『変態病院』episode11飲めない苦さに、アイスを。笑えない夜に、にゃっはっはーを。
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episode11 飲めない苦さに、アイスを。笑えない夜に、にゃっはっはーを。
小児科で働いていた時、抗生剤が飲めない子供に対して、アイスクリームに混ぜて服用する方法を付き添い入院する保護者に指導していた。
クラリスロマイシンという、顆粒の抗生物質は、表面はバナナのような甘さはあるものの、口に含んで、溶け出すと、強烈な苦味が口に広がってしまう。点滴治療と併用で、この薬だけはどうしても内服が必要なことがある。
点滴と、内服。
この2つの医療行為は、体力のない子供たちにとって肝になる。
総合病院で勤めている私は、売店で売られているアイスの種類に着目した。ラインナップは、渋い。宇治金時バー、あずきバー、スイカバー。
バーばかりだ。
イケテナイ。
ある夕暮れのこと。売店でご飯を物色していると、友美さん(売店のおばちゃん)が、私の隣こそこそと近寄り、小声で話しかけてくる。
「エリ、いいの入ってるよ」
「ま、まさか、例の…」
友美さんは、ニヤリと笑い、冷凍庫を指差す。
驚いた!
バニラ、チョコミント、イチゴの3種類のアイスクリームを導入してくれたのだ。
当院から1番近くのコンビニまでは、残念ながら徒歩20分ほどかかってしまい、遠方からの入院を余儀なくされているママと子供は、アイスクリームが買えなくて困っていたのである。
私はカップラーメンと、アイス3種と、都昆布をカゴに入れ、慌てて会計をした。
「裏取引は任せてよ」
私にだけ聞こえる声で友美さんは、つぶやいた。友美さんの緑色のエプロンのポケットに、都昆布をつっ込む。
今回の報酬だ。
「礼は言わないよ」
友美さんは次のお客様の会計を、さばき始める。私は小児科まで走った。
「間に合ったぁ」
子供たちの夕食後薬の時間だ。子供も、ママも、疲弊しきっている。
小さな真っ白な、箱型の個室。お家とは違う、高い柵のあるベッド。
添木をつけられた、注射針の刺さった細い腕。喀痰が絡んだ湿性咳嗽。真っ赤なお顔でお熱もあり、ご機嫌の悪さは頂点だ。ママもイライラを通り越して、いつも涙目だ。
こんこん、とノックし、部屋の中を確認する。ちょうど、お薬と格闘していた。
「ひなたくん、こんばんは」
視線をひなたくんに合わせ、ゆっくりと話しだす。ひなたくんは、クラリスロマイシンが処方されていた。
「病気を倒す為に、お薬は飲まないと治りません。そこで、ひなたくんに、お願いがあります。あなたは、今日から博士です。どのアイスが、お薬と合うか実験してもらいます。ここに入院する子供達の為に、お仕事をお願いしたい、どうだろうか?」
紙で作った黒縁メガネとアイス3種を差し出す。
しばらくの沈黙があった。
「やる」
ひなたくんはメガネをかけた。
私たち医療者と患者は、信頼関係で成り立っている。オブラートに話すことも大事だけれど、患者が納得できるかどうか。それは、医療における「インフォームドコンセント」の基本だ。
『早く治してね、ひなたくん』
あとはママに引き継ぐ。この出来事をママとの思い出に変える為だ。ママと一緒に、病気を治した、というエピソードは、子供にとって大きな自信に変わる。扉のすきまから、二人の静かな世界をあとにする。
そんなお薬の記憶。
今でも、小児科時代の『ひなた博士』のことをふと思い出すことがある。私は今、多くの高齢者が入院している、消化器外科に勤めている。
トゥルルトゥルル
夜勤中ナースコールが鳴り響く。
深夜0時半だ。部屋に向かうと、患者の花岡さんは俯いている。肩を震わせ、絞り出す様に話し始める。
「エリちゃん。私…薬がうまく飲めなくて。それで…オブラートを買ったの。それも、人生で初めてスマホを使って…」
花岡さんは、多くの錠剤の薬を飲んでいて、飲み込みには大変苦労されているのを知っていた。「なんで歳とると、こうなるのかしらね…」花岡さんはベッドの脇にある段ボールをそっと指差した。
「この段ボール、18kgあるの。オブラート50年分。料金6000円…」
『重い、長い、高い』の3拍子揃っている。
オブラート130年計画……。
彼女は今80歳だ。私は吹き出した。私につられて花岡さんも笑い出すと、激しいノック音と共にガラリと病室の扉が開く。
「ねー、“ にゃっはっはーっ“ て笑い声もれてるんだけど!エリうるさーい」
一緒の夜勤ナースの綾が、扉からひょこっと顔を出した。オブラート50年分。いくつになっても、薬の悩みは尽きない。薬の苦さとは、年齢に関係なく人生の味だ。
ひなた博士の「バニラは合格」と、メガネを掛け直す姿が瞼の奥に浮かぶ。
苦い薬にアイスを添えるように、苦い人生にも、ユーモアを添えられたらいい。
私の”にゃっはっはー”も包んでもらえますか?この夜の笑い声も、きっと効いてくれるから。
──あなたの夜にも、届きますように。
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あなたにもそっと、届きますように。