【エッセイ】今年も、変態病院の季節がやってきた。
創作大賞。それは「変態の目覚め」である。
少なくとも、わたしはそう定義している。
変態とは、正しさの外側にある真実だ。
それは、誰にも見せるつもりのなかった、自分の輪郭である。
昨年度、わたしは「お仕事小説部門」に、満を持て一編の物語を叩きつけた。タイトルは『変態病院』。結果は、掠りもせず落選。一年越しに、こうして無念の事後報告をしている。
中間選考通過よりも、わたしは『変態病院』の落選を誇りたい。白衣を脱いでも、魂の『尻』は隠せないからだ。
わたしは横浜市内のとある医療機関で働く看護師である。これから書くのは、昨日の夜勤中の出来事だ。
「なぁ。人には言えない真実を話す会をしよう」
隣で鼻毛を抜いていた介護士のサトウが、唐突に口を開いた。ナースステーションの深夜3時は、変態たちが目を覚ます時間だ。
「ほう。人には言えないこと、とは」
わたしは電子カルテから手を離し、回転椅子をサトウへ向けた。
「ほれ、昨日はエイプリルフール。嘘が許される日。さればこそ、今日はただひとつの真実を晒し合おうではないか」
薄暗いナースステーションに、深夜の静けさが沈むころ、ふらりとマーゴット夫人が現れた。フィリピン出身の国際ナースである。
「これはこれは、マーゴット夫人」
「おう、サトウ。ナンダ」
夫人は祖国のクッキーを当然のように差し出し、隣に腰を下ろした。
「人には言えない真実を話す会へ、ようこそ」
時計の針が静かに進む。
そこへ、臨床工学技士の小口がのそりと現れた。名前に反して、その図体はナースステーションを窮屈にするほどに、余計でデカイ。
「じゃあ、前菜代わりに。小口、一番どうでもいい真実からいこうか」
小口は肩をすくめ、淡々と話し出した。
「前職はキャバクラの店長だったと言っていたが、実はもっと長くやっていた仕事があった」
「ほう」
わたしたちは身を寄せ、彼の口元を覗きこむ。ふわりと加齢臭が漂う。深夜のナースステーションで、わたしは一度だけ、顔を背けた。
「竹や〜竿だけ〜」
「え、なんて?」
「Just bamboo… just a rod…♩」
マーゴット夫人の変換の速さに我々はさらに戸惑った。
「履歴書、空白の三年間。そこにはただ一言、『竹や竿だけ』と書いてある」
「なかなかにして、なかなか」
サトウは短くそう言った。
キャリアの原点は、軽トラの荷台にある。誰もが、言えない竿を背負って生きている。それは、肩書きの奥に沈んでいた真実だ。
「次、サトウ」
サトウは黙り込んでいる。
「溜めるな」
「言い逃げは許さんぞ」
サトウは胸を張り、蛍光灯を静かに眺めた。
「あれは高校二年生の時のことだ。肘を壊して野球をやめた拙者が選んだ部活を教えよう」
「それは、なんだ」
サトウは一度だけ、視線を落とした。
「……フェアリーコンソート部」
白球を置いたその手で、妖精を奏でると決めた指先にはいま、太めの鼻毛が光っている。
ナースステーションの空気が、また一段と重くなる。もう、まともなものは出てこない。
「……さて。本番だな。マーゴット夫人、どうぞ」
夫人は少し考え、やわらかく微笑んだ。
「ワタシ、チンチンの皮を切るのが、とても上手いであるよ」
一瞬、時が止まった。
「……チンチンの皮を切るのが上手い、とは?」
我々は笑わず、その先を待った。笑うには、あまりに正確すぎたのだ。沈黙は沈黙を生み、夫人は繰り返す。
「ただ、上手いである。Godly」
セブの風が、ナースステーションの皮をさらった。
我々は一様にその言葉を脳内で復唱した。
文化と医療の垣根を超えた時、人は黙る。
空気が、じっとりと絡み、最後に視線がわたしに集まることに気がついた。
「で、エリは?」
「別にないよ」
「嘘をつけ」
わたしは立ち上がり、ゆっくりと天井を仰いだ。
視界の端で、記憶が泡のように浮かび上がってくる。セピア色の情景が、夜の静寂を淡く滑り抜けていく頃、わたしはつぶやいた。
「……魔法少女、かな。夜だけ、なるやつ」
それは、誰にも差し出さなかった唯一の真実だった。でも、それが一番わたしに近い。
夜は静かに更けていく。
そんな第二弾も、やはり落選した。
履歴書に書けない自分を抱えて、わたしたちはここで生きている。それでもいいと思ってしまう夜が、ある。
さて。
今年もまた、変態たちが目を覚ます季節がやってきた。
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