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『セブンティーンアイスへの愛を語ってみる』

セブンティーンアイス。
私は子供の頃からこのアイスが大好きだ。

当時、母と銭湯に行くと、休憩所のすみっこにこのアイスの自販機がポツンと置いてあって、入浴後に毎回ねだってはよく食べていたものである。

ヘラジカさんのところでこの記事を読んで、
「私以外にもセブンティーンアイス好きだった人いるんだなぁ」となんだか懐かしいやら嬉しいやらで、ちょっと書いてみることにした。
コレもある意味リレーエッセイかもしれないですね、ヘラジカさん。

さて。セブンティーンアイス。
特筆すべきはその多彩なフレーバーだろう。
定番のバニラからチョコレート、チョコミント。
ソーダフロートに、変わり種ではグレープシャーベットや木苺のチーズケーキ味など。
見ているだけ、眺めているだけで楽しくなるくらい、色々な味が揃っている。

私はこの中でも、“チョコマーブル“味が大好きだった。

バニラアイスの中に、濃厚なチョコソース。
それがクルクルと螺旋階段のように渦を作っている。

このチョコソースが美味かった。
バニラアイスと一緒に舐めとると、甘くて、でもほんのり苦くて、得もいわれぬ美味しさ。
パッケージを剥がす時に、周りにくっついてしまったアイスを舐めとるかどうか、一瞬悩むくらい好きだった。

大人になってからもこの味が忘れられなくて、外出した時に自販機を見かけては、ちょこちょこと買っていた。
時々、ソーダフロートやワッフルコーンに浮気したりもしたけど、いつしかまた、やっぱりチョコマーブルに戻っている。
それくらいチョコマーブルは私にとって愛する味で、日々の忙しさに存在を忘れてしまっても、会いにいけばいつだって暖かく迎えてくれるお婆ちゃんみたいな存在だったのだ。

それが、消えた。
跡形もなく、別れを告げる暇もなく。
終売、という企業の都合で、あっけなくチョコマーブルは私の前から姿を消した。

最初は、たまたま売ってないだけかな、と思った。
認めたくなかったから。
もう2度とあの味が食べられないんだ、と思いたくなかったし信じたくなかった。

自販機を見かけるたび、そこにチョコマーブルの姿を探したけど、1ヶ月、3ヶ月、半年経ってもその姿が見えなくなって。
私はようやく“ああ、もう食べられないんだな“、と事実を認めた。

いつだってそこにいたから。
だからいなくなることなんて考えられなくて。
またあとでいいや、と後回しにしていつも後悔する。
もう会えないんだ、と。言葉を交わすことも出来ないんだ、と、やっと理解して、初めて気づく。
それがどれだけ自分にとって大切なものだったのか、を。

いや、まあ、アイスとなんの言葉を交わすんだって話だけどさ。

私がチョコマーブルとの突然の別れを経験して、何年かの月日が過ぎて。
一瞬だけ、チョコマーブルが復刻したことがあった。

その時はたくさん食べたなぁ。
今までの鬱憤を晴らすかのように食べた。
ついでに自販機を空にする勢いで買い占めて、家にストックしておいたっけ。

結局、その復刻は一度きりですぐに終了。
わかっちゃいたけど悲しかった。
家に残された最後のチョコマーブルを食べる時は、なんだか知らないけど涙が出た。

もうセブンティーンアイスは、きっと私が大好きだった頃のセブンティーンアイスじゃない。

GABA配合とか低糖質とか正直どうでもいいから、濃厚で甘くて、子供が大好きな味を出してくれていた頃のセブンティーンアイスに戻ってくれないかと思う時もあるけど。

まあ、それも時代の流れなんだろう。

あんなに愛したアイスも、馴染みの居酒屋も、父とよく行ったステーキハウスも。
応援してたバンドも、人生をかけたアイドルも。
大好きなものは、いとも簡単に消えていく。

その時に後悔したって遅いんだ。
もっと食べておけばよかった、もっと通っておけばよかった、もっと愛しておけばよかった。
そう思ったってもう遅い。

だから私は好きなものには金を惜しまない。
惜しまないおかげでいつも財布はすっからかんだけど、それでも、私が金を惜しんだことで、突然消えてなくなってほしくないから。

食べたいものがあれば食べにいくし、思い出を作りに旅行にいくし、好きなバンドのライブには顔を出す。
金はないけど。

お金だけが全てじゃない。でも愛だけでは何事もどうにもならない。

だから惜しみなく。今日も私は金を払う。

あれ。そもそもコレ、なんの話だったっけ?

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