『“なにもない“ことは認めるが、この世界の主人公は私だ』
自分が“大した人間じゃない“ということを認めるのは、意外と難しいことだ。
誰だって子供の頃は夢を描く。
理想の大人、理想の職業、理想の生活。
誰からも一目置かれて、いつだって輪の中心にいて、特別な人になった自分を夢想する。
自慢じゃないが、私には何もない。
学歴もない、収入も低い、外見だって十人並みで、人から“すごい“と言われる特技もなければ、第一人者になれそうな趣味もない。
そこらへんに転がっている、道端の石ころと同じ、なんの変哲もない、ただの人間。
それが私だ。
でも私は、こう言ってはなんだけど、いつだって自分を特別だと思っている。
大した人間ではない。
何も出来ない、何にも持たない、人混みに放り込んだらすぐに隠れて見えなくなってしまいそうな人間、それが私、うん、それは認めよう。
だけど、それがなんだって言うんだ。
意志を持って動かせるのはこの体だけだし、私が私のために思考するのは私でしかありえない。
この人生を生きるただ1人の主人公はこの私で、
他の有名な誰かさんが私の人生を生きているわけじゃない。
人に誇れるものがなにもなくたって、今ここに存在している私そのものが特別なのだから、“なにもない“ことはそれほど重要じゃないんだ。
これを人に言うと「さすが天上天下唯我独尊」とか「お前は女王様か」とか馬鹿にされるけど。
特別であろうとすることは、そんなに間違ったことだろうか、といつも考える。
子供の頃から学歴社会で、いつだって人と比べられて過ごしてきて、“お前は特別じゃない“と大多数の人間が当たり前のように誰かから突きつけられる世の中だからこそ、
例え自分だけでも“自分自身という存在がもう特別なのだ“と、認めてやらなかったらあまりにも寂しくて虚しくないか?と思う。
だから私は主人公の座を譲らない。
誰にも渡したりしない。
傲慢だと思われてもいい。
私が歩む道、歩んできた道の全てが特別で、格別で、そして尊いものだったと。
終わり間際にそう言って笑える人でありたい。
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