【感想文】バーミンガム市響&山田和樹@サントリーホール7.1(前半)
昨年は「芸術に触れよう2024」と題して自分の目標の一つにし、実に様々なクラシックコンサートやバレエなどに行ってきた。今年はいくつかの主要なコンサートに絞り、聴く・観るよりも、アウトプットに重きを置こうと思っていたが、体調の関係で、なかなか思うようにできていない。この日の感想をまとめるにも時間を要したが、ともあれ、始めることにしよう。
山田和樹指揮、バーミンガム市交響楽団、サントリーホールにて、ラヴェル「ラ・ヴァルス」・ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」・チャイコフスキー「交響曲第5番」というなかなか有名どころのラインナップだ。
1曲目 モーリス・ラヴェル 「ラ・ヴァルス」
この曲は、昨年も聴きに行き、感想文としてまとめたものもあり(下部に埋め込んだ【感想文】ドビュッシーとラヴェル@芸術劇場4.13(後半)参照されたい)、また、ラヴェルとバッハが好きだとプロフィール欄に記している上、この曲はラヴェル作品の中でも最も好きな曲である。以下、昨年とはできるだけ異なる視点からのレポートを試みたい。
学生時代よく聞いていたのは、ブーレーズ指揮、ベルリン・フィル演奏のCD、ピアニストを忘れたが1台ピアノ版、2台ピアノ版だった。その後、サブスクでもなかなか良い音源を探せたので、17時間以上に及ぶプレイリストを作ったりしている(エンドレス・ラ・ヴァルスだ)。今回の山田和樹氏も、この曲には思い入れがあるらしく、演奏前に挨拶に出てきた時にこの曲について、ウィンナ・ワルツの拍子などについて少々触れていた。コンサート前には予習として山田氏の指揮も聴いていたが、最初に聴いた時の衝撃は忘れられない。悪い意味で言っているのではなく、昨年の指揮者の比ではなかった。
概略
「ラ・ヴァルス」は英語では「The waltz」つまりワルツのことである。特にこの曲は19世紀末のウィンナ・ワルツへのオマージュとして構想され、1919~1920年に作曲された。元々はラヴェルに新作を委嘱したディアギレフ(バレエ・リュスの主宰者)が「バレエ音楽に不向きだ」として受け取りを拒否し、二人のコラボレーションも終わってしまったという、その原因となったほどの曲である。バレエ音楽としてそこまで不向きである理由は、以前私が書いたように「踊れないワルツ」だからだと思うが、ディアギレフには「バレエの絵画」もしくは「バレエの肖像」と評されて拒否されたとされている。
ではどんなワルツか、よくある解釈としては、古き良き時代のウィーンへのノスタルジーや、第一次世界大戦後のヨーロッパの荒廃や変容、破滅への予感などが込められている、というものである。これらの解釈には私も異論は特にない。ヨハン・シュトラウス2世のウィンナ・ワルツを讃える一方、その栄光が崩れゆくさまをまさに音で描いているともいえる。また、ラヴェルの母の死(1917年)が個人的な背景にあったこともおそらく関係しているだろうと言われている。従軍して心身ともにダメージを受けた戦争体験も絡んでいることだろう。実に様々な要素がこのワルツを作り上げた。この時代的背景・個人的な心理的背景を、完全に把握することは不可能であろうし、指揮者や演奏者ではなく曲の受取り手である私たちがそこに執着しすぎる意味はあまりない、と思う。
曲の展開・構成
導入部(序奏):曲は、低音のざわめきの中から、まるで霧の中、混沌の中の不明瞭な響きから、ワルツのリズムが次第に形を成していくように始まる。最初はかすかに聞こえるワルツの断片が、徐々に明確になり、華やかさを増していく。調性も曖昧で、半音階的な動きが多い。
主部(ワルツ主題群):様々なワルツの主題が次々に現れ、オーケストラの色彩豊かな響きによって、舞踏会の熱狂が描かれる。それぞれの主題の性格は異なり、優雅さと、不穏で狂気じみた雰囲気が交錯する。
コーダ:テンポが加速していく。最終的にはワルツが崩壊、カオスのようなクライマックスに突入して、突然、終止する。
特徴
・ラヴェルらしい繊細かつ緻密に計算されつくしたオーケストレーションには目を見張るものがある。様々な楽器の効果的な使用、それぞれの楽器の特長を最大限に生かした楽器法。
特に打楽器と金管の使い方がドラマティックである。オーケストレーションは私が何度も言っているラヴェルの「知性と感性のバランス」の良さが最もよく表れる場面だと思う。
・リズムや音の強弱による演出についてもいくつか特徴がみられる。(基本は3/4拍子だが)シンコペーションやポリリズムが多用されることで、拍子感覚が曖昧になる作用をもたらしている。また、段階的な加速により、終盤は「制御不能なワルツ」のさまが描かれ、音の強弱(ダイナミクス)の急変(ppからffへ)も、混乱、興奮状態をうまく演出している。さらに、3拍子の中に2拍子の感覚を挿入するヘミオラにより、リズムの錯覚を生み出している。へミオラ→3拍子の2小節(♪♪♪|♪♪♪)を2拍子の3小節(♪♪|♪♪|♪♪)のように読み替えて演奏すること。
・ポリコード(重層和声)、これは、異なる調の和音を同時に鳴らすことで、妖艶で不安定な響きを生むのに役立っている。
・旋律やベースラインが半音階で動くことで、調性の重心が常に揺れる効果を出している。
感想
山田氏の指揮は、凄まじかった。彼はこの曲に思い入れがあるというだけあってなのか、とにかく、この曲をすごく深く理解していると私には思われた。彼の指揮は、音響に重きを置くのではなく、あくまでこの曲の象徴性や物語性、さらには身体性を融合させたアプローチをはかるという点で、おそらく私がこれまで聴いた限りでは最も良い意味で特徴的な印象を与えている。この日、全曲ともそうであったが、山田氏は譜面なしである。それは最近では珍しいことでもないし、別に譜面のことを言いたいのではない。ではラヴェルの例えば歴史的背景や、彼の個人的背景を勉強したから、なんてことを言うつもりはさらにない。やはり譜面だ。だが、譜面から何段階にも及ぶ過程を経て、彼はきっとラヴェルの作曲したこの時代にまで遡り、ラヴェルが頭の中で描いた「ラ・ヴァルス」の図面(設計図)を、直観した(観た)、としか思えない。それくらい恐ろしい表現力・再現力を持っている。手放しの称賛である。
以前も同じことを書いたが「影のある皮肉屋」「知性と感性のバランスに優れた作曲家」、私にとってはラヴェルとはそういう芸術家である。知性と感性の見事な融合、そのバランスの良さこそが、彼の作品の最大の魅力であり、「ラ・ヴァルス」は、彼の精緻な構成力と、冷静な美意識、その中に潜む激しい情念のようなものが、うまい具合にぶつかり合ったような印象を受ける。美と不安の絶妙なバランスともいえよう。オーケストレーション・音の構造・響き・リズム・象徴性のすべてが緻密に絡み合ったまさに傑作であると、個人的に思うのがこの「ラ・ヴァルス」なのである。
昨年の「ラ・ヴァルス」感想文はこちら👇
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