見出し画像

漱石「こころ」考察78 「私」は乃木希典夫妻を否定した

夏目漱石の小説「こころ」、大正三年(1914年)連載。

「こころ」は高校の国語教科書に後半(「下 先生と遺書」)の一部が掲載されており、私もそれではじめて漱石作品を読んだ。

しかしあらためて全部を読んでみると、「こころ」は前半も読まなければ、なにもわからない、当たり前だがそう思った。

今回はその一例
「こころ」の主要登場人物:「私」(わたくし)は、乃木希典夫妻殉死事件(大正元年(1912年)9月13日)を、小馬鹿にしていた?



1、殉死について「先生」の記載

乃木希典について、まずは「先生」の遺書の記載から確認

 すると夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。
(略)
 それから約一カ月ほど経ちました。御大葬の夜私はいつもの通り書斎に坐って、相図の号砲を聞きました。私にはそれが明治が永久に去った報知のごとく聞こえました。後で考えると、それが乃木大将の永久に去った報知にもなっていたのです。私は号外を手にして、思わず妻に殉死だ殉死だといいました。(略)
乃木さんはこの三十五年の間死のう死のうと思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私はそういう人に取って、生きていた三十五年が苦しいか、また刀を腹へ突き立てた一刹那が苦しいか、どっちが苦しいだろうと考えました。
 それから二、三日して、私はとうとう自殺する決心をしたのです。

(「下 先生と遺書」五十五、五十六)

(※ 著作権切れにより引用自由です。)

この「先生」の書きぶりからして、乃木希典の殉死について少なくとも否定的な評価はしていないと読める。

しかしこの殉死を、実家で新聞を読んだ「」やその家族らは、かなり異なる温度感で受け止めていた。


2、殉死について「私」の記載

死を間近に控えた父の介護をしている「私」の実家に、新聞が届く

 乃木大将の死んだ時も、父は一番さきに新聞でそれを知った。
大変だ大変だ」といった。
 何事も知らない私たちはこの突然な言葉に驚かされた。
「あの時はいよいよ頭が変になったのかと思って、ひやりとした」と後で兄が私にいった。「私も実は驚きました」と妹の夫も同感らしい言葉つきであった。
 その頃の新聞は実際田舎ものには日ごとに待ち受けられるような記事ばかりあった。私は父の枕元に坐って鄭寧にそれを読んだ。読む時間のない時は、そっと自分の室へ持って来て、残らず眼を通した。私の眼は長い間、軍服を着た乃木大将と、それから官女みたような服装をしたその夫人の姿を忘れる事ができなかった。
 悲痛な風が田舎の隅まで吹いて来て、眠たそうな樹や草を震わせている最中に、突然私は一通の電報を先生から受け取った。

(「中 両親と私」十二)

どうだろう。
・「大変だ大変だ」との「私」の父の台詞も、ショックを受けてはいるようではある。
しかし先生の「殉死だ殉死だ」と比すれば、一段階軽い騒ぎ方・ミーハーめいた反応として、あえて対比されてるように見える

・さらに兄が「いよいよ頭が変になったのか」と言い、妹夫もそれに「同感らしい」と。これはなんだろう。
むろん父に向けられたものではあるが、あえてこの位置にこの台詞を入れて来たのは、乃木希典夫妻殉死に対する、凄まじい揶揄と解釈できないだろうか。

しかも「いよいよ頭が変になったのか」に続く、「私」の「その頃の新聞は実際田舎ものには日ごとに待ち受けられるような記事ばかりあった」との回想も、ちょっとよくわからないがこれも揶揄・皮肉とも読める。
乃木希典夫妻殉死や、あるいはそのひと月半前(7月30日)の明治天皇崩御、さらにはその直前の明治天皇の容体を伝える新聞が、「待ち受けられるような記事」と言ってるのだろうか。

 ことに陛下のご病気以後父は凝っと考え込んでいるように見えた。毎日新聞の来るのを待ち受けて、自分が一番先へ読んだ。それからその読みがらをわざわざ私のいる所へ持って来てくれた。
「おいご覧、今日も天子さまの事が詳しく出ている」

(「中 両親と私」四)


そして「私」は、先生と比して、ずい分と冷静に殉死事件を受け止めているように読める。
・「丁寧にそれを読んだ」、「そっと自分の室へ持って来て」、「官女みたような服装した夫人」、、
先生のように、三十五年の苦しみがどうだとか、自分も自殺を決めたとかそんな感傷はまったくない。話はあっさりと先生から届いた電報へと移行し、「私」の感想から乃木希典夫妻は消える。

もう一点、先生は三十五年がどうだのあれこれこね回しながら、乃木夫人のことについては、一言もふれていない
一方で「私」は、夫人の写真についてふれている。
またそのふれ方も服装について述べるのみで、夫人も死去していることについての感想は、なにも示さない。


以上に見たような、乃木希典夫妻殉死に対する「先生」と「私」の反応の対比の意味はなんなのか。何度か考えたがよくわからない。

ただ、あえてもう一度挙げるが、夏目漱石はその小説において、乃木希典夫妻殉死事件についてふれた直後に、こんなことを書いたというのは強調しておきたい。

「いよいよ頭が変になったのかと」

(「中 両親と私」十二)



いいなと思ったら応援しよう!