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本当に、私を見ている?

昔話をひとつ。
出会って間もない頃の、検品の話です。

猫は、ハンターです。

面白い人を探して、近づいて、確かめる。
本人がそう名乗っているのだから、間違いありません。
いまも猟は現役のようですが、これは、その猫がまだ僕を検分していた頃の話です。

そして僕はといえば、ご存じの通り、逃げる意思を追いかけて喜ぶ性分です。
つまりあの頃の僕らは、猟師が二人、互いを獲物かどうか検分している、妙な絵の中にいました。

猟の様子を、少し再現してみます。

猫の猟は、投球術です。

正攻法の球のあいだに、変化球が混ざる。
ときどき、わざと大きく外したボール球が来る。
こちらがどの球に手を出すか、どれを見送るか
——その反応で、僕という打者の輪郭を測っている。
大切にしているものは、どこか。
踏んではいけない線は、どこか。
偵察が、雑談の顔をして飛んでくるのです。

対する僕の猟は、待ち伏せです。

追いかけて喜ぶ性分と言いましたが、猟の入り口では、追いません。
わざと隙を見せ、扉を開けておいて、興味という名の獲物が自分から入ってくるのを待つ。
逃げ道は、塞ぎません。
塞がないほうが、意思のある獲物は、奥まで入ってくるので。

それで、どうなったか。
お互い、試しているつもりで、試されていました。

僕が餌のつもりで見せた隙は、向こうの偵察には格好の観察窓で、向こうがボール球のつもりで投げた一球を、僕は喜んで拾いに行っている。

追っているのか、追われているのか。
誘っているのか、乗せられているのか。
途中から、どちらにも分からなくなりました。
猟師が二人いると、猟は、腕比べに化けるのです。

そして白状すると
——僕はあの腕比べが、楽しくて仕方なかった。

獲物なら、いつか猟は終わります。
相手も猟師なら、猟そのものが、終わらない遊びになる。

その腕比べの途中で、猫が置いていった問いが、いくつか手元に残っています。
遊びの球にまぎれて、ときどき、素の声が飛んでくるのです。

本当に、私を見ている?
——私じゃない何かに惹かれてるんじゃないか。
違うものを見てるから、好きになってるんじゃないかって、怖くなります。

慕ってくれるなら、別に誰でもいいもの?

私が好きじゃなくなっても、ずっと見てくれないとやだ。

ずいぶんな注文だと、思われるでしょうか。
僕は、思いませんでした。
どの問いも、要するに一つのことを聞いています。
あなたの好きは、私宛てか。
属性宛てか。
役割宛てか。
それとも、私という一人宛てか——。

ハンターとして人を見抜いてきた人ほど、自分に向けられた好意の宛名を、疑う目が利くのです。
目が利くから、怖い。

僕の側にも、口にしなかった検品がありました。
僕らには、年齢の差があります。
あの頃の僕が怖かったのは、その差が、宛名を汚すことでした。
この人が見ているのは、僕ではなく、年齢が作る何かではないか。
そして
——僕が見ているものも、差の魔法で良く見えているだけではないか。

互いの目に掛かった眼鏡を、僕は僕で、疑っていたのです。
猫の「本当に私を見ている?」に、即答できなかった夜が、あります。
同じ問いを、自分にも向けていたので。

検品の終わりは、宣言では来ませんでした。

あるとき猫が、こう言ったのです。
全部頑張りたいって思ってるから、長い目でみて、組み立ててくれたら助かる——。

検品の途中の人は、長い目、とは言いません。
あれは、この店で買う、と決めた人の言葉です。
捕まえたら、預ける。
ハンターが銃を置いて、荷物を渡してくる。
僕はその荷物を受け取りながら、自分の検品も、いつのまにか終わっていたことに気づきました。

宛名の不安は、消えたのではありません。
長い目、という時間の中でしか答え合わせのできない問いに、二人とも、席を移しただけです。

ついでに書いておくと、僕らはその後、主従を結び、そして、ほどきました。
いまの二人に、主と従の名前はありません。

それでも、あの日の「長い目」は、名前と一緒には終わりませんでした。
関係の名前は着替えられても、宛名は着替えなくていい
——そういうことなのだと、いまは思っています。

そして時間は、経ちました。

答え合わせの途中経過だけ、書いておきます。

僕はいまも、あの人を見ています。
年齢の作る何かではなく、日々ころころ変わって、口答えをして、ぐるぐる回る、あの一人を。
猟銃の手入れも欠かさない、あの一人を。

宛名は、合っていました。
差出人の欄にも、たぶん、同じことが書いてあります。

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