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【創作大賞2024応募作恋愛小説部門】 最愛 #8

事務所開き当日は、嬉しくて朝7時に事務所に着いた。
PCを立ち上げると、お祝いのメールがどっさり届いていた。
午前中は、たくさん花が届き、それの受け取りで大変だった。
みんな手狭なオフィスと知ってるからだろう。大きな胡蝶蘭の鉢や花輪などはなく、家に持って帰れるような鉢花や花束だった。それにしても少し多すぎるので、週末は車で来て、全部運ばないといけないかもしれない。
 
お祝いのメールや花のお礼のために返信をしていると、とうに昼時を過ぎてしまった。
もうじき3時になる。腹が減った。
 
軽く蕎麦でもを食おうと、エレベーターで下に降り、このビルを出た。
舗道が波打った。
 
何だ!
 
足元が大きく揺れて、立ってられないほどだ。
僕は尻もちをついた。
通りには建物からたくさんの人が出てきた。
みんな道路にしゃがみ込み、両腕で頭を抱えた。
 
揺れは長く続いた。
 
先の見えない恐ろしい遊園地の乗り物に乗っているような気がした。
本当に怖かった。
僕はアスファルトに腹ばいになり、両手で後頭部を押さえた。
揺れよ、止まれ!
それだけを念じ続けた。
 
やっと、揺れが収まったような気がした。
通りの人々が立ち上がった。
僕も立った。
まだ、少し余震があり、何度か小刻みに揺れる。
 
遠く汐留の日テレや電通の高層ビル群が、まだたわんでいるように揺れているのが見えた。
大きなメトロノームのように規則正しく揺れていた。
 
僕は阪神淡路大震災を神戸で経験していた。
この地震は、揺れ方は違うが、それ級だ。
僕は、急いで7階の自分の部屋まで階段で戻り、上着とスプリングコートを着て、リュックを背負った。
阪神並み、いや、それ以上なら、すぐに電車は止まる。
 
家に帰らなきゃ…
 
僕は、地下鉄の駅へと急いだ。
 
 
霞が関から千代田線に乗ろうと思った。
しかし、すぐに諦めた。たくさんの人の波が通りに溢れ始めていたからだ。
もう地下鉄は無理だ…
JRはどうかと、新橋駅を見た。電車が立ち往生しているのが見えた。
 
仕方ない。僕は西へ向けて歩き始めた。
 
涼子にショートメールを打った。
 
すごい地震だったね。大丈夫か?
僕は平気だが、電車が動いてないので、とにかく歩いて家の方へ向かう。
 
歩き始めてすぐに、外気の冷たさを感じ始めた。
3月の上旬だ。陽が落ちるのも早い。
僕は、今日の夕方から行う予定だった事務所開きのパーティのために、季節を先取りした春物のジャケットと少し薄い布地のパンツを着ていた。その上に軽いスプリングコート。これでは寒い。靴もいつもと違う、おしゃれな革底のイタリア製の靴で歩きにくい。
 
涼子から、返信がない。
それが不安だった。
 
 
どうにも手が冷たいので、途中のコンビニで軍手を買った。
町田まで歩いた事がなかったので、取り敢えず、西へ向かうたくさんの人の流れに沿った。
 
あなた、大丈夫?今、どこ?
 
涼子から返信が来た。
文字を見ただけで涙が出た。
 
大丈夫。家に帰ろうと、歩いてる。もうすぐ多摩川を越えられるはず。
 
分かった。じゃあ、車で迎えに行く。
 
でも、舜は?
 
大丈夫。今日、あなたのパーティに行くために、バアに来てもらってるの。だから、一緒に乗っけていく。
 
じゃあ、頼むよ。
 
多摩川を越えた。
 
歩き始めてから、6時間が経過していた。
とにかく、踵が痛かった。
 
川崎市幸区に入った。幹線道路沿いの舗道を西へと向かった。
 
都心へ向かう道路は、迎えに行く車でいっぱいで、すごく渋滞している。
 
涼子の車に会うのは、まだ先だろうな…
 
「とうちゃーん!」
 
聞こえた…
 
10mぐらい先に車から顔を出してる…
 
舜だ!
 
僕は走った。車は、途中で左に折れた。
 
「良かった、会えて!」
 
僕は助手席に駆け込み、運転席の涼子の両頬をゴシゴシと撫でた。
 
「何?」
「嬉しいからさ。」
 
後部シートには、チャイルドシートに乗った舜と、涼子のお母さんがいた。
 
僕は、二人の頬も撫でた。
 
「何---?」
 
僕らは家へと戻っていった。


 

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