やさしい世界(八〇〇文字の短編小説)
仕事で、大きなミスをした。
涙をこらえ、自席に戻ると、私がいつも飲んでいるミルクティーと一緒に、【ドンマイ!】と書かれた付箋があった。
ミルクティーの蓋を勢いよく開け、一口飲んで、仕事に戻った。
その夜、自宅の最寄り駅につくと、すでに22時を過ぎていた。
いつものコンビニに入ったが、普段と違うものが食べたくなり、激辛ラーメンと、でもやっぱり栄養を気にして、野菜ジュースをかごに入れ、レジに出した。
「今日は、いつもと違うの買うんですね」
カバンの中に手を入れて、決済用のスマフォを探していると、店員が、言った。
ゆっくりと、顔を、カバンから店員に向けた。
店員は、私のほうを見ていた。
やはり、私に話しかけている様子だ。
「いつも、ツナマヨのおにぎりとサラダ買いますよね」
私は急いでスマフォを取り出すと、なんとか支払いをして、店を出た。
人通りも少なく、生活音も聞こえない時間帯だ。
毎日通っている道だが、急に寒さを感じ、自然と速足になった。
防犯上、同じ店には、毎日いかないほうが良いのかもしれない。
無事、二階建て、四部屋しかない、小さなアパートの前につくと、ほっとした。
カバンから鍵を探し始めたとき、声がした。
「おかえりなさい。今日は、遅かったね」
急に話しかけられ、驚きで、家の鍵を、地面に落とした。
同じアパートの1階に住む老人が、窓から顔を出していた。
「今日、いつもより、朝も早かったでしょう」
老人は、月に一度、挨拶を交わす程度だ。
私は、老人が、毎日何をしているかは、知らない。
とっさに、会釈だけして、2階に駆け上がった。
鍵を開け、自分の家に入ると、持ち物を床に置き、ジャケットをベッドに、乱暴に投げた。
まだ、心臓がざわざわしている。
スマフォを見ると、母からラインが来ていた。
『いつも頑張ってて偉いね。ちゃんと見てるよ』
私は、床に崩れ落ちた。
いつも、誰かが、私を見ている。
とっても、やさしい世界だ。
