第8回 善意で包んでくる、社会貢献っぽい型
このタイプの特徴は、商売の話をしているのに、
気づけば善意の話に見えてくることです。
「売りたい」ではなく「届けたい」
「勧めたい」ではなく「知ってほしい」
「儲けたい」ではなく「必要な人の役に立ちたい」
こういう言葉が増えてきたら、かなり社会貢献っぽい型です。
こちらとしては、最初から少し思っているわけです。
きっとたぶんそういう話だろうな、と。
なので別に、感動して前のめりになっているわけじゃない
むしろさっさと中身を見たい。
何の話なのか、どんな仕組みなのか、
そこを聞いてノーサンキューと言いたい!
なのに、このタイプは話をやわらかく包んできます。
「本当にいいものだから」
「必要な人にまだ届いていない」
「少しでも知ってもらえたら」
「困っている人の役に立てる」
なるほど、言っていること自体は悪くない。
むしろ立派。
でも、だからこそやっかい。
こちらは本当は、
何を扱うのか?
誰がどう利益を得るのか?
自分に何をしてほしいのか?
この辺りを確認して、話を終わりにしたいんです。
それなのに、空気が少しずつ
「社会のため」
「人のため」
「応援の気持ち」
の方へ寄っていく。
すると、中身を確認して断りたいだけなのに、
なんだか自分が冷たい人みたいな気分になる。
ここが、この型のうまいところ。
つまりこれは、純粋な善意ではなく、
善意でそういう話の輪郭を見えにくくしているんです。
だから対策はシンプル。
思いは立派。
でも、思いとやっていることは別。
人のためになる、大いに結構。
でもその前に、どんな組織が、何の商売をしていて、
誰にどう広げたいのか?
そこは普通に聞いてよし!
むしろ、そこを聞かずに善意だけ受け取ると、
あとで話がややこしくなります。
目の前の人は感じがいい
でも、その中身は果たして???
そのくらいの距離感で、ちょうどいいのかもしれません
今日の格言
組織の目的は、人と社会に対する貢献である(ピーター・ドラッカー)
念のため、どんな組織がなんの商売をしているのかは先に聞いておきたい(キユデヒ・ラハ)
参考文献(たぶんない)
パブロ・ブルーノ
「善意表現と参加判断の相関に関する予備的考察」
パイプライン大学紀要 1986年
次回は
第9回 どう落としにくるのか。話法を味わってみる
誰がしゃべるかではなく、どんな話の構成で
人をその気にさせるようとするのか!?
一緒に研究しましょう!
お楽しみにー!
