『ジャパンズ・ウェイ』…
2025年 3月26日(水)
日曜日の景色…



































〈気になる記事・後半…〉
「予選で順調なほど日本代表はW杯本大会で勝てない」元代表監督の指摘にキャプテン遠藤航は何を感じた?
2025年03月24日
(記事全文…)
2025年3月24日、北中米ワールドカップのアジア最終予選を戦う日本代表がサウジアラビア戦(25日)の前日会見を実施。森保一監督とともに登壇したキャプテンの遠藤航は「ワールドカップの出場権を獲得しましたが、明日から新たなスタート。ファン・サポーターに勝利を届けたいです」と意気込みを述べたあと、サウジ戦での"個人のチャレンジ"について以下のように話した。
「最近、対アジアで意識しているのはルーズボールの処理。五分の局面で如何にマイボールにできるかは勝敗を左右する大事なポイントだと考えています。特にアジアの国と戦う場合はロングボールを多く使ってくる国が多いので、そこでセカンドボールをどう拾うか、クリアではなくどう繋ぐか。ワールドカップで優勝を目指すと考えた時、ディテールの部分は意識しないといけないし、明日の試合でもチャレンジしたいです」
今予選の日本はここまで6勝1分と危なげなく予選を突破した。3月23日に激励に訪れた元日本代表監督の岡田武史氏から「予選で順調なほど日本代表は本大会で勝てない」と言われたことについて、遠藤は「面白いな」と感じたという。

「ここから大事にするのは結果ではなくプロセスだと。今、僕らはワールドカップの出場権を獲得したと、そこまでは結果を求めていましたが、ここからはワールドカップで優勝するためにこの時間をどう使うかが大事。結果に一喜一憂せず、本大会までの1年3か月、自分たちのプロセスを大事にしたいです」
明日のサウジアラビア戦、プロセスにこだわるならセカンドボールのところで負けてはいけない。「最後は気持ち」という遠藤の覚悟が問われる一戦とも言えるだろう。
👉本当は昨日の代表戦前にこのnoteを仕上げようと思っていたのですが間に合わず、昨日は〈記事・前半〉のブログのみとなってしまいました…。
試合が始まってしまい、試合後の眠気にも勝てませんでした…
ということで、その昨日の試合を観てのこのnoteになります…。
このキャプテンが言っていたサウジ戦での“個人のチャレンジ”である「ルーズボールの処理」や「ロングボール」からの「セカンドボールの対処」などにおいては、その宣言通りほぼ完璧に近いくらい素晴らしかったと思います…。
やはりこの記事とあの試合を照らし合わせてみて、その試合にかける意気込みと特に注意すべき「目的意識」を持ってその試合に臨むということが如何に大事であるかが分かります…。
これなんかは…
若い世代の選手たちも…
その目の前の試合ひとつひとつに臨む時の参考になるのではないでしょうか…。
もちろん毎回の練習も同じことなのですが…
『ただ何となく練習をこなす』というだけでなく…
『今日は特に○○を意識してやろう』という具合に、そのはっきりとした“目的意識”を持ってその練習に臨むのとそうでないのとでは、その練習の質に大きな違いが出て来ます…。
遠藤選手がここまで上り詰めて来れたのも…
人並み以上にその「目的意識」と「探究心」を常に持ってやり続けて来たからこそ、その“今”があるのではないでしょうか…。
是非、参考にして頂きたいと思います…
そしてこの遠藤選手の記事でもうひとつ気になったポイントは『ワールドカップで優勝するために何が必要か』というところ…。
これからは…
「一喜一憂せずにプロセスを大事に」ということで“最後は気持ち”とのことですが、その“気持ち”とはいったい…
また…
ホントにその“気持ち”だけで優勝することが出来るのでしょうか…
そして元日本代表監督の岡田武史氏から「予選で順調なほど日本代表は本大会で勝てない」と言われて、「面白いな」と感じたのはどういったところだったのでしょうか…
「選手にズドンと響く」元日本代表監督の言葉に心酔の長友佑都が「戦術ばかりに目を向けてはダメ」と警鐘を鳴らす理由「ワールドカップに足をすくわれる」
2025年03月24日
(記事全文…)
2025年3月24日、北中米ワールドカップの最終予選を戦う日本代表がサウジアラビア戦の前日練習を実施。その後、囲み取材に応じた長友佑都は昨日激励に訪れた元日本代表監督の岡田武史氏について「響きますね、岡田さんの言葉は」と話した。

昨日、岡田氏は次の言葉を残したという。「後にも先にも、ここまで順調にワールドカップの出場権を勝ち獲れることはなかなかない。(予選で)順調な時、(日本は)ワールドカップ本大会で結果を残せていない。良い時は戦術などに目が行きがちだが、勝つメンタリティを大事にしてほしい」
それを受けて長友は「引き込まれますよね」と岡田氏の言葉に心酔していた。
「色んな修羅場を潜り抜けてきた岡田さんの言葉は年齢に関係なく選手にズドンと響く。改めて、岡田さん、凄いなと」
長友は「勝つメンタリティを大事にしてほしい」という点に深く同意。「戦術ばかりに目を向けてはダメ」と警鐘を鳴らした。
「最後は戦術ではないと。そこばかりに目を向けてはダメだと。戦う気持ち、魂の部分が大事です。もちろん戦術も大事ですよ、でもそれを超える強い気持ちがないとワールドカップに足をすくわれる。自分の経験を踏まえてそう感じています」
長友は「岡田さんのように、言葉を操れる人間になりたい」と尊敬の念を込めて言った。
「あれだけの経験をされているから。何を言うかより、誰が言うか。僕の言葉もみんなに響くよう、(言葉を)上手く操れるようになりたいです」
👉先の岡田さんのコメントに対する長友選手の記事…。
「最後は戦術ではないと。そこばかりに目を向けてはダメだと。戦う気持ち、魂の部分が大事です。もちろん戦術も大事ですよ、でもそれを超える強い気持ちがないとワールドカップに足をすくわれる。自分の経験を踏まえてそう感じています」
「(自分も)岡田さんのように、言葉を操れる人間になりたい」
「あれだけの経験をされているから。何を言うかより、誰が言うか。僕の言葉もみんなに響くよう、(言葉を)上手く操れるようになりたいです」
(by長友選手)
先ずは「戦う気持ち」「魂の部分」そして「強い気持ち」といっても『じゃ〜いったい何をどうすればいいの?』って思ってしまいますよね…。
『もっと熱くなれ…』
『もっと気合い入れろ…』
『もっともっと集中しろ…』
『もっともっと声を出せ…』
ということでしょうか…
何か分からなくはないですが…
何か大きな声でわめき散らす長友選手のようなイメージしかピンと来ませんが、それでイイのでしょうか…。
わたしは…
大きな声で「ブラボー」と叫ぶ“気合い”や“気迫”に“闘争心”だけではないような気はしますが…
それこそ我々ニッポンには…
脈々と受け継いで来た“日本の精神”があるはず…。
「柔をもって剛を制する」…
「動」だけでなく「静」なる心境…
空海さんが唱える…
自分自身が本来持っている「仏心(ぶっしん)」を、「今このとき」に呼び起こす“即身成仏(そくしんじょうぶつ)”という教えなどもあります…
サッカーの大事な試合の…
その“ここぞ”という大事な試合にその場面で…
その「今このとき」に…
「仏心」のような境地…
「神と繋がるシューマン共鳴」的な境地に入ること…。
それに近い境地が「ゾーン状態」と言われているものでもあるようにわたしは思います…。
『そのような状態を如何にしてつくるか…』
『そのような境地に如何にして入るか…』
それがわたしの現役時代終盤の究極の課題でした…。
わたしの限られたフィジカルの…
そしてわたしの限られた能力の中で…
その当時現役最後のその状態に入れる確率は半々といったところ…。
そしてうまく行ったときの共通点として最も重要だと思えたのは「緊張とリラックス」のバランス…。
そのバランスがちょうど半々くらいの良い感じで保てていた時は、その「ゾーン状態」と言えるような境地に入れていたように思います…。
またそれは…
「集中による“無”の状態」という境地とも言えるかもしれません…
そんなサッカーの現役時代に…
そのプレーを通してそのような境地を体験し、経験し、学ばせてもらいましたが、その現役引退後も、サッカーだけでなく他のことにも何かとそれを活かし活用し、今ではテラファイト・ネオガイアの「ゼロ磁場」のお陰でその状態が日常の当たり前になって来たように感じています…。
わたしは…
この記事にあるその「戦術」だけではない、その先にある“必要なもの”というのは“そこ”なのではないかと考えています…。
ただ…
“そこ”…
“その境地”というのは…
つまるところは…
「自分を無くしてすべてを委ねること」…
「最高の自分で崇高な目的のために使われること」…
または「使ってもらうこと」なのではないかとわたしは思っています…。
そのために日々、自分を向上させて自分を高めて行きながら、その状態を維持すること…。
そしていつ使われてもその準備が出来ているように…。
これって…
今のサッカー日本代表選手たちにとって一番大事で必要なことであり、一番望ましい姿勢であり一番望ましい状態として当てはまるのではないでしょうか…。
即ち…
ワールドカップで優勝するために必要なこと…。
そしてこれこそが…
われわれニッポン人として…
その先人たちから脈々と引き継がれて来た…
「ニッポンの精神」であり「ニッポンの心」のひとつであるようにわたしは思います…。
世界のFIFAランキングをひとつの基準として気にすることも良いですが…
そろそろ“日本独自の唯一の基準”に覚醒め…
それを再探求し掘り起こすところに照準を合わせることも大事になってくるのではないでしょうか…。
そこのところに…
今の日本のサッカー界のサッカー人として…
それに気づき、それを意識している唯一の人物が、わたしが知る限りではこの岡田さんであるように思います…。
そしてそれを大切に目指している方であると…
長友選手は…
そんな岡田さんが「言葉を操って」その言葉が人びとに響いていると思っているかもしれません…。
しかし“言葉”というのは…
サッカーのようボールを足で操ったりコントロールするとかみたいに…
「自分で言ってる」「自分でやってる」「自分がやってる」というレベルで人に響くような言葉にはならないと思います…。
言葉を操ろうとする意識があるうちはまだまだ…
『自分ではなく』…
『自分以外の何者かによって導かれている』…
『自分はただの役割り・表現者・代理に過ぎない』…
そんな心境、そんな境地になって初めて…
“人に響くような言葉”となって来るのではないでしょうか…。
岡田さんはそこの領域に一歩踏みこんでいるのかもしれません…
そしてその結果…
「その言葉を操ってその言葉がズドンと人のこころに響く」のではなく…
「その境地で出される言葉が人々の心に共鳴する」のだとわたしは思います…。
「仏心」となり…
「神と共鳴」した状態で…
その「神が発する言葉」の“代理者”として…
その“役目”を“無の状態”で果たすとき…
それは人々の心に浸透し…共鳴し…響くのではないでしょうか…。
今の…
若い選手たちを…
その力強い気迫の言葉で導く長友選手もそれはそれで良い役割ではありますが…
この先…
日本のサッカー界を背負う指導者として…
岡田さんのように、静かに落ち着き悟った言葉で後輩たちを導く長友氏の姿も見てみたい気がします…。
今の時点で既に…
その岡田さんの良さの何らかを感じそこに微かに気づけているということは…
それは即ち彼の中にもそれがあると言うことなのだとわたしは思います…。
そして同じく…
森保監督にも…
それは同じことが言えるかもしれません…。
サッカー界にも…
そんなニッポン人の先人たちから脈々と引き継がれて来たものに覚醒め、それが活かされる時が来れば、その時はワールドカップ優勝だけでなく、本当の『ジャパンズ・ウェイ』という道とその景色が視えてくるのかもしれません…
〈気になる記事・前半…〉はこちらから…
