正解のいらない、創作の入口ーー『三年間、誰も使わなかった言葉「なんのはなしですか」が文化になるまで』を読んで
そもそも書く前提がなかったわたしが、この言葉に魅了され、表現することを二年近く続けている。
なぜ「なんのはなしですか」は、二万件を超える表現と千人以上の参加者を生み出したのか。コニシ木の子の文章を手がかりに、この不思議な文化について考えてみたい。
1、「なんのはなしですか」≧「コニシ木の子」
ーーまずは感覚から触れる、言葉の響き。
「なんのはなしですか」。
その言葉との出会いは、なんとなく「響きが好きだった」とコニシ木の子は語る。その理由は案外真理なのかもしれない。理由なんて、後からついてきて、あの時の出会いって実は必然なのかもなんて思うものだからだ。
今でこそ、「#なんのはなしですか」はプラットフォームnoteで二万件を超える表現を生み、千人以上の人が参加する文化として育っている。
現在の姿からは想像しにくいが、コニシ木の子はnoteの「路地裏」で長い間、空白を過ごしていたという。
「素直に自分を解放できる。表現を自在に操れる。」文中では、「なんのはなしですか」という言葉への思いを明かしている。
さらには、「自分にできる表現方法は、それ以外に何もなかった。それを捨てることはできない。放棄することは、自分自身を失うことになるからだ。」とも。
それは、ただの言葉ではなく、コニシ木の子にとって、自分自身を失わずにいるための道標だったのかもしれない。この人が信じ続けた「表現」とは、一体なんだったのだろうか。
2、「表現」×「なんのはなしです課」通信。
コニシ木の子は、「なんのはなしですか」の説明をする際「文芸発信の総合表現エンターテインメント」とも紹介している。そもそも「表現」とは何か。広辞苑にはこう記されている。
『内面的な感情や思想・意志などを、言語や表情、身振り、芸術などの形にして外にあらわすこと』
本来、文芸とは読むものであり、そこには明確な作者と読者の境界が存在する。しかし、なんのはなしですかは違う。コニシ木の子はその表現をどう扱ったのか。
実際に生まれた表現を並べてみると、「総合表現エンターテインメント」の意味が見えてくる。
日記、エッセイ、小説、詩、短歌、電子書籍、ZINE、点字本、グッズ、イラスト、思考、書道、羊毛フェルト、手芸、レザークラフト、動画、歌、ゲーム、朗読、公演、ティッシュ字検定、そして珈琲。
これらの表現を受け止める器がある。その役割を担ったのが、「なんのはなしです課」通信だった。
3、「なんのはなしですか」≒「遊び」
遊びという言葉は不思議だ。
大人になるほど、遊びは後回しになっていく。役に立つこと、評価されること、成果が出ること。いつの間にか、そんなものばかりを追いかけている。
「声を大にしては言えないこと。決して評価されるようなものではないもの。それでも、書きたいことを自由に言える場所。それを、みんなで楽しむ場所にしたかった。」
「なんのはなしですか」という遊びは、人に預けられることで広がっていった。
「人を紹介するのに、面白おかしく、怒られないギリギリを攻める。」
だからこそ、書く側も安心しておかしい人になれる。もっとも、その表現の「ギリギリ」がどこにあるのかは、今も誰にも分からない。
だから、わたしもこうして語っている。そして、その循環の純度は驚くほど高い。
4、「文化」≠「独占」
渦中の当人たちは、ここが文化の始まりだと気付いていたのだろうか。わたしもまた、その一人だったのかもしれない。単純に「面白い」と踊った先に、文化と名前がつく現象があったようにも思う。
二万件を超える表現と、千人以上の「なんのはなしですか」。それは同じ言葉の繰り返しではなく、誰かの表現がまた別の誰かの表現を呼び、新たな解釈や創作へと姿を変えながら広がっていく現象だった。
広辞苑では文化を『人間が形成してきた物心両面の成果』と説明している。そう考えると、「なんのはなしですか」が文化であるかどうかを問う段階は、すでに過ぎているのかもしれない。
のちにコニシ木の子はこう語っている。
「誰かに何かの表現のバトンを渡すことも、大事な創作の一つだ。」
そして、この文化には一つの逆説がある。
言葉を解放したからこそ、守る必要が生まれたのだ。その象徴が、「#なんのはなしですか」の商標登録だった。
クラウドファンディング400%という数字は、この言葉がすでに一人のものではなくなっていたことを示している。
そんな側面から見ると、「なんのはなしですか」をIP(人が生み出したアイデアや作品の価値そのもの)として見ることもできるだろう。
ただ、その視点で読み解こうとすると、今度は別の矛盾が現れる。世界観を統制しない。だからこそ広がり続ける。
そんなIPを、わたしは他に知らない。その矛盾ごと含めて、この文化は興味深い。
5、「出口」≠「正解」
大人になると、いつの間にか「上手に転ぶこと」ばかりを考えるようになってしまうのは、わたしだけであろうか。
目立たぬように失敗を避け、何食わぬ顔で普通であり続けることを演じている。わたしが「なんのはなしですか」と出会ったのも、そんな日々の中だった。
だが、コニシ木の子がこのnoteの「路地裏」に築こうとしたのは、それとは正反対の世界だ。
当時、エッセイにもならないような拙いメモ書きを、夢中になって書き連ねていた日々を思い出す。まさか、それを表現と呼ぶ日が来るとは思ってもみなかった。それは、もしかしたら、わたしだけではなかったのかもしれない。
それぞれが自由に個性を出しながら、「なんのはなしですか」という言葉を自分なりに解釈して、表現を広げながら使い始めるようになった。
「遊びの中から生まれた文化に、価値を与える。それは必要なことだと思った。」
その思想は、やがて一つのミッションへと結実する。
誰もがどんな些細なことでも、楽しく、自由に表現できるようにする。
誰もが気軽に入り込めるほど入口は低いが、そこで交わされる表現そのものが軽く扱われることは決してない。むしろ、表現に対してどこまでも誠実であることが、この路地裏という場所の特徴なのかもしれない。
同じ入口から始まっているはずなのに、生まれてくるものは驚くほど違う。ある人は小説を書き、ある人は短歌を詠む。珈琲を淹れる人がいれば、羊毛フェルトに想いを託す人まで現れる。にもかかわらず共同体は維持され続ける。ここに「なんのはなしですか」の特異性がある。
入口は一つ。でも、表現は無数。
これがミッションの具体化なのかもしれない。
6、「入口」
「真面目にふざける。
私が作ったのは、言葉だけだ。
文化を作ったのも、参加してくれた人たちだと思っている。」
この一文に、この文化の輪郭が表れている気がする。文化とは、大きさだけでは測れないのかもしれない。「なんのはなしですか」を語るには、あまりにも流動的だ。だが、その流動性こそが、この言葉が今も生きている証である。
コニシ木の子はこうも語っている。
「私は五年かけて、この言葉を『正解のいらない、創作の入口』にしてきた。」
そもそも書く前提がなかったわたしが、この言葉に魅了され、表現することを二年近く続けている。気づけば、「なんのはなしですか」は、わたしにとっても道標になっていた。
いま生きている自分を発見できた。
生き方にジャンルなんてないと、教えてもらった気がする。
誰かがこぼした「なんのはなしですか」を、ただ微笑んで眺めていたい。誰かが楽しそうに表現を始める。そんな光景が好きだ。
わたしの根底にあるのは、今も、その先も、「なんのはなしです課」通信だ。
そして、その入口がこれからも開かれ続けるのなら。そう考えるだけで胸が躍るのは、わたしだけだろうか。
理由なんて、後からついてくる。
表現の入口は、いつだってここから始まる。
参考リンク
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