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【掌編小説】スーツケースは置いていく

暑さですっかり溶け始めたクレープを頬張った。余計に喉が渇く味だ。

「私が梶くんに決定的な告白しないのは、もうすぐアメリカに行ってしまうからなんだよ」

「わかってる、わかってる」

「わかってるんだったら、こういうものを出さないで」

プレゼントの箱を梶くんの膝の上に放り出した。彼はあわてて鞄の中にしまった。薄ピンク色のリボンが飛び出している。

「私たちは何歳なの?」

「え?」

「私たちは、いま何歳にでもなれるんだよ。何歳なのか、今から決めない?」

「いいよ」

梶くんはいつもするみたいに、頭の裏をぽりぽりとかいた。

「梶くんはアメリカに行ってしまう。何歳でアメリカに行くんだろう」

「そうだね、17歳とかじゃないかな。お父さんの転勤で。どう?」

「梶くんのお父さんは自動車メーカーに勤めてるし。昇進志向で、英語も話せる。キャリア組ってやつ。お父さんに付き合って家族みんなで引っ越していく」

「向こうでは大きな犬小屋の付いた庭付き一戸建てが待ってる。会社が用意した」

「優雅だね。次は22歳じゃないかしら」

「そうだね。就職活動で思ったような結果が出なかったんだ。それで思い切ってアメリカに行ってみることにした。なにか面白い仕事が見つかるかもしれない」

「彼女を置き去りにしてね。男の人って、仕事をするためだったら、なんでも置いていってしまえるのね」

梶くんは少し黙って、黒縁メガネをひょいと指で上げた。しまった。また、未練がましいことを言ってしまった。

「そういうわけじゃないよ。ただ、大切なものを持っていくと、立ちすくんでしまうんだ。きっと」

「立ちすくむ?」

「そこから動けなくなる。ほら、スーツケースの中に大切なものを入れると、その辺に置いてどこかへ行けないでしょう」

「お荷物ってことだ」

自分でも驚くくらい卑屈になっている。梶くんはくすくすわらった。

「違うってば」

彼のこめかみのあたりの、髪が少し伸び始めたところの、肌をみていた。小麦色に焼けたそれのなかに浮かぶ小さなほくろを。梶くんはこちらを見なかった。

「他には?」

私が聞くと、梶くんは持っていたたばこを忘れていたように吸って、吐いた。

「あるよ。たくさん、ある。例えば、40手前でなんとなく物悲しくなるんだ。ふと、土曜の静かな朝なんかに思いつくんだよ。そうだ、若い頃はアメリカに憧れていたんじゃないかって」

「インディーズ音楽にも」

「バイク、本、古着」

「アメリカに行くっていえば、全てが許されてしまうような空気感はやめてほしいわ」

たばこをおいしそうに咥えながら、煙と一緒に笑う梶くん。それが好きだった。

「ねえ、やっぱりさっきの、くれない」

「なに?」

「プレゼント。私、梶くんがネックレスとかそういうのをくれる人じゃなくて本当によかったと思ってる」

梶くんはたばこをくわえたまま、鞄の中から潰れた箱ごと取り出した。

「ありがとうございます」

「いえいえ」

「これはなぁに?」

「コダックのカメラだよ。古いカメラ。フィルムだからお金かかるけど、使ってみると面白いよ」

「大切なものじゃないの」

「大切だよ。だから残していくんだ」

「スーツケース?」

「そう。スーツケースは持ち運ばないのが一番」

そう言って、下を向いた。悲しいからそうしたんじゃない、ただ残りのタバコの長さを見ただけだ。梶くんは、そういう人だった。

「思いついた」

私がいうと梶くんは「なに」と前を向いたままいう。

「アメリカに行く人。それはね、好きな人を追いかけていくの。私じゃないよ。私は梶くんを追いかけて行ったりしないから。ジャパン、好きですから」

「米、すごい食うもんね」

「カレーとかおにぎりとかね」

「焼肉行った時なんてさ・・・」

「もういいの、その話は!」

リボンまでくるくる巻いて、カバンに入れる。箱も、包み紙も、全て丁寧にしまう。私には、この中のどれもが、カメラと同じだけの古さと、扱いづらさを持っているのだから。

すっかり暗くなった。遠くに、街の灯りが見えた。ここにはほとんど灯りはない。たばこも消されてしまった。

「ふーるさと」

梶くんがつぶやき、そして言った。

「長い間、友達のふりをしてくれてありがとうございました」

「こちらこそ」

「友達のくせに弱みを見せ合ったり、セックスをしたりしたけど。とても楽しかったです」

「はい、どうも」

梶くんは、それで、黙った。次の一本は出さないのかなって思っていたけど、本当に出さなかった。これで終わりだ。

ゆっくりと息を吐いて、梶くんは立ち上がった。

駅に向かう途中、梶くんが

「じゃあ、僕たちは結局、いま何歳で、僕はどういうわけでアメリカに行くわけ?」

と聞いた。私が口を開きかけると

「やっぱり、答えないで」

そういって泣いた。

「そして、私は、別れ際に泣く男だけは好きではないのだった」

そう呟くと、梶くんは鼻をすすりながら

「じゃあ、早めに忘れてください」

と言って笑った。




(1981字)




この企画に参加しています。今日の21時までだそう。

「今2000字で書けって言われたらどこからの発想で書き始めますか」

というコンセプトだそうです。面白そうと思ったのと、締めきりが今日だったので書きました。


「今2000字で書けよ!」って言われたら、私の場合は別れ話かなって思いました。今は夏だから、夏の。そして夜で蒸し暑くてたばこが出てくると思いました。


3000字だったら、夜でアパートの前の階段になると思います。その場合は別れ話ではなく、思いを寄せる誰かが夏バテでその人にご飯を届けるような話になると思います。


4000字だったら、飲み屋にいて、よく飲む女性とその部下2、3人。そこに呼び出された主人公ってします。その部下の中には、ラブドールを本当の恋人のように家に置いている人がいて、その人は恥ずかしがることもなく淡々と、ドールとの日常を語ります。


5000字だったら…って延々と続きます。文字数っていうのは、プロットを生みますね。楽しい企画でした!ありがとうございました。


*補足

じつは今朝、この創作を一度出していたのですが、すぐに戻してしまいました。理由は、さいきん、心をさらけ出すようなことを書いて投稿すると、とても気持ち悪くなってしまうんです。そわそわする。
なぜなのか自分でもわからない。


でも、今朝のすごく短時間の間に読んでくれた方がいて感想をくれました。それがすごく嬉しかったので、もう一度出してみようと思います。


読んでくれてありがとうございました。

微熱

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微熱 自分を許して、大好きな釜揚げうどんを食べに行きます。ありがとう!