久米宏さんとスーツと、ワイン
Vol.061
1月13日。近所の蕎麦屋にいたときでした。店内のテレビから、「久米宏さん死去、享年81」とテロップが流れてきました。えっ、久米さんが⁉ 亡くなられたのは1月1日。すでに葬儀は終えられたとのこと。
主は、『ぴったし カン・カン』や『ザ・ベストテン』、日テレの番組で放っていた、久米さんの軽妙洒脱なトークがいまも脳裏に焼きついています。
久米さんが司会を務めた『ニュースステーション』は、1985年にスタートしました。ときの総理を猛烈に抗議したかと思えば、“夜桜”中継では、しみじみとした和の味わいを語る。硬軟かみ分けた構成によって、それまでのニュースとは違う、まったく新しいスタイルを築き上げました。のちに、国民的な番組に成長したゆえんかもしれません。
1985年といえば、「プラザ合意」にいたった年。その後、日本はバブル経済に突入しました。
1980年代後半、主は流行通信社の社員編集者として、雑誌『流行通信HOMME』のファッションエディターを務めていました。本誌をよく知らない方もいると思うので、少し説明すると、『流行通信HOMME』は、“知的かつ上質なライフスタイルを提案する、読み物たっぷりのファッション誌”という触れ込みでした。アメリカの『エスクァイア』や『GQ』、あるいは『ヴァニティ・フェア』といった雑誌を目指していたのです。国内外の名だたる写真家を起用し、ハイクオリティのファッション写真を撮り下ろしてもらうことも、重要な編集のテーマでした。
当時のメンズファッションは、DCブランドブームがまだ続いていましたが、一方、バブル経済も後押しし、インポートブランドが台頭しました。なにより、イタリアブランドは、とびっきり勢いがあった。1980年代半ばから1990年代半ばあたり、イタリアブランド一色といえるほど、日本のファッションシーンが盛り上がった時期です。
ブランドを挙げれば、「ジョルジオ アルマーニ」「ジャンニ ヴェルサーチェ(当時はヴェルサーチと呼んでいた)」「ジャンフランコ フェレ」「ヴェリー ウォモ」「バジーレ」「ミッソーニ」「ヴァレンティノ ガラヴァーニ」「バルバス」「ビブロス」「ラウラ ビアジョッティ」「チェルッティ 1881」……、キリがないためここで止めますが、これらすべてがイタリアブランド。旗艦店も続々東京にオープンしました。
ファッションエディターの主からみると、久米さんは知的に振舞いながら、顔をクシャクシャにして屈託なく笑う。親近感はあるけど、あまり近づき過ぎてはならないひと。だから、スーツの着こなしが華麗にみえたのです。先に挙げた数々のイタリアブランドから、毎晩違うビッグシルエットのスーツを纏っていました。とりわけ「ジョルジオ アルマーニ」や「ジャンニ ヴェルサーチェ」のスーツが目立っていましたが、もの凄く大きなラペルの「ヴェリー ウォモ」や「バジーレ」を着用したときは、強烈な存在感を放っていました。
久米さんが登場するまでは、ニュースキャスターといえば、誠実さを演出する控えめなスーツを着るのが常でした。そんな慣習を、イタリアンスーツに袖を通してエレガンスを表現し、ニュースをエンターテイメント化したのは、久米さんが日本の報道における嚆矢といっていいでしょう。
主はそのころ、編集部の方針もあり、企画編集・原稿執筆のほかにスタイリストの仕事も兼務していました。つまり、クルマを走らせ、モデルが撮影で着用する服を輸入代理店やショップからリースするのです。リース先のひとつに有名な輸入会社が赤坂にありました。イタリアブランドを数多く取り扱っていた同社で、幾度となくお目にかかったのが、久米麗子さん。久米さんの奥方であり、番組でスタイリングを担当した気品漂う女性。「はは~ん、次回はあのブランドですか……」と。横目で追っていました。
『ニュースステーション』が高視聴率をキープし、バブル経済が最高潮を極めたころ、日本で最も飲まれたワインはフランス産の「ボジョレー・ヌーヴォー(現在の表記では、ボージョレ・ヌーヴォーもあります)」。毎年11月第3木曜日の解禁日、番組のなかでフランスから到着したばかりの「ボジョレー・ヌーヴォー」が収められたカーゴをカメラが追い、ワインバーでの乾杯のシーンをクローズアップして、異常なまでの賑わいを伝えていました。いま思い返すと、バブル経済の真っ只中で仕事をしていた主は、結構楽しんでいたのは否めませんけど。

パンツの裾は、
クシャクシャが格好よかったのです。

プリントのタイを胸元に。
1980年代を象徴するスタイルです。

タブカラーのシャツも大流行りでした。

肩のラインをみてください。
ナチュラルショルダーの対極にある、
ヴォリュームのあるパッドをいれた
スクエアショルダー。
久米宏さんのご冥福をお祈りいたします。
次回の“ディアリオ ヴィーノサローネ”に続きます。
