌日に急な発熱があり、病院に行ったところコロナ陽性。出場辞退を余儀なくされました。

いやもう、めちゃくちゃショックでした。初めてのαだったし、関東の方と交流できる機会ってあまりないので、すごく楽しみにしてたんです。
しかも前日には2回生交流会もあってそっちも楽しみだったのに、全てパーになりました。
多分連日の遠征で免疫力が落ちてなければ、発症はしてなかったと思うんです。実際1日休んだらすぐ熱下がったし。だからなおのこと悔しかったです。大信さんとバッテリー組みたかった・・・。

ただ、代わりに入ってくれた田中と皆さんの頑張りでAチームは準優勝。
やっぱりすごい方々の集まりでした。
これって僕も関東シャッフルα準優勝名乗っていいんですか?

残念ながら今年は関西シャッフルの参加も難しそうなので、次回があるとしても1年後です。遠いなあ。
ただまあ、またいつかαで選んでいただけるよう頑張っていきたいと思います。



おわりに

これでおおよそ、これまでのキャップ野球生活は全部振り返ることができました。まさか3万字超えるとは思わなかった。

ここまでもし仮に全部読んでる人がいたとすればあなたは変態です。
僕のヲタクを名乗ってもいいくらい。
ですが、もう少し有意義な時間の使い方があったのではないでしょうか。

振り返ってみると、たくさんの出番をもらって、たくさんの経験をさせてもらって、たくさんの方と出会うことができました。たまたまTwitterでサークルを見つけていなかったら、もっと言えば入試に受かっていなかったらこれがすべてなかったわけで、数々の奇跡に支えられて今の自分がある。なんだか感慨深いです。

書き連ねていく中で、ゆっくりとではありますが、多少は自分が成長しているということも実感できて、少し安心しました。でも今のままではまだまだ全国では勝てないので、もっと精進していこうと思います。

最後になりますが、一部だろうと全部だろうと、こんな駄文をお読みいただいた皆様、ありがとうございました。
またどこかでお会いした際はよろしくお願いします。

では、このあたりで。

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