短編小説 姉妹
三月半ば、都立高校の合格発表の日がやってきた。
陽菜の妹、紬は無事都立高校に合格した。
地域でもトップ校に合格したのだから、本人も家族も嬉しいはず。
だが、皆なぜか淡々としている。
父方と母方の祖父母に報告した時も、「おめでとう、紬ちゃんのことは何も心配してなかったよ」という反応だったらしい。
陽菜はなぜか少し面白くなかった。
紬は幼い時から利発な子だった。小学生の時、陽菜は夏休みの宿題がなかなか終わらなくて、両親にヒントをもらったり、一緒に夜遅くまで付き合ってもらったりしていた。
それなのに紬は夏休みに入って1週間ぐらいで「お母さん、もう夏休みの宿題全部終わっちゃった。ドリルでも買って」という具合なのだ。
陽菜は中学ニ年の半ば頃から授業でわからないところが出てきた。親に話すと、「陽菜ちゃん、やっぱり塾に行く?」ということになり、英語と数学の塾に通い始めた。
両親は姉妹を分け隔てなく育てることをモットーにしているので、紬にも中学生の時聞いた。
「紬ちゃん、お姉ちゃんは中ニから塾に行ったんだけど、紬ちゃんは、どうする?」
「ううん、わたし塾に行かない。今までずっと学習塾に行かないで頑張ってきたから、このままでいい」
紬が優秀な妹であることは陽菜も嬉しい。両親は決して姉妹を比べたりしない。
でも、陽菜の胸の奥には小さなしこりのようなコンプレックスがあって、拭い去ることができない。
母と二人だけの時、陽菜は初めてその
モヤモヤを口にした。
「ねえ、お母さん、わたしと紬ちゃんて姉妹なのにずいぶん違うよね」
「そうねえ、それが個性だと思うけど」
「個性?そんなひと言で片付けちゃうの?わたし、いつも紬ちゃんと自分を比べて劣等感を持ってたんだよ。お父さんもお母さんもおばあちゃんたちも紬ちゃんだけ褒めたりしないよね。そのことにも、逆に気を使われてるなあって感じて苦しかった」
「陽菜ちゃん、今まで言ったことがなかったけど、今の紬ちゃんを育てたのはわたしたち両親だけじゃない。保育園や学校、地域の皆さんのおかげ。その中でも実は陽菜ちゃんの力がとっても大きかったんだよ」
「わたしの力?」
「紬ちゃんがまだ赤ちゃんの時にね、陽菜ちゃんはいつも紬ちゃんに話しかけてたんだよ」
「わたし、そんなことしてたの?」
「そうよ、紬ちゃんがとても明瞭な話し方だったり、どんどん語彙が増えていることにも驚いたわ。どうしてだと思う?」
「……」
「陽菜ちゃんがたくさんの言葉かけをしてくれたからだと思うの」
陽菜は無言のまま。
「陽菜ちゃんは小さい頃、怖がりなところがあったよね。昼の明るい時でもなかなか一人でトイレに行けなかった。トイレに行く時、陽菜ちゃんはどうしてたか覚えてる?」
「覚えてないなあ。どうしてたんだろう」
「紬ちゃんを誘ってたのよ。『紬ちゃん、一緒にトイレに行って』ってね」
「そうだったんだー」
「紬ちゃんが陽菜ちゃんの後ろをついてトコトコ歩いて行って、ドアの前で待ってるの。紬ちゃんはまだオムツしてるのよ。二人とも可愛かったなあ」
亜紀は立ち上がりながら言った。
「コーヒー淹れるけど、陽菜ちゃんも飲む?」
「うん、飲みたい」
両親ともコーヒーが好きだ。
家の中にはよくコーヒーの香りが漂っている。
陽菜はたいてい水か麦茶だが、今日はコーヒーにした。もうすぐ大学生になるのだから、少し背伸びしてみたい。
亜紀はブラックコーヒーを美味しそうに飲んでいるが、陽菜は冷蔵庫から牛乳を出して冷たいまま加えた。
マグカップを両手で包んで、亜紀は話し始めた。
「ねえ、陽菜ちゃん。陽菜ちゃんは長女だけどどちらかと言うと妹気質だと思うの。そして、紬ちゃんは妹だけど実はお姉さん気質」
「わたしが妹気質で紬ちゃんがお姉さん気質。そんなこと考えたことなかったわ」
「そうよね。陽菜ちゃんが小学生になったばかりの頃、次の日学校へ行く用意をするのも大変そうだった。わたしたち親はなるべく手を出さないようにしてたのね。そうしたら、まだ保育園児の紬ちゃんが手伝ってたのよ。鉛筆を削るのはいつも紬ちゃんがしてたみたい」
「そう言えば思いだした。いつも紬ちゃんが手伝ってた」
「そうやって、陽菜ちゃんは紬ちゃんのお姉さん気質を上手く引き出していたんだと思う。陽菜ちゃん、本当にありがとう」
「あなたは自慢の娘よ」と言う母の言葉が陽菜の中で何度もリフレインした。 (完)
お読みいただきましてありがとうございます。
この作品は、2025年8月に投稿したものです。花澤薫さんの企画である「一枚の写真から文芸賞」に応募しました。
作中の人物は、現在連載中の「カメリアハウス」の登場人物たちです。ヒロイン陽菜のアナザーストーリーとしてご覧いただけると幸甚です。
(2026年4月2日)
