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イタリアにおける、ワインとファッションに共通する1960~70年代の転換期

Vol.053
「量」の時代から「質」の時代へ。いつの頃かといえば、イタリアワインが近代化に向かう時期です。
そもそも、イタリアワインの近代化は、フランスで起こったブドウ栽培と醸造に関する技術改革から影響を受けました。フランスワインを基準とした味わいは、それぞれの土地特有のイタリアのワイン造りも変えていったのです。
今回は、イタリアワインの近代化に絡めて、ファッションとの同時性について論を進めます。
 
1950年代は、冒頭の一文の真逆でした。イタリアは、「質」より「量」の時代。現在のように豊かな食が楽しめるイタリアでも、当時は、食材の供給が必ずしも万全ではありませんでした。そこで、重要な栄養源となっていたのがワイン。かつて、イタリアの子供たちが水と同様に、ワインを飲んでいたことと無縁ではありません。だからこそ、「量」が大事だったのです。
 
しかし、1960年代に入ると産業の仕組みが大きく変わり、地方から都会へ人が流出するようになりました。つまり、機械化の導入で人手があまり、都会へ仕事を求めるということです。
大雑把にワインの世界でいえば、それまで家業としていだワイン造りに変革が訪れます。家族経営的なワイナリーが崩壊する一方で、新たな造り手が参入しやすくなった頃です。造り手の構成に変化が生まれ、イタリアワインの近代化への素地が整いはじめました。
 
ただし、残念だったことがひとつ。ブドウ栽培やワインの仕込み時期を月の満ち欠けの関係によって導き出す“迷信的なワイン造り”が廃れてしまったのです。しかし、現在、ビオディナミという手法で、当時の考え方がよみがえっています。
古い技術から新しい技術への進化。新しい技術から古い技術を再解釈。過去と現在が行き来するのが、ワイン造りの面白さです。
 
1960年代は、イタリアのワイナリー「スキオペット」の存在なしには、白ワインの近代化は語れません。当時、フランスだけではなく、醸造技術が進んでいたドイツで学んだ、「スキオペット」のオーナーがマリオ・スキオペットさん。ハイパーオキシデーションという先端技術を習得し、それまで濁った色合いの白ワインを、美しくも香りの高い、洗練されたワインに変えたのです。ハイパーオキシデーションとは、人工的に早く酸化させ、香りを引き立たせるワイン醸造の技術革新。
北イタリアのフリウリ=ヴェネツィア・ジューリア州にワイナリーを構える「スキオペット」は、いわば“白ワイン革命”の嚆矢です。この産地の白ワインが、イタリア一の白ワインと呼ばれる理由がそこにあります。
 
イタリアファッションに目を向けると、1960年代、服飾産業の仕組みが変わります。大々的な既製服づくりへの移行です。まだまだオーダーメイドによる服づくりが残っていたものの、既製服の登場によって誰もが簡単にいい服を手に入れ、美しい生活を送れる時代となりました。
 
生地メーカーとして発祥し、クラシックなメンズファッションを支えてきた「エルメネジルド・ゼニア」は、1968年、既製服事業に着手。いまでは、イタリアを代表するトータルルックの巨大ファッションブランドに君臨しています。
 
ここで、「スキオペット」と「エルメネジルド・ゼニア」の進展を図式化してみましょう。
 「伝統を継承した昔ながらの手仕事」→「大量かつ機械化による生産」
時代の変化はワインもファッションも、物量を目指すとともに、商品の一定したクオリティの底上げを目的とし、利益の最大化を求めるようになります。
 
では、1970年代はどうだったか。これはもう、60年代にはじまった産業の変化が、一層、勢いづいていきます。
ちなみに、現在のミラノ・ファッション・ウィークの前身、ミラノ・プレタポルテ・コレクションが開催されたのは、まさに1970年代でした。オートクチュール(高級注文服)のパリに対し、プレタポルテ(高級既製服)のミラノとして、その後30年以上にわたり、世界のファッショントレンドを牽引していくのです。
 
1960~70年代のイタリアは、ワインもファッションも大きな産業として動き出したグローバル近代資本主義の礎を築いた時代。1980年代に起こる“イタリア・ブーム”の下地は、この頃にできたのです。
 
次回の“ディアリオ ヴィーノサローネ”に続きます。

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