2026年6月 京都旅行記 後編 瓢亭の朝粥と菊乃井本店
→リッツ宿泊記の前編はこちら
🥣day3 瓢亭の朝粥
3日目の朝は瓢亭の朝粥へ。

南禅寺門前で400年以上の歴史を持つ、京料理の最高峰とも言われる老舗。もとは南禅寺の門番所を兼ねた腰掛茶屋で、料亭としての創業は天保8年(1837年)。
祇園で遊んだ旦那衆が朝帰りの道すがら「何か食べさせてほしい」と頼み込んだことから生まれたのが、名物の朝がゆなんだそう。




⛩平安神宮で夏越の祓
そのまま平安神宮へ。ちょうど夏越の祓の時期だったので、茅の輪をくぐってお参り。半年分の穢れを払って、残り半年の無病息災をお願いしました。



🍡出町ふたばで水無月と豆大福
出町ふたばに寄って、水無月と名物の豆大福を購入。



🍽お昼は菊乃井
お昼は菊乃井へ。1912年(大正元年)創業、高台寺のほど近くに約1000坪の敷地を構える京都を代表する老舗料亭。
店名は、店主・村田吉弘さんのご先祖が北政所(豊臣秀吉の正室)に仕えていた際に大切にしていた井戸「菊水の井」に由来していて、今もその井戸水を使っているそう。ミシュラン三つ星を10年以上連続で獲得し続けている名店です。ランチコース(22,000円)でお願いしました。本当に最高でした!
すべて個室で、外の足音はうっすら聞こえるものの他のお客様の話し声は一切気にならず、静かな時間。窓の外には小さなお庭と水の流れがあって目にも涼やか。窓ガラスは人影が映り込まない工夫までされていて、細部まで配慮が行き届いています。

小皿には「有朋自遠方来、不亦楽乎」という論語の一節が。遠くから来た客人をもてなす喜びを表した言葉で、一期一会を大切にするお店の姿勢を感じる粋な演出でした。

八寸は蛍かごのような可愛らしい器に盛られていて、桃杷玉子も新甘藷甘露煮も美味しく、中でも蛸の子は絶品。

先付は青梅羹と蛸で、青梅の爽やかな酸味と蛸の旨みの組み合わせが想像を超える美味しさで無限に食べたくなります。

向付は明石鯛と縞鯵の舟盛りで、コリコリとした歯応えに驚かされました。

煮物椀は穴子豆腐、冬瓜のせ。氷煎餅に梅肉醤油と実山椒を添える味変が用意されていたけど、美味しすぎて味変前に食べ終えてしまいそうな勢いでした。

焼物は生きた鮎を見せてもらってから調理へ。頭からばりばり食べられるサイズの養殖鮎の塩焼きで、蓼酢はオリーブオイルなどが加わったマイルドな仕立て。


中猪口はトマトの透明なジュレとすっぽんの冷製、どちらも凝った仕事で美味。

強肴は伊勢海老のきんつばで、和風ブイヤベースのような旨味たっぷりの一皿。

御飯は新生姜と三つ葉の炊き込みご飯に黄身とろろを添えて、玉葱のすり流しやお新香と一緒にいただきました。食べきれなかった分は折詰めでお持ち帰りOK(箱代は別途500円くらい)。

水物はみつ豆で、あずきも上質な味わい。さらにお抹茶と水無月もいただき、ういろうの美味しさとあんこの一粒一粒がしっかり立った食感に感動。毎月でも通いたいくらい、本当に素晴らしい体験でした。



🐟夜 はしたて
夜はまたはしたてに戻ってきて、今度は金目鯛づくしセットを注文。


🍳day4 朝ごはんは丹へ
最終日の朝は丹へ。東山三条、白川沿いに佇む朝食・昼食専門店で、高台寺の「和久傳」が2016年に手がけたお店。
day1・day3で行った「はしたて」と同じ和久傳グループですが、こちらは和久傳のルーツである丹後で採れた野菜や米を中心に、玉子や納豆、漬物などシンプルな献立を、大きな一枚板のテーブルを囲んでいただくスタイル。朝食利用で、おひとり3,300円。
白川沿いの席からの眺めが素晴らしくて、朝の静かな時間を過ごすのにぴったりのロケーション。

へしこは塩気と旨みのバランスが良くて印象的。お野菜と一緒に出てきたもろ味噌も美味しく、塩でいただくのもまた違う味わい。お米も丁寧に炊かれてる印象で、お箸の先が細く作られているのも細やかな心遣いを感じました。

オーガニック・無農薬の食材を使っているとのことで、お値段はその分納得。胡麻和えや温野菜なども含め、全体的に素朴で体に優しい印象。ただ、和久傳系列ということで期待値を上げて伺ったせいか、味わい自体は良くも悪くも「ふつう」という印象が強くて、驚きのある一皿には出会えなかったかなー。
食後は2階でコーヒーやオレンジジュースがいただけるけど、川を望める席は限られてるので、タイミングによっては少し残念です。
空間や雰囲気はとても素敵なので、ディナータイムにゆったり過ごすのが合いそう。同じ価格帯なら、個人的にははしたてさんの方が好みでした。
⚔明智光秀のお墓
腹ごしらえのあとは丹のすぐ近く、白川沿いをお散歩。住宅街の細い路地の奥に、明智光秀の首塚と伝わる小さな祠を偶然発見。本能寺の変のあと山崎の戦いに敗れた光秀は、坂本城へ逃れる途中で農民に襲われ最期を遂げたとされ、家臣が首を持って知恩院近くまで来たものの夜が明けたためこの地に埋めたと伝わっているそう。

🙏粟田神社
そのまま坂を上って粟田神社へ。876年創建、京都の東の出入り口「粟田口」に鎮座することから、古くから旅立ち守護の神様として信仰されてきた神社。
参道は思った以上の急坂で、最後にいい運動になりました。上りきると京都の街並みを見渡せる、いい眺め。最終日にふさわしいお参りになりました。


🚄のぞみで帰路へ
そのままのぞみ新幹線に乗り込んで、京都を後にしました。今度は台風じゃない時に行ってもっと観光したいなあ
お読みいただきありがとうございました。
