おかわり高野山、追い護摩行の巻
11月28日(金) 晴れ
高野山参拝からおよそ1週間。
思いもよらぬ展開となった。
きのう突然母から、
「明日(28日)、愛宕山医王院で護摩行があるんだけど、どう?」
と電話があったのだ。
私の家から車で10分足らずのところの山の上に、真言宗医王院があるとはかねてから聞いていた。いずれ行きたいなとは思っていたけれど。
まさか今とは。
しかも高野山に行った1週間後である。
私は「行く。」と即答した。

私と母がお堂についたころにはもう護摩行がはじまっていて、炎燃えさかる護摩壇に護摩木をくべる住職さんの背中が目に入って来た。
はじめはその場の空気に馴染めず、
「遅刻しちゃったな」とか「私も護摩木に願い事書きたかったな」といった煩悩が浮かんできていた私。
燃え続ける炎、こだまする真言、鳴り響く太鼓の音。
護摩行が進むにつれて、私の内側の声に変化が起きた。
「みんなの願いが叶うようにと祈れば、私もきっと大丈夫。」
意識がだんだんと護摩行の空間に溶け合っていき、
自他の区別なくおだやかに祈る自分がいたのである。
護摩壇の向こうには薬師如来。大きなお姿でうっすら目を開いておられた。
炎に照らされたお顔は、瞑想の極致の姿といいたくなるほど。
いくつもの真言を唱え、最後の護摩木をくべると同時に護摩行は終わった。
そのあとの住職さんのお話、
「世界を見わたせば、戦争だつらいこと、不幸なことは目に入ってくる。
幸せになるということは、世界の光の部分に目を向けること。
蛇口からお水を飲ませてもらっている。屋根のある家に住まわせてもらっている。土の上を歩かせてもらっている。そう考えるだけで、ああ、自分はなんて幸せなんだろうと思うことができます。」
この言葉を、仏道に生きる人の口からきけたことがなんともありがたかった。そして隣にいる母もちいさく言葉をもらしていた。
母と私が一緒にこの言葉を聞く必要があったんだ。
そのあと、特別に大般若加持(般若心経のもととなった分厚い経典をアコーディオンのように開いて風を送り、背中を叩く!)をしていただくことができた。
弘法大師は「体験」をとても重視されていたということがうなずける。
これは自分から行動し、実際に目で見て、体感しないと分からないものだ。
そして、さらにお茶のおもてなしを受けて、和尚様に気功をしてもらった。
わたしは目が疲れやすいので頭をお願いする。
和尚様は、護摩行のあとのお話は何も決めずに思いついたことをそのままお話するそう。(たしかに、あれだけの炎の前で祈祷するのだから前もって考えていたことなんてどこかへいってしまうだろう。)
毎月28日に護摩行が行われているそう。
絶対来ようと思う。
お堂をあとにした母と私は、自分が勝手に生み出していたどうでもいいことがすっきりとしていた。
母も初めての体験だったそう。
帰り際、母が明日宮原でミカン狩りをしないかと誘ってくれた。
今日につづき、明日も愉しい1日がやってくる。
この世界は光だらけなのだから。
今日のご縁、この流れ、すべては弘法大師さまからのプレゼント。
喜んで感謝をもって受け取ります。
「南無大師遍照金剛」

