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明日、長女が出ていく。引っ越し屋は呼ばなかった。

今、長女の部屋でガムテープを貼っています。


段ボールの口を閉じるたびに、
なんとも言えない気持ちになります。

この箱の中には
この部屋で過ごした時間が
一緒に詰め込まれている気がして
手が進みません。

引っ越し屋は呼びませんでした。

妻には「業者に頼めばいいのに」
と言われました。

でもこれは私が運びたかったんです。

うまく説明できないけれど
この荷物だけは私が運ばないと
いけない気がしました。


長女は「きょうだい児」と呼ばれて育った子。

次女には障害がある。
生まれる前からわかっていた。


だからうちではずっと
次女を中心に回っていました。

入院、手術、通院、リハビリ。
多い時は月に10回以上、病院に行ってました。

その横で長女は、何も言わなかった。

私たちは「お姉ちゃんだから」
という言葉だけは、
絶対に使わないと妻と決めていました。

でも言葉にしなくても、空気は伝わる。

子どもは大人が思うより、
ずっと空気を読みます。

次女が泣く。
みんなが次女を見る。
長女は待つ。

それだけで「今は我慢する場面なんだ」
と思わせてしまっていた。

父親失格だと、今でも思います。
何もしてあげられなかった。

小学生のころ
学校から帰ってきた長女が
ランドセルを玄関に置いて、

「ママ今日も病院?」

怒ってはいませんでした。
泣いてもいなかった。

ただ、諦めていたんだと思います。

あの声のトーンが、今でも忘れられません。

私はあのとき、
ちゃんと返事をしたのだろうか。

もう覚えていません。
覚えていないことが、今でも少し苦しい。

一つだけ、鮮明に覚えている記憶があります。

次女が入院していたある休みの日。

私と長女、二人だけで近くの公園に行きました。
長女の一輪車の練習に付き合うため。

何回転んでも、泣きながら立ち上がっていた。
「もう無理!」と怒ることもあった。

で、急に
「パパ!!見て!!乗れた!!」

二人で大喜びしていました。
多分わたしは泣いていたと思います。

そのあと長女は
何キロもある公園の周回路を
何周も何周も乗り回していました。

私はジョギングで後ろを追いかける。

その後ろ姿を見ながら
「家族みんなに見せたかったんやろな」と。


あの子は、ずっとそうでした。


嬉しいことも、頑張ったことも、
全部家族に見せたかったはずなのに、
いつも「また今度でいいか」になっていた。

大人になってから、
長女に話したら笑いながら言った。

「パパ、めっちゃ必死で走ってたよね」

覚えていてくれました。
それだけで、少し救われた気がしました。

父親というのは不思議なもので

子どもが小さいうちは
「守らなければ」と必死で、

気づいたときには、
守る番から見送る番に変わっている。

長女は社会人5年目。
管理栄養士として、ちゃんと働いている。

来週からは一人で家賃を払って、
一人で朝を迎えます。

私にできることは、もうほとんどありません。

せめて、この段ボールくらいは運びたい。


明日有給休暇を取って
荷物を積んで長女の新居に向かいます。

「収納が狭い」とか「スーパーが近い」とか、
そんな話をしながら荷物を運ぶんだと思います。

帰り際に何を言えばいいのか、まだわからない。
気の利いたことは言えないと思う。

立派な父親らしい言葉も、多分出てこない。

ただ一つだけ、言うつもりでいます。

「しんどかったら、いつでも帰っておいで。」

それだけでいいと思っています。
それしか言えないと思っています。


帰れる場所だけは、ずっと守ります。

それが不器用な私にできる、
最後の仕事。

来週になると
長女はもうこの部屋で眠ることはありません。

アイドルの話題で
リビングが盛り上がることも無い。

段ボールに囲まれた部屋で
ガムテープを貼り続けています。


少し寂しのですが
少し誇らしい。

なんとか独り立ちしてくれた。
よくこんな父親のもとで
育ってくれたと思います。

子どもの巣立ちを前に、
同じような気持ちでいる
お父さん、お母さんがいたら。

完璧な親なんていない。

私もそうだった。

それでも子どもは、ちゃんと育ってくれる。
不器用でも、迷っていても、泣きながらでも。

家族を守ろうとしていた時間は、
全部ちゃんと残っている。

そう信じながら、
そろそろ車に積み込んできます。

明日の引っ越しが終わったら、また書きます。

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