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繕うことはコミュニケーション

私は、しょっちゅう
生徒に
「先生、名札とれたけん、つけて。」
「先生、またの下が破れてしもた。」
「先生、ボタン取れてなくなった。」
と言われて、
貴重な休み時間に高速で繕う作業をしていることが多いです。

他の先生から見て、
せんでもいいんちゃう?
と思うことをやってしまっています。

教師の仕事ではありません。
家の人、または自分でもできることです。

でも、私はやっています。
家庭がしんどい子が多いからです。
お母さんに言えないから私に言ってくる子もいます。
それで、気軽に繕っています。

ただ、母が裁縫が苦手というだけで
頼めないし、頼まないという子もいます。
私になぜ頼んでくるのか。
親よりも頼みやすいのか?

いろいろ考えながらやっています。
私は、コミュニケーションの一環としてやっています。
「ぬったでよ!名札、ごめん、ゆがんでしもうたわ。」
なんて、しょっちゅうです。

やらなくてもいいけど、
やっていることの意味は説明しにくいですが、
そういうのを言える関係を普段から作っておくと、
あとあと深刻な話でも言いやすいのです。

家が充実している子はそんなこと言ってきません。
私に言うということは、
何か家では言えない理由があるのです。

私の仕事はこんなことで増えています。

最近は、なぜか独身の男の先生にも
「またがさけたけん、縫ってもらってもいいですか。」
と言われます。
そして、一人暮らしの男の先生にはできないだろうと思い、
しています。

家でも、夫のものや息子のものを繕っています。

そして、このような仕事はすぐにできます。
なんどもなんども直しながら、
「ぬったで!」
とできあがったものを渡すため、
教室にそおっと乱入して、
ズボンを渡しています。


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