「もう手遅れかもしれない」と思った父親が、娘に旅行に誘われるまで【パパさん応援企画】
パパさん応援企画に参加しています。
世のお父さん方へ。
家に帰るのが、少しだけ気まずい。
リビングに入ると、会話が止まる気がする。
話しかけても、うまく届かない。
そんな夜を過ごしているお父さんが、
もしいるなら。
これは、その人に向けて書いています。
かつての私が、そうだったからです。
手遅れかもしれない、と思っていた頃
次女に障害があると分かってから
我が家は一変しました。
妻は、次女に付きっきりになりました。
毎日、片道30分かけて母乳を届けに行く妻を
私はうまく支えられませんでした。
私は私で、長女を守ることに精一杯でした。
保育園の送り迎え。休日の公園。
上の子にしわ寄せがいかないように、
と思っていたはずなのに。
気づけば、私は長女に厳しくしていました。
勉強を全くしなかった長女を、
家から連れ出して、
公園で説教したこともあります。
いま思えば、家の中に、
長女と向き合える場所がなかったのだと
思います。
だから外へ連れ出した。
でも、あのときの私は、必死なだけで、
自分が何をしているのか
よく分かっていませんでした。
妻のことも、次女のことも、任せきり。
長女には、厳しく当たる。
自分は、家族の中で何をしているんだ。
もう、手遅れかもしれない。
そう思っていました。
それでも、投げ出せなかった理由
時間が、少しずつ流れました。
次女が中学生の頃、
長女は高校生になっていました。
物わかりも良くなって、
少しずつ、一人前に近づいていく。
私の中の荷物が
ほんの少しだけ、軽くなりました。
でも、次女の将来の不安は消えません。
たぶん、一生消えないと思います。
だからこそ思いました。
この家族が、バラバラになるわけにはいかない。
私がもっと中心で、踏ん張らないといけない。
そして、何より。
ここまで次女を支え続けてくれた妻への感謝が、
すごく大きくなっていきました。
薄っぺらい私に残ったのは、
家族を守るという、その一点だけでした。

戻れたと気づいた日
戻れたんだな、と思えた瞬間があります。
次女と、二人きりのときでした。
「大学に行きたい」
次女が、そう言ったのです。
妻には、まだ話していない。
私に、最初に打ち明けてくれました。
「長くは生きられない」
と言われて生まれてきた子です。
私も妻も、
てっきり就労施設に行くものだと
思っていました。
その子が、自分の意志で、大学を選んだ。
そして、その未来を、
まず父親の私に話してくれた。
あの日、医療センターで数字を告げられた私に、
教えてやりたいと思いました。
この子は、自分で未来を選ぶよ。
そして、それを一番に、あなたに話してくれるよ、と。

今でも、娘に言われること
長女には、今でも言われます。
「あの公園の説教、ひどかったで」と。
私は、うまく言い返せません。
本当に、厳しくしすぎたからです。
——それでも。
その娘が去年、
二人で大阪へ旅行に行こうと誘ってくれました。
今年も、また誘われています。
家を出て、離れて暮らすようになった娘が、
父親を、旅行に誘う。
あの頃、公園で娘を叱りながら、
「もう嫌われたかもしれない」と
思っていた私に、教えてやりたい。
手遅れなんかじゃなかった、と。

だから、お父さん方へ
私は、立派な父親ではありませんでした。
不器用で
薄っぺらくて
家族の中で居場所を失いかけた一人です。
でも、諦めませんでした。
うまい言葉なんて、いりませんでした。
ただ、この場所を守り抜くと決めて、
踏ん張り続けただけです。
いま、家に帰るのが少し怖いお父さん。
家族に、もう嫌われたかもしれないと思っているお父さん。
大丈夫です。
手遅れなパパなんて、いません。
あなたが諦めない限り、戻れる場所は、
必ずあります。

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