【詩的散文・珈】絶対的な翳。
わたしの情動なる儘に、わたしの欲がある儘に。
それが愛の完成だとするならば、
いかなる形になろうとも、瞳の奥の蟠りを決して解いてはならない。
そこに正義があるとするのならば、
そこにわたしたちの偽りの虚構があるとするのならば、
全てはそこに在る景色をすべて提示しよう。
わたしは何者でもなく、何者にでも変容し、
それは暮に現れる翳を帯びた月片、
あるいは闇に沈む未明の残響、
夜の庭で聴こえるコオロギの歌に姿を変えようとも、
揺るがなき憂鬱と高揚する情動に他ならないのだから。
その旋律が夜を撫で、翳の底に溶けるとしても。
生き様に道徳を謳うのならば、それは野暮なことだと、わたしは軽口を叩こうか。
装飾を纏うことを動機付け、
そこに在る音、そこに在る声を口笛で奏でることが美の本質だと、
わたしはとうに知っていた。
同じ木の元で生まれ育ち、
それが大衆であろうと唯一無二の付加価値があろうと、
感傷に浸ることも憂う日があろうとも、
およそいつの日かそれが実ることには変わらない。
美を幻想に変えたのはお前か。それとも大衆か。
情緒の輪郭に囚われることは脆くも、
侘しさの限り安心という名の慰安に過ぎない。
時流の先導に惑わされ、人が咲くことに羨望し、
鮮新な朝日を眩しむ日もあろう。
光を羨望するのなら、絶対的な翳になれば良い。
誰を否定することもせず、
己に湧き上がる声をただ信じ、進めば良い。
わたしの情動なる儘に、わたしの欲がある儘に。
それが愛の完成だと。
コニシ木の子さんの作品を読み、溢れるままに。
連作を申し出た作品です。お納めください。
11/2 追記
フルレットさんに朗読していただきました。
木の子さんの作品を読み、わたしの考える答えと、心の中をぶつけた、未完成な散文。
ピーベリーとフラットビーン。どちらかというと、大地そのものからの答えを書いたような。
それを彼女の声でさらに広げてもらい、迷いがなくなり根が張れた気がします。声の力ってすごい。きっと、読み方迷われたんだろうな…でも。フルレットさんの作品になっていました。ありがとうございました‼︎
#なんのはなしですか
#なんのはなしです珈
#聴く珈
いいなと思ったら応援しよう!
応援が物語のインクになります。
あなたにもそっと、届きますように。