【創作大賞2025応募作・ミステリー小説】サウザンド・ティアーズ⑲~うまくいってるなんて思えた事は一度もない。ただ、涙を流さずに生きるだけで精一杯だ。
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10日過ぎた。
後二日で、お盆だ。
山野辺運送自体には、お盆休みなんてなもんは存在しないのだが、山野辺社長は、12日から休みを取り、新潟の実家へ帰省し、山野辺家の墓に恵美の納骨をする事になっている。
勿論、慶次朗と意人も一緒に行く予定だ。
この間、慶次朗は目まぐるしく動いた。
朝早くに起き、慶次朗と意人の洗濯をし、干し終わると、意人を起こし、二人で並んで朝食を食べた。その時に、意人は慶次朗に「今日の予定」を話すのが日課になった。
「今日の予定」と言っても、「深雪が午後から身体が空くので、ショッピングモールへ連れて行ってもらい、ガチャガチャで今日こそ狙ってるキャラクターのフィギアを出す」とか、そんな事だが、それでも慶次朗にはかけがえがなく、大事な時間だった。
朝食を終えると、食堂の大型TVでアニメを見てる意人を置いて、慶次朗は、自動車学校へ出かけた。出来るだけ早く免許を取るべく、学科を早く終わらせたかったからだ。
午後に会社に帰ってくると、帰社したばかりのトラックを片っ端から洗車した。
夕方から夕食の時間までは、また意人と過ごす時間だった。
この時間では「今日の予定」の結果を聞いたり、今度見たい映画とか、買ってもらいたい物を意人から聞いた。
ここで気を付けないといけないのは、買ってもらいたい物を意人が話す時、その場に山野辺がいる時を避ける事だ。そうしないと、翌日にはもう買ってもらいたい物が、テーブルに置いてあるという事になる。
欲しい物を買ってあげる事は良い事なので、否定するものではないが、でも、山野辺の意人のネコ可愛がりぶりは、やり過ぎだ。
欲しい物は、自分の努力で勝ち取るという考え方を意人には持ってもらいたいと慶次朗は考えているので、山野辺のやり方はお節介ではなく、もはや有難迷惑の域に達していると思っている。
だから、意人の「欲しい物」の話を聞く時は、十分な注意が必要だ。
夕食は、基本的に山野辺と慶次朗、そして意人の三人で取る。
食事は全て竹内さんが作ってくれるのだが、彼女は17時で帰ってしまうので、竹内さんが作っておいたものを温め直して食べる。
この時、遅く帰ってきた社員や、暇な深雪が一緒に食べたりする。
彼らの分は白飯と味噌汁、そして冷凍にしてある作り置きしたおかずを食べる事になる。
大体、誰かが一緒に食べるので、三人だけで食べる事は少ない。
ただ、いつも山野辺の娘である望は食堂に姿を見せなかった。
夕食後は、食休みをした後に、慶次朗は意人と一緒に風呂に入った。
ここでも意人はしゃべるのに忙しく、慶次朗はずっと聞き役に徹した。
慶次朗は聞き役が得意だ。なにせナンバー2だった男だ。
但し、意人の話は尽きなくとも、時間は区切らなくてはならなかった。
でないと、意人も慶次朗も湯当たりしてしまう。
風呂から上がると、二人で部屋へ行き、布団を敷いて、意人を寝かしつけた。
意人が寝入ったのを確認してから、慶次朗はバイクで出かけた。
行先は黒バーだ。
メロウや金木の動向が気になるので、毎晩黒バーに顔を出し、黒崎と話をするというルーティーンが出来上がっている。
慶次朗はバイクだし、黒崎は朝にならないと酒が飲めないので、黒崎のオフィスで、炭酸水を飲みながら一時間ほど話をして、慶次朗は帰って寝る。
この繰り返しでこの十日間はあっという間に過ぎていった。
毎晩、黒バーに来なくとも、電話やメールで情報を聞けばいいのだが、慶次朗はそうしなかった。
理由は簡単だ。慶次朗は黒崎が好きだし、黒バーが何となく居心地がいいからだ。
黒バーには、時々ルミーも顔を出すし、島野瑤子は毎晩いる。
黒崎は相談者が立て込んでない時は、一時間ずっと、慶次朗の相手をしてくれる。
慶次朗は酒が好きなのだが、バイクで通っている関係上、飲む訳にはいかないが、ここで黒崎と飲む炭酸水はなんとも気分を良くしてくれる。だから、慶次朗は毎晩黒バーへ向かう。
そして今日も、黒バーへ行ってきた。
今日は黒崎が用事で出かけてしまったため、最新の情報は島野瑤子から聞いた。
それは次の通りだ。
◎クラブMは、あれ以来ずっと臨時休業を続けている。
どうやら、レイは店を再開させられなさそうだ。
これは、京極会の脅しが入ったのか、それともクラブM内の従業員同士のいざこざが影響しているのか、それは分からないそうだ。
◎金丸連合はオフィスを手放したという事だ。
あれ以来、金木の姿を歌舞伎町で見る事はなくなったらしい。
噂では、「どっかに埋められてしまった」となってるようで、金丸連合の構成員たちも歌舞伎町からいなくなったと言われている。
あのジャッキーブラザーズの黒人二人も見なくなったそうだ。
◎メロウは近々、釈放されるらしい。
起訴までの間、自宅へ帰る事が許されそうだという事だ。
これは明らかにバッドニュースだ。
慶次朗はメロウと直接話をつける日が近い事を憂いた。
何故なら、メロウは話が通じない相手だと、慶次朗はよく知っているからだ。
島野から話を聞いた後、慶次朗はすぐに戻る事にした。
メロウの事だ。
きっとすぐに、今の慶次朗の居場所を探り出すに違いない。
意人に何かがあってはいけない。
慶次朗はバイクを飛ばして、家に帰った。
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翌日の午後、トラックを洗車していると、慶次朗のスマホが鳴った。
本当は、番号も変えた新しいスマホにすぐに変える予定だったのだが、諸々の届け出が面倒で、まだホストの頃から使っているスマホを慶次朗は使っていた。
ショートメールが入った。
メロウからだった。
「明日の晩、会いたいんだけど、十時に店に来てくれるかな?僕も暴力的な事はしないので、そっちも京極会の池田さんには言わないでね。いい?」
慶次朗は
「分かりました。行きます」
と返信した。
予想よりもずっと早く決着をつける日が来た。
慶次朗は、途中になっていた洗車を早く終わらせる事に集中した。
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翌朝、慶次朗は山野辺に「今晩、外せない用事が出来たので一緒に新潟には行けない。明日、バイクで追いかける」と言い、了承を得た。
山野辺は予定通り、朝早くに自分の車に意人と深雪の乗せて出かけた。
竹内は、急用で行けなくなり、急きょ深雪に同行するように山野辺が頼んだようだった。
軽貨便はお盆のシフトになっており、3連休だった深雪は新潟行きを喜んで受け入れたみたいで、車に乗る時に、彼女はもうデッカイ浮き輪を膨らませて持ち込んだ。
その浮き輪に意人は喜び、キャッキャと笑いながら車は出て行った。
車のテールランプを見送りながら、慶次朗は気を引き締めた。
そう、今日で終わらせる。
