繰り上げ返済、数百円の抵抗
今年の一月、待望の長男が生まれた。
待望、などという言葉を使うのは少し気恥ずかしい。けれども、あの小さな顔を初めて見たときの私には、それ以外に適当な言葉が見つからなかったのである。
昨年、女房の妊娠がわかってから、私は急に世帯持ちらしい人間になった。いや、そうなろうと努めたと言うべきかもしれない。四半世紀吸っていた煙草を辞めた。無駄な買い物を控え、少しずつ金を貯めた。出産に備えて現金を用意し、必要だと言われる品々を買い揃えた。これまでの私なら、どこかで気が緩み、結局は中途半端になっていたに違いないのだが、不思議なもので、生まれてもいない子供の存在が、私を幾分ましな人間にしたのである。
出産ののち、ありがたいことに親族や友人たちから祝いを頂いた。国や都からも様々な形で手当が支給された。
しかし、それで安心というわけではない。子供が一人この世に現れるということは、祝福と同じだけ、いやそれ以上に出費を伴うものらしい。
私はその現実を、カードの明細や口座残高の数字によって、しみじみと思い知らされた。
繰り上げ返済の準備
息子も生後3か月を迎えたころには、ようやく収支の具合も見えてきた。私の心も、少し落ち着いた。
そこで私は、これまで貯めていた現金を住宅ローンの繰り上げ返済に充てることにした。
額にして数十万円である。
大金と言えば大金だが、住宅ローンという怪物の前では、ほんの一口に過ぎない。
それでも私は、「返済額軽減」を選んだ。
スマホのアプリでシミュレーションすると、毎月の支払いの減額は、せいぜい数百円ほどである。そんなものに何の意味があるのか、と他人には笑われるかもしれない。
けれども私は、その数百円が減るという事実に、妙な安堵を覚えたのである。まるで、これから先の長い坂道を登るために、靴の中の小石を一つ取り除いたような気持ちだった。
手続きは驚くほど簡単だった。ネットで申請すれば手数料もかからない。私は拍子抜けするほど容易な操作で返済を申し込み、引き落とし最短日、4月10日を選んだ。
画面を閉じたあと、私はしばらく何とも言えぬ気持ちでいた。借金がなくなったわけでもない。生活が劇的に楽になるわけでもない。
ただ、父親になった私が、父親らしいことを一つしたような、そんな気がしたのである。
仕事の、慌ただしい昼休みの合間に手続きを済ませ、私は少しだけ満足して、午後の仕事へと戻った。
来月以降の返済額
翌日の昼、私は再び銀行のサイトへとログインした。
目的は、ただ一つ。
来月以降の支払いが、あの「数百円の抵抗」によってどれほど愛らしく減額されているか、その数字を拝むためである。
明細のPDFをダウンロードし開いた。
そして私は愕然とした。
愕然、という言葉すら生ぬるい。
金利上昇のニュースなら、毎日のように聞いていた。
けれども私は、それをどこか遠い国の出来事のように聞いていたのである。
いや、違う。
本当は気付いていたのだと思う。
しかし私は、その大波から必死に目を背け、気づかない振りを決め込んでいたのだ。
マンションを購入して、3年。
約0.8%という、今思えば夢のように甘い低金利で契約を結んだ。その際、銀行の担当者は私に「125%ルール」と「5年ルール」という、まるで魔法の盾のような仕組みを説明してくれた。
金利がどれほど荒れ狂おうとも、私の財布への直接の打撃を"気にする"のは、少なくとも2年先のことであるはずだった。
私は、その2年後にやってくるであろう波を、少しでも小高くせぬよう、今回の「繰り上げ返済」という名の防波堤を築いたのだ。
2年後には、息子が保育園に通い始めるかもしれない。靴も服も、小さくなるたび買い替えだ。
私の服の裾を引っ張り、おもちゃをねだる微笑ましい姿もあるだろう。
子供は成長する。その当たり前の事実が、父親になった私には時々恐ろしく感じられるのである。
その時のための、数百円の先回りだった。
しかし、現実は残酷である。やってきた金利は0.5ポイント以上の上昇1.425%という文字通りの「大波」であった。画面に表示された、繰り上げ返済を終えたはずの、翌月の返済金額。
それは、私のささやかな抵抗をあざ笑うかのように、
「約15,000円の上昇」を示していた。
私はしばらく画面を見つめていた。
一度ブラウザを閉じ、再度開きなおした。
見間違いを期待したが、案の定裏切られた。
数百円を削るためにあがいた男の翌日に、15,000円の増額。
季節はずれの肌を焼くような昼の日差しの下、その明るさに腹立たしさを覚えながら、私はただ立ち尽くしていた。
胸の奥から湧き上がるのは、激しい驚きと、そして冷や汗のような疑問であった。
「5年ルール」とは一体何だったのか。
繰り上げ返済した私のなけなしの数十万円は、どこへ消えたのだろうか。
