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女子高って怖い?少なくとも、私の高校は……

 夏の終わり……とはいっても、毎日溶けそうな気候が続いていますが、甲子園を見ていると、この時期は高校時代のことを思い出してしまいます。


 学生時代や社会人になってから、私が話の流れで女子高出身であると言うと、相手は大抵たいてい次のうちいずれかの反応を返してきます。

 「あ、お嬢様なんですね」
 もしくは、
 「うわ、女子ばっかりでドロドロして怖そう」

 勿論、そういうイメージを抱く方ばかりではないと思いますが、私の周りではそういった印象を持たれる方が多かったようです。

 でも、私が過ごした女子高での三年間は、そのどちらでもありませんでした。


 そもそも私は、その女子高に望んで入学したわけではありませんでした。
 第一志望は県立高校だったのですが、受験に失敗して、滑り止めだったその女子高へ進学したのです。

 入学したての頃は、「こんなところへ来るはずじゃなかったのに」なんて少し尖っていたように思います。

 入学して直ぐ、クラスで「この高校を選んだ理由」を一人ずつ発表するということがありました。

 みんな、「自由な校風に惹かれて」とか「制服が可愛いから」とか「進学実績が良いから」などと答えるなかで、私は至極正直に

 「県立に落ちたので来ました」
 と答えました。

 担任の先生は苦笑し、クラスメイトも「え!?それ言う?」みたいな空気感。
 のちに親友になる友達も「あんた、正直すぎるやろ」と呆れていました。

 今思えば、なぜあんなに私はき出しの本音を口にしてしまったのか。
 無難な答えを言うクラスメイト達が、なんだか取り繕っているように感じて反発心を覚えてしまったのか。
 よく分からないけれど、やっぱりどこか”尖って”いたんでしょう。

 当時、自意識でハリネズミのようになっていた私でしたが、次第にぬるま湯のような女子高生活に感化されていきました。

 そんな女子高生活で、担任の先生がよく嘆いていたことがあります。

 「あなたたちは、黙っていれば可愛いのに、恥じらいというものがない」

 体操服や水着に着替えるときに、隠さない。
 教室で、平気でメイクを直す子がいる。
 朝礼中に、腕のムダ毛を抜いている子がいる。
 修学旅行が近づけば、買い揃えた下着を机に広げて「どれ持って行く?」なんて品評会が始まったり……

 そのたびに先生方は頭を抱えて「あなたたちには、恥じらいというものが……」と嘆いていました。

 でも、私達の間で流れる空気のなかでは、それが通常運転だったのです。

 同世代の男子の目がなかったから、でしょうか。
 みんな驚くほどのびのびとしていて、おおらかで、それが自然でした。


 卒業後、共学の大学に進学して、共学校出身の友達と高校時代の話になったとき、私は軽くカルチャーショックを受けました。

 「バレンタインの日は、誰が誰に渡したとかで大騒ぎだった」
 「〇〇するとき、男子に見られたら恥ずかしくて」
 「マネージャーやってたから、部員の洗濯全部やってた」

 そんな話ばっかりで。
 私、高校でそんな頭や気ぃ使って生きてなかったなぁ……って。

 私にとってバレンタインは、お互いに手作りしたお菓子を持ち寄って、交換&試食会のようにわいわいするイベントでしたし、人目が恥ずかしいと思うようなことって、本当になかったからです。

 勿論、若い男性の先生に憧れる子もいましたし、女子同士で恋愛をする子もいました。

 でも、私の記憶に残っているのは、女子同士の気安さで、のびのびと遠慮なく振舞っていた、楽しい友達のことばかりなのです。


 振り返ると、なんだか不思議です。
 「禍福は糾える縄の如し」とはいいますが、入学した当初は「県立に落ちたから仕方なく来た高校」としか思っていませんでした。

 それが三年間経ってみると、それまで自意識でガチガチになって苦しんでいた私のたがを良い意味で外してくれた、「私に案外合っていた、愛すべき高校」になっていました。

 だから、「女子高って怖そう」って言われたら、私は首を振ってこのエピソードを笑いながら口にするのです。

 私の想い出の女子高は、お嬢様学校でもドロドロした女の園でもなく。

 朝礼中にムダ毛を抜く子がいて、先生には「恥じらいをもちなさい」と叱られ、バレンタインには手作りのお菓子を囲んで笑っていた、ほのぼのとした牧場みたいな場所だったのです。

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