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【推理しない探偵小説】探偵里崎紘志朗 Episode5. spring has come

春風が吹いている。それも強い風だ。

私は住居スペースのベランダで外干ししている洗濯物を取り入れるべきか、否かを真剣に悩んでいた。

コーヒーは美味い。ウィントン・マルサリスのソロも上々だ。なかなか席を離れられない。。

インターフォンの音がした。
今日は来客の予定はない。

渋々壁の受信機へ近づくと、流行のブカっとしてモコモコのビッグサイズのフリースを着た20代ぐらいの女性が、カメラの前に立っていた。

暫く、その女性を観察していると、もう一度ボタンを押した。さらにもう一度。仕方なく、私は出た。
「どちら様でしょうか?」
「アンタ、探偵?」
「そうですが、ご用件は?」
「人を捜して欲しいんやけど…」
「事前のアポイントをいただいておりませんが…」
「そらそうや。さっき近くの洋食屋のおばちゃんにアンタの事聞いてんもん。それまで知る訳なかったわ。」
洋食屋…おばちゃん…キッチン岡部の女将だ…
「おばちゃんはアンタは優しい人やから、きっと相談に乗ってくれると言ってんやけど…」
「分かりました。お上がり下さい。」

私は音楽をブルースに変えた。関西弁に合うように。

画面の中ではよく分からなかったが、ビッグサイズのフリースは、レモンイエローだった。春らしい、私は感心した。
「探偵さん、これ脱いでもええ?ここ、暑いわ。」女性は、フリースを脱いだ。何と、中は半そでのTシャツだった。それも、パウダーブルーの。これまた、春めいている。
私は彼女のフリースの上着を受け取り、ドアの横のハンガーにかけた。
彼女は依頼人の席に座った。
「コーヒーを飲みますか?僕は飲むけど。」と、私が訊くと、「カフェラテで。」と答えた。
「ラテは難しいな。カフェオーレでいいかい?」と聞き返すと、「あれ、カフェラテとカフェオレって、何か違うん?」と聞き返された。
「分かった。カフェラテね。ちょっと、待ってて。」そう言って、私はキッチンへと向かった。

マグカップを2つ持ち、私はオフィスに戻った。
彼女は依頼人の椅子に借りてきた猫状態で、ちょこんと座っていた。
なかなか、行儀の良い人だ。
彼女にミルクコーヒーのカップを渡し、私は自分のデスクに向かった。
彼女はカップに口をつけると、「にっがっ」と言った。
「砂糖、いる?」と、私が訊くと、「いや、ダイエット中やから、これでええわ。」と言い、カップをサイドテーブルに載せた。
私は自分の席に座り、カップをデスクに置いた。

「ここからは依頼内容を聞く事になるので、全てを録画、および録音させてもらいますが、宜しいですか?」と、彼女に訊いた。
「結構です。」
「じゃあまず、あなたのお名前と住所、年齢、職業を教えてもらえますか?」
「名前は大和田春香です。春に香りと書いて、しゅんか。」
「しゅんか?珍しい名前だね。」
「ファーストサマーウイカみたいやろ?ウイカも、私も本名やで。」
「そうですか。」私は敢えて乗らない事にした。乗ると面倒な事になりそうだと思ったからだ。
「住所は大阪府豊中市… 年齢は22歳。職業は、キャバクラ。」
「なるほど。後で住所等は裏を取らせていただきますので、ご了承ください。」
「裏って?ウチ、嘘なんかつかへんやん。」
「いや、運転免許証とかで確認するという事ですよ。」
「あー、そういう事か。じゃあそう言ってよ。」春香は免許証を出してきた。私は確認する。住所に嘘はないようだ。
「すいませんが、写真を取らせてもらいますね。」
「どうぞ。」私は、運転免許証の表と裏をスマホのカメラで撮った。
「ありがとう。お返しします。」彼女に免許証を返した。

「ご依頼内容をお聞きしましょうか?」
「その前に、探偵さん、仕事料、高いん?」
「えっ?」
「いや、あんまり高いと、ウチ、払われへんから…」「それは、依頼内容を聞かないと分からないですね。」私はそう言って、一日当たりの作業料の単価を教えた。
「あら、意外に安いねんなあ。でも、それでやっていけてんのん?」
「まあね。」余計なお世話だ。
「そら、そうやわなあ。そやなかったら、こんなええとこに事務所持ってへんよな。」
「じゃあ、依頼内容を教えてもらいましょうか?」
「ウチのマーチンを捜して欲しいんです。」
「マーチン?」
「違う、マーチンや。」
「ああ、マーに母音があるのね。で、チンは平板。」
「何や、よう分からんけども、そや。」
「で、そのマーチンは日本人だよね?」
「バッキバキの大阪人やんか。」
「男でいい?」
「そら、そや。」
「正式な氏名は?」
「木村やったかな、イヤ、西村やったかな?とにかく、何とか村雅史。」「なんだ、そりゃ?まあいいわ、分かんないのね。歳は?」
「歳は?多分、家より3個ぐらい上やから、25ぐらい。」
何だか、要領を得ない話になりそうだった。
私は、立ち上がって音楽をサンバに変えた。こんな時はラテンのノリが必要だと思ったからだ。

「じゃあ詳しい話を聞こうか?」
私はコーヒーを飲み、彼女が話し出すのを待った。

彼女は思い出した。
木村でもなく、西村でもなく、彼の名前は本村雅史だった。
「だって、木と本は、字が似てるやん。」彼女はあっけらかんと言った。
じゃあ、西はどうなるんだと、思ったが、切り出すと、話が長くなりそうなので、やめておいた。

彼女の話を要約するとこうだ。
本村雅史は、とび職人で、彼女の店の常連だ。本村は、春香に入れ込んでおり、いつも指名するそうだ。
半年ほど前に、本村は「きちんと付き合ってほしい。」と、春香に言った。それを受けて、春香は「住む家がないので、マンションを買ってくれるなら」と答えた。そこで、本村は早速、手っ取り早く大きな金をつかめる仕事を探し始めたそうだ。そして店に来て、春香にこう言った。「半年ぐらいでマンションを買えるような仕事を見つけたので、東京へ行く。金が貯まったら帰ってくるので、その時は結婚して欲しい」と。春香はOKした。そして、本村は東京へ来た。毎日SNSでやり取りをしていたのだが、4日ぐらい前から、本村は電話でもSNSでも連絡がつかなくなった。毎日やり取りしてたのに、4日も音信不通はあり得ない。心配になった春香は、昨日東京に来た。そして、本村が住んでいるはずのアパートを訪ねたが、不在だった。本村から合い鍵の在りかを聞いていたので、それで部屋に入って、待ってみたのだが、何だか怖くなって、部屋を出た。そして、大阪の店で一緒だった女の子を頼り、昨夜はその女の子の部屋に泊まった。そして、その女の子から、キッチン岡部の事を聞き、岡部の女将さんから私の事を聞いて、今、ここにいる、という訳だ。

春香の知り合いの女の子の事は知っている。私の依頼人だった子だ。愛猫を捜す仕事をさせられそうになったが、それはよそで扱ってもらう事にした。その子も岡部の女将さんから聞いてきたと言った。岡部の女将さん、困った人だ。しかし、あそこのメンチカツは抜群に美味い。仕方ないのか…

「で、君は、その本村君を私に捜してもらいたいんだね?」
「そう。」
「用件は分かった。じゃあ、早速出かけよう。」
「えっ、どこに?」
「決まってるだろう、本村君の部屋さ。」
私と春香はオフィスを出た。

 

本村の住む部屋は蒲田にあった。
電車を降り、夕暮れ時の西口繁華街を歩く。
賑やかな店が途絶えて、町工場が並ぶエリアに居心地悪そうにぽつんと立つ古いアパートがあった。彼の部屋は1階の一番奥らしい。
私と春香は部屋の前に立った。私は春香が持っていた合い鍵で、ドアを開ける。開いた。

ガン!
頭に衝撃!目から火花が飛んだ!
目の前が暗くなった。

気がついた。
天井にある蛍光灯の丸い輪が眩しい。
「気がつきましたか?」
「ああ…」
「すいません、てっきり、泥棒やと思って。」男がいた。
「あなた、本村さん?」
「そうです。」
「いつから部屋にいたんです?」
「今朝早くに帰ってきたんです。自転車で。」
「自転車?」私は起き上がろうとした。しかし、首に力を入れたとたん、左の頭に激痛が走った。
私は頭を抱えて蹲った。
「大丈夫ですか?」
「ああ、何とか…自転車で帰ってきたと言ったね?」
「自転車は俺の趣味なんです。大体のところには、自転車で行くんすわ。後ろにテントと寝袋を積んで。因みに東京にも自転車で来ました。」
頭痛は決して大丈夫ではなかった。唸りたい気分なのだが、百戦錬磨の探偵を気取りたいので、ここは我慢だ。
玄関のドアが開いた。「マーチン、氷、買ってきたで。」春香が言った。
「おう、そしたら、探偵さんの頭に載せてあげて。湿布は?」
「あっ、忘れた。」
「ほな俺が買ってくるわ。しゅんちゃん、探偵さん、診ててな。」
「分かった。」
私は、酷い耳鳴りがする中で、彼らの呑気な会話を聞いていた。
意識はあるが、何しろ頭の痛みが酷い。キンキンと、耳鳴りがうるさい。
色々と質問したいのだが、何を言われても今は耳鳴りできっとうまく聞き取れない。そう思った私は、無駄な抵抗をやめて、暫し横になったままでいる事を選択した。そして、いつの間にか眠ってしまった。

鰻の蒲焼の香ばしい匂い…
目が覚めた。顔の上に氷の袋が載っており、前がよく見えなかった。
さっきの反省を踏まえ、顔を少し右に向け、袋をずらすように顔の横に落とすと、卓袱台で、本村と春香が、仲良く鰻重を食べているのが見えた。

「どれぐらい、寝てたのかな?」私は声を出してみた。意外にも普通の声が出せた。
「あっ、ああ、大体1時間ぐらいですかね。大丈夫ですか?」
「ああ、もう大丈夫だ。」私は起き上がった。頭の痛みは鈍痛に変わっていたが、首はきつかった。少し向きを変えるだけで激痛が走った。
「ところで、僕は何で殴られたのかな?」
「これです。」本村は、ぐにゃりと変形したフライパンを見せた。
「道理で、激痛が走る訳だ。」
「探偵さん、鰻重、食べます?出前取ったんすけど…」
「いや、今食べたら、3分後には、全部吐いてしまいそうだ。遠慮しとくよ。」
「そうですか、勿体ないなあ。特上なんですよ。何なら、持って帰ります?」
「鰻重持って、電車に乗るのかい?そりゃあ、多少無茶じゃないか。いいよ、君たちで分けてくれれば。」
「やった、ウチ、もう1個食べるわ。」春香が言った。ダイエット中だと、言ってなかったか?
「で、話してもらおうか?君が、どこに行ってたのか?」
「いいですよ。食べ終わってからでいいですか?」
「ご自由に。それまで、私は氷を載せて、目を瞑っておくよ。食べ終わったら、声をかけてくれ。」
「分かりました。」
そして、私はまた、横になった。
本村と春香は、楽しそうに話しながら、鰻重を食べていた。
大阪弁は得だな。何気ない会話でも、夫婦漫才のように聞こえる。

食べ終わると、本村が話し始めた。私は頭と首を気にしながら、起き上がる事にした。
「友達が、東京なら今オリンピック需要がスゴイから、仕事はナンボでもあるで、って言ったんです。」
「それで、東京に来た?」
「せやねんけど、来てみたら、今はコロナのせいもあって、仕事がなくて…でも、そんなん言ってたら、春香ちゃんと結婚できひんようになるからと思て、何とか割のいい仕事見つけて、生活切り詰めて、頑張って、100万貯めたんですわ。」
「半年で100万。そりゃあ、スゴイね。でも、マンション買うには、頭金にしかならないね。」
「そうそう、そうですわ。それでね、俺、思い切って、勝負したろうと。」「勝負?」
「オートレースですわ。俺の仕事仲間にね、群馬出身のヤツがおって、そいつが言うには、オートレース場の前の予想屋さんで、神懸かってる人がおる、という話を聞いて。それでね、俺、交通費、ケチって、自転車で前橋まで走って行って、その人に金払って、配当の高いレースの予想を聞いたんですわ。」
「前橋まで?そりゃ遠いね。何日かかったんだい?」
「行きも帰りも2日ずつ。後、前橋でレースの後、1日だけ泊まりましたんで、5日ほどかかりました。」
「その間、スマホが通じなかったのは、電池切れか?」
「そうです。ずっとケチって、外の色んなところで寝袋敷いて寝てたもんで。充電する場所がなかったんですわ。おまけに前橋で泊まったドミトリーではうっかり充電するの忘れるし…」
5日、なるほど。つじつまが合う。最初の1日目だけは電池が持ったのだ。「で、レースの方は?」
「見事、大当たり!100万円、一点張り、8.6倍。しめて、860万円の大当たりですわ。」
「そりゃ、スゴイね。まさに神懸かってる。」
「探偵さん、800万あれば、安い中古のマンションなら、買えますよね?」
「場所にもよるが、安いので良ければ、買えるだろうね。」
「やった!春香ちゃん、マンション、買えるってよ。」
「やったやん、マーチン。」
「いや、良かった。探偵さん、だからね、分かって欲しいんですが、この部屋のどこかに今、860万円があるんすよ。こんなボロの部屋の中に。今まで、そんな大金、見た事もないのに。」
「そりゃスゴイね。」
「するとね、メッチャ緊張するんすよ。部屋にいて。物音がしただけでもビクッてなる。ましてや、普段、俺ん家なんて、誰も来えへんのに、今日みたいにいきなり鍵を開けてこられたら…」
「フライパンで、バーン!だな。分かるよ。無理もない事だ。しかし、治療費は請求するよ。」
「治療費はもちろん払います。そういう訳ですんで、許してください。」「いいよ、分かったよ。怒ってないから、安心してくれ。」
「良かった。」
「春香ちゃん、一つ、訊いていいかい?」
「何?」
「君は、本当に本村君と結婚する気あるの?」
「どういう意味?」
「いや、ただ単にマンションを買ってもらいたいだけなのかと思った。」「酷い、探偵さん、酷いわ。ウチ、そんな人、騙すような事せえへんで。」「いや、悪かった。よくいるじゃん、キャバ嬢で、パパにマンションだけ買わすヤツ。」
「そんなんと、ウチを一緒にせんといて。ウチは綾みたいな性悪と違うねん。大体、マーチンはパパと違うしな。」
「そうか、疑って悪かったよ。謝る。」
「そうか、それならええわ。許したげるわ、探偵さん。ウチも全く騙してない訳違うからな。」
「何、春香ちゃん、俺に何か騙してるの?」
「うん、一個だけ。」
「何や、それ?」
「ウチなあ、4歳の娘がおんねん。シングルマザーや。だから、結婚したら、いきなり娘おる事になる。」
「えーーー」
「いや、話せてよかったわ。いつ切り出そうかと、気揉んでたから。」
「何で?」
「ウチ、娘をお母ちゃんに見てもらってんねんけどな。お母ちゃん、明日、日帰りのバス旅行で朝早く出るから、ウチ、明日の朝までに家に帰らなあかんねん。せやから、もう帰るわ。」
「えーーー」
「マーチン、悪いけど、探偵さんの日当と、治療費、払っといてな。」
「分かった。」
「後、結婚したら、ウチのお母ちゃんも同居やから。いきなり4人家族やで。」
「えーーー」
「ほな、帰るわ。マーチン、自転車で帰って来るやろ?大阪、帰ってきたら、連絡ちょうだい。一緒にマンション、探そう。」
「分かった。」
「ほな、探偵さん、この度はお世話になりました。ありがとう。」
春香は、上着を着ると、そそくさと出ていった。
春香はやはり、礼儀正しい、行儀の良い子だ。きっと、お母ちゃんが厳しかったのだろう。
部屋には、私と本村が残された。
気まずくなって、私は起き上がった。
「じゃあ、私も失礼しようかな。請求書は、後で送るから、銀行振り込みでお願いします。」
「分かりました。すんませんでした。」
「いいよ、もう気にしなくて。じゃあ」
「サヨナラ、探偵さん。」

駅に向かって歩くと、冷たい風が吹いていた。
春香はまるで、春一番のようだった。
わあっと吹いて、わあっと消えた。
風の冷たさが凍みて痛みが酷くなった頭で、そんな事を考えた。

翌日、私は病院へ行った。診断結果は、頭部打撲とむち打ち症だった。
医者に頼んで、診断書にはむち打ちは書かないでおいてもらった。私は、タカリ屋ではない。むち打ちで一生請求し続けるつもりはない。
診断書と請求書を本村の住所に送った。

1か月後、オフィスにいると、郵便配達が現金書留を持ってきた。
今時、現金書留なんて珍しい。差出人には、本村雅史、春香、裕美と、三人の名前が書いてあった。
大阪市西淀川区の住所。どうやら、無事にマンションは買えたらしい。
中には、日当と治療費の現金とともに、1枚の写真が入っていた。

桜の木の下で微笑む家族。本村も春香も笑顔が素敵だったが、満面の笑みが可愛らしさを爆発させていたのは娘の裕美ちゃんだった。そして、その後ろには、真面目そうなお母さんらしき人も写っていた。お母さんは、真面目に笑っていた。

いい家族だな。そう思い、私はコーヒーをもう一杯取りに、キッチンへと向かった。

 

 

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