「言ってくれればやるのに」と「言わなきゃ分からないの?」の間に流れる冷たい川
何が正解か教えてくれない
「皿洗い、代わろうか?」
そう声をかけたのに、
「いいよ、自分でやるから」と冷たく返される。
怒らせた心当たりはないんです。
でも、明らかに機嫌は悪い。
この時、夫の頭の中はパニックです。
手伝うと言っても怒られ、
やらなくても怒られる。
なら、どうすればいいんだよ
と、リビングで立ち尽くすしかない。
この「正解のないクイズ」を解かされているような感覚、
私たち夫にはありますよね?
「聞かれること」そのものが、もう疲れる
一方、妻の方は「教える」ことすら億劫になっています。
「お皿はどこ?」
「洗剤はどれ?」
些細な質問の一つひとつが、
パンパンに張った風船に針を刺されるようなものなのでしょうか?
彼女が欲しいのは「家事の共有」以上に、
「今の私の大変さを、自分と同じ熱量で共有してほしい」
という共感だけのようです。
でも、それを言葉にする余裕はもう残っていないんだと思います
「察しろ」は無理でも「一緒にいる」はできる
皿を洗うことや、寝かしつけを代わること
それも大事だけど、妻が本当に求めているのは
「孤独からの解放」だと思います
夫の私たちがやるべきだったのは
やり方を聞くことじゃない。
無理に笑顔を作らせることでもなかった。
妻がキッチンでため息をついていたら
ビクビクしてスマホを見るのをやめてください。
隣に行って、肩を並べてみましょう。
解決策なんて出なくていい。
「大変だね」なんて他人事の労いもいらないとおもいます。
「一緒に、このしんどさを背負ってるよ」
という温度だけを伝える。
たったそれだけで、
キッチンの空気は少しだけ柔らかくなるかもです
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