(思いつき)文ストのBeast太宰の包帯について
0.注意
筆者の考察が正しいとは限りません。「へえ、そういう考えもあるんだ」くらいで読んでくださいませ。
それでは始めましょう。
1.包帯の向き、違くない?
筆者の推しは太宰です。
そのなかでも特に、Beast太宰をこよなく愛しております。
そんなわけですが、一つ読んでいて気になった事が。
「人格が違いすぎる・・・」
これは文ストオタク勢なら、誰しもが抱く疑問であると思います。他のキャラクターはそこまで変わった様子がありません。
国木田君なんて、相変わらずの理想&予定愛好家でした。なのに、太宰だけ全然雰囲気が違います。どういう事でしょうか。
具体例を挙げると、まずこれだと思います。
「顔の包帯の向き」
これです。筆者はずっと、何故包帯を巻く向きが違うのか考え続けてきました。(暇人だと笑ってください)
黒の時代は右目が隠れていますよね。しかし、Beastになると左目を隠すようになるんです。どんな心情の変化でしょうか。
2.考えられる可能性 その1
これはどこかのYouTubeのコメントに書いてありました。残念ながら誰かは忘れてしまいましたが、
「右目は過去、左目は未来を現す」
・・・だった様な気がします(本当に申し訳ない)。
筆者はこのコメを読み、素直に感動しました。
黒太宰は過去のトラウマ(?)や自分自身の受けた傷から身を守るために、包帯を右目の辺りに巻いている。
一方Beast太宰は、未来の「織田作の死」という傷から身を守っている。だから、左目に巻く。
こう考えると綺麗にまとまりますよね。
これはアニメ版の話になるのですが、織田作が今際の際に、太宰の顔の包帯を取るシーンがありましたよね。
これは、太宰を古傷から解放し、新しい人生を歩む手助けをする、という意味があったのではないかと思います。
しかし、今度は織田作の死という傷を負ってしまった太宰。身体の包帯は、それを指し示しているのでは?と思いました。
また、せっかく織田作が解放してくれた
「過去の傷」をもう一度塞ぐ(つまり右目の包帯をつける)ことは、Beast太宰が耐えられなかったのではないでしょうか。
2.考えられる可能性 その2
これは完全オリジナルの説です。
「織田作を守れなかった自分と同じ格好をしたくない」
黒の時代の時、太宰は包帯を右目に巻いていました。現在軸では顔につけていません。この2つの太宰に共通するのは、「織田作を守れなかった」こと。
Beastの彼は、絶対に織田作を救うと決めた。ならば、織田作を守れなかった自分と同じ格好をする必要はない。むしろ、贖罪として包帯の向きを変えようとしてもおかしくありません。
「自分は今までの自分とは異なる未来を創るんだ」という決意の現れだったらいいな、と勝手に思っています。
蛇足かもしれませんが、筆者は彼の最期が幸福であったことを祈ります。
追記 11月24日
左目は「感情」も表わすそうです。
太宰は感情を押し殺してまで、織田作を救いたかったんだなぁ・・・と考えると、筆者のような涙腺崩壊マンはしばらく部屋に篭らざるを得なくなりそう。
まあ、もともと部屋が好きだけど。
ヤバい、テスト前なのにnoteを見てしまう自分がいる。
今回の考察は以上です。スキ、コメントを是非よろしくお願いします。
