泣くわ、噛むわ、抱き着くわ~なんとも締まらなかった1997年の世界ヘビー級タイトルマッチ~
「キング・オブ・キングス」
かつて欧米では、ボクシング世界ヘビー級チャンピオンはそのように呼ばれ、「世界最強の男」の代名詞とされていたと言います。
しかし現在では、WBA・WBC・IBF・WBOといった主要団体の分裂により、その権威は大きく揺らいでいます。
世界タイトルマッチは興行規模が大きく稼げるので、チャンピオンは沢山出来た方が良いーそんな業界の都合のみで認定団体が分裂し、世界チャンピオンが増え続けていった結果、ヘビー級に限らず世界タイトルの権威はすっかり下がってしましました。
それでも20世紀のどん詰まり、1990年代後半はまだ、マイク・タイソン、イベンダー・ホリフィールド、レノックス・ルイスなどの誰もが認める強いチャンピオンが激闘を繰り広げていたので、世界ヘビー級チャンピオンは他のクラスとは別格の存在感を保持していました。
しかしそんなステイタスが怪しくなり始めた風潮を象徴する年があります。1997年です。
この年、世界ヘビー級タイトルマッチは、奇妙で不可解、そして後味の悪い試合が立て続けに起こりました。
発端は2月7日に行われたルイス対オリバー・マッコールによるWBC世界ヘビー級王座決定戦でした。この二人は過去に一度対戦し、番狂わせでマッコールがKO勝ちしています。
リベンジに燃えるルイスが積極的に攻めますが、マッコールには今一つ覇気がありません。試合が進むにつれ、表情は虚ろになり、やがて奇妙な動きをし始めて戦いもせず、リング内を徘徊し始めます。戸惑うルイスや観客をしり目に、終いにはマッコールは大粒の涙を流しながら泣き出してしまいました。レフェリーは試合続行不可能、と判断しルイスの勝利を告げますが、ファンは収まらず大ブーイングです。
マッコールはファイトマネーを差し押さえられ、試合後精神病と診断され強制入院させられてしましました。未だに、何だったのか、真相は謎です。
なんとも締まらないルイスの王座復帰でした。

続いて全世界の注目を浴びるビッグマッチが6月28日に行われます。
WBA世界ヘビー級タイトルマッチ、ホリフィールド対タイソンの第2戦です。長年、戦わざるライバルと言われ続けた両者は前年、激闘を繰り広げ、見事ホリフィールドがKO勝ちでベルトを奪取します。
素晴らしい試合であったため、ダイレクトでのリマッチが組まれました。
立ち上がりから初戦同様、緊迫感のある攻防が繰り広げられます。
ところが3ラウンド、突然ホリフィールドが片耳を押さえながらピョンピョン飛び跳ねました。
「一体何事!」と思ってみていると、なんとタイソンがホリフィールドの耳を齧っていたのです。
当然、重大な反則です。即座にタイソンは失格負けを宣告されました。
「Fight Of The Century」(世紀の一戦)ならぬ「Bite Of The Century」(世紀の噛みつき)です。
稀代のビッグファイトは、なんとも後味の悪い結末となりました。
しかし、不可解な世界ヘビー級タイトルマッチはまだ止まりません。
再びルイスの登場です。7月12日ルイス対ヘンリー・アキンワンデによるWBC世界タイトルマッチが行われますが、これがまた酷い試合になりました。攻めるルイスに対し、アキンワンデは碌にパンチを打たずクリンチ、クリンチ、ひたすらクリンチ。とにかくルイスに抱き着いて離れません。
レフェリーが何度も「ファイト!」とアキンワンデに喝を入れますが、再開するとすぐクリンチ。観衆の大ブーイングの中、レフェリーはアキンワンデを戦意喪失と見做し、失格負けを宣告します。
泣くわ、噛むわ、抱き着くわーーこれほどおかしな試合が続くのは前代未聞です。世界ヘビー級タイトルマッチの信用はすっかり落ちてしまいました。
ルイスは10月4日のアンドリュー・ゴロタ相手のタイトルマッチで豪快なKO勝利を収め、辛うじて最後に面目を保ちましたが、それだけでは取り返しがつかないくらい、なんとも締まらない一年間でした。
振り返れば貴重な“珍年”とも言えますが、同時にそれは、世界ヘビー級王座という物語が綻び始めた瞬間でもあったのかもしれません。
やはりボクシングの試合は素晴らしい打ち合いであって欲しいものです。
