【創作大賞2025参加作・連載小説】夜は暗い ③
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「ネグレクト?」島野が小声で訊いてきた。
「分からんが、多分…」
「着替えました」と少年が言った。
「そう、じゃあ、そっちを向くよ。ああ、エアコンは直った?」私は隣に聞こえるように大声で言った。
「直りました!つけます!」
天井の吹き出しから冷気が下りてきた。
「やっとついたね。でも、この長T貸しといてもらっていい?」
「大丈夫だよ。サイズも丁度いいみたいだから、よかったらあげるよ」
「そう、ありがとう」
「でだ。ここにいるのは島野さんっていうお姉さんで、島野さんはこの街に来る君みたいな未成年の子たちの困り事の相談に乗るNPOの人なんだ」
「島野さん、宜しくお願いします」
「こちらこそ。さっきお姉さんは君塚有紗さんだと言ってたわよね?そしたら君は君塚何君かしら?」
「僕?僕はケータ」
「君塚ケータ君?」
「そう」
「じゃあケータ君、よろしく。私は島野瑤子よ。みんな「シマちゃん」って呼んでくれてるから、ケータ君も良かったら「シマちゃん」って呼んでね」
「呼べないよ。僕はあなたの事を全く知らないから」
「そう、じゃあ島野さんでも瑤子さんでも、好きに呼んでくれたらいいわ。これから、私が君を家まで送るわ。薬を売ってくれる人は、黒さんが探してくれるし、お姉ちゃんの事も訊いてくれる。でも、それはすぐに分からないから、私とだけLineをつないでおいてくれるかな?」
「分かった、島野さん」
そう言うと、ケータは自分のスマホを出し、島野瑤子とLineをつなげるようにした。
「よし、じゃあケータ君は島野さんと一緒に帰って。後は引き受けたから」
「分かった。じゃあ黒さん、宜しくお願いします」
「分かりました。できるだけの事はやってみます」
どこまでも行儀のいい子だ。挨拶の言葉まで心得てる。
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島野がケータと連れ立ってここを出ると、私はすぐに電話をかけた。
「岩田さん、まだ署にいるのか?」
「今、帰ろうとしてたところだ」
「帰る前にちょっと付き合えないか?」
「コロラドか?」
「ああ」
「15分で行く。お前の誘いだから、お前の奢りでいいな?」
「勿論だ」
岩田は、この街の所轄署である新宿東署の刑事だ。
何課なのかはもう忘れたが、とにかく警察の力を借りる時、私はいつも岩田に電話する。
岩田は私の先輩で、あと数年で定年退職するたたき上げの刑事だ。
そう、私はここに住むまでは刑事をやっていた。
電話を切ると、私は店を出た。
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コロラドは、新大久保駅近くにある深夜営業の喫茶店だ。
マスターの富田淳文も元刑事で、我々がひそひそ話をする部屋を提供してくれる貴重な店だ。
カランコロンカランという昭和のベルの音を響かせて店内に入ると、富田がカウンターから顎で左を示した。
一番奥のテーブルに岩田がおり、タバコを吸っていた。
「まだ紙巻タバコですか?」と私が訊いた。
「ああ、一応な、電子タバコも持ってるんだぜ。けどな、あれは味がしなくってなあ…」
「何だい、電子タバコを持ってんのかい?じゃあ店内の貼り紙を見てくれよ」富田が私の水を持ってきながら言った。
店内には、「電子タバコのみ喫煙可」と日本語と中文とハングル語と英語で書いた貼り紙がそこここに貼ってあった。
「すまん、久し振りにここへ来たので気が付かなかった。気を付けるよ。でも、いつから電子タバコだけにしたんだ?」
「もう二か月ぐらいになるかなあ?訪日外国人がめっきり増えただろう?ヤツら、コーヒー一杯で何時間も粘るし、その間ひっきりなしにタバコ吸うしで…だからだよ」
「じゃあさっき俺がタバコに火をつけた時に、注意してくれればよかったんだが、どうして注意しなかったんだ?」
「バカ野郎、こんな時間に観光客の外人は店には来ねえよ。それに俺だって、こんな時間なら、タバコが吸いたいんでな」
そう言うと、富田は自慢の葉巻をポケットから出してきた。
「うわあ、臭えヤツだ」
「臭え?失礼な、一本三千円もする高級品だぞ。ハバナのな」
「まあいいや。マスターがそれ吸うなら、俺はまだ紙巻吸ってもいいな?」
「ああ、何本でも吸っていいよ。換気扇を最強に回すから。で、注文は?」
「プリンア・ラ・モードとアイスコーヒー」
「こっちはプリンア・ラ・モードとホットコーヒー」
「相変わらず甘党だなあ、岩田さん。最後の〆はクリームソーダだな?」
「そう」
「黒ちゃんは?」
「俺はホットコーヒーにアイス乗せてくれる?」
本当は普通のホットコーヒーでいいのだが、それだとクリームソーダより見劣りしてしまうのが何となく癪に障り、アイスクリームを載せてもらう事にした。
「分かった」
富田がカウンターに戻っていった。
彼は注文した品を作り始めるよりも先に、葉巻に火をつけた。
それを見て、岩田はタバコに火をつけ、私は電子タバコを取り出した。
