人生に寄り添い続ける脳神経外科へ【Vertis Clinic 御成門】
脳神経外科医として、18年以上。
手術を通して患者さんを救うことに、すべてをかけてきました。
脳の手術は、たった一日、たった一度で、劇的な回復をもたらすことがあります。
その一方で、助けられない命があること、後遺症が残ることもあります。
手術の最中、私はそれを「神の領域に触れている」と感じます。
私自身が神となって何かをコントロールしている、という意味ではありません。
そんなおこがましい話ではなく「神様が設計したこの精緻な領域に、触れさせていただいている」そういう感覚です。
そして2026年8月、私は脳神経外科医として、次の一歩を踏み出します。
東京都港区の御成門に、脳神経外科クリニックを新規開業します。
この記事では、そこに込めた想いを、できるかぎり言葉にしてお伝えできたらと思います。
そしてこのnoteでは、皆さまの暮らしに役立つことや、最新の医療の話題を、少しずつお届けしていきます。
▶︎開業を決意したきっかけ
このクリニックを開こうと決意したのには、きっかけとなったひとりの患者さんがいます。今回ご紹介するエピソードは、その患者さんとご家族から、掲載の了解をいただいたうえで記しています。
平成30年のクリスマス・イブのことです。
乾杯をしようとした手を止めて、私は病院へ向かいました。
運ばれてきたのは、35歳の男性。くも膜下出血でした。
くも膜下出血は、年齢に関わらず恐ろしい病気です。
3分の1の方が命を落とし、3分の1の方に後遺症が残り、元気に帰れるのは、わずか3分の1だと言われています。
この患者さんの場合、さらに過酷でした。
手術の最中に、動脈瘤が破裂したのです。
手術中の動脈瘤破裂は、そのまま命を落とす方も少なくありません。
駆けつけたお父様は「息子は大切な家業を継ぐ人間だから、どうか助けてほしい」と必死に訴えられました。そのお気持ちは痛いほど伝わってきました。
「全力を尽くします」とだけお答えしました。
どの患者さんであっても、私が持てるすべてを尽くすことに、変わりはないからです。
手術は8時間かかりましたが、何とかリカバリーすることができ、後遺症もなく、患者さんは元気に退院されました。この方は「紋章上繪師」の一家の方で、海外のブランドともコラボレーションしながら世界を飛び回る、その忙しさのさなかに倒れられたのです。
数年前、知人を介して、この患者さんと再びご縁がつながりました。
普段、私は患者さんと個人的なつながりを持つことはありません。
けれど、元気に活躍される姿をあらためて知ったとき、私の中にひとつの想いが強くなりました。
「脳神経外科は、手術をして終わりではない」
この患者さんにも、これから別の部位に再発するリスクがないとは言えません。
「一度お預かりした命を、その後の長い時間も含めて、一生責任を持って診ていきたい」
再会を通して、その想いが鮮明になりました。
手術という一度きりの場だけでなく、長く寄り添い、支え続けられる場所をつくりたい。
それが開業を決意した、いちばんの理由です。

▶︎脳神経外科医としての18年
私が脳神経外科医として歩んできたのは、18年になります。
はじまりは、慶應義塾大学医学部脳神経外科の関連施設である、東京医療センターでした。
今振り返ると「修行」という言葉がぴたりとくる毎日でした。
一日に50人以上の患者さんを回診し、手術室に入り、6床あるICUのすべてが脳神経外科の患者さんであったことも多くありました。
回診がまだ半分も終わらないうちに、次の処置へ走る。
寝ている最中もPHSで呼び出され、院内続きの宿舎から病棟へ何回も走る、そんな日々の連続です。
大学病院勤務へ戻ってからは体育会系気質でお酒の席も多くありましたが、毎朝7時40分からのICUカンファレンスは必ず参加しました。
けれど、本当に身体に刻まれたのは、忙しさへの対応力ではありません。
「頭の片隅には常に患者さんを置く」という意識の面です。
どれだけ深夜まで会食が続いたとしても、手術直後の患者さんがいれば、病院に寄って様子を見てから帰ります。
休日も必ず回診し、患者さんの容体が気にかかる時は、いったん帰宅した後でも、もう一度病院へ向かうこともありました。
看護師さんから相談の電話が入れば、経過観察で済ませずに、自分の目で確かめに行きます。
この習慣が、何度も私を、そして患者さんを救ってくれました。
「患者さんを第一に考える」
その言葉は、私にとって、こうした具体的な行動のことなのだと思っています。
▶︎私が大切にしてきたこと
脳に関わる病気は、患者さんにとってもご家族にとっても、大きな不安を伴います。
命に関わるのではないか、重い後遺症が残るのではないか。
そんなとき私が大切にしているのは「自分自身がどこまでも冷静でいる」ことです。
過剰な期待を持たせることはしない。
落ち着いた声で、わかりやすく説明をする。
ご納得いただいたうえで、一刻も早く治療に入る。
そのことを、何より大切にしてきました。
そしてもうひとつ。
どれほど社会的に高い立場の方であっても、どのような境遇の方であっても、まったく同じように向き合うこと。
これは、医師としてずっと変わらない私のスタンスです。
▶︎クリニックのシンボルマークに込められたもの
Vertis Clinic 御成門には、シンボルマークとなる「紋」があります。

これは、冒頭の患者さんのお父様が手がけてくださったものです。
ご一家は、代々続く紋章上繪師の家系でした。
着物や調度に施される家紋を一筆一筆、手で描き起こしていく昔ながらの手描きの技法にデジタル技術を融合させ、家紋による新たな表現を数多く手がけてこられました。
国内のブランドにとどまらず、海外のメゾンともコラボレーションしながら、その技と美意識を世界へ届けていらっしゃいます。
あの夜、お父様は「息子は大切な家業を継ぐ人間だから」と、必死に訴えられました。
守りたかったのは、息子さんの命であり、何代にもわたって受け継がれてきた、その手仕事そのものだったのだと思います。
息子さんは無事に回復され、今も変わらず、世界を舞台に活躍を続けていらっしゃいます。
そして今回の開業にあたって、Vertis Clinic 御成門の紋を、無償で提供してくださいました。
かつて命を救ってほしいと願われたご家族が、今度は新しいクリニックのために、ご自身の手仕事を差し出してくださったのです。
普段、私は患者さんと一定の距離を保つようにしています。
それでもこうしてご縁がつながり、形あるものを託していただけたことを、医師として、この上なくありがたく思っています。
この紋を目にするたびに、私はあの夜のことと、今を懸命に生きる患者さんの姿を思い出します。
「手術をして終わりではない」
長く寄り添い続けたいという私の想いが、目に見える形になったもの。
それが、Vertis Clinic 御成門のシンボルマークです。
▶︎多忙な毎日を送る方を、支えたい
開業の地に、東京都港区の「御成門」を選びました。
ここは日本の中心地であり、さまざまな人が行き交う街です。
仕事に、暮らしに、それぞれの場所で力を尽くす方が多く、それだけ心身に大きな負荷を抱えている方も少なくありません。
第一線で働くビジネスパーソンの方も、組織を率いる方も、家庭や地域で日々を支える方も。
誰もが「自分の身体を、つい後回しにしている」のではないでしょうか。
どこか違和感がありながらも、走り続けなければならない。
そんな方々を支えていきたいと思っています。
そのために大切にしたいのは、患者さんの「時間」です。
たとえば脳ドックには、二つのプランを用意しました。
限られた時間でも要点をおさえられるクイックプランと、じっくり時間をかけて確認したいときのプレミアムプラン。
忙しさの度合いも、気がかりの大きさも、人それぞれだからです。
検査を担うMRIにも、AI技術を用いた最新の装置を導入し、撮影は早ければ10分ほどで完了します。
設備も、診療の流れも、すべては「忙しい方でも、無理なく立ち寄れること」を起点に考えました。
そのうえで、脳神経外科専門医として、私が責任を持って診断します。
そしてクリニックの中で過ごしていただく「時間」にもこだわりました。
扉を開けた瞬間から、都会のサンクチュアリを思わせる空間が広がる。
そんな場所で、患者さんをお迎えしたいと考えています。


▶︎いつでも相談できる場所として
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
脳神経外科と聞くと、どうしても身構えてしまうかもしれません。
怖い、敷居が高い、よほどのことがなければ行く場所ではない。
そのように感じている方も多いと思います。
でも、本当はその逆です。
よほどのことになる前に、ぜひ来ていただきたいと思います。
慢性的な頭痛が続く。
めまいやふらつきがある。
手足のしびれ、もの忘れ、なんとなく拭えない不安。
そうした不調を、忙しさのなかで見過ごしてしまう方は少なくありません。
けれど、何でもなければ、それがいちばんの安心です。
私はこれまで、たった一日で人生が変わってしまう現場に、何度も立ち会ってきました。
だからこそ、その一日が訪れる前にできることを、これからはお伝えしていきたいのです。
そして、もし何かが見つかったとしても。
一度きりの診察で終わりにはしません。
長く、責任を持って、その後の人生に寄り添います。
どうぞ、気軽な気持ちでいらしてください。
Vertis Clinic 御成門
院長 田中佐衣子
