クラウン・シャイネスと余白のある関係
「クラウン・シャイネス」という、初めて聞く言葉に心惹かれた。
木々の枝や葉(樹冠)が、互いに触れ合わず、
わずかな隙間をあける現象だという。
木と木のあいだに細い空間が生まれ、
そこから空が見える。
どこか不思議で、静かな美しさを感じる光景。
けれどそれは、特別なものというより、
私がこれまで何度も惹かれてきた風景でもあった。
茂みのあいだから見える青空。
隙間から差し込む光と、木々の影とのバランス。
私はずっと、そういうものを好んで見ていた。
この「隙間」を、余白と読み替えてみると、
見えてくる世界が少し広がる。
触れ合わないことで生まれる空間。
重ならないことで差し込む光。
そのあいだを通り抜ける風。
そこには、整えられた静けさがある。
もしこの余白を、人との距離に重ねてみたらどうだろう。
近づきすぎない。
けれど離れすぎない。
そのあいだにある、ちょうどいい距離。
言葉を交わさなくても、
同じ空間にいられるような静かな関係。
触れないことで保たれるものがあり、
重ならないことで見えてくるものが、
あるのかもしれない。
そう考えると、私が無意識に惹かれてきた風景は、
ただの好みではなく、
自分の在り方のようなものを映している気もする。
余白のある空間。
風が通る距離。
その中に身を置くと、
どこか懐かしく、静かに整っていく。
無意識に惹かれるものには、
やはり理由があるのだと思う。
