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パープル・セイヴィア《第9章 灯りの届かない場所で》【創作大賞2025】



 ☝︎前回までのお話はコチラ☝︎



第9章 灯りの届かない場所で


 時計の秒針を追い越すように、心ははやる。仕事が終わるのを待ちきれない。夜勤明けの空を眺めると、淡く重なる夜が遠くに消えていく。風に過去を預けるように、脈打つ鼓動に触れる。私は、アキに会いにいく。まっすぐと、迷うことを忘れて。幸せの形をようやく知るために。

「アキ」

 目を細めて、アキの頬に手を絡めて、ねだるようにキスをした。吐息を確かめるように、シャッターを切るように、ゆっくりと瞬きをする。薄く開いた瞳にアキが映る。洗面所には、色違いの歯ブラシが肩を並べて、見慣れた部屋に「私」が増えていく。

 家でもシーシャを吸って、沸き立つ煙に手を添える。ホームシアターの光に包まれながら透過していく皮膚を眺めて、アナログに漂う幸せはウィスパーに私たちの全身を包んでいく。
 陽が落ちる。夜が来る。そんな時の流れをただ愛おしく思う。

「アキ?」
「何?」
「アキは、仕事好き?」
「急にどうしたの」
「聞いてみたくなって」

 ベッドに寄りかかり、ふたりで膝を抱えながら、アロマキャンドルの火の揺らぎを見つめる。アキはそっと毛布を肩に掛け直し、私の隣に身体を寄せた。

「檜の香りがするね」
「千咲、好きでしょ?この香り」

 アキは、私の髪をそっと撫でた。私は静かに、アキの肩にもたれかかって、母を思わせる檜の香りの中で、隣にいる彼の体温に触れた。
 風ひとつないこの部屋で、アロマキャンドルの火だけが、ゆらり、ゆらりと揺れている。「そこにいる」と告げるように、音もなく、穏やかに。
 私はただ、その火と同じ速度で、流れる時間に身を委ねていた。

 アキは、私の問いには答えなかった。
 私は知っていた。アキは明け方になると乾いた咳をする。コンコンと、小さく体を震わせて、きっと私を起こさないように布団に顔を埋める。そんなアキの背中に頭をつけて咳が治まるのを一緒に待つ。

 「手当て」という言葉があるけれど、私はそんな、触れるという力を信じている。

 アキが私に教えてくれた、ただそこにいるという幸せを伝えたかったから。この火のような揺らぎを見せないことは、きっと、アキにとっての自分を守ることなのだとわかっていたから。優しさのオブラートを纏うアキに、少しだけ人間味がないと思っていたことも、確かだった

 アキは、美しすぎたのだ。

「世界のどこにも触れていない感覚が、ずっとずっと昔からあった」

 アキはゆっくりと、言葉を選ぶように話し出した。私は小さく、聞こえない程度に相槌を打った。

「煙を見ていると落ち着く」

 アロマキャンドルの火の先からは、一筋の煙がすぅと立ち上がっている。アキは少しずつ言葉を継いでいく。

「シーシャの吸い方次第で、煙の濃度が変わっていくよね。呼吸の仕方を忘れた俺にとって、煙を見ることは、生きていることだったんだ」

 アキは、視線をキャンドルから離さない。時間はゆっくりと進んでいく。

「世界から消えたい、そう思い始めたのは、多分ずっとずっと昔からで、実際に消えようとした」

 私はアキの言葉に耳を澄ませた。私の耳は、アキの言葉を取りこぼさないためにある、とそう思った。耳に振幅を広げる。シーシャの水音を聴くように。

「シーシャは、人と繋がれない俺にとって、自分自身と、誰かに触れることの代わりだったんじゃないかと思う」

 声には、孤独が滲み出ていた。
 その透き通るような孤独は、アキにとって、可視化された煙だった。アキは「コホン」と小さな咳をした。

 アキにとって救いは、シーシャだったのかもしれない。

 それでも、アキはきっと気管支が弱い。自傷行為のようなその救いは、私の胸をギュッと締め付けた。

 私とアキは、似ている。
 どこか依存に似た自分を赦すという行為を、仕事にすり替える私たちはあまりにも、脆い。

 消え入りそうなアキの手を、私は握った。細い指は、すんなりと絡んだ。その手の輪郭を確かめるように、自分の頬に手を添えた。

 私がここにいる。
 アキが呼吸しやすいように。

 アロマキャンドルの火はパチパチと不思議な音を立てて、檜の香りをゆっくりと部屋に漂わせた。


 ふたりで、キッチンによく立った。
 手際の良いアキに指示されながら、私はおろおろとした。

「チキンから出る油をさ、掬ってかけてあげるジューシーになるんだよ」
「チキンから出る油を掬ってかけてあげるとジューシーに。ふぅーん」
「わかってないでしょ」
「え?」

 そっとアキはフライパンを持ってカリッとして、中身がふっくらとしたチキンを焼き上げた。ハーブソルトをまぶして、アキは生クリームと柚子胡椒を混ぜたおしゃれなソースを仕上げた。

「え、おいしい」
「光栄です」
「幸せだなぁ」
「千咲のその顔見られて、俺も幸せ」

 お風呂には決まってふたりで入って、横浜の赤レンガ倉庫で買ったバスソルトを入れた。
 暖かな湯気の立つ湯船に、アキの胸元に背中をつけて抱きしめられながら、お湯を弾いた。声も、皮膚もゆっくりとふやけていく。

「実現するならどっち?A.戻りたい時代からやり直すB.未来を知って、今を変える」
「戻りたい時代からやり直す、うん一択。次は、アキがお題だして」
「おっけ。不老不死の薬があるなら?A飲むB飲まない」
「B飲まない」

 私の背中は、ぷるぷると震えるのが伝わりアキは笑いを堪えて話し出す。

「じゃあさ、次はふたりで同時に言おうか」
「せーの」
「人生で最も大切なものは?A.愛B自由」
「愛!」

 重なる声はぴったりで、私達は、狭いバスタブの中で、お腹が捩れる程に声をあげて笑った。胸元まで張られたお湯は、豪快に音を立てて飛沫をあげる。

 横浜駅の西口の路上にある喫煙所にはそんな質問が添えられていた。

 幸せの形——。
 そんな言葉が浮かび上がる。

「私たち、ずいぶん前からすれ違ってる気がしない?」
「俺もそう思う。ダメだな。もっと早く会いたかった」

 アキの腕は私をそっと抱きしめ、ぎゅっと力を込めた。その細い指が、胸元に軽く触れる。私の小さな世界は、あたたかい幸せで満ちていった。バスタブの中のお湯が静かにちゃぽんと音をたて、アキの吐息が耳元で心地よく響いた。


 アキの部屋に飾られているパキラの隣には、私の選んだ観葉植物が少しずつ増えていった。私の荷物も少しずつ増えていって、アキは、ベッドの枕元に小さな橙色のライトを買った。

「お部屋暗い方が落ち着くんじゃないの?」
「そうだね。あんまり得意じゃない。でも…」

 アキは私を抱き寄せた。

「ふたりなら、少しだけ明るいのも怖くない気がする」

 体を離して、私達は目配せして笑った。

「千咲のきれいな表情が見たい。心の中が、ずっと良く見える気がするから」

 私たちを照らすライトは、あたたかかった。
 あんなにも、闇を愛していたアキが、私をその余白に混ぜてくれたことが嬉しかった。
 デートの時は、シーシャラウンジにアキを迎えにいって、みなとみらいの海の波の揺らぎを長い時間並んで眺めた。

 私はアキの肩にそっと両手を添えた。耳に唇が触れそうなほど、顔を近づけて。

「アキ、好きだよ」

 ウィスパーに、声を落とした。

 顔を覗き込むと、アキは恥ずかしそうに、口元を手で隠した。私はアキの髪の毛をくしゃくしゃと撫でて、「帰ろうか」と言って手を繋いで、横浜のイルミネーションの中をふたりで歩いた。

 時が緩やかになってきたのだろう。アキとの会話の間に生まれる返事には、わずかな間が生まれはじめていた。それでも、時計の針はゆっくりと進んでいく。

 ある日、アキの年齢が私よりもふたつも年下だったことに気がついて、私は少しだけむくれた。アキは必死で年齢は関係ないと言い訳のように取り繕っていた。

「え?気付いてたの」
「うーん。千咲、きれいだもん。同じくらいの年齢のこと全然違う」
「なにそれ、どこの誰のはなししてるの」
「ねぇ、意地悪すぎない?お店に来るこだよ」

 アキの困った顔が可愛くて、私はケラケラと笑った。こんな毎日が、ずっと続いたら良い。私は、昔っからの私を纏えるように変わっていった。

 それでも、時々アキの口角が上がらなくなるのを見て、少しだけ、精神症状が再び出てきているのかもしれないと感じ始めていた。

 それでも、イルミネーションの中で、私たちの影は、長めに伸びて、重なる手に境界線がないことを時々確かめるように振り返ることも次第になくなっていった。私達なら大丈夫、と不確かな自信を陰に投影した。



 日野くんと出会ってから、アキは少しずつ無口になり、不満を漏らすことが増えていった。

「ね、その、日野くんって…千咲の、なんなの?千咲、あの子に感情移入してるみたいだけど…ごめん、なんでもない」

 私の頭の中は、日野くんのことばかりで、仕事の話になると、いつも彼のことを話してしまっていた。
 これは恋じゃない。でも、彼の人生への責任が付き纏っていた。二度と弥生さんの時のような過ちは繰り返さないと、私は心に誓っていたこともまた、事実だった。


 今日は装具をつけて、いつもよりもずっと長い距離を歩けたこと。あの厳しい川北くんが、「よく頑張ってるな」なんて、めずらしく日野くんを褒める姿。そして、最近は少しずつ気持ちが前を向き始めて、笑顔がぽつりぽつりと戻ってきていること…その一つひとつが嬉しくて、話し始めたら、もう止まらなかった。

 弥生さんや、佐藤先生と離れてから、暗い道を歩き、病棟を異動して、いつのまにか、また看護師としてのやり甲斐を見出していたことにまだこの時は気がついていなかったのだ。

「看護師って、そこまでしないといけないの?仕事の域超えてるよね。千咲、俺のことは見えてる?今、誰のことを考えてる」

 アキの質問に、私は何も答えられなかった。
 誤魔化すように笑って、アキの曇る表情にも気付かないふりをして。

「千咲。俺は千咲のことが一番大事だよ。千咲の一番は、誰?」

 アキは大きな瞳で私のことをまっすぐと見つめた。私は、アキを抱きしめた。どこか嘘をついて。


「アキは?」

 約束もせずに仕事帰りにシーシャラウンジに立ち寄ると、出勤しているはずのアキの姿がなかった。カウンターからヤマトさんがひょっこり顔を出す。

「千咲ちゃん。んー、アキから連絡ないんだよね。最近時々休むんだ」

 ヤマトさんは、困ったように、ほんの少し口元をゆがめた。

「千咲ちゃん」
「うん…?」
「アキね、昔っからそういうところあるんだよ」

 ヤマトさんは、アキとは小学生からの付き合いだと、アキから聞いたことがあった。

「アキにとって、千咲ちゃんは隠れ家みたいな、安心できる場所なんだと思う。このラウンジも、そう」

 ヤマトさんは、アルミホイルに穴を開けるのをやめて、私の方をまっすぐと見た。

「子供の頃から、大切なものが離れていく時、アキは扉を突然パタンと閉めることがあるんだ」

 ヤマトさんは続ける。懐かしむような瞳に、どこか悲しげな闇がひそんでいる。

「千咲ちゃん。戸惑うと思うけど、アキのこと支えてやってくれないかな?」

「うん…」

「アキがぽろっと溢してたことがあるんだ。千咲ちゃんは、シーシャのフレーバーみたいだって。一輪のお花みたいな。自然に溢れる優しい香りに、アキは惚れちゃったんだろうね」

「アキには、話したこと、内緒ね?」と、人差し指を唇にあて、少し寂しそうに笑った。


「吸ってく?」
「ううん、今日はいい」

 心の中は靄で満ちていた。暖かさを感じるどころか、ココナッツの炭が冷えていくように、ただ静かに形をとって固まっていくような感覚があった。見えない何かが、胸の奥で音を立てて崩れ始めているのを感じた。

 ヤマトさんの言っていたことは、正解だったのかもしれない。青白い顔と影が、心の底に沈殿していくようだった。


 ある日の夜、アキに抱かれながら、違和感を感じた。アキの心が、よりネイビーに深く、深く染まったことに気がついたのだ。背中に手を回しても、遠くにいるような感覚だけが残った。アキは呼吸を荒くしながら私を抱いた。

 アキは私に対して何を思っているのだろう。

 彼の心の中が、見えない。
 頭の中が、見えない。

 アキからの連絡は少しずつなくなって、シーシャラウンジに行っても、ただの店員と客に戻っていった。

「アキ。おすすめは?今の私に合うフレーバーを」

「気分や、好みによって変わるから…フルーティにする?お菓子系?」

 目が合わない。語尾が冷たく響く。呆気ない会話に肩の力が抜けていく。アキは私を知ろうとしないし、それに踏み込めない臆病な私がそこにいた。私は、最初から「選ばない」という道を選んでいた。結末はどこかで予感していたはずなのに。

 ヤマトさんの声が頭を掠める。

『アキを支えてやってくれる?』

 私は、何をすればよかったのだろう。分厚いフィルターのようなものが、私とアキの間に立ちはだかって、大きな溝ができはじめていた。わかっていた。これでも、私は大人だから。

『会いたいな』

 たった五文字のメッセージ画面は、さらに短い『ごめん』の三文字の返信で終わる日が続いた。次第に既読はつかなくなった。問いかけた数文字は、宙ぶらりんに浮かんでいた。

 やっと会えた日には、できるだけ大人な振りをした。年上の余裕を纏って。

「アキ、好きだよ」

 いつしか、アキは、そんな言葉にすら反応しなくなっていった。それでも、私は、アキの隣にいたかった。無言は手繰り寄せる手を振り解かれるよりも、ずっと痛かった。

 私の長い髪の毛がアキのシャツのボタンに絡んだ。ボタンに引っ張られるように、小さな執着が、ぷつりと音を立てて断ち切られる。衣服がベッドの上でくしゃくしゃに紛れていった。気づかないふりをしたのか、本当に気付かなかったのか。その沈黙の重さだけが、部屋に残った。私たちの心を映すように。

 キスはどこか苛立ちを含んでいて、息が詰まるほど深く絡み合ったかと思ったら、ふいに引いていった。残された唇は、簡単に乾いて、ぬくもりの行方は静かに見えなくなった。

 この人の心の中を私でいっぱいにしたい。彼の心が離れていることは、わかっていたけれど、求められるままに彼に身体を許した。隣にいるだけでよかったのに。唯一の繋がりを、私はほどけなかった。

 抱かれながらアキの顔を下から眺めた。
 私だけを考えて、私だけを感じてほしい。
 そう祈るように、ベッドや、床の上や、キッチンで、身体を重ねた。

 アキは私の名前を全く呼ばなくなった。
 私は、誰なんだろうーー。
 ふと、そんな言葉が思い浮かぶ。

 アキのネイビーな心に、柔らかい明かりをつけたい。枕元のライトは、今日も明かりを灯すことを忘れている。暗闇の中にいれば、互いの顔は見えない。それでも、灯りをつけたときに、そのまま隣にいられるとは限らない。そんな不安が私を襲う。

 ベッドがギシギシと揺れて、枕がどこかになくなって、足元の掛け布団がどさっと落ちた。ベッドは沈み込む様に揺れて、寝たり起きたり、座ったり私達の体の動きに合わせた。

 一生解けないパズルのように、噛み合わないピースを、激しい吐息の中で、知りたいような、知りたくないような、絶望のような喘ぎ声をあげて朽ちていく。
 裸の体温を感じているのに、私がそこにいないような感覚に陥らせた。
 握りしめた手は、簡単に解けるようになって、確かめるようにされていたキスは、濃度が薄くて、すぐそこにいるのに、一向に目すら合わなくなった。

「アキ」

 小さく何度も呼んでみたけれど、その声は闇の中に吸い込まれていった。
 アキは夢中で体を揺らしていた。髭は前よりも少し伸びていたことが、指先の感覚でわかった。時々アキの長いウェーブパーマの柔らかい髪の毛が、私の首元に顔を埋める様に唇を這わせながら、彼が私を知り尽くした刺激が虚しかった。

「アキ」

 名前を呼んで、背中に手を伸ばした。裸の体温がそれでもやっぱり心地よくて、体の奥の方で疼きを刺激して、私はできるだけ女になって声を上げた。

 この一瞬の出来事が、また私の心を埋め尽くして、私を見てほしい、に変わる。いつまでも、求めてほしい。

 そして、どうか、このまま、私は死んでしまいたいーー。

 アキは、私の手に収まる距離にいる。
 それなのに心の、距離が、離れていく。わからない。本当に近いのだろうか。

 手を広げて簡単に抱きしめられる背中。
 本当に彼は、私の半径1mの距離にいるのだろうか。私は、誰なんだろう。彼は今、誰を抱いているのだろう。

 私は今、深海の中で見えているのか、見えていないのかわからないような、幻想かもしれない淡く照らす光をぼんやりと見上げている。

 私も、彼も、きっと誰でもない。そんな答えでいいのかもしれない。アキが私に触れた手の感触は、あたたかさというより体温のない記憶のようだった。

 そして、また、唐突にセックスは終わり、アキは闇の中で私に背を向けて、眠ったふりをするのを、ただ眺めた。

 待ち合わせはシーシャラウンジではなくなり、合鍵を渡されて、暗い部屋でアキをただ一人で待つようになった。

 扉を開けて部屋に入るアキに「おかえり」と、笑顔を向けてみたけれど、アキは、私を雑に抱いて、すぐに寝たふりをした。終電はすでになくなっていて、私はアキの背中を視覚で撫でた。
 さっきまで抱き合っていたはずなのに、体に触る勇気がなくて、触れるか触れないかギリギリの距離を保って寄り添うように浅く眠った。

 声のない叫びは、ひりひりと痛かった。
 この夜に名前をつけるとするのなら、それは、「別れ」なのかもしれない。

 明け方のその部屋には、檜の香りがだけが、記憶のかけらのように微かに残っていた。



 * 



 千咲は、今日も触れてこない。
 柔らかく、頭を撫でてあげたいのに、俺はそれができない。眼差しで身体を撫でることーー。それが伝わらないように、こっそりと彼女を盗み見る俺は、やっぱりどこか空っぽで、欲望をぶつけることしかできない欠陥商品だった。

ーー千咲が咲こうとしているのがわかるから。それを笑って喜ぶことができない。彼女が咲くことを、許すことができない。

 俺だけの蕾でいてほしい。一生、咲かないでほしいーー。そして、千咲を、壊してしまいたいーー。

 いつまでも、混じり合う色の中で苦しんでいることが、俺の唯一の救いだから。




⇩第10章 微熱の青⇩

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