浅妻と汐汲
羽子板を飾るのを忘れていました。
元旦の今日になって、ふと思い出し、押し入れの奥からそっと取り出してみました。
おもむろにサイドテーブルへ。
たったそれだけで、部屋の空気がすこし改まるから不思議です。
この羽子板は、娘ふたりのもの。
上の子が生まれたとき、亡き父が買ってくれました。
初孫の誕生が、どれほど嬉しかったのか。
あの頃の父の顔を思い出すたび、胸の奥が静かに温かくなります。
下の子が生まれたときは、上の子の羽子板の写真を持ってお店へ行き、並べて飾れるものをお願いしました。
飾ったときに向かい合わせになるように。雰囲気も揃うように。
同じ作家さんの作品から選んだことを、今でもよく覚えています。
こういう「さりげないこだわり」は、暮らしの記憶に、ちゃんと残るんですね。
実は亡き母に、教えられたことなんですけどね。
年月は流れ、娘たちは一人前の大人になりました。
それでも羽子板は、変わらず美しい姿のまま。
「浅妻」と「汐汲」。どちらも長唄の演目にゆかりのある題だと知ったとき、ただの飾りではなく、ひとつの小さな文化を家に迎え入れた感じです。

そういえば、私と妹の羽子板は「藤娘」と「静御前」だったような記憶があります。
やはり向かい合わせに飾っていました。
そして、亡き母が嫁ぐときに持ってきた羽子板も、昔は実家で一緒に飾っていました。
母の話では、親類の方が毎年、浅草あたりで羽子板を選び、届けてくれていたのだそうです。
押し絵羽子板で、飾ることもできて、羽つきもできるような大きさ。
お正月の縁起物として羽子板を贈る、なんて粋な習慣でしょう。
そういう世界が、確かにこの家のどこかに繋がっていたのだと思うと、心が少し澄んできます。
今年は、なぜか娘ふたりが申し合わせたように泊まりにきて、まぁ家の中がとてもにぎやかです。
懐かしい賑わいに包まれていたからこそ、羽子板の存在を思い出したのかもしれません。
暮らしの中の小さな縁起物は、未来のためというより、過去から受け取ったものを丁寧に置き直すためにあるのかもしれません。
元旦の静けさと、家族の笑い声。
その間に、変わらず美しい羽子板があるだけで、今年のお正月は、もう十分に満ちている気がします。
読んでいただきありがとうございます。
