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”Queer”と”お〇ま””の言語学②

パート①書いてからちょっと更新の間が空きましたが(野暮用が立て込みまして(;^_^A)、前の記事は”Queer”という単語と、その他”Gay”や”Homosexual ”などの同性愛者に関する言葉について書きました。

今回の記事では、バロウズ原作の”QUEER”が初版時に”おかま”と訳されていたので、”おかま”という単語のにまつわる色々です。

カーマは気まぐれ

前記事にも書いたように、私的には”おかま”は英語で”Faggot”だと思っていたんです。なので最初”Queer”が”おかま”は少し違うんじゃないかな~という違和感がありました。でもその感覚は現在の価値観で感じてるもの。”おかま”という邦題を付けたのが1988年だと、まだ”Queer”という単語の改革を起こした”Queer Nation”も出来ていなくて、まだ”Queer”に”おかま”という意味合いも確かに強かったというのも今なら理解できます。

1988年「おかま」として出版された時に、翻訳者、山形浩生氏はあとがきでこう書いている。

おかまは概してもの悲しくて少し滑稽な存在だ。これは洋の東西を問わない。夏目漱石の『それから』やトーマス・マンの『ヴェニスに死す』、あるいは『自由の代償』のファスビンダーや『特別な一日』でのマストロヤンニなどを考えていただければよろしい。フランクフルター博士と言うほうがポピュラーだろうか。なぜもの悲しいかについては、橋本治の名著『蓮と刀』を参照。

 その橋本治が『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』で指摘しているが、日本語の「おかま」という言葉そのものが、すでに何やら哀愁を漂わせている。そしてそれはまさに本書の原題の"Queer"という言葉の持つ語感と正確に対応している。Queerという単語をして男の同性愛者を意味せしめるのは俗用であり、通常は、ふうがわりな、おかしな、という形容詞である。決定的に異常、というのではなく、べつによいけど少しおかしい、といった雰囲気が、これを名詞として使ってホモセクシュアルを意味するときにもついてまわり、日本語のおかまという語の持つ、台所用品との連想から来るあたりの柔らかさと通じあっているのだ。先に「洋の東西を問わない」と書いた所以である。したがって、本書の邦題は「おかま」以外にはありえないのだ

橋本治著「蓮と刀」も読もうとしましたが、いかんせん回りくどくて、
”なぜもの悲しいか?”についての箇所に辿り着く前に挫折しました。( ̄▽ ̄;)

”Queer”の”少しおかしな”というニュアンスと、台所用品から来る柔らかさを結び付けるのは少々強引だと思うのだけれど…😅。

それと”Queer”と”おかま”が共通して“もの悲しい”、さらに”滑稽”だとも。”Queer”も”おかま”も差別する側からスティグマを背負わされた言葉であるから”もの悲しい”はまあ分かる。でも滑稽かぁ…。

それって本来そういうものだというわけではなくて、明治以降のホモソーシャルな日本社会が同性愛を否定してきたことによる抑圧が社会の隅に追いやってもの悲しい存在にし、それをなんとかやり過ごすために道化を演じ、滑稽にならざるを得なかった部分があるように思うのだけど…違うのかな?

当事者と部外者、そしてその当事者の中でも軽く考えてる人もいれば、英語の”Faggot”の項目で載せた動画みたいに一生引きずる痛みを感じる人もいるだろうし、そこはさまざまだと思います。

かくいう私も、
1983年のカルチャークラブの曲「カーマはきまぐれ」を聴いていた頃なんかは…

カマがカマカマ歌ってる歌…という認識をしてました(;^_^A。

いや、もちろん、ボーイ・ジョージを目の前にして、そんなこと面と向かって言うわけないし、家族や友人にも「カマがカマカマ歌ってるよねぇ…」なんて話題にしたこともない。ただ頭の中ではそういう風に考えてました。当時はこういう女性的な男性を表す言葉を”オカマ”しか知らなかったし、おそらく世間的にも今ほど細分化されることなく、十把一絡げに”オカマ”と表現していた気がする。

ただそこに侮蔑的な意味がある事は子供の頃からわかっていた。幼稚園、小学校の頃からちょっと女っぽい話し方をしたり(女きょうだいに囲まれてるパターンとかで)、ちょっと内股だったり、走り方が腕を横に振って女走り的だったり、または単に大人しくて優しい男の子を虐める時の定番の悪口が”オカマ”だったから。だから私は人に向かって”オカマ”と口に出して言ったことは一度もない。

これらほとんどの場合、実際に子供の頃からジェンダー・アイデンティティが女性の男の子である場合よりも、ただ”女性っぽい”というだけのほぼ言いがかりに近いパターンが殆どだったと思う。そういう人を踏みつけにして、自分が威張りたい、マウントとりたいだけのいじめっ子たちが嫌だな~と思っていたし(←もっと漠然にですけどね)、言われた方も別に彼らの責任でもなく、その理不尽な言いがかりに何とも言えない悲しい顔をしていた同級生たちの顔を見るのもツラかった。

そして嫌なパターンは、その”オカマ”としてイジメられた子が、何らかのタイミングで、例えば中学デビューとか、その自分が受けたトキシック・マスキュリニティを自分のものにしてしまい、今度は自分が”オカマ”とヤジってイジメる側に回ってしまうのを見た時。「イヤ、アンタ、昔”オカマ”ってイジメられてたやん!なんでそれを人にするかなぁ…」と、モヤモヤしながら見てました。とはいえ、私も自分が”イイ子ちゃん”として目を付けられてイジメられないように、「そんなこと言ったらイケナイよ!自分も昔は言われて嫌だったでしょ?」とも中々言えなかった。←中学生頃の微妙な生徒たちの関係って、今思い出しても本当に面倒臭かった。

そんなこんなで思春期を迎え、80年代頃からは”ホモ”という言葉が一般的になってきたように思う。ちょうどエイズ禍のニュースも話題になっていた頃で、「エイズってホモがなる病気なんだって~、キショ~」とかって、中学生男子たちが清掃時間の合間の雑談で話していた記憶があります。

”ホモ”という単語自体は、西洋の精神医学で”Homosexual”が使われるようになった19世紀末から20世紀初頭には日本にも入って来ていた模様。しかしおそらく”ホモ”という単語が世間に広まり、加えて”キショ~”というイメージが強化されたのは、この80年代頃だったのではないだろうか?と思う。それと同時に男性同性愛者、いわゆる普通の男性と見かけも性表現も変わらないタイプ(女装したり、オネエ言葉を話さない、「きのう何食べた」のシロさんタイプね))への認識もテレビなどのメディアを通じて広まり、”オカマ”とは別の分類の、そういう人たちを指し示すのにちょうどいい単語として確立していった印象を受ける。もちろんそういう”ホモ”の人にも”オカマ”と言ったり、いままでオカマと呼んでいたのを単に”ホモ”と言い換えていってるだけだったり、”オカマ”の人も同性愛者だから”ホモ”には違いなかったりするので厳密に使い分けられていたわけでもないけど…。何しろ他人を貶めたい連中はどんな言葉であろうと差別的に使って貶めようとしますからね。

とにかく80年代後半くらいから90年代くらいは”ホモ”と言う単語がメジャーになっていった時代だという印象です。

メディアを通して見てきたクィアな方々

メディアにおいて私が見てきた、今でいうクィアな方々。

最初はやはり美輪明宏さんかな?でもテレビで共演者たちが美輪さんのことを”オカマ”と呼んでいた記憶はない。なんでもその昔は”シスターボーイ”と呼ばれていたとか←表舞台に出始めた頃は興味本位で色々訊かれてそんな名称も付けられていたのかもしれないけど、私が見ていた頃には”シスターボーイ”なんて呼んでるのも聞いたことはない。美輪さんは美輪さんという存在って感じになってましたw。

後に美輪さんが学生時代に同級生がイジメられて自殺した話(その彼が”オカマ”と呼ばれたからかはハッキリ憶えてないけど、同性愛者だという理由で虐められて…だったか、同性愛者とバレて絶望したか…だったような記憶はある。その現場を見た時の様子も語っていた)をしていたし、東京に出て来てからも有名なカフェ・バーの「ブランスウィック」(三島由紀夫の「禁色」で「ルドン」というゲイバーとして出てくる)で働いていた時にも、売春を持ちかけられるような状況に断固として拒否したような話も聞いた気がする。

なので、美輪さんは一貫して同性愛者だからと蔑まれたり貶められたりすることには毅然とした態度で立ち向かってきた。地位向上のために社会的ムーブメントの旗手になる…というところまでは積極的にしていなかったかもしれないけど(旗手になっても、付いてくる人たちのハードルがまだまだ高い時代でしたからね)、それでも自分の姿を表舞台で見せていくことで仲間たちに力を与え、あの時代個人として、アーティストとしてできることをやって、誇りをもって生きた強い人というイメージがある。

で、次に出てきたのがカルーセル麻紀さんかな?私が物心ついたころには既に”モロッコで性転換”が一つのトークの定番のネタになっていた気がする。あと本名が徹男というギャップ。網走か北海道の道東出身で(←調べたら釧路だった)、ガキ大将に可愛がられて守られていた話なんかをよく聞いた記憶がある。時代を先どって性転換手術を海外にしに行った、それで死にそうな目にもあったりと、ある意味猛者というか、それだけできる豪胆さに”漢”を感じたほどw

彼女は会話の中で自身のことを”オカマ”と言っていた気がするけど、トランス女性という言葉も浸透していない時代に、やはり”オカマ”ぐらいしかトーク番組等で使える共通言語が無かったから仕方なかった気はする。レディボーイとかも使っていたかな?映画「道頓堀川」で役者をしたり、メイン・ストリームのメディアでキャリアを積もうともしていたような印象もある。勿論、陰では差別や心無い言葉も浴びたんだろうけど、テレビに出てる場においては威勢のいい美女枠で、特異なネタも持ってる華やかな芸能人という風に見てました。
とはいえ、やはり当時の世間の認識的にはやはり”オカマ”キャラであり、そういう自身のアイデンティティのネタを面白可笑しくテレビに出て話していたわけで、”オカマキャラ”=面白いというイメージを普及し始めたテレビを通して世間に定着させた存在のような気もする。

そして次はおすぎとピーコかな?
彼らは”オカマ”と自分たちを呼んで、積極的に”オカマ”を使っていた。自虐的に、露悪的に。しかしそれをある種のギャグ、武器にして、今でいうマツコやミッツみたいに、ズバズバ、時に不躾に、しかし的を得ている意見をズバッという所謂”口の悪いオカマキャラ”(ある種のご意見番的側面も含む)の雛型を世間に広めて定着させた存在という印象です。なので”オカマ”といえば昔は真っ先に脳裏に浮かんだのはおすぎとピーコでしょうか?
(実は恋愛対象は女性だったと近年カミングアウトした美川憲一さんなんかも、この”オカマキャラ”のイメージを利用してご意見番的ポジションに収まった存在なんでしょうね)

ただ美輪さんはせっかく男性同性愛者が貶められることと戦ってきたのに、自分たちでそれに抵抗することなく”オカマ”を受け入れ、積極的に使う彼らに腹が立って絶縁したとも言われてる。

おすぎさんのWikiにもその辺りのことが書かれてました。

その一方で美輪明宏は、おすぎが口にする「どうせ私たちはオカマだから」という物言いに対し、「自分は同性愛に対する偏見に対して闘ってきたのに、あの二人(おすぎとピーコ)はテレビで、偏見に満ちた蔑称である"オカマ"という言葉を自分たちから連呼して、あえて笑われ者になることで、同性愛者への偏見を助長している。せっかく同性愛が市民権を得てきたのに、歴史が逆戻りすることになる。その根性が実に卑しい。消えてしまえばいい。この、馬鹿者どもが!」と厳しく批判。「昔はコンサートや舞台公演などに招待していたが、今は絶縁している」と語り、ある時期から会っていないことを公表している[3]

そう、子供心にもちょっと「どうせ私たちはオカマだから」的な物言いに、大人が自分を卑下して、そのくせ、その蔑まれてる立場だから蔑んでくる世間に向かって多少強めに噛みついてもイイでしょ?的な計算も感じたし、なによりやっぱり卑屈な印象を受けたんですよね。”オカマ”だと開き直ってるのはいい。ただそこに誇りをもってるというメッセージは受け取れず、その卑屈な自分に開き直ってるという風に感じていた。勿論お笑いキャラ的に面白いと思う部分もあったし、一方で人としてはちょっと嫌だな~と思う部分が混在しながら見ていた。まだまだ純粋な子供だったから、大人に人として完璧を求めてしまう部分もあったからなんでしょうね。面白さ半分、ブサイクなオカマと卑屈に開き直ってることに違和感半分、なんともいえない複雑な心境で見ていた気がします。ギルティ・プレジャー的な、イイとは思ってないけど面白いからつい見ちゃう…的な感じでしょうか?まあテレビに出てきたらインパクトはとにかく凄かったかたつい見ちゃうんだけど(;^_^A。

そう、昔はおすぎとピーコは色物キャラ扱いだった記憶がある。いまでこそ映画評論家と服飾評論家として権威になったけど、昔はテレビにギャ~っと騒々しく出てきて、ワチャワチャ二人で喋りまくるというのが定番だった。「今夜は最高」だったかな?司会のタモリの両側に立って同時に喋りまくって、何か話そうとするタモリに話す隙を与えず、ひと通り話終わったら嵐のように去っていき、タモリが疲れ果てて愚痴っぽい文句を言う…というところまでがお決まりのパターンみたいな。ノリ的には林家ペーパー師匠とさほど変わらなかったw。ピーコさんが目の癌になって以降ぐらいから騒々しいキャラは少し控えめになって(とはいえおすぎさんは相変わらずだったけど)、ご意見番ポジションが強くなっていった。

この三組、あとここにピーターかな?でもピーターはずっとグレーな感じで、司会者もそこを深く追及もしないし、本人も池畑慎之介名義になったり、絶妙にはぐらかして、ラベルを貼らない、貼られないようにしてるんだな~という風な印象でした。黒沢明の「乱」に道化役で出演して、この辺りから池畑慎之介名義で俳優として活躍するのが多くなった。この道化役も、男でも女でもない、主人にズバズバと意見もいえるポジション、昔から中国の宮廷の宦官とか、いわば”オカマ”のルーツにあるポジション。この役で高評価を受けたのは凄い憶えている。

ただ美輪さん、カルーセル麻紀、ピーターなんかはみんな綺麗だったから、そこは強さになっただろうなと。一方のおすぎとピーコは「私達みたいなブスなオカマは…」と”ブス”も卑屈ネタにして売っていた(いまもマツコが「デブなオカマ」とよく言っているのも同じ流れですよね)。私も実際卑屈な部分もいっぱいあるし、あの頃よりも今は多少大人になったから、卑屈さを武器にしてでも生きていくためには手段を選んでられないのも今ならわかる。卑屈キャラというのも今ではある種のキャラとして随分確立した気もするし(昔は”卑屈”なことはもっと人として蔑まれていた印象があります)。

そこには、笑われている”オカマ”という要素を使って逆に笑わせてやる!!と自分が主導権をとる側になることで一種の肯定感を得られる。おそらく最初の内は心の奥の傷もジュクジュク疼いたかもしれないけど、それもそのうち麻痺してくる。現実としてそれで世間を笑わせ、金を得て地位が確立していくことで正当化もされていく。日本人はとりわけこの”笑われる”→”笑わせる”へのすり替えをして、本質的に立ち向かうのを避ける傾向があるような気がする。デブキャラやブスキャラも昔は”笑われる”のから”笑わせる”にすり替えて、問題ないと思うようにし、周りがそう言ってバカにすることさえ正当化してるような場面もあった。しかし時代的にやはり心の奥底で傷ついていること、所詮欺瞞でしかないという意見も取り上げられるようになっていき、徐々にデブやブスも他人に言うことはダメな風潮になり、自身によってでさえデブやブスキャラとして笑いに変えにくい過渡期にあるように思う。

とにかく西洋みたいに革命を起こして立ち向かうより、自分を騙すというか、捉え方を変化させて争いを起こさずに無難に立ち回ることが美徳とする傾向が日本にはある。そういうのも理解できるし、一方で美輪さんが腹を立てる感覚も共感する。いろんな立場でいろいろ意識が違って本当に難しい問題。理想としては美輪さんみたいにいたいけど、なかなかそう強くなれない。卑屈になったり、自分を誤魔化してじゃないと生きていけない…というのもわかってしまう。

で、80年代に”オカマ”キャラでパッと思い出す人は誰がいたかな?関西の深夜番組なんかでは、やしきたかじんがよく行っていたとかで有名なニューハーフ・ショーパブのベティのマヨネーズのベティママとか(どうでもいいけどK-POPアイドルのクネクネしたダンスを見る度に、この頃見たニューハーフ―ショーの踊りを思い出すんですよね~😅。安室ちゃんみたいにカッコいいダンスへのベクトルじゃなくて、クネクネ、妙にフェミニンな女性売りのダンスを見る度「アッ、ニューハーフ・ショーだ!」って😆。過剰すぎるフェミニンさって逆に滑稽に見えてくる不思議)、そしてガラガラの声でオネエ言葉を喋るリリアンとか。

”ホモ”で憶えているのは沖雅也の養父・日景忠男とかですかね?
それとずっと噂はあったジャニー喜多川。北公次の「光ゲンジへ」が出た頃(80年代終盤頃)に週刊誌に並んでた言葉は”ホモ”ばかりだった記憶がある。

あと”ホモ”じゃないけど、あの奇抜なファッションで世間は”ホモ”認定したくてしょうがないんだろうな~という感じだったのは作家の志茂田景樹。実際はゲイでも女装でもなく、ただ独特なファッションセンスってだけで、言ってることとかは極々まともでした。ただ当時はメディアがとにかくキワモノキャラを発掘してはイジリたくて仕方ないような風潮があった。視聴者として見ていて、薄っすらその強引さ、ネタとして人を消費する感覚が嫌だった記憶がある。今でも日テレはその傾向が強いから今は極力チャンネル合わせないようにしてる。

マッチョで男っぽい”ホモ”の有名人、誰かいたような気もするけど…まあ三島由紀夫がそれっぽいというのはなんとなく当時でも知っていたけど、80年代にはもう亡くなっていたし、メディアで殊更話題になったりはしていなかった。バブルに向けて浮かれていっている時期で、三島由紀夫は過去の人って感じがありつつ、まだリバイバルするには直近過ぎる感じもあったのかな?

沢田研二やYMOがメイクして80年代前半のメジャーな音楽シーンで活躍してたから、そういうアンドロギュヌス的というか、中性的ファッションも受け入れる土壌の醸成期間でもあった気がする。そしてそれが一般化してきて、90年代初頭のフェミ男ブームになっていった感じなんですかね?

”オカマ”から”ホモ”になった時代~90年代日本クィア映画を振り返って~

この80年代後半から90年代ぐらいの日本においては、”オカマ”より”ホモ”がメジャーな侮蔑語の位置に入れ替わっていったんですよね。メディアでの使用頻度も高かった気がする。先ほどの書いたジャニー喜多川のジュニアに手を出しているという話も、”ホモ”によるおぞましい行為というイメージが前面に出ていたし、あのとんねるずの保毛尾田保毛男も、この時代の産物。”ホモ”という単語が”オカマ”より目新しかったからか? ”オカマ”に侮蔑的意味合いがあり、徐々におおっぴらに使うことへの抵抗感が醸成されてきたところに新しい言葉が出てきて、これ幸い、新しい侮蔑語が出てきたわい!的に都合がよかったからか? はたまた女性っぽくない男性同性愛者=”ホモ”という認識が浸透し始めたからか?

それで今回、90年代のゲイ・ムービーを色々観てみたんです。

まずは当時のゲイ・ムービーの旗手的存在だった橋口亮輔監督の「二十歳の微熱」(1993年)、「渚のシンドバッド」(1995年)、「ハッシュ」(2001)。
さらには中島丈博監督の「おこげ」(1992年)、江國香織原作で松岡錠司監督の「きらきらひかる」(1992)。

「二十歳の微熱」は予告っぽい動画がなかった。
(いまなら某動画サイトにフルが転がってます |・ω・`)コッショリ)
当時のゲイバー、売り専界隈の様子がわかります。袴田くんが初々しい。ジュノンでグランプリ獲ってすぐ位かな?

次の「渚のシンドバッド」

この作品は賞を獲っただけあるし、青春映画として演者もみんな若いのに上手でした。歌手でブレイクする前の浜崎あゆみの演技もじっくり堪能できます。主演の岡田義徳くんのクローゼットなゲイの高校生の演技は絶妙で素晴らしかった。

「ハッシュ」はゲイカップルと、その子供を妊娠したい女性との物語。高橋和也がちょっとオネエ系のペットのトリマー。パートナーの田辺誠一は優柔不断だけど性表現はストレートな研究職の男性。私的には田辺君の兄嫁役の秋野暢子のドギツイ演技が一番印象に残りました😅。

90年代のゲイシーンがかなり濃厚に描かれていたのが「おこげ」
脇役も結構豪華で楽しかった(片桐はいりが当時の一般市民を代表するような、ホモ・フォビアな意見を言う主人公の同僚役だったり)。
ただ最後の方は駆け足というか、急な展開で、前半のネットリじっくり描いたあのゲイ・カップルの関係はなんだったんだ!?とはなったけど😅。ある意味、ゲイの味方になる女性がぶっ飛んだキャラという、その後よく見た典型を決定的にした作品なのかも? にしても、あのクズ男とほぼレ〇プで子供出来て、不幸に落ちていく様はなんだかな~と(そして当時は当たり前の大して必要ない女優の脱ぎの演技)。いくらぶっ飛んでるからって=バカじゃないでしょうと。当時はプッツン女優とか、とにかくちょっと常識から外れた行動したり考えを持ってる女性はプッツンと言われ、=バカ扱い、つまりミソジニーが凄かったんだな~と、振り返ってみてよくわかる。

「きらきらひかる」は、トヨエツの初々しさ、薬師丸ひろ子のやさぐれキャラが今見ると凄く楽しくて、なかなかの名作だったなと。でも一番演技が自然で上手いなと思ったのは筒井道隆。派手さはないけど埋もれない存在感があるし、演技が自然で嘘くさくないんですよね。薬師丸ひろ子はいままでの清純派とは違う個性的な役を頑張って演技してる感、トヨエツもこういうキャラを演じてる感が強いんだけど、筒井君だけはキャラを生きてる感じがあった。

ドラマ「あすなろ白書」も西島秀俊演じる松岡がゲイ設定だったのでチラッと観直してみたんだけど、やっぱり筒井君が一番演技上手かった。共演の石田ひかり、キムタク、西島秀俊、鈴木杏樹、今の歳で見ると、みんな筒井君に比べたら臭い演技で見てて恥ずかしくなるほど。筒井君はもっと評価されていい俳優さんですよね。ちなみに93年の「あすなろ白書」、松岡が筒井君演じる掛居君に告白するシーンでは当時主流の”ホモ”を使って「俺、ホモなんだ」とかって言うのかな?と思って見ていたら、「俺、おまえのことが好きなんだ」的な感じで、特別セクシュアリティには言及していませんでした。

なんか最近の日本の役者をクサい演技してるかしてないかに注目してみていると、本当に演劇的というか、クサい演技している役者が多いんですよね。いや、そんな話し方、実際にする奴いないだろ?っていうのがいっぱい。漫画原作のドラマや映画のノリを普通の現代劇でもやってる。それと主人公の母親役(父親役や祖父母役も)を同じような役者が同じような演技で何度も何度もやってる。もうちょっと仕事選べないんか…と思ったり、作る側のキャスティングの想像力の無さ、役者にもっと幅のある演技をさせて光らせる気の無さ、とにかく定番演技で無難に役を埋めることしか考えてない感じ。誹謗中傷はダメだけど、そういう発展の無い状況に声をあげるのは大事だと思うんだけど…。というか役者側も役とお金貰えたらそんなに擦りまくられてもいいんかいッ!って思うんですよね。割り切り過ぎでしょと。

アッ、なんか話逸れてきた😅。

で、これらの作品で、ものの見事に同性愛者は”オカマ”ではなく”ホモ”と呼ばれてるんですよね。オネエっぽいとか男っぽいとかあまり関係なく。

「きらきらひかる」のトヨエツなんかは「俺、男と付き合う人なんだ」とか言ってる。アイデンティティは”オカマ”でも”ホモ”でもなく(拒否感があるのかな?ゲイバーとかに入り浸るキャラではなく普通の医者の設定)、そしてまだ”ゲイ”でもなく、微妙な時代感だなと。ただ薬師丸ひろ子からは「ホモに子供欲しいなんて言ったら…」とかなんとか言っていたので、やはり時代的には”ホモ”が一般的だったのがわかる。

それが2001年の「ハッシュ」になるといきなり”ホモ”という単語のポジションが”ゲイ”に変わっていた。90年代後半から2000年にかけて、何かしら”ホモ”から”ゲイ”に変わる言語革命が起こったのか?と思う程。何かありましたっけ?その頃…🤔。

で、2000年以降は”ゲイ”が主流になっていく感じでしょうか?それが今まで継続されている。逆に”ホモ”と呼ぶことはほぼなくなった気がする。やはり保毛尾田保毛男とかが批判を浴びて、これまたスティグマを背負った人がいっぱい生まれたから、ホモ呼びをさっさと社会が捨て去ったということなのか?


今ではさらにもっと細分化して、クィア(LGBTQ+)の中のGay でシスジェンダー、性表現も男性です…とか、クィアのトランスジェンダーで、性的指向(好きになる対象)は男性で性表現は女性です…とか、ツラツラと自己紹介されても、エッとぉ~…と、ひとつひとつ頭の中で確認作業しないとイマイチ理解できないニュー・ジェンダー・カテゴライズ・ネイティブになかなか成れなくて困っているオールド・ジェネレーションな私です😅。

そしてここであることに気が付いたんです。

アイデンティティとしての”オカマ”

美輪さんはアイデンティティが”オカマ”じゃないし、IKKOさんとか假屋崎さんとかも自分のことを”オカマ”と呼んでるのはほぼ聞いたことがない。

一方、おすぎとピーコや、いまならマツコとか(ミッツさんは”女装家”推しなんだったっけかな)、ゲイバーで働いてる人とか、さらに最近だと”オカマ”キャラを売りにしてるYoutuberなんかもいて、彼らは”オカマ”をアイデンティティとしてる印象を受ける。

なんだろう?この毒づき系を売りにしてお金儲けしてる方面の方たちは、ある意味”オカマ”キャラは武器というか、商売道具。”オカマ”という言葉を単なる愛着以上に奪われたくないというくらいの強い想いがある感じ。”ホモ”に対してはアイデンティティ化しなかったのに、”オカマ”はアイデンティティ化してる。

おそらく”オカマ”という言葉に傷つき、あまり使いたくない派、そして毒づきキャラを武器にせずとも別の技術等でお金を稼いでいる人たちは”オカマ”をアイデンティティ化しない傾向があるのかも。そして代わりに台頭してきた”オネエ”という言葉は受け入れているのかな。

マツコが言うには”オネエ”は”オネエ言葉”として使うもので、アイデンティティの名称ではない。だから自分は”オカマ”だという主張していたのだそう。しかしメディアは差別語としても捉えられてる”オカマ”を避けたい。その代わりに女性っぽさのあるキャラを指し示すワードが欲しかったので、本来の使い方なんてどうでもよく、ただ使い勝手の良さ、そしてまだスティグマが刻まれていない”オネエ”を積極的に用いるようになってきた。

そう、そこでふと思ったんです。
男性同性愛者の中でも、女性っぽい話し方や仕草をする人達。昔はできるだけ隠そうとしたり、それでもダダ洩れで揶揄られてきたり。しかし今やそういうフェミニンな表現する自分に、「それの何が悪いの?」「これも個性だよね?」と誇りを持つまでに至っていたり、そういうのを積極的に前面に出したいという人も出てきた。キャラ立ちしてるからインパクトあるし注目を集めやすい。よって芸能界やYoutuberのキャラ付けには都合がいいから特に多いような気もする。

そういうフェミニンな人たちが自身のアイデンティティとして使いたい単語が”オカマ”や”オネエ”であり、というかそれ以外の言葉が今のところない。その内の毒づき系が”オカマ”推しで、穏便系が”オネエ”推しという感じかな?なんとな~く棲み分けてるような気がしないでもない。

そこで、英語における”女っぽい話し方や仕草をする男性同性愛者を表す単語は何かあるのか?というと、これが案外思い浮かばない。やはり”Faggot”になるのか?そういう侮蔑的な意味合いがなく、ポジティブにそういうアイデンティティを表現する言葉…”Fairy”はそういう感じはしないでもないけど、でも自分のことを”フェアリー”ですって自信満々にアイデンティティとして話しているゲイは見た覚えがない。

”女性的な”ということで使われる単語は”Effeminate”
”Effeminate gay men”で出てくる単語は、
”Sissy”、”Queen”、”Femboy”、”Femme-man"など。
Sissyは形容詞(名詞的に使われる時もある)だからアイデンティティ的に使うのは変だし、
”Queen”は差別的にも使われると書かれているけど、これは確かにアイデンティティとしても使われている記憶はある。ドラァグ・クイーンとかは割と肯定的に使ってるんじゃないかな?RuPaulの「Drag Race」なんかでも”クイーン”は肯定的なアイデンティティ用語として使われてる気はする。
”Femboy”と”Femme-man”は他人が説明する時に使うけど、自分で名乗る感じではない気がする。

”クイーン”か…でも日本だと”女王”になるわけで、SMの女王的に使われるイメージの方が強いかな?男女関係なく高圧的な人物っていうイメージがある。女っぽい男性同性愛者を表す単語として今後定着することがあるか?今のところその気配はなさそうですけどね…。

そういう意味では英語圏でも女性的な男性同性愛者に対するオフィシャル的な単語って特になくて、”Gay"という単語でフェミニンなタイプから男くさいタイプまで全て網羅してる。だから日本の”オカマ”とか”オネエ”と言う単語はそういう人たちに的を絞った使い勝手がいい単語ではあるんですよね。自己のアイデンティティを表現する単語ってあると便利。”ノンバイナリー”みたいなグラデーションで何とも説明しにくいジェンダーも、その単語があるだけで伝わりやすくなるわけで。

ここら辺で、まだスティグマが付いてない新しい単語をオフィシャルな”フェミニン・ゲイ”を指す言葉として導入すれば、過去に”オカマ”で傷ついた人と積極的に”オカマ”を使いたい人との軋轢を解消できる気もするんだろうけど…。”Queer”みたいに古い意味合いを全く払拭して新しく生まれ変わらす運動…日本では起きなさそう。”オカマ”をその正式なフェミニン・ゲイの誇りある言葉にする努力するぐらいなら、なんか別の言葉を割り当てた方が手っ取り早いような気もするんですけどね。広まったら早いはず。”オネエ”だってあっという間に広まったし。まあそのうちまた新しい単語が生まれたり、既存の単語が変化したりしていくんでしょう。昭和の戦後から今までの100年足らずでもこんなに変化してるんですから。

ただ個人的に思うのは、バロウズがいった「言葉はウイルス」じゃないけど、”オカマ”という言葉の概念に引きずられて、”オカマ”をアイデンティティにしてる人ってみんな同じような毒づきオカマキャラや破天荒ぶっ飛びキャラになって、それこそある意味同質化して個性がなくなるという不思議。まるで毒吐かないとイケないと義務的に思ってんじゃないかと思うくらいw。あのステレオタイプはもうちょっと薄まってもいいのにな~とは個人的には思ってます😅。
とはいえ、現在いろんなタイプのゲイの方々が顕在化してきてはいる。ここで日本にも是非出て来て欲しいのはルーク・エヴァンスとかマット・ボマー系のクールなイケメン枠の芸能人。彼らみたいなタイプが誇りをもってカミングアウトをして、堂々と活動できている様を世間に見せていくことで、”オカマ””オネエ”じゃないゲイの人たちも、わざわざ”オカマ””オネエ”キャラに寄せたりしなくても、素の自分らしい表現でもっと生きやすくなるんじゃないかな。
もう一つのタイプは癒し系。植物園芸インフルエンサーと読書インフルエンサーのゲイ・カップルのYoutubeをたまに見るんだけど、ただただカワイイカップルで癒し系。毒なんか全く吐かないし、必死にフォロワーを集めようというガツガツさもない。こういう人たちがもっと日本でも認知されたら、世間の”ゲイ”に対するイメージもより多様になるのにな…と思ったり。


”オカマ”の歴史

で、そもそも”オカマ”という単語はいつ頃発生して、どういう変遷してきて、いつ頃から侮蔑的使われ方をするようになったのか興味が湧きました。

Wikiの「おかま」の項目を読んでみたり、

こんな本を読んでみたりして深掘りしてみました。

この「オカマの日本史」の著者はトランスジェンダーで、自身のことを”オカマ”だとしてプライドを持って書かれてる山口志穂氏。

本に書かれている経歴からは現在どういう肩書きの方なのかちょっとわからないのですが、ニューハーフ・クラブ勤務などを経てLGBTQ活動家っぽいことをする。しかしその活動に疑問を感じ、そこから”オカマ”の歴史研究家になったという感じなのかな?とはいえ”歴史研究家”とも書かれてないし、たまたまその方面に詳しいライターさんなのか…どうなんだろ?🤔

とはいえ、一応本の中で挙げる様々な例にはちゃんと引用元を示してらっしゃるので別に妄想で書いてるわけではない。ただそれらの引用が自分に都合よく強引に持ってきてるかどうかまでは、それを判断する知識を私は持っていないので鵜呑みにするしかないのですが…(^^ゞ。それでも読みやすくて面白い本でした。

この本以外にも今まで私が読んできた本や、見てきたウェブサイト等、基本日本の男色の流れはこんな感じ。

男色自体は古事記、日本書紀の頃から薄っすら記述がある。そして男色の始まりと言われてきたのが弘法大師。奈良~平安時代辺りで、僧侶の間では稚児として男児を愛でることが当たり前のように行われてきた。

それが平安時代になると、お坊様がするなら立派なことだ!的に貴族にも伝わって、藤原頼長の「台記」では赤裸々に男色模様が描かれている。しかしその真の意味は政治的目的で、敵対勢力の情報収集だったりという側面もあった。

つまりこの時点での男色は、高貴な一部の人たちの割と尊敬されていた趣味、策謀の手段のひとつ。そんな”もの悲しい””滑稽な”なものではなかった印象を受ける。

そして当時はまだ”オカマ”という言葉のカケラもない。

更に時代が下るにつれ、武士にまで男色は広まり、衆道と言われるようになってくる。それは念者(年上のタチのほう)と若衆(年下のウケのほう)の間で命を懸けた絆の話になってくる。念者の為なら!若衆の為なら!と、その絆の為に心中したりするものまで出てくる。それほど命を張った関係であり、時には死が関係するので”もの悲しい”存在ではあっただろうけど、やはりまだ”滑稽な”存在ではなかった気がする。もっと尊い関係。

まあヘテロで男色に興味がない庶民にしたら、命かけるまでしなくても…と陰でバカにしていたのかもしれないけど。でもそれは男色に限らず、男と女で心中する場合でも同じだろうし。恋愛全般に滑稽さは付きまとうものだろうし。

で、江戸時代になって、武士の間では衆道の関係はそれなりに維持はされたけども、主人と家臣の関係が衆道をベースにしているので、主人の死に際して何人も家来が後追い自殺なんかするもんだから心中禁止令が出されるようになっていく。

一方、阿国歌舞伎から始まったエンタメの世界から若衆歌舞伎で男性売春が人気になり、庶民の間でも男色が一般化していく。そして、その若衆歌舞伎の表舞台に立てない、舞台の裾=”陰間”にいる見習い役者を買春するようになり、しまいには役者というのは名ばかりの”陰間茶屋”という男性売春専門施設のようなものが出来てくる。”陰間茶屋”は場所を提供するだけで、陰間自体は茶屋に属しているわけではない。「金剛」とか「まわし男」「野郎まわし」というマネージャーがいて、彼らに連れられて陰間茶屋にやってくる。そして店の勘定場に据えられた線香立てに線香を立てて、一本燃え尽きるまでが行為の時間だったそう。線香が燃え尽きたら、茶屋の使用人か、その”まわし男”が「時間ですよ~」と声を掛けに行く…という形態だった。

で、この”陰間”が”オカマ”の語源だという説がある。
確かになんとなく響きは似ている。

あとお尻のカタチとご飯を炊くお釜のカタチが似ているから”オカマ”になった説もある。

ただ今回、江戸期の陰間について詳しく知りたくて読んだ本「江戸の色道」

これを読んでいる限りでは、「お釜を掘る」的な行為や、お尻を「お釜」と呼んだりはしてるけど、アイデンティティとして陰間を”オカマ”と呼んでる節はない。ただ男色と”お釜”という単語が繋がり始めたのは江戸期からなんだろうなと。

あと言葉遊び的に、陰間は「かけま」と濁らずに書かれたり読まれれたりしていたそうで、”か””け”の間は”かきくけこ”の”き””く”。つまり。肛門を菊に例えて菊門なんていうくらいで、菊→隠語として”かけま”→訛って?”かま=釜”→”オカマ”という説もあるらしい。
松尾芭蕉たちのように、言葉遊びを盛んに行っていた文化人に男色家が多かったことを思えばこれも十分あり得そう。

陰間茶屋自体は17世紀後半の元禄時代ごろが最盛期で、今の大河「べらぼう」の時代ぐらいには下火になりかけ。そして19世紀前半の天保の改革では風紀を乱すとして禁止されるようになる。それでも男色売春はそれなりに場所を変えて続いたようだけど、一時は色町に何十人~百人近くいた陰間が、十数人から数人ぐらいしかいなくなっていたそう。

で、「オカマの日本史」によると、
男色文化の強かった薩摩や土佐の藩出身者が明治維新の重職についたりして、国が設立した学校、その学生たちの間にも男色文化が受けつがれて広まっていった。

一方近代化の為に西洋の考えも積極的に取り入れるようになっていき、まずは女装することが禁止される。これによってそれまではファッションリーダー的存在だった陰間文化は完全に息絶える。(陰間のファッションは女性的というか、逆にそれを女性が取り入れるという流れがあったんだとか。なので「べらぼう」で小芝風花演じる花の井が平賀源内の恋人だった女形の歌舞伎役者の恰好をしたのも、そこまでおかしなことじゃなかったということになる)

そして先述した西洋の精神医学の発達で”Homosexual ”は病気、変態性欲だという概念が入ってくる。

同時に、男子学生たちの間の男色も過激化していく。男を好むものを硬派、女を好むものを軟派と呼ぶようになる。そして硬派な男は道で女と会っただけで汚らわしいと思う程になっていく(←そういう男がどういう気持ちでそののちに女性と結婚していたのだろうか?)。
さらにはもっと過激に、無理矢理下級生を襲ったりする事件が相次ぐようになっていく。
川端康成が下級生と恋に落ちた話を書いていたのも、この時代の風潮があって、当時としては極々当たり前の感じだったということでしょうね。

こういう感じで西洋の価値観+国内の男色レ〇プ事件による悪評判の広まりから、同性愛の禁忌感、侮蔑する対象という概念が醸成されていったということのようです。

てっきり西洋のキリスト教文化の影響だけかと思っていたけど、国内の男色の変化したものの影響も関係していたんですね。それでも流石、男だけのホモソーシャルな世界、襲われたと聞いても「まあ、あるだろうね」「イヤなら気を付けなさいよ」くらいの当然というノリでもあった様子。やられるのが悪い的な、今でも女性に向けられるこの他責思考…。変わらんねぇ、日本人(-_-;)

こんな感じで昭和に突入する。
私が個人的に不満だったのは「オカマの日本史」と言いつつ、ほぼ「男色の日本史」であり、”オカマ”というアイデンティティの確立とか、陰間が衰退した後に、どういう感じでフェミニンなゲイに対して”オカマ”呼びが一般化し、侮蔑語として広まったのか?その辺りは詳しく書かれていなかった。

そしてこの学生男色はある程度の身分の家庭出身者なわけで、江戸時代には下層階級出身ながら容姿とさまざまな努力で華やかな陰間として生きていた人たちは男娼として、この明治から昭和への時代の流れの中で社会の底辺で生きるようになっていく。

ここで大阪のあいりん地区の釜ヶ崎というところにそういう男娼が多くいたそうで、当時そういう男娼が捕まった時に身元引受人として世話をしていた漫画家の富田英三という人物がいた。彼が東京に住んでるのを頼って、釜ヶ崎の男娼が東京上野に移って来たんだそう。そして上野に男娼が集まるようになっていく。その彼らは、釜ヶ崎の釜から自分たちのことを”オカマ”と呼んでいるんだと言っていたそうで、少なくとも彼らにとっての”オカマ”の由来は釜ヶ崎だったらしい。

著者の山口氏は釜ヶ崎由来説は無理があるように思うと書いているけど、社会の底辺の男娼が”オカマ”と言ってアイデンティティ的に使いだし(おそらく卑屈な意味合いも込めて使っていた)、それが客から一般人にも伝わって侮蔑語化していったというのは一番分かりやすい流れですけどね。陰間や江戸時代の釜の隠語的使用法の残滓も残りつつ、この釜ヶ崎からの”オカマ”が、その後の昭和の”オカマ”という単語のイメージを形作った直接的な由来のような気がしますが、どうでしょう?

釜ヶ崎から男娼がやってきたのは太平洋戦争前と書かれている。そこから”オカマ”という単語が定着していったのは戦中、戦後頃ということになる。

1942年生まれのカルーセル麻紀さんのWikiに興味深い記述があった。

小学生時代は、「男のくせに女になりかけ」との理由から“なりかけ”というあだ名で呼ばれ…

戦後の北海道釧路で少年時代を過ごした麻紀さんは”オカマ”じゃなくて”なりかけ”と呼ばれていたことがわかる。やはり当時はまだ社会の底辺である男娼に対する差別語としての”オカマ”は東京の一部で使われているだけで、全国区の言葉ではなかった可能性があるのではないか?まあ北海道の道東にもなると随分東京や関西とも言葉に隔たりはあるだろうけども。


1951年に発刊された三島由紀夫「禁色」では”オカマ”という単語が使われていたかな?と思って、ザッと主人公の美青年南悠一がゲイバーに入る辺りを読んでみたけど、特に”オカマ”とか言ってる場面はなかった。

先程も書いたけど、この「禁色」に出てくる”ルドン”という店が”ブランスウィック”という美輪さんが働いていたというお店。

ブランスウィックでは、安住アナの「日曜天国」に毎年、”伝説のオネエ”として(最近は年末恒例ゲストになってるのかな?)に出演してる吉野ママも客として出入りしていた(「禁色」では“オアシスの君ちゃん”として出てくる)。

吉野ママは戦後、日本のゲイバーの草分け「やなぎ」で働き、31歳で独立して「ボンヌール」、その後、東京オリンピックの頃に六本木に「吉野」を開く。

幾つかYoutubeにある日曜天国の吉野ママ回を観てみたけど、”オカマ”という単語について話しているような回は見当たらなかった。
この吉野ママが最初にゲイバーで働き始めた「やなぎ」、そこのおしまママ辺りは、軍の知り合いが飲みに来たら男言葉に戻ったと言っていたし、アイデンティティとして”オカマ”を使っていたような感じがしない…。そもそも彼らはゲイバーでの店主や店子であり、当時の男娼であった”オカマ”とは一線を画していた気もする。

吉野ママがどんな人かを見たい人はコチラの動画をどうぞ。
私は昔、11PMかなんかで他のゲイバーのママたちと一緒に出てきてトークしていたのなんかも見たことあって、顔だけはずーっと知っている人物でした。

(戦前から日比谷公園とか数寄屋橋公園がハッテン場だったと言及。ハッテン場は江戸時代からあったのか?それとも明治~昭和頃に形成されていった感じなのか?どうなんでしょ?)

このシリーズの第3回のこの動画での吉野ママの発言で興味深い部分がある。

4:40辺りから上野にいた”オカマ”、つまり男娼たちと自分たちは違う、「変にあの頃はプライド持ってて、私たちは”オカマ”とは違うみたいに…」と言っていて、吉野ママの中では当時”オカマ”と言うのは上野辺りに多くいた男娼を指す言葉で、その他の男性同性愛者を包括するような言葉ではなかったことがよくわかる。

やはりそうなると、この吉野ママ曰く、結構ガラも悪くて、品性もない感じの立ちんぼの男娼が”オカマ”のネガティブ・イメージの始まりで、それを当事者の男娼である”オカマ”以外の男性同性愛者たちも卑下したり、自虐的に使ったり、そういう中でどんどんそういう裏社会で広まっていったという感じなんでしょうね。

吉野ママの話で興味深かったのは、そもそもママたちが女言葉を使うようになって、先輩ゲイを”おねえさん”と呼んだりするのは花柳界の習わし、舞妓が芸妓の先輩を”おねえさん”と呼ぶところをマネしたんだとか。今でこそ芸者は売春とは別みたいになってるけど、昔はそういうものとある意味セットだったイメージがある。”水揚げ”とかいう言葉も昔の映画やドラマではよく使われていたから、子供だった自分も憶えたくらいだし。そういう意味ではゲイバーという飲み屋であったとしても、陰間から続く売春の流れはあった可能性もある。先述した映画「二十歳の微熱」でも、ゲイバーのママが売り専斡旋業も兼任していて、全てのゲイバーがそうではなかっただろうけど、やはり一部のゲイバーはそういう売春の流れを脈々と引き継いできたのかもしれない。ガッツリ商売としてやってはいなくても、ちょっとしたマッチメーカー的な役割は担っていたことは十分考えられる。

で、結局”オカマ”と言う単語がどの辺りで全国区で男性同性愛者(特に女性っぽい人)に向けて使われるようになったのかはハッキリしない。ハッキリしないけど、おそらくテレビの普及で(東京オリンピックあたりでしょうか?)、それと同時に台頭してきたタレント、カルーセル麻紀やおすぎとピーコが”オカマ”というある意味ゲイ達の裏社会で使われてきた隠語を表舞台に出してきたことによって広まって定番化したのではないだろうか。
おすピーさんはもう無理だけど、美輪さんと吉野ママとカルーセルさん辺りで鼎談でもして貰ったらその辺の流れが分かりそうですけどね。誰か取材して!w もしくは日曜朝の「ボクらの時代」でやってくれてもいいですよ!皆さんが元気なうちにやらないと、”オカマ”という言葉の歴史的背景を聞く機会、永遠に失われちゃいますよ~!!←そんなの知りたい人、どれだけいる?(苦笑)。


”オカマ”は差別語か問題

”オカマ”と言う単語には男性同性愛者に対する侮蔑の意味と、当初は男娼、売春する人物=社会の底辺で生きる人への蔑みの意味合いも込められていたんだということで、ある意味二重の侮蔑語、差別語だったんですね。

私自身はずっと侮蔑語、差別語だとは思ってきました。でも売春する人たちへの差別的意味合いも含まれていたとは知らなかったです。

で、現在、↓こんな校閲ドリルでも、”オカマ”は差別語として扱われています。

オカマは不適切な差別用語です。過去に政治家やタレントが発言して多くの批判が寄せられました。LGBTQ報道ガイドラインには「いわゆる『女っぽい男』等を指す言葉だが、侮蔑的なニュアンスが強い」とあります。

こういう感じでハッキリ表現されている。
まあ校閲する上で出来るだけ問題を避けるために差別語扱いにしているということも考えられるけど。世間的にはここまでハッキリ差別語だと認識しているのかな?もうちょっとゆるい印象。

私が生きてきた中(あくまでも二丁目とかではなく一般の学校とか会社での話)では”オカマ”が侮蔑の意味を含まないパターンは殆どなかった気がする。女性が「あのオカマちゃんがね~」とかちょっとやんわり愛嬌込めて使うことは確かにあったかもしれないけど、基本”オカマ”と言い切る形で使う時は侮蔑的に使われていた。ヘテロの男が「あのオカマ」「あのカマ野郎」という風に使う場合、侮蔑、変態、仲間でない存在、格下人間、そういうニュアンスを含ませた言葉だった。
クラスでちょっと大人しい男子(ナヨッとした子は当然)を虐めるときに使う定番だったし、交通事故の「カマを掘られた」という表現も、災難、悪いイメージとセット。

なので”オカマ”が差別語というスタンスは理解できる。

しかし今回色々見ている中で、「オカマは差別か?」論争があったことを知る。

2001年頃にあった「オカマは差別か?」問題

当時、”伝説のオカマ”と自称していた活動家である東郷健氏へのインタビュー記事のタイトルが「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」だったそう。

↓コチラがその記事。


それに対して、さきほどの吉野ママの動画を作っていた伏見憲明氏(←ゲイの論客、評論家、小説家の方だったかな)が”オカマ”という単語を使うことへの擁護的な見解も書いている。

この東郷健さんのWikiに、これまた興味深い記述がある。

同性愛者の権利を世の中に訴えた功績の一方、同性愛者の蔑称である「オカマ」という言葉を広めたことや、「同性愛者は皆、オネエ言葉でクネクネしている。」というステレオタイプを強めたことに対する批判もある[3]三橋順子らによると、「オカマ」は戦後一時期まで女装男娼への蔑称であり、女装家の青江忠一(青江のママ)は街中で「オカマ」と罵られると追いかけて下駄で殴って抗議していたほど、「オカマ」は女装者にとって差別的な蔑称と受け止められており、さらに東郷が選挙に立候補して「オカマの東郷健です」と演説した頃から使用範囲が拡大したという[4]。その結果、1980年代頃から女装者はもちろんヘテロ男性を含む女性的な男性全体の蔑称となり、ゲイ・ヘテロ問わず女性的だという理由で学校などで「オカマ」と罵られ、いじめに遭う事例も増えていったことを挙げ[4]、政治活動を通して差別と戦った東郷が、他方で自らの活動がかえって差別を広めてもいたことに対しては無頓着であったと評している。

やはり戦後すぐぐらいは、”オカマ”と言う単語は女装男娼への蔑称という限定的な使われ方をしていたということですね。とはいえ、青江のママが”オカマ”と呼ばれたことに腹を立てて下駄で殴ったという話、「あんな奴らと一緒にしないで!」という意味合いだろうから、ここにもある種の差別意識があるわけですよね。男性同性愛者同士として連帯する方向に行くわけではなく、”オカマ”は下の下的にさらに差別して自分たちの下に置くことで自分の自尊心を満たす方向に向かう…やはり時代だな~と思いますね。まあ男娼の”オカマ”の方たちの素行も悪かったらしいから蔑まれる要素もあったんだろうけど。でも蔑まれたから素行が悪くなったかもしれないし、卵とニワトリ、どっちが先みたいな話の可能性もある。


伏見氏は”オカマ”を使用するのは文脈によってはアリなのでは?と、その自由さえも奪うのはどうなのか?と書いていましたが、このWikiの記述では東郷氏のような差別される側の人間が、ポジティブなものに変えたいという意図をもって使ったとしても、敢えて露悪的に使用することは悪影響も伴うことからやはり疑義を唱えている意見も紹介している。

さらにこのページにあるリンクを辿ると、Wikiのこのページ、

そこの”蔑称「オカマ」を巡って”と言う項目を読むと、さらに詳しいことが書かれていて、私が疑問に思っていた部分も明らかにしてくれていた。

ここの情報によると、東郷氏が政見放送などで”オカマ”を露悪的に使用しだし、その後におすぎとピーコがデビューして、自虐ネタ的に使うようになるという流れらしい。なのでおすぎとピーコもだけど、東郷氏の存在も”オカマ”の差別をなくそうとしながらも、逆に世間にその悪いイメージを広めてしまうことに繋がった一面もある…ということらしい。

東郷氏は党首である「雑民党」から出馬することが多かったようだけど、この90年の時は地球維新党という党名になっている。

東郷氏の後にオウム真理教の村井氏の名前が出る。そういわれれば当時ある意味バラエティ豊かなこの政見放送を見た記憶があるような無いような…。でも反権力の姿勢を貫いている東郷氏の意見に、当時は全くピンと来てなかったけど、今なら共感する部分も結構あるし、実際ここで彼によって批判されている人たちはこの35年間悪いことしてきたのがバレてきているわけで、慧眼の持ち主でもあったんだろうなとも思う。

こんな感じで東郷氏がメディアで”オカマ”を使い始めたのかもしれないけど、それでもおすぎとピーコの方が圧倒的にメディアでの露出とインパクトは強くて、どちらが影響力があったかというとおすピーの方が断然あった気がしますけどね。

”オカマ”に関しては上記Wikiの”蔑称「オカマ」を巡って”の説明が分かりやすく、問題点の指摘もなるほどと思わせてくれる。せっかく批判によって下火になっていた”オカマ”と言う単語をまた復活させようとする人たちへの少し批判的なニュアンスの書き方にも、私の心情としては共感するかな。敢えて使わなくてもイイでしょと。ホンの仲間内だけで露悪的に使って笑いにしてるぐらいならいいけど、やはりメディア、SNSで大きく使用するのは、微妙なニュアンスを理解しない層にも届くわけで、やっぱりそこは当事者こそしっかり考えて対応すべきじゃないかな?という気もする。

2015年には能町みね子さんによる”オネエ論争”なんてのもあった模様。

この記事は2001年の東郷氏の「オカマ論争」、それに対する伏見氏の見解もカバーして解説してくれていて非常に分かりやすい。

”オカマ”を使う人たちが”オカマ”のネガティブ・イメージを払拭するために敢えて使っていこうという考えは別にいいと思うんだけど、アメリカでLGBTQ団体のQueer Nationが”Queer”という言葉のネガティブ・イメージを塗り替える活動をしたときみたいなアプローチではなくて、大抵”オカマキャラ”として自分たちの活動の道具にしてるだけで、そこに対して払拭するぞ!という信念までは感じられないところがちょっと残念だし、なかなか払拭できないままズルズル来ている所以なのかな?と思ったり…。

やっぱり私個人としては、わざわざスティグマを背負ってる”オカマ”という単語を使う必要なくない?と思ってしまう。どうしてもその単語のイメージを逆転させないといけないわけでもないだろうし、その過程で過去に傷を持った人の心を抉らなくてもいいだろうし。もちろん法律で禁止されてる訳もないから使うのは自由なのはわかる。言論、表現の自由はあってしかるべきだけど、そういう痛みを抱えた人たちに対して思いやりや優しさを示すことより自分の主張を優先させる必要、あるのかなぁ…と思うんですよね、そこは譲歩できないのかな?何か新しいカッコイイ言葉を生み出すのじゃだめなのか?愛着があるのかもしれないけど、そこまでしがみつかないといけないのか?

ただ新しい言葉を作り出したとしても、結局それが再び”オカマ”のような使い方がなされ、新たな差別用語になってしまったら?次々にまた新しい言葉を作り出して逃げ続けるのか?それならもう”オカマ”でいいんじゃ?ということなのかな?でも昭和の”オカマ”から平成では”ホモ”が代わりに使われ、今は”ゲイ”になり、その単語のスティグマが深刻になると次々に新しい単語に乗り換えていってる感じの現実があるわけで、それでいいんじゃないですか。わざわざ下火になっていた”オカマ”をリバイバルさせなくても。

”オカマ”と言う単語をメディアやSNSで声高にどうしても使いたいという人は、こういう言葉の成り立ち、歴史も知った上で、それでもイメージの逆転を図るために使いたいならそれ相応の覚悟を持って使って欲しいかな。東郷氏の発言が意図しない形で全国に”オカマ”という言葉を悪い形で普及させ、それが浅慮な人間、とくに小学生、中学生の子供たちによるイジメにつながったのは事実。実際そういう現場を私が見てきましたから。それが一生残る傷になったり、時に命を落とすことにもなる。流石にそれの責任を取れとは思わないけど、自分がウケるとおもって使う”オカマ”という言葉が、そういう影響を与える可能性にも意識を巡らすこと、大事じゃないかな。


Queer=オカマということで、色々調べてみた言葉の背景や歴史。

差別語の問題は奥が深くて難しいですね。
今回は”オカマ”について深く考えてみたけど、他の差別語に対してここまで深く掘り下げて考えているかと言われたら、全くそんなこともないし。ひどい場合だと知った時から全くアップデートできてなくて、未だに差別語だと認識できてない可能性もある。そういうのをうっかり知らずに使ってしまった場合は謝る。そして嫌だと感じる人がいる限り、わざわざ使わなくてもいいよねと意識を切り替えて使わない。これだけ。知識として知っておくことは大事。でも知ってるからってそれを使わないといけない、使いたいと思う、その感覚もわからなくもないけど、よ~く考えると意固地になって使わないといけない理由なんてないんですよね。あるとしたら嫌がらせしたいという嗜虐心があるのでは?

私が生きてる間にもう一回ぐらいワード・シフトが起こって、”オカマ”でも”オネエ”でも、単に”ゲイ”でもない新しい単語が出来てくるような気もする。そういう言葉の変容を、社会がどうやって言葉を生み出したり掴み取っていくか、観ていきたいと思います。

まとまりのない文を最後まで読んでお付き合い下さりありがとうございました。

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