私は「予定」に怯えている
たぬきちの嫌いなことといえば、ご存知「電話」「手紙」なのだが、実はもう一つ嫌いなことがある。
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それは、
「予定を入れる」こと。
なんじゃそりゃー!?
と反応する方と
わかるー!!
と共感いただける方に別れているだろうなと思う。
なんじゃそりゃー!?となる方からすれば、
な「旅行とかを予定するのは楽しくないの?」
た「楽しいね」
な「じゃあ、予定好きじゃん」
た「うーん。旅行は好きなんだけど、予定があるっていうのが圧で」
な「何それ!」
というわけ。そう。予定は圧なのだ。
こんなことがあった。旅行に行った帰り道。娘子だぬきは不機嫌だった。
「楽しみにしていた旅行が終わるのが嫌だ。昨日に戻って欲しい」という。
分からないでもない。しかし、それを聞いていたたぬきちは、内心、「昨日に戻るのなんて真っ平御免だ。せっかく予定がひとつ無くなったのに」そう思っているのだ。
他にも、職場の福利厚生として予定している、豪華な(!)食事会なんかも、普段行くことができない場所で、楽しみにしている反面、その「予定の圧」のせいで、実は嫌でもある。
「予定を増やしやがって」そんな調子。
な「旅行や食事会というビッグイベントは確かに圧になるのは何となく分かるよ」
と言えば、そうでもなく、配達が来るとか、歯医者に行くとか、そういう小さな予定からも圧を感じる。
10時に配達をお願いしているとなると10時まで緊張している。歯医者が夕方なら、その1日は終わったも同然。夕方まで緊張してしまう。
なぜそこまで緊張するのか。自分でも分からないし、もはや腹が立つ。配達員さんへの対応も、歯医者もそれ自体緊張することでも何でも無い。
それまでの時間が緊張する。
予定という圧に緊張している。
それともうひとつ思い当たるのが、数字が苦手であるために、予定を覚えていられないことによるストレス。
10月30日(水)13時から9階会議室。
予定は数字だ。
数字を正しく覚えることが苦手なため、「あの予定はいつだった?」としょっちゅうカレンダーを確認している。
このカレンダーを確認している作業はおそらく、皆さんが想像している以上の回数やっている(病的ってやつ)。
覚えられない(と思っている)、確認する、を執拗に繰り返すことで、いっそう不安が増すという悪循環。
極めつけに、あんなに確認していたのに、他のことをやり始めた瞬間に、別の次元にワープしたようにポロッと予定を失念しまうこともある。それも不安の原因。
「予定」自体の圧力
「予定」の日時(数字)を正しく覚えていられない不安
「予定」自体が抜け落ちるように失念することがある不安
そんな訳で予定が嫌いで、もはや予定に怯えているのだ。
そして、もうひとつ気づいたのが、自分の予定を人に知らせるのも嫌いなんだということ。
たぬきちはシフト制勤務のため、娘子だぬきが学童保育を利用する日が不規則になる。翌月の利用予定を前月末までに出さなくてはいけない。
息子子だぬきが学童を利用するようになった5年ほど前からのことだが、毎回毎回お知らせがギリギリになってしまう。
シフトはある程度の期間分わかっているのだから、早めに出せる月もある。
それでもいつもギリギリのお知らせになってしまう。他の連絡なら、「忘れたらアカンから」となんでもさっさとやって提出してしまうたぬきちが、こと利用予定の提出だけはいつもギリギリか、下手すれば月初になることもある。
予定をお知らせする準備をしている時はいつも嫌な気持ちである。
「なんで教えなアカンねん(当たり前!!)」不貞腐れた子供のようにそう思っている。
「なぜ夫は予定を教えなくていいのに、自分ばっかり」とその怒りが夫へ向かうことさえある。
そう、予定を知られるのが嫌なので、出し渋っているのだ(迷惑行為)。これは、もう自分でも意味不明。理解不能。
そして、数字が苦手なので予定を間違えていないか、自分のシフト表と見比べて、何度も何度も見直す羽目になる。この見直し作業も「嫌」になる大きな要因。
前世で予定を知られたために、暗殺でもされたのかと思うくらいに予定を知られたくないというたぬきちでした。
克服する方法があれば知りたいです。
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