きらきら星は、共生を映す小さな窓
学年通信「きらきら星」を書き続けた日々を、今あらためて振り返っている。教師生活の中で、私が初めて普通学級の担任になったこと。複数担任制の中で、同僚の先生方と支え合いながら学級に関わったこと。生徒一人一人の小さな成長を見つけ、言葉にし、家庭に届けてきたこと。それらは、私にとって大きな意味をもつ実践だった。
「きらきら星」という名前には、生徒一人一人が自分らしく輝いてほしいという願いを込めた。勉強が得意な生徒、運動が得意な生徒、人前で話すことが得意な生徒、友達を支えることが得意な生徒、黙々と努力を続ける生徒、周りを明るくする生徒。輝き方は一つではない。その子にしかない輝きがある。私は生徒に「誰かと比べて輝く」のではなく、「自分らしく輝く」ことを大切にしてほしいと思っていた。大きな成果を出したときだけが輝きではない。苦手なことに向き合ったとき、仲間のために声を出したとき、失敗を振り返って次に生かそうとしたとき、自分の役割を果たそうとしたとき、そこにも確かな輝きがある。
だから、私は学年通信に、生徒の日常の姿をできるだけ丁寧に書き残した。学校生活の中には、教科書には載っていない学びがたくさんある。教師の姿、学校の雰囲気、学級の空気、誰がどんな役割を任されているか、誰のどんな姿が認められているか。そうした日常の中から、無意識のうちに「人をどう見るか」「社会をどう見るか」「自分はここにいてよいのか」を学び取っている。文部科学省の資料では、学校や学級の雰囲気は、正規の教育課程と並んで「隠れたカリキュラム」として、児童生徒の人権感覚の育成に重要であると示されている。
一人一人が輝ける学校とは、どんな学校なのか。障害のある子どもだけではない。障害のある教師も、学校の中で役割をもち、責任を担い、力を発揮できているか。その姿を子どもが日常的に見ていること自体が、隠れたカリキュラムになる。学校の中で、障害のある教師がいつも補助的な役割に置かれ、責任ある仕事から遠ざけられていたら、子どもは何を学ぶだろうか。「障害のある人は、中心的な役割を担うのは難しい」
「配慮される人であって、任される人ではない」
「支援される側であって、学校をつくる側ではない」
そんなメッセージを、言葉にしなくても受け取ってしまうかもしれない。反対に、障害のある教師が担任を務め、学年通信を発行し、授業を行い、保護者とつながり、子どもの成長を発信していく姿を見れば、子どもは別のことを学ぶ。
「障害があっても、役割を担える」
「人は支え合いながら働くことができる」
「違いは、排除する理由ではなく、共に学校をつくる力になる」
これは、道徳の授業で説明するよりも、日常の中で深く伝わる学びである。障害のある教師に必要なのは、「できないだろう」と役割から外されることではない。必要な支援や合理的配慮を受けながら、責任ある役割を担うことである。それが、本当の意味での障害者活躍推進だと私は思っている。
学年通信を書いていると、学校行事の意味がよく見えてくる。例えば、学校祭に向けた準備では、生徒はさまざまな役割に分かれ、それぞれが自分の仕事に取り組んだ。話合いで内容を決める生徒、広報に関わる生徒、展示を準備する生徒、学年企画を考える生徒、全体の作品づくりに取り組む生徒、音楽で学校祭を支える生徒。それぞれの場所で、自分の役割を果たそうとしていた。学校祭の準備は、決して順調なことばかりではない。意見がまとまらないこともある。時間が足りないこともある。自分が何をすればよいのか迷うこともある。それでも、仲間と相談しながら、少しずつ形にしていく。
私は、その過程を学年通信で伝えた。行事は、当日だけを見れば華やかである。しかし、教育的に大切なのは、当日までの過程である。準備の中で、子どもは話し合う力、協力する力、責任をもって役割を果たす力を身に付けていく。そして、その過程を障害のある教師が見つめ、価値づけ、家庭に発信していくことにも意味がある。そこには、「障害のある教師も、子どもの成長を見取り、学年経営に関わり、学校の教育活動を支える存在である」というメッセージがあったからである。
子どもは、教師が何を大切にしているかをよく見ている。行事の結果だけを評価するのか。それとも、準備の過程で努力した姿を認めるのか。目立つ子だけを取り上げるのか。それとも、見えにくいところで支えた子にも光を当てるのか。その違いは、学校や学級の空気をつくっていく。
私が「きらきら星」で、行事の準備、話合い、役割分担、仲間との協力を丁寧に伝えようとしたのは、「できた結果」だけでなく、「そこに向かう過程」に価値があると考えていたからである。
学校祭の学年企画では、子どもが来校者や下級生に楽しんでもらうための活動を考えた。自分たちが楽しむだけではなく、相手に楽しんでもらう。ここに大きな学びがある。企画を考えるとき、子どもは自然と相手の立場を考えるようになる。どのように説明すれば分かりやすいか。どのように声を掛ければ参加しやすいか。安全に楽しんでもらうためには、どんな準備が必要か。それは、思いやりを行動に変える学びだった。
障害のある教師として学校で働いていると、「配慮」という言葉について考えることが多い。配慮とは、特別扱いをすることではない。誰かが安心して参加できるように、環境や関わり方を整えることである。学校祭の企画も同じである。来てくれる人が楽しめるように考えることは、相手の立場に立つ練習だった。子どもは、「相手のために準備する」「参加しやすいように工夫する」「楽しんでもらえるように考える」という経験を通して、他者への配慮を学んでいた。しかも、それを特別な人権学習としてではなく、行事の準備という日常的な活動の中で学んでいた。これもまた、隠れたカリキュラムと思う。
学校祭では、合唱にも取り組んだ。合唱は、一人だけが目立てばよいものではない。自分の声を出しながら、仲間の声を聴く。音程を合わせ、リズムを合わせ、気持ちを合わせて、一つの曲をつくっていく。教師の役割は、すべての声を同じにすることではない。それぞれの声が生かされるように、全体の響きをつくることである。
障害のある教師である私は、声の出し方や身体の使い方に制約を感じる場面もあった。しかし、だからこそ、「声を聴く」ことの大切さを強く感じていた。大きな声だけが意見ではない。すぐに言葉にできる子だけが考えているわけではない。静かに考えている子の中にも、確かな思いがある。自分自身が、思うように動けない場面や、言葉を発するまでに時間がかかる場面を経験してきたからこそ、目立つ表現だけを「力」と見なしたくなかった。大きな声で発表する子も、静かに仲間を支える子も、それぞれに意味ある存在として見つめたかった。
合唱の中で一人一人の声が重なっていくように、学校生活の中でも、一人一人の違いが重なって学級がつくられていくことを、学年通信を通して伝えたかった。
部活動の大会に向けた意気込みを紹介したときにも、同じことを考えていた。試合に出て活躍したいという生徒もいれば、ミスを減らしたいという生徒もいた。先輩を支えたいという生徒、チームに貢献したいという生徒、初勝利を目指したいという生徒もいた。試合に出られなくても、声を出して応援したい、道具の準備を頑張りたい、先輩を支えたいと考える生徒もいた。
障害のある教師である私自身も、学校の中で役割を果たしている一人である。できないことはある。しかし、できることもある。走って動くことはできないが、生徒の言葉を拾い、成長を文章にすることはできる。大きな声で素早く指示を出すことは苦手だが、一人一人の振り返りを読み、その思いを保護者に届けることはできる。人は、何でも一人でできなくてもよい。自分にできる役割を果たし、できないところは支え合えばよい。このことを、私は学年通信を書きながら、自分自身にも言い聞かせていたのかもしれない。
定期テストに向けては、準備することの大切さを伝えた。テスト当日に頑張ることも大切だが、本当の勝負は、その前の日々にある。授業を大切にする。家庭学習に取り組む。分からないところをそのままにしない。テスト計画を立てる。自分の学習を振り返る。こうした積み重ねが、テスト当日の自信につながる。学年通信では、点数だけに一喜一憂するのではなく、テストに向けての準備を振り返り、自分を高めようとする気持ちを大切にしてほしいと伝えた。私は、学習においても「できないこと」を否定的に捉えすぎないことが大切だと思っていた。分からないところがある。間違えた問題がある。計画通りに進まなかった。それは、恥ずかしいことではない。そこから何を学び、次にどうつなげるかが大切である。
障害のある教師として生きてきた私は、「できないこと」と向き合う経験を何度もしてきた。できないことを隠すのではなく、どうすればできるようになるのか、どんな支援があれば取り組めるのか、誰と協力すればよいのかを考えてきた。その経験は、子どもの学習を支えるときにも生きていた。勉強が苦手な子に対して、「なぜできないのか」と責めるのではなく、「どこで困っているのか」「どんな準備が必要なのか」「どの方法なら取り組めるのか」と考える。これは、合理的配慮の考え方にも通じる。教師が、点数だけを見て子どもを評価すれば、子どもたちは「結果がすべてだ」と学ぶ。反対に、準備の過程や振り返りの姿を認めれば、子どもたちは「自分の学び方を見直すことに価値がある」と学ぶ。できないことがあるのは恥ずかしいことではない。困っていることを言葉にしてよい。支援を求めてもよい。方法を変えれば取り組めることがある。
宿泊体験学習に向けた事前学習でも、たくさんの学びがあった。活動内容を確認し、スローガンを決め、班別自主研修の計画を立て、職場体験に向けて働くことについて考えた。持ち物や日程も確認し、生活のきまり、食事、入浴、清掃などについても話し合った。宿泊体験学習は、当日だけが学びではない。むしろ、事前学習の中に多くの学びがある。自分たちは、どんな宿泊体験学習にしたいのか。班でどこを訪問するのか。限られた時間の中で、どのように行動するのか。予算内で活動するには、どう計画すればよいのか。働く人に、何を質問するのか。集団生活で、どのような約束が必要なのか。子どもは、こうした問いに向き合いながら、少しずつ自分たちの行事をつくっていった。
学年通信では、宿泊体験学習のスローガンとして、「日常では気付かない魅力を発見する旅にしよう」という趣旨の言葉を紹介した。この言葉は、宿泊体験学習だけでなく、学校生活全体にも通じていた。日常の中には、気付かない魅力がたくさんある。友達のよさ、地域のよさ、働く人の思い、自分自身の成長。少し場所を変え、少し視点を変えることで、見えてくるものがある。「日常では気付かない魅力を発見する」という言葉には、隠れたカリキュラムを見つめ直す意味もあった。学校の日常の中に、どのような価値観が流れているのか。誰の頑張りが見えていて、誰の頑張りが見えにくくなっているのか。誰が役割を任され、誰が任されにくくなっているのか。
宿泊体験学習の準備を通して、計画すること、相談すること、役割を分担すること、時間や約束を守ることを学んでいた。それは、集団生活のルールを覚えるだけではなく、共に生きるために必要な力を育てる学びだった。
学年通信は、保護者との信頼関係をつくるうえでも大きな役割をもっていた。保護者は、学校の中で自分の子どもがどのように過ごしているのかを知りたい。友達とうまくやっているのか。授業についていけているのか。行事でどんな役割を担っているのか。先生方は、子どもをどのように見ているのか。特に、障害のある教師が学年に関わる場合、保護者の中には、最初は不安を感じる方もいたかもしれない。この先生は、子どもを十分に見られるのだろうか。行事の引率は大丈夫なのだろうか。周囲の先生方との連携は取れているのだろうか。そうした不安は、言葉にされないこともある。だからこそ、日々の発信が大切だった。学年通信を通して、子どもの様子を具体的に伝える。行事の目的を説明する。準備の進み具合を知らせる。必要な持ち物や提出物を分かりやすく示す。保護者へのお願いを丁寧に伝える。その積み重ねによって、「この先生は子どもたちを見ている」「学校での学びが家庭にも伝わってくる」という安心感が生まれていったのではないかと思う。
信頼関係は、一度の面談で突然できるものではない。毎週の通信、日々の連絡、行事後の報告、生徒の振り返りの共有。その積み重ねによって、少しずつ築かれていく。障害のある教師が学校で働くとき、周囲から「できるのか」「大丈夫なのか」と見られることがある。教師自身が、「どうすればできるか」を考えながら働く姿は、子どもにとって大きな教育的意味をもっていた。子どもは、教師の言葉だけを聞いて育つのではない。教師の姿を見て育つ。困難があっても工夫する姿。周囲と協力する姿。子どもの努力を認める姿。自分の役割を果たそうとする姿。言葉で丁寧に伝えようとする姿。その姿そのものが、教育になっていたのだと思う。
インクルーシブ教育という言葉がある。誰もが同じ場で学び、それぞれの違いを認め合いながら、共に生きる力を育てる教育である。障害のある教師が学校現場にいることは、子どもにとってインクルーシブ教育を実感する機会になっている。障害のある人を、遠い存在としてではなく、日常的に関わる教師として知ることができるからである。しかし、ただ存在しているだけで十分というわけではない。その教師が、どのように子どもと関わり、どのように教育活動に参加し、どのように発信しているのかが大切である。
学年通信は、障害のある教師が教育活動の中心に関わっていることを示す一つの形だった。行事を見通し、子どもの姿を記録し、保護者に伝え、学年としての願いを言葉にする。子どもは、障害のある教師が「支援されるだけの存在」ではなく、「子どもを支える存在」であることを日常の中で学んでいた。保護者もまた、障害のある教師が教育活動に主体的に関わっている姿を知ることになった。
「障害があるから任せない」という空気は、子どもに何を伝えるのか。
「障害があっても、支え合いながら任せる」という姿は、子どもに何を伝えるのか。
この違いは大きい。障害理解は、特別な授業を1時間行えば完了するものではない。日々の関わりの中で、少しずつ育っていくものである。障害のある教師が、子どもの成長を見つめ、言葉にし、学校と家庭をつないでいく姿は、まさに生きた障害理解の教材だった。障害のある教師が学年通信を発行することは、子どもに「多様な働き方」を示すことにもなった。すべての先生が同じ動き方をする必要はない。すべての先生が同じ方法で子どもを支える必要もない。それぞれの持ち味を生かしながら、チームで子どもを支えていけばよい。このことは、将来、子どもが社会に出たときにも大切な視点になる。職場には、いろいろな人がいる。得意なことも、苦手なことも違う。体の動き方も、考え方も、感じ方も違う。その違いを排除するのではなく、どうすれば一緒に働けるかを考える。どうすれば互いの力を生かせるかを考える。障害のある教師が学年通信を発行する姿は、その小さなモデルになっていた。学年通信は、子どもや保護者のためだけに書いていたのではない。
実は、教師である自分自身の振り返りにもなっていた。1週間を振り返ったとき、子どもはどんな姿を見せていたのか。自分は何を大切にして指導していたのか。学年として、どこに向かおうとしているのか。保護者に何を伝える必要があるのか。文章にすることで、自分の教育実践が整理された。忙しい日々の中では、どうしても目の前の対応に追われる。提出物、授業準備、会議、行事準備、連絡調整。次から次へと仕事がある。その中で、子どもの成長をゆっくり味わう余裕を失いそうになることもあった。しかし、学年通信を書くためには、立ち止まる機会となった。
今週、子どもは何を頑張ったのか。どんな言葉を保護者に届けたいのか。行事の教育的意味を、どう伝えるのか。子どもに、どんな願いを込めるのか。その時間が、教師としての自分を支えていた。障害のある教師として働く中で、不安になることもあった。自分は十分に役割を果たせているのだろうか。周囲に負担を掛けていないだろうか。子どもの力になれているのだろうか。そんなとき、学年通信を書きながら子どもの姿を振り返ると、確かに教育活動の中に自分がいることを感じた。子どもを見つめ、言葉にし、家庭に届ける。それは、教師としての大切な仕事だった。
障害のある教師が発信する意味は、学校の中だけにとどまらない。障害のある教師が発信する意味は、多くの人に希望を与えることでもある。
「自分にもできるのだ」
そう思えることは、人を前に向かわせる大きな力になる。私自身も、これまで多くの人の姿や言葉に励まされてきた。障害があっても学ぶことができる。働くことができる。教師になることができる。子どもの前に立つことができる。責任ある役割を担うことができる。そうした姿に出会うたびに、自分の中にも小さな希望が灯ってきた。希望は、一人で抱えているだけでは小さな灯のままかもしれない。しかし、その希望を周りの人に語ることで、誰かの心にも灯がともることがある。
自分の経験を発信することは、自分を大きく見せるためではない。うまくいったことだけを並べるためでもない。迷いながらも、支えられながらも、できる形を探し続けてきた歩みを伝えることで、同じように悩んでいる誰かに「自分も一歩踏み出してみよう」と思ってもらえるかもしれない。
障害のある教師が学年通信を書き、子どもの成長を発信することは、学校の中だけに閉じた実践ではなかった。それは、障害のある子どもたち、障害のある学生、教師を目指す若者、そして障害のある教職員に向けても、「あなたにも役割がある」「あなたにもできることがある」「支えられながら、誰かを支える側にもなれる」というメッセージになっていたのだと思う。それは誰かの希望につながる発信でもあった。
「きらきら星」は、生徒の学びを照らしていた。同時に、私自身の歩みも照らしていた。そして、もしかしたら、まだ見ぬ誰かの未来を照らす小さな光にもなっていたのかもしれない。
障害のある教師が発信することは、特別な成功を語ることではない。できないことを隠すことでもない。支えられながら、悩みながら、それでも教師として子どもたちと向き合ってきた事実を、言葉にして残すことである。
その言葉が、誰かの希望になる。
その希望が、また誰かを前に進ませる。
だから私は、これからも発信することを大切にしたい。自分のためだけではなく、同じように悩みながら歩いている誰かのために。そして、子どもが「人は違っていてよい」「支え合えば、できることは広がる」と感じられる学校を、少しずつでもつくっていくために。
障害のある教師が、子どもの成長を見つめ、学年通信を書き続けた。その営みそのものが、共生社会をつくる小さな実践だったと思う。
