それは、あなたの胸毛ですか?
それは、だれの胸毛ですか?
ーーーこれは私の胸毛です。
あなたの胸毛、暖かそうですね?
ーーーはい、すこし、恥ずかしくも思っています。知らない胸毛に抱かれていたなんて。
胸毛っていいですよね?
ーーーいいえ、私は女性のおっぱいが1番すきです。
あなたにとって、胸毛とは?
ーーーガムテープで、はぎ取るものです。
これは、昨夜の夜勤中に私の周囲で起こった、ノンフィクションの物語である。
私は時計の針がまだ、勤務開始の15分前にさしかかる午後16時45分に、リハ室のプラットホームマットで、高鳴る動悸を抑えながら、静かに着席していた。
夕方なのに「おはようございます」と、続々とスタッフは出勤し始め、私の隣にぽつりぽつりと腰を下ろしていく。
「eri、今日は欠勤者が二人も出たらしい」
周囲の介護職員は、皆口々に、夜間帯のスタッフ数の少なさに頭を抱えた。
「事前に欠勤わかっているなら人員を補充欲しい」
普段寡黙なイケメン職員のうーちゃんは、ため息混じりに、私を同意を求めるようにチラリとこちらをみた。
勤務前から、スタッフはすでにピリついており、少しだけ開いた窓からは、冬の北風がその会話を後押しするように走り抜けている。
私は、欠員のことなんてどうでも良かった。
どうしても、ある真実を話したかったからだ。
「うーちゃん、今日黒のダウンジャケット着ていたよね?」
「は?あーうん、なに、急に」
周囲は少しずつ、静けさを取り戻しつつあった。
「ダウンジャケットの中から時々、羽が一枚にゅいーんと出てくることがあるじゃない?」
34歳イケメン職員のうーちゃんは、私から珍しく目を離すことなく、戸惑っている様子が窺える。私の左隣にいた50代女性スタッフは、すでに笑いを堪えながら「始まった、eri劇場が…」と呟いている。
口を開いたら、私はもう、止まらない。この真実を伝えるためだけに、私は今日出勤しているといっても過言でなかったからだ。
「ダウンジャケットの中の毛は、ある水鳥の羽毛らしいのだけど」
「あー、グースとかそういうことでしょ?」
物分かりの早いうーちゃんは、
小気味よく相槌を打つ。
「それ、どこの部位だか知ってる?」
私の周囲にはすでに6人を超える職員が集まっており、いつしか欠勤者の話は断ち消え、私の声に皆、耳を澄ませた。
「あれは、胸毛らしい」
16時間、私たちに胸毛feverが訪れたことは言うまでもない。
そんな#なんのはなしですか
の情報源はこちら。
私は、胸毛推奨派である。
なんとも、ぬくとい記事だ。
病院に勤める最大のメリットとして、食事補助という制度がある。
明け方の6時に、手の空いたものから患者と同じ食事が提供される。
深夜2時。私は、#なんのはなしですかの記事を眠れない休憩時間に読み漁っていたことをふと思い出す。
朝食の献立、メインの主菜はカレー風シーチキンチンゲンサイ炒めだった。
カレーと、シーチキンと野菜炒めの味がどれも独立してて、絶妙に不味い。
朝8時。
私はある患者様の食事介助をしていた。
口の中にスプーンで救ったカレー風シーチキン、チンゲンサイ炒めを運ぶ。
「まずい」
患者は、口に入れるや否や、こう呟いた。
「味の調和が取れてない。シーチキンが抜きに出ている」
私はつかさずこう答える。
「陸マグロですからね」
患者は、「は?」と言う顔をしている。
勤務が開始されて、15時間目の朝。
食堂で、私は一人だけ爆笑している。
愛すべき変態の集まりは、私にくだらない幸せを運ぶ、胸毛かもしれない。

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