映画「QUEER」に向けてバロウズとビートを知ろう➀:「Kill Your Darlings」ビート・ジェネレーションの始まり
はじめに
ルカ・グァダニーノ監督の新作「QUEER」が海外では公開され(日本では5月9日公開)、関連動画や関連記事などがいろいろ出回ってきました。
「QUEER」はかなりクセのある作品で、「Call me by your name」ほどには全世界でヒットするほどにはなって…ないかな(今のところ)。主演のダニエル・クレイグがオスカーにノミネートされるか?みたいに言ってた気がするけど、結局されてないし。
”美少年と美青年の美しく悲しい恋愛物語”である「CMBYN」と、”ドラッグ中毒のオッサンが若い美青年にキモイ片想い&二人でジャングルに謎のドラッグを探しに行く物語”である「QUEER」。そりゃ万人受けするのは前者でしょうねぇ😅。
とはいえ、作品背景とか作者のことを調べたりしているうちに、私的には徐々に興味が湧いてきました。前半と後半でテイストがガラッと変わって困惑するらしいですが、そこはグァダニーノ監督、何かしらの意図はあるでしょうから、それも含めて楽しみです。
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映画「QUEER」は、William・S・Burroughs ウィリアム・S・バロウズの原作「QUEER」が元になっているのですが、このバロウズという人物、調べていくと中々興味深い。海外文学や文化に詳しい方たちには超有名な人物みたいですけど、私はそんな教養もないので、ビート・ジェネレーションということで有名な作家…というくらいの知識しかなかった(それも割と最近知った情報)
彼と、「路上」(「On The Road」)で有名なJack Kerouac ジャック・ケルアック、そして詩人のAllen Ginsberg アレン・ギンズバーグ、彼らを中心としたグループが"BEAT GENERATION ビート・ジェネレーション"としてアメリカの文学界、文学だけでなく音楽や文化全体にある種の革命をもたらした存在。そしてレジェンドとして非常にリスペクトされている。60~70年代のヒッピー文化の先駆けでもあり、バロウズは「パンクのゴッド・ファーザー」なんて呼ばれたりもしている。ドラッグをやりまくっていたけど、バロウズはなんだかんだ1997年、83歳まで生き、多くのミュージシャンとも交流したりしていた。ニルヴァーナのカート・コバーンとも。
ケルアックの「路上」も名前だけは知っていました。最近ではリバー・フェニックスのことを調べていた時に、ヒッピーだった両親が影響を受けた本として語られていたような?これまた一部の人にはバイブル的に崇められてる本という印象。バックパックひとつで彷徨うような旅に出る…そこで様々な人と出会い、自分の今までの価値観を壊すようないろんな影響を受けて人生を見つめる…というスタイルの元祖なんですかね?
そういう意味ではバックパックで海外旅行に行っていた私も(90年代に日本でも格安海外旅行が流行り、当時バックパックで旅行した人達も)、ケルアックの影響を少なからず受けてきたんだなぁ~と思ったり。日本人バックパッカーは沢木耕太郎の「深夜特急」の影響が多いのかな?沢木さんはケルアックの影響を受けたりしてないのかな?気になる。
それで「ホモセクシュアルの世界史」という本を読んでいた時に、
この”ビート・ジェネレーション”の項目があり、その時はそれほど興味はなかったのでサーっと読んだだけでしたが、彼らの中でゲイ、ホモエロテイックな関係があるようなことが書かれていて、ホォ~😲とは思ったのでした。
今回「QUEER」きっかけで、バロウズからビート・ジェネレーションへと改めて調べていると、確かに彼らの間には物凄く濃厚なゲイ、バイ、まさにQUEERクィアな関係がてんこ盛りなんですね。ヒャ~こんな私の好物のネタガッツリな人たちだったなんて~🤤と、知らなかったことを後悔するばかり(笑)。
ということで、詳しい方には今更な話なんでしょうけど、私みたいに詳しくない方には一緒に知って貰えたらと思い、私が興味持った部分や調べてホホゥと思ったことなんかを書いてみたいと思います。
ビート・ジェネレーションの始まり:映画「Kill Your Darlings」
そもそもビート・ジェネレーションとはなんぞや?と最初思ったのです。
たまたま同時代に同じようなテーマとか作風で注目を浴びた(全米各地バラバラにいた)作家たちを総称した呼び方なのか、それともある場所にあった文芸サークル的な仲間たちのことなのか、どういうものなんだろう?と。
主要三作家のバロウズが1914年生まれ、ケルアックが1922年、ギンズバーグが1926年と年齢もバラけているし、最初は特に関連が無いのかと思っていました。しかし調べると、彼らはNYでいつもつるんでいた友人グループであり、この濃密な交流のあと、それぞれが詩人や作家として大成していくという流れ。
最年少のギンズバーグが1956年に「Howl (吠える)」という詩で注目され、ケルアックが1957年に「On The Road(路上)」で、最年長のバロウズが1959年「裸のランチ」で評価されていく。
彼らの活躍でビート・ジェネレーションと呼ばれるようになっていくけども、原点はNYで一緒に過ごした時期、1944年頃が始まり。ギンズバーグの「Howl」発表から10年以上も前に遡る。
ギンズバーグがコロンビア大学に入り、そこでルシアン・カーという美青年と出会う。カーがギンズバーグを彼の友人であるバロウズやケルアックに紹介していくことで、この友人グループが形成されていく。ある意味グループの中心にいたのがこの”Lucien Carr ルシアン・カー”という人物。
ある意味ビート・ジェネレーションのミューズ?生みの親?といっていい存在だったルシアン・カー。"Lou(Lucienの愛称) was the glue(糊 つなぎ合わせるもの)" とギンズバーグも言っている。「ルーがグルー」←詩人だけあって韻を踏んでるwww
そして、この人物が殺人を犯しているというからこれまた興味深い。さらにそれは、男のストーカーに追いかけ回されたのちの名誉殺人だという。エエッ、どれだけドロドロしたドラマが繰り広げられていたのか😳!?関心は高まるばかり。
そのドラマチックな状況や事件の経緯、これが既に映画になっています。
それが2013年の映画「Kill Your Darlings」。
公開当時に観たけど、ビート・ジェネレーションに全く興味もなかったので、なんかそんな昔の作家グループがいたんだね~としか思ってなかった。私の関心は、ただ主演二人の演技と作中の同性愛表現がいかほどか?ぐらいでした(浅い&俗物すぎて恥かしい😅)。
主演はギンズバーグ役にハリー・ポッター役で有名なダニエル・ラドクリフDaniel Radcliffe。ハリー・ポッターシリーズが終わって、キャリア的に幅を広げるためにゲイ役に挑戦したという感じでしょうか?割とあるよね。ストレート俳優が幅を広げるためにゲイ役に挑戦するっていうの。
ルシアン・カー役には、当時結構プッシュされていた記憶があるデーン・デハーンDane DeHaan。私はドラマ「True Blood」で初めて知ったのかな?映画「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命」(The Place Beyond the Pines)でライアン・ゴスリングの息子役で一気に人気に火が付いたような…記憶が曖昧だけど😅。
その後はアンドリュー・ガーフィールド版スパイダーマンの敵役グリーン・ゴブリンを演じたりと、結構順調にスターダムに駆け上っていった。しかしそのあとは落ち着いたというか、主役をバンバンやるほどでもなくなっていった感じ。主役張れるドル箱俳優にするためにプッシュされる時期にしっかりした結果が出ないと、その後はシビアに、急にプッシュされなくなっちゃうのがハリウッドの厳しい所。もしくは本人がスポットライトを避け始めたのかもしれないけど。
ちなみに「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ」の共演きっかけでライアン・ゴスリングとエヴァ・メンデスは子供つくって結婚したけど、ダニエル・ラドクリフはこの「Kill Your Darlings」で共演したErin Darkeと交際して子供ができている。でもこちらは事実婚っぽい。
この映画でのErin Darkeの役どころは図書館の受付嬢Gwendolyn。ラドクリフ演じるギンズバーグと一緒に書庫に行き、そこで口でイカせる、それも10秒で!という性経験豊富な軽い女の子という感じの役😅。二人の子供が両親の馴れ初め聞いた時、説明するの恥ずかしいだろうな~と余計な心配してしまうw。
さらにちなみに、デハーンは高校時代からの彼女で女優のAnna Woodと映画前年の2012年に結婚してる。19歳のルシアン・カーを演じていたけど、当時で既に28歳くらい。そりゃ全然結婚してもおかしくない年齢。
ルシアン・カーに執心していたストーカー役に「デクスター 警察官は殺人鬼」のマイケル・C・ホールMichael C. Hall。こちらもデクスターがそろそろ終わるぐらいの時期。シリアルキラー役からストーカー役と、その気味悪さを踏襲したキャスティングといった感じでしょうか🤔。実際この映画では彼が演じたデビッド・カメレア(Kammererなのでカマラー表記も)はただただ気味悪いストーカーとして一面的にしか描かれていなかった。しかしこの映画を観た後に、この殺人事件をモチーフに書かれたバロウズとケルアックの共著「そしてカバたちはタンクで茹で死に」を読むと、カメレアへの印象が少し変化しました。ストーカーであることは間違いないんだけど、殺されなければいけないほどかと言われたら…ちょっとかわいそうだった気がしないでもない。
(ちなみにこの妙なタイトルは、サーカスで火事があり、そこのカバが茹で死にしたとニュースでアナウンサーが言ったというところから付けられている。当時実際にサーカスにおける火事はあったけど、カバが茹で死にしたという記録はないらしく、創作の可能性もあるそう)
メイン・キャストはこの上の三人で、バロウズ(演:ベン・フォスター)とケルアック(演:ジャック・ヒューストン)は出てくるけども、それほどインパクトがある役回りではない。
あとケルアックの恋人エディ(イーディ)・パーカーにエリザベス・オルセン(「フルハウス」の双子、オルセン姉妹の妹)、ギンズバーグの精神病んでる母親にジェニファー・ジェイソン・リー、ルシアン・カーの母親にドラマ「The Closer」のブレンダ役で有名なケビン・ベーコン嫁キーラ・セジウィク。
以前見た時はピンと来てなかった点だけど、今回なるほどと思った点があった。地下鉄のマップ上で移動するのを表現してるカット、その移動した場所がChristopher Street。 そこはグリニッジ・ヴィレッジにあって、まさに当時もゲイが集まるNYのゲイの中心地だったところ。後にLGBTQの権利獲得運動に繋がるストーンウォールの暴動が起こるStonewall Innもこの近くにある。
あとカーが「New Vision」と映画の中で何度も言う。自分が発見した新しい世界の見方だとかそういう感じで。
これも昔はなんのこっちゃだったのですが、今回は「あ~このビジョンが後にビート・ジェネレーションが打ち出した新しいものの見方を表していたんだね~」と漸く理解できた😅。だからやはり彼がビート・ジェネレーションが生まれるきっかけ、生みの親なんて言われているんだなと。
映画ではジャズの演奏なんかも何度か挿入されていた。これも凄く意味がある。その説明は後ほど。
登場人物関係図
「Kill Your Darlings」はギンズバーグ視点で作られています。よってバロウズとケルアックが書いた「そしてカバたちはタンクで茹で死に」における彼らの視点とは少し異なる。
とりあえず自分の理解の為に、この映画での登場人物たちの関係図を作ってみました。
事件のあった1944年当時の各キャラの年齢を比較したかったのと、
演者と実際のギンズバーグ、カー、バロウズたちの顔を比較したかったので写真も添えてみました。(クリックで拡大)

( )内は1944年時の年齢
後にバロウズの妻になるヴォルマーはこの映画には登場しない。
ただこのグループ経由で知り合ったので加えています。
割とキャストは似せているかな?実際のルシアン・カーがデハーンにも似てるけど、映画「QUEER」でドリュー・スターキーが演じたアラートンっぽさもある気がする。あと実際のケルアックはアメフト選手だけあって実物は体育会系のガッシリしたイケメン。この二人はモテただろうな~。
この時点では友人関係止まりだけど、死後に発表されたギンズバーグの日記によると、彼とカーに性的関係があったこと、後にギンズバーグとケルアック、ギンズバーグとバロウズも性的関係を持つようになったことなどが書かれていたそうで(カーとケルアックもあったかな?)、とにかくいろんなサイトやら文献を読んでいると頭が痛くなるほど複雑に入り乱れてるんです、このグループ(苦笑)。
コロンビア大学に来るまで
映画「Kill Your Darlings」において、カメレアは登場した時点でカーのストーカーという状態。彼らの過去の詳しい所は語られません。
それで、この1944年に至るまでの二人の経緯を調べてみました。
ルシアン・カーのWikiや「そしてカバたちはタンクで…」のあとがき、バロウズの伝記「ウィリアム・バロウズ 視えない男」、そしてカメレアの死について詳しく調べているこちらのサイトなんかを参照すると、
まずカメレアとバロウズが小学校の時の同窓生で顔なじみだった(共にミズーリ州のセントルイス出身)。カメレアの弟とバロウズが同い年だったらしい。その弟とは仲良くならなかったけど、カメレアが17歳頃にバロウズと再会して親交を深め、10代後半に一緒にパリに行き(カメレアがお目付け役)、ナイトライフを楽しむような友人関係を築く。二人とも同性愛者だったから気が合ったんだろうと。ただこの二人に恋愛関係は生まれてた様子はない。
(バロウズはハーバードを出た後にヨーロッパに留学して薬学なんかを学んでいる。そこでヨーロッパのゲイシーンにハマり、さらにはナチから逃がすために14歳も年上のユダヤ系ドイツ人女性と偽装結婚までしている)
バロウズはミズーリ州セントルイスでは有名な資産家の出身(祖父が計算機を発明して財を築いた)。ルシアン・カーの家も資産家(「そしてカバたちはタンクで…」では彼が事件後に頼った叔父という人物が出てくる。調べてみたらロックフェラー家の傍流に位置する人物だった)。なのでココもセントルイス社交界繋がりである程度面識はあった模様。
カメレアの家の詳細は不明だけど、バロウズと同じ学校に行っているのでそこそこ裕福な家の出身ではある気がする。
そんなカメレアが25歳、ルシアン・カーが11歳の1936年に二人は出会う。
カーが通っていたセントルイスにあるワシントン大学(…の付属校?)でカメレアは英語兼体育のインストラクターをしていた。さらにボーイスカウト(厳密にはちょっと野外活動に連れて行く程度のもの。カメレアが主催したパペット・ショーのチラシなんかが残っている)も率いていて、そこにカーも所属。それでこの少年にゾッコンになる。
(小児性愛者なのかな?とも思ったけど、彼以外には特に興味持ったという記述は見かけないし、死ぬまで彼一筋っぽいのでペドとはちょっと違うのかも?🤔 しかし少年達を引率して遊びに出かけていた時に、ペニスの血管が破裂するという事故?があったという話もあるらしい(←どんな事故やねん😵。ただこれは真偽不明)。←あったのかもしれないけど、彼が小児性愛者のプレデターというイメージを強調するために仕立て上げた作り話の可能性もあるそう)
そこからカーが殺人事件を起こした19歳までの間に、彼はマサチューセッツ州のフィリップス・アカデミー、メーン州のボードウィン・カレッジ、そしてシカゴ大学など、五つの州、四つの寄宿学校、二つの大学を転々とする。その度にカメレアはついて回った。どこかの記述にjanitorと書かれていたので、その転校先の学校の用務員(=あまりいい職業ではない)をしてまで、とにかくカーの側にいようとした様子。
そして1943年にNYのコロンビア大学に入り(向こうは9月入学かな?)、12月にカーはギンズバーグと会う。翌年の1944年の8月に事件は起こるので、映画「Kill Your Darlings」は約8~9カ月程度のスパンの話だということになる。
カーとカメレアの関係
ルシアン・カーのWikiや当時の新聞報道の影響からか、一般的にカメレアがカーのストーカーだったと言われている。しかしそれが最初からそうだったのか?それとも最初は恋愛関係にあったが徐々に関係が変化していき、最終的にストーカー化してしまったのか?この辺りで見えてくるものも少し違ってくる。
先ほどの「The Death of David Kammerer: 80 Years Later」のサイトではその辺りを検証している。まずカメレアに対する証言をしているのがカー側の人物が殆ど。”ゲイのストーカーに襲われたストレートの美少年が正当防衛として犯した名誉殺人”だとして、少しでもカーが加害者ではなく被害者としての印象を持たせるための印象操作が多分にあったのではないか?と様々な角度から見ていっている。(まあ上級市民側ですしね。やり手の弁護士の戦略としてはあったと、「そしてカバたちはタンクで…」のあとがきでも書かれている)
私がこの考えに興味を持った理由は、「そしてカバたちはタンクで…」を読んでいると、カメレアがそこまで一方的に悪い人物なのだろうか?という印象が確かにあったから。
確かにストーカー化してはいる。そしてケルアックの彼女であるエディ・パーカーからはゲイだといって毛嫌いされている。カメレアがゲイだから、カーやケルアックにまで悪影響を与える人物として警戒されてる感じ(深読みすると、この時期カーとケルアックが船員としてフランスに行こうと計画するなど、妙に距離感が近くなっていた(=彼女であるパーカーはその間放置される)。それでうっすら彼氏の同性愛傾向を危惧していたのかも?その悪影響の大元がカメレアなんだと決めつけてる感じ)。
しかしバロウズはカメレアとは旧友ということもあるからか、普通に友人関係を続けている。ケルアックやパーカーのグループにいる時のカメレアは居場所が無い感じで邪険にされてるけど、バロウズの友人グループといるときは特にそうでもない(こちらはレズビアンやクィアな友人が含まれるグループ)。
そして上記の記事では、残っている限られた情報の中からNYに来るまでのカーとカメレアの関係を推測している。
まずカーが14歳の時に二人はメキシコ旅行に出かけている。闘牛を観たり、乗馬、魚釣りなんかを楽しんでいる。しかし急にカメレアが首を頸部脱臼(そんな大層なケガなのか?寝違え?🤔)だかでカーだけ家に帰る。バロウズの伝記作家はその時にカメレアがカーに愛を告白したのだろうと。ここで面倒見のいい優しいお兄さんだと思っていたカメレアが自分のことを好きだと言い出し、カーはショックを受けたのだろうと(←だから急に一人で帰ったということなのかな?)。
ただ、それで嫌気がさしたなら距離を置くはずだけど、二人の関係は続く。そしてこの辺りからカーがカメレアをからかったりするようになっていったのだと。バロウズの証言によると、わざとカメレアの前で毛布に潜ってバロウズにキスをする振りをしてみせ、明らかにカメレアを苦悩させてからかっている様子もあったのだとか。←小悪魔っぽい。
コロンビア大学に来る前のシカゴ大学時代、当時バロウズもシカゴでゴキブリ駆除の仕事をしていた。そこでカメレアからカーを紹介されて3人で遊んだりしていた模様(←この時代が真のビート・ジェネレーションの始まりだという説もあるらしい)。その時に、カーがバロウズの家の窓から小便をして彼が退去させられるきっかけを作ったりしている。つまり自分より10近く年上の男達とバカなことやって遊ぶ関係を続けていたということ。←二人のゲイのおっさんにチヤホヤされる美少年。そりゃ好き勝手させてくれるし、甘やかしてくれるなら楽しいでしょうね。ヤンチャ盛りの10代後半だし。
更にはカメレアがずっとストーカーしていた証拠として、カーの母親が息子の部屋から50通以上もカメレアからのラブレターがあるのを発見したと言われている。しかし、嫌いな人物からのラブレターを50通以上も保管していることに疑問だと。←まんざらでもない、もしくはそれ以上の感情があったからこそ保管していた可能性は確かにある。
ここで思うのは、カーの母親がカメレアのことを毛嫌いしていたのは事実だろうということ。自分の10代の息子に、10歳以上も年上の男がつきまとっていることを知ったなら(それもラブレターを見て、同性愛的恋情を抱いている)、遠ざけようとするのはまあ当然。だから次々に転校して行ったのも、そもそも親が手続き等をしているわけで、親の意向が反映されている可能性は高い。カメレアが追いかけてきているとはいえ、カー自身が嫌がっていたなら、シカゴでバロウズも加えて遊んだりするだろうか?(←二人きりを避ける作戦の可能性もある?)
それにミズーリからマサチューセッツ、メイン州、シカゴのイリノイ州など、州を跨いで移動している訳で、誰かが居場所を教えないとそう簡単には見つからないはず(SNSなんか無い時代だし)。それが次々に付いて行ってるということは、カーがカメレアに居場所を教えていた可能性もあるのでは?という気もする。
同性愛関係だったのか?
ではカーとカメレアは、実際同性愛関係にあったのかどうか?
これは本当に謎。映画「Kill Your Darlings」では二人が密室に入る怪しい雰囲気の描写があり、二人の間に性的関係があった風に暗示されていた(しかしカメレアを利用するために仕方なく続けている風)。
「ウィリアム・バロウズ:視えない男」でもニュアンスが微妙だけどある程度性的関係がありつつ、次第に拒否されるようになったのでカメレアがセックスを強要するように激昂し、悲劇に至った風に書かれていた。
「そしてカバたちはタンクで…」のあとがき(これはバロウズの恋人であり遺産管理人だったJames Grauerholzジェームズ・グラワーホルツによるもの)でも、ギンズバーグの初期の日記にカーとカメレアの間に性的関係があったという記述があることを指摘している。(ついでにギンズバーグとも。しかし映画では二人の間の性的関係はキス止まりで、それ以上はない)
一方「そしてカバたちはタンクで…」の本文(バロウズの記述パート)では、カメレアはカーと性的関係を持ちたい欲求はあるけど決して無理強いするような人間としては描かれていない。逆にカーが気まぐれに熱烈なキスをして、カメレアが困惑するような描写がある。さらにはカーには女の恋人がいるにはいるのだけど、いちゃつくだけで中々セックスには至らない(至れない?)という描写もある。これはカーの同性愛的傾向の暗示と、女性といちゃついてカメレアを嫉妬させてからかっている…というカーのサディスティックな一面を表していたような気もする(←その詳しい理由は後ほど)。
バロウズによると、カメレアはカーと性的関係にないと主張していたそう。もしそういう関係なら旧知のゲイ友であるバロウズには隠さず話していただろうともあとがきには書かれている。確かに…。
私的には性的関係は無かったんじゃないかな~という方に傾いてますかね。
あったとしてもお互いに熱烈に愛し合って…みたいのではなく、カーがカメレアに好きに触らせるとか、性処理の手伝いさせるとか、そんな感じで、カーにとっても、カメレアにとっても、行為の後に惨めな気持ちになるような、そんな感じの行為。
(とはいえ後々このグループのみんなとヤッちゃってる様子を知ると、がっつりヤッてる関係でも驚きはしないけど…😅。でもそれならカメレアの前でバロウズにキスするマネじゃなくて、実際にキスぐらいすると思うんですよね。)
「そしてカバたちはタンクで…」を読んでいると、当時の彼らの人間模様がよ~く伝わってくるのですが、カメレアは我がまま美少年カーに振り回されてもかいがいしく付き従っている下僕感が強い。なので無理矢理してるとはちょっと考えづらい気はします。
ただ事件の焦点は「カーが同性愛者かどうかで罪の重さが変わる」というのが重要なポイントでした。そこで「Kill Your Darlings」では過去にあったシカゴでの事件が出てくる。
シカゴでの自殺未遂
NYに来る直前のシカゴ時代、カーはオーブンに頭を入れてガス自殺未遂をしている。
映画「Kill Your Darlings」では、それがカメレアとの痴情のもつれ=カーが同性愛者である証拠だという風に描かれていました。入院記録のサインには保証人?保護者?同居人?的な項目にカメレアのサインがしてあったから(←実際にその入院記録をネットで探したけど見つけられなかった)。
でもあれで同性愛的パートナーの証拠になるのかな?とちょっと疑問。この辺がこの映画のピンと来ない点でしたかね。いくらでも言い逃れできそうな気がしたんだけど…。戸籍上の家族しか面会できないみたいな、恋人、正式なパートナーしかサインできなかったということなのかな?でも時代的に同性愛は認められてないはずだから、パートナーを主張するのもおかしい気がするし…。
実際にカーを発見したのは管理人のおばさん。そして入院して、カメレアが付き添っていたのかな?そこにカーの母親がやって来て、カメレアを罵倒し、息子を精神病院に2週間入れ、その間にNYにあるコロンビア大学に入る手続きをする。
ではなぜガス自殺をしようとしたのだろうか?というのも気になる。
カメレアに追いかけられて、追い詰められて人生に悲観して自殺未遂?
しかし二人は直前にプリンストンに旅行に行ったりしている。仲良く遊んでいるわけです。まだこの時点ではストーカーに苦しんでる感じではない。脅迫されて無理矢理旅行に連れて行かれたとかなら、後にNYでもまたつるんでるのは不自然。
じゃあ実際に二人はカップルで痴情のもつれ?
カップルが旅行中にケンカして、それで自殺未遂に発展したとなると、普通なら振られた方が悲観して自殺未遂する方が多い気がする。となると、カーの方がカメレアのことを好きだった可能性が高くなる。それはちょっと意外かな。
「The Death of David Kammerer」では、ちょうど18歳になったカー。時代は第二次大戦が激化していた時期。兵役免除になるための狂言自殺を図ったのでは?という可能性にも言及している。なるほど。
カー自身はこの自殺未遂を「Work of Art」=芸術作品(パフォーマンス?)、「酔った勢い」という風に言っていたらしい。
ギンズバーグの伝記作家はカーのことを”Carr was an attention-seeking troublemaker”と言っている。注目を欲しがる問題児だと。
さらに、傲慢と言えるほどの自信家、派手な服装、鋭いウィット、衝動的行動、公共の場でも意味があると思えば騒動を起こす。ガラスを齧りだすなどの無意味な行動。ギンズバーグはカーがバーなどで口論にならないように気を遣わなければならなかった…と。
結構ヤバイ奴という印象(-_-;)。ガラスをガシガシ噛み砕く描写は「そしてカバたちはタンクで…」でもあった。
「Kill Your Darlings」のなかでも何度も出ていたけど、カーはフランスの詩人アルチュール・ランボーに傾倒していたんですよね。ランボーもかなり破天荒で小悪魔的でヤバイ人物。
ランボーを描いたディカプリオ主演の映画「太陽と月に背いて」では、ランボーが裸になって屋根の上から小便をするシーンがあった気がする。シカゴ時代にカーが窓から小便をしたというのも、もしかしたらランボーのマネをしていたのかも?
屋根で裸になってるシーンがちょっと映ってる動画。確か実際はレオ様のあそこが見えたと話題になっていたはずw。ランボーの画像検索掛けると、確かにディカプリオの目元が結構似てる。上映当時はランボーの顔なんて知らなかったから(ネットもまだ普及してなかった)何とも思わなかったけど、かなり絶妙なキャスティングだったんだと今更気付きました。
ランボーもヴェルレーヌという10歳近く年上の先輩詩人との、情熱的以上にヤバイ愛憎関係を続けていた人物。ヴェルレーヌは銃でランボーを撃つという殺人未遂を犯したりしている。
カーがカメレアと付き合っていたのも、自分とランボーを重ねて、ヴェルレーヌとカメレアを重ねていたのかも?実際カーにとってカメレアはメンター的存在だったとも言われている。
後にカメレアの女友達がいうには、カメレアは凄い才能のある人物で、ビート・ジェネレーションの作家たちは彼から影響を受け、彼らの作品もカメレアのアイデアを盗んだものなんだと言っていたんだとか。さすがにそれは言い過ぎだと「The Death of David Kammerer」の筆者は書いているけど、それでも知的レベルは高かった人物っぽくはある。英語を教えていたくらいだし教養はあったはず。バロウズとも気が合うくらいだし。
バロウズのカメレア評も、いつも面白く、中流階級のモラルや従来の慣習に囚われず、いつだってパーティのような生き方。ウィットに富んでいて魅力的…だと。教養がありつつ、常識の枠にとらわれない人物。確かにカーに対する評と似てる部分もあって息が合いそう。最初の内はメンターと弟子っぽい関係だったというのは納得。
ということで、シカゴでの自殺未遂の真相は、私的には兵役逃れの狂言自殺、もしくは自殺未遂する俺カッケーという衝動的なバカ行為。これらの可能性が高そうな気がします。「Kill Your Darlings」でも、ギンズバーグと一緒に遊びで首吊り自殺するマネしてたら、足が滑って危うく本当にそうなりそうになる描写があったりした。だから衝動的にそういうことをやりそうな人物というのは共通認識なんだろうと。
殺人事件の真相は?
真相は結局分からないのですが😅、あくまでもカメレアのイメージはカー側からの情報が殆ど。しかしここに印象操作があったのでは?という可能性について「The Death of David Kammerer」では指摘している。
まず弁護士がカーの罪を軽くするために「ゲイのストーカーに襲われるストレートの美少年による正当防衛名誉殺人」というストーリーに仕立てた。
というか、そもそものそのアイデアはバロウズが提案してる。
1944年の8月13日~14日の夜に殺人を犯した後、早朝にカーはまずバロウズの家を訪れている。そこでバロウズが「自首した方がいい。自己防衛でやったんだと言え。いい弁護士を雇って、言うとおりにすればいい。そうすれば2年ほどで出て来れる」と言ったらしい。実際「そしてカバたちはタンクで…」の中でもそういう風に書かれている。
バロウズは友人だったからそれほどカメレアのことを悪く言ってる印象はない。その他のカーの友人たちはカー擁護のためにカメレアのことを不気味なストーカーのように言っている(言わざるを得なかった?)。しかし興味深いのは、当時カーが付き合っていたCeline Youngがカーの判決前にケルアックに出した手紙には、カメレアのことを「charming, helpful, informative 魅力的で、役立って、有益な情報をくれる」人物だと言っていたらしい。カーの彼女なら一番カメレアのことを毛嫌いしてそうなのに、この評価は少し不思議。仲間内の評価は実はこれが正しくて、カーを裁判で減刑して貰うために、パブリック的にはカー側の弁護士が作った気持ち悪いストーカー説に乗ることにした…という可能性も有るのかも?🤔←実際、最後の方はストーカー化がエスカレートして気味悪がられていたのは事実。立ち入り禁止の非常梯子で建物に入り込んだり、映画でもあった飼い猫をオーブンに入れたという脅しもあったみたいだし。
ではなぜバロウズは自分の友人だったカメレアの名誉よりもカーの方を守ったのだろう?
これはバロウズは前々から不毛な恋だからやめておけと忠告していたし、今更カーを厳罰に処してもカメレアが還ってくる訳でもない。そしてここは悪い上級市民的考えが根付いていたというか、出来るだけ持ってる力を利用して、減刑されるようにするのが当然というのが彼らの常識だったのでは?という気がする。
実際、後にバロウズも殺人を犯す。パーティーで酔っぱらい、ウィリアム・テルごっこ🍎🏹をして妻を銃殺する。麻薬所持?売買?の容疑から逃げていたメキシコシティで。後に主張を変更し、落とした銃が発砲したと言い出す。結局兄弟が保釈金を払い、賄賂も払い、管轄外だということで、たった13日で釈放されている。金の力でねじ伏せた感が凄すぎる(-_-;)。
(カーの殺人事件でも、すぐに通報せずに犯人隠蔽の共犯者として逮捕される。しかし親が保釈金を払ってすぐに出てくる。ケルアックも同様に捕まったが、親は家名に泥を塗ったと保釈金を拒否。それで交際していたパーカーが結婚するなら肩代わりするということで払う(←結婚したら祖父からの信託財産が入ることになっていた)。事件から10日ほど後の8月22日、留置所から警官に付き添われて市民ホールに行き、そこで結婚したのだとか)
カーの事件を教訓にしてバロウズも真似したということも考えられるけど、カーの時にバロウズが助言していたわけで、そもそもそういう人種なんだと思う。罪に真摯に向き合うなんてことは頭から無い人たち。破滅的にドラッグをやりまくるのに、いざ危機に直面すると自己保身を何より優先させる。
バロウズは作家としてはレジェンドとして尊敬されてるけど、人としてはかなり疑問が残る人物でもある。彼と銃殺された妻ジョーン・ヴォルマーの間に息子が生まれているが、ジョーンは妊娠中でもアンフェタミン等の薬物中毒で(彼女も深刻なジャンキー)、生まれてきたバロウズJr.はすぐ禁断症状の発作を起こしたというほど。そして父親が母親を殺した時に3歳。すぐに祖父母の元に送られて暮らすように。しかし次第に彼らとも合わないようになり、彼が13歳の時、祖父母は当時モロッコのタンジールに住んでいたバロウズに引き取るように言う。そして一緒に住み始めた父と息子。しかしそこで父の友人からMolesting(性的いたずら/性的虐待)をされる。父親が促した(or 黙認した?)という話もある。それで父親との関係は完全に壊れる。
結局フロリダに住む祖父母の元に戻ると、そこから彼も重度の薬物中毒者になっていく。アルコール依存も深刻で、肝硬変を患い、当時まだ珍しかった肝移植を受けたりしている(←これはバロウズの財とコネのおかげなのか、まだ祖父母の力があったのか?本人は売れない貧乏作家だった)。しかしそれでも酒はやめられず、数年後に路上で倒れているところを発見され死亡。33歳だった。遺稿を集めて死後に発表された本が「Cursed from Birth: The Short, Unhappy Life of William S. Burroughs Jr.」(生まれた時から呪われて…短く、不幸なウィリアム・S・バロウズJr.の人生)というなかなかのタイトル😬。
ただひとつ気になったのは、当時カメレアは碌な仕事に付けずに困窮していたという証言もある。「そしてカバたちはタンクで…」の中でも、おばあさんの買い物の手伝いとかで糊口を凌いでいる。おそらく彼自身も追い詰められていたのは間違いない。経済的にも、精神的にも。
その結果、ストーカー行為もエスカレートしていき、カーも手に負えなくなっていった+嫌悪感が増していった…。さらにNYではカメレア以上に魅力的な友人たちも出来、鬱陶しさに拍車がかかった。
「Kill Your Darlings」でも殺害の瞬間は、ナイフを出したカーにカメレアが自分から刺されに行く(その後の二刺し目はカーから)。
1つの仮定として、生活もままならない、カーとの関係もどんどん悪化していく…そこで絶望したカメレアはカーの手によって殺されることを望んだ可能性もあるのではないかということ。その意味では映画の解釈は案外的外れではないかもと思う。
一方で「The Death of David Kammerer」によると、その後のルシアン・カーについても書かれていて、そこが非常に興味深い。
まず2年ほどで更生施設を出ることになる。←この更生期間中にカメレア殺人事件について自分で本を書こうとしていたという証言がある。結局本は出さなかった。
そしてUnited Press(通信社)で下働きのボーイから始まり、編集社員になり、ニュースデスクの責任者となり定年まで勤める。その間ビート作家たちともそれなりに交流は続く。←ただギンズバーグが自著「Howl」でカーに献辞を捧げると、それを拒否し、増刷分から削除させる。「Howl」ではカー(の事件)を連想させる詩があり、自分の事件に再び注目が向けられたくないからだと言われている。
通信社のデスクとしては社交的で仕事も出来、非常に優秀だったそう。しかしその表の顔とは別に裏の顔を語る人物がいた。それはカーの次男のCaleb Carr。ケイレブも後に作家になっていて、父親のことを語っている。彼によると父ルシアンは肉体的にも精神的にも妻や子供たちを虐待していたんだと。特にアルコールや怒りの影響で酷くなる。なんでも率直に意見するケイレブにはより苛烈だった。そして父親の殺人について知ったのは18歳の時で、ショックだったけどそれほど驚かなかったと。両親はケイレブが8歳の時に離婚しているが、虐待はその後も続いた。
そしてもう一人は、(離婚後?)カーと11年間交際し同居していた女性Alene Leeの娘Christina Diamanteによる証言。
証言によると、カーはほぼ毎日彼女の母親を殴り、ある時には家の前の歩道で母親の前歯を折って警察に逮捕された。しかし母親が告訴しなかったので起訴されなかった。
大抵の夜、家はケンカの叫び声で満ちていた。グラスも食器も壁に投げられ割れてしまい残っていなかった。11年過ごした後、母娘は家から出ていくように言われた。当時40代後半のカーは、のちに彼の二番目の妻になる10代の女性と関係を始めたからだった。
カァ~!!超ゲス野郎じゃね~か!!ヽ(`Д´)ノプンプン
歯車が狂い、カメレアが自分からナイフに刺さりに行って、もうどうしようもない悲劇の恋路の果て…みたいに、ちょっとロマンチックな想像したりもしたけど、この証言から見えてくるのは表向きはいい顔してる典型的な反社会性パーソナリティ障害、ソシオパス!!(計画性があったらサイコパスだけど、そこは衝動的に物事をしている風に思うのでソシオパスかなと)
こりゃ、カメレア殺人の真相も、殺害現場に行く前にバーにいてお酒が入っていたのは確実だし、口論の結果、怒りで逆上したというのも十分有り得る。アルコール+怒りという最悪のコンビネーションがトリガーになって殺害…が一番ありえそうな気がしてきた。
それでも10代の若者の衝動的な殺人としては少し疑問も残る。ナイフを持ち歩いていたわけだし、殺害後、シャツを切り刻んで、それで岩を結び付けてハドソン川に沈めてる。動転したにしてはちょっと凝り過ぎてないか?という意見もある。さらには事の顛末を自分で書こうとしていたくらいだし、殺人を犯した自分は伝説になれる!という歪んだ自己顕示欲で計画的にやった可能性もあったのかもしれない。そうなるとサイコパスか…。
私的には息子さんと義理の娘的存在だった女性の証言を信じます(カー程じゃないけど、私も父親からのDVに苦しんだので)。よってルシアン・カーは反社会性パーソナリティ障害のヤバイ人物だった説をとりあえずは取っておきたいと思います。
ビートの意味とあの人と
すっかりルシアン・カーの殺人事件の話ばかりになってしまいましたが、ここでビート・ジェネレーションの「Beat」とはなんぞや?という話を。
ビートには主に三つの意味があるらしい。
1:Tired (疲れた) アフリカン・アメリカンのコミュニティでは「疲れた」とかBeat Downの意味で「打ちのめされた」という感じで使われていた。
2:Beatific (至福の、幸福に満ちた) 代表作家のひとりケルアックが若者の秘められた聖性を表現するのに使った…と。
→Beatificという単語も初めて知ったし、今ひとつ説明を読んでもピンと来なかったのですが、”The Beats sought to cultivate this spirituality through jazz, sex, drugs, and Zen Buddhism”という文章を読んで、音楽やセックス、ドラッグ、禅なんかを通して得られる至福の、満ち足りた感覚、つまり極端に言えば”ヤクやってキマッテル状態”や、キリスト教でもベルニーニの彫像「聖テレジアの法悦」みたいに神のご加護を感じてエクスタシーを感じてるみたいな表現もありますし、そういう恍惚とした感じをビートと表現したのかなと。➀の打ちのめされて無力感で脱力してる感じと、恍惚状態でイッっちゃって脱力してる感じは、一見、外から見ると似てますもんね。
そこにBeautifulと語源が一緒だか近いだかで、美しいという意味合いや、当時話題になった世界初の人工衛星スプートニクと掛け合わせてビーティフィク→Beatnikビートニクと呼ばれ、宇宙にまで行く革新性と従来文学を打ち破る革新性とが結びついたり、複合的な意味合いを内包する言葉になった模様。(ビートニクが日本で言うビート族。この思想の信奉者たちの意)
(追記:ギンズバーグの母親が共産党員、彼も共産主義的思想の傾向もあったので、赤狩り全盛期の時代、ソ連のスプートニクと、反体制的なビート思想を揶揄する意味も込めて掛け合わせたということで、当初はバカにした侮蔑的名称だったんだとか)
3:On the Beat ビートに乗っている これはジャズとかで言われる音楽的な意味合いでのビート。
→➀でもアフリカン・アメリカンがよく使うと言及されていたけど、③も当時、NYの黒人の町ハーレムがジャズのメッカで、そこに上流階級の人々やゲイの人々が”スラミングSlumming”といってスラムを観光、スラムで遊ぶことが流行っていたんだとか。最初はハーレムの黒人たちだけで盛り上がって楽しんでいたのが、徐々に黒人がパフォーマー、観客は白人たちというふうに商業化していったのだそう。
この当時の世相を映画「Kill Your Darlings」でも表していたということです。それで黒人のジャズシーンが多用されていた。←時代背景を知ってみると、映画の中のあれやこれやが、あ~そういう意味だったんだ、そういうことを表現していたんだとわかって来て、映画の解像度がグッと上がる。文化や歴史を知ることは大事だな~と思い知らされますね。今回「Kill Your Darlings」を見て、前回よりも10倍くらいは興味深く観れた気がします。
で、元々のビートの意味としてはこういう感じで、そこから概念的に発展していき、主流の価値観に対するサブカルチャー、カウンターカルチャーという立ち位置になっていく。
既存概念の拒絶、スピリチュアルの探求、アメリカや東洋宗教の探求、経済的物質主義の否定、人間性の明確な開示、サイケドラッグによる実験、性の解放と探求など。←まさにヒッピー文化の先駆け。ただヒッピーとの明確な違いはビートはあくまでも非政治的。ヒッピーは公民権運動や反戦主義など政治的なムーブメントになっていく。ここが違うらしい。
ちょっとわかりにくいのが”アメリカや東洋宗教の探求”。後にギンズバーグがヒンドゥにハマったり、仏教徒になったりと傾倒する人物が出てくるので東洋宗教の部分はわかるのですが、アメリカの宗教って何だろう?🤔 ネイティブ・アメリカンの宗教?または既存のキリスト教しかない所に東洋の精神性を導入して新しい宗教的価値観を作り上げよう!という考えのことでしょうか?それでビート・ジェネレーションの中心地がNYから西海岸に移ったころに、リバー・フェニックスの両親が入信した「Children of God」のようなヤバいセックス・カルトが誕生していったという流れになるのかな?
”人間性の明確な開示”というのは私も自信は無いのですが補足すると、おそらくそれまで宗教的にタブーだった様々なこと、例えば同性愛的感情とか女性の性欲とか、悪徳として蓋をされていた。けれども人間の本質として存在する。そういうものを隠さず詳らかにして向き合い議論していこう…的なことではないかと。違っていたらスミマセン。
サイケドラッグ…については皆、特にバロウズは薬やりまくってるし、”性の解放と探求”は同性愛もだし、一夫一妻のモノガミーから一夫多妻or一妻多夫のポリガミー、フリーセックス、いろんな性のカタチを探求していく。
面白いのは性科学者アルフレッド・キンゼイが調査した人々の性行動についての「キンゼイ・リポート」に、このビート作家たちが協力している。
映画にもなってて、邦題は「愛についてのキンゼイ・リポート」。ビート作家たちがこの映画にも出てくるのか、見直したいところ。
余談ですが、最近見たYoutube動画によると、海外セレブでアソコが大きい有名人ということでリーアム・ニーソンが毎度入ってるんですよね(←毎度って…いくつもそんな動画見てるんかい!爆)なんでも9インチはあるらしいw(本人は完全沈黙)。もしその噂がこの映画が作られたころから既に広まっていたのなら、なかなかに興味深いキャスティング。なんと言っても監督はビル・コンドン。以前に記事にも書いたゲイ監督ジェームズ・ホエールの最期を描いた「ゴッド・アンド・モンスター」、「シカゴ」「ドリーム・ガールズ」等を監督した人物。彼も勿論ゲイ。巨根俳優にまじめに性について語らせる映画を作る。それに映画の中ではキンゼイ自身も巨根という設定…なかなかゲイ的なウィットに富んでいる気がするんですが、真相はどうなんでしょうか?🤭
話戻って、では誰が最初にこういう意味として”ビート・ジェネレーション”と言いだしたのか?
それは1968年に、ケルアックが(のちのビート作家になる)John Clellon Holmesジョン・クレロン・ホルムズとの会話の中で使ったのが始まりだそう。しかしその前に、ケルアックは友人であるHerbert Hunckeハーバート・ハンケとの会話でハンケが”ビート”という単語を(そういう意味合いで)使っているのを聞いていて、大元はハンケだと認めてもいるらしい。
(このハンケという人も後にビート作家/詩人になるのですが、この頃はストリート・ハスラー(男娼)、窃盗もおかまいなし。窃盗品をバロウズのアパートに大量に隠していたり、バロウズ妻ジョーンに男を紹介したり、薬物所持で刑務所に入った後にバロウズに請われてテキサスで大麻栽培したりと、まさに絵に描いたようなゴロツキ)
こうしてビート・ジェネレーションは人気になっていき、ロックやポップカルチャーにも影響を与えていく。その代表例がビートルズ、ボブ・ディラン、ジミー・モリソン、ミック・ジャガー、デビッド・ボウイ、パティ・スミスなどなど。
ちょっと衝撃的に驚いたのはビートルズ。
英語で書くとThe Beatles。Beatが含まれている(カブトムシならBeetles)。ビート・ジェネレーションのビートの意味も含んで名付けられたんだとWikiには書かれている。大抵は単純に”ビートを刻む”の音としてのビート由来的に書かれているので、ビート・ジェネレーションと繋がるの!?と驚いた。
ただ当時、イギリスでロック、ブルース、R&B、カントリー、フォークなどをルーツに持つバンドをBritish Beatと呼んでいた。だからビート・ジェネレーション由来というよりも単純にそちらから持ってきた可能性も高い。これに関しては明確にビート・ジェネレーションからという発言は無い模様。
でも言われてみればその可能性はあってもおかしくない。50年代のビート・ジェネレーションの台頭の後、1960年にビートルズ誕生。音楽界で革命を起こした存在だし、サイケ、スピリチュアルにも傾倒していったし、ビートの精神は継承してる。当時、音楽的にも文学的にも「ビート」という単語は超クールでカッコイイ言葉だったんだろうと想像できる。
ビートの由来はそうだとしても”ビートル”という大枠はどこから来たのか?
ビートルズに先立ってザ・クリケッツというバンドが人気で、彼らがロック・バンドの雛型を作った。それで真似して”The ○○s”という名前を付けようとしていたところ、当時流行ったマーロン・ブランドの映画「乱暴者(The Wild one)」に登場する黒い革ジャンを着た暴走族が「The Beetles」(←こちらはカブトムシの意味。黒光りする革ジャンとカブトムシを重ねてる)として登場する。
それを見て、Beatを使った文字遊び的にThe Beatlesとした説がある。これはバンドの広報担当が言っていたそう。
(この暴走族もある意味体制への反逆者、バイクであちこち旅する、ビートの精神を体現してる存在とも言える。でも私ならこんな黒光りする服着た暴走族ならゴキブリ族って名付けそうw)
あとは、ジョン・レノンが、燃えるパイに乗った男が「The Beatles」と名付けなさい、と言ったというビジョンを見た…なんていう話もある。←これは後付けっぽいなぁ。
*****
そんなこんなでビートルズの名前から、じゃあビートたけしのビートはこのビート・ジェネレーションから来てたりしない?と、ふと思ったのです。
元々はコンビ名の「ツービート」からですが、Wikiを読むと、師匠に売れないから改名を依頼した時に「ビートの効いた名前にしてください」と言ったら、「じゃあザ・ビート」でどうか?と言われ、「二人だからツービートで」ということになったとか。
またはジャズ好きからジャズのビートが由来とか、砂糖ダイコンのビーツ(こちらはBeet)が甜菜(てんさい)だから天才と掛けたとかという話もあったり、後付けっぽい話もある中、こんな引用があった。
たけしいわく『ビート』の打つ、叩く、打ち負かすという意味合いもあるという。1950年代のアメリカにビート族というのがいて、そのビートは「既成の道徳・秩序などに反抗して無軌道に騒ぎ回ること」という意味がある。
おお、やっぱり!!読みが的中!!😲
まさか「Kill Your Darlings」がビートたけしにまで繋がっていたとは、夢にも思わなかったです😅。当時の大人は気付いていたかもだけど、子供だった私はひょうきん族で見る”たけちゃんマン”と”ビート・ジェネレーション”が関係しているなんて勿論考える訳もなく、「ビートたけし」というものとして、そういうもんだとず~っと思って生きてきましたからね。
今や「世界の北野」なんて言われてるけど、コメディアンの「ビートたけし」と海外で紹介される時、「アッ、あのビート・ジェネレーションから名前つけてるんだな」とすぐに察せられていた可能性が高いわけなんですね。そりゃフランスも勲章贈るわけだ。日本人より海外の人の方がたけしの本質=既存の道徳、秩序の破壊者を名前から理解していた…40年以上ビートたけしを見てきてやっと気づいた事実…恥ずかしっ!(/ω\)。
日本にもビート・ジェネレーションの代弁者が身近に、それもとてもメジャーにずっといたんだなと思うと感慨深いものがありますね~。いやなんか、急にビート・ジェネレーションが身近に感じ始めましたよwww。そうかビートたけしはたけし軍団のルシアン・カーなんだw…「フライデー襲撃はしたけど殺人はしてねぇよ!なんだ、バカヤロ!冗談じゃないよ!🖐」
「そしてカバたちはタンクで茹で死に」読書感想
一応この本の読書感想も。
この本の表紙見返しにはこう書かれている。
1944年8月。
舞台は第二次世界大戦終結直前の、ニューヨーク。
「ビートを生み出した殺人事件」として知られるルシアン・カーとデヴィッド・カラマーの事件を軸に、「作家以前」のケルアックとバロウズが、
ふたりで章ごとに書きつないだ幻の共作!
私はてっきり、カメレア(ここではカラマー読み)殺害のことがもっと詳しく書かれていて、二人の作家それぞれの視点から当時の様子が語られているんだと思って結構楽しみに読み始めたのです。
しかし読んでいくと、なかなか殺人事件の箇所に至らない。9割ぐらいはそこに至るまでのこのグループの行き当たりばったりで自堕落な生活の様子と(金持ってる人にタカって酒ばかり飲んでる😅)、カーとケルアックが船員に申し込んで、終戦近いフランスに渡欧しようと試みる下りが延々と続く(結局行けないのに、あのグダグダは何だったんだ…と思うんですよね)。
そして漸く本の終盤に事件の部分に辿り着くも、全18章のうち2~3章だけで、その内容も期待外れなほど薄い。さらに殺害方法などもハッテン公園でなく屋根の上、そこで鉈で顔面を殴り、倒れたカメレアを転げ落としたというものに変更されていたりする。なので実際の殺害の様子がまざまざと描かれている訳ではない。とんだ拍子抜けでした。
ただ当時の彼らの生活とか、グループ内のノリとか、そういう空気感みたいなものは伝わってくる。
登場人物の名前や設定を変えているので、最初は誰が誰に相当するのか把握するまではややこしい。しかしフィクションの部分もあるかもだけど細かい人物描写があるので、各人の特徴をイメージしやすくなるというメリットもあった。
例えばこんな感じ。
フィリップ・トゥリアン 17歳 (←これがルシアン・カー)
文芸オカマ共がソネットを捧げる少年 「おお漆黒の髪持つギリシャ青年よ」 巻き毛の黒髪が額に垂れ、肌はとても青白く、目は緑。かたい筋肉質の前腕を覗かせている。←写真見る限りは金髪っぽいのでその辺もアレンジは加えられているものの、崇められるような美少年というのは伝わってくる。
ラムゼー・アレン (←これがデビッド・カメレア)
40かそこらのごま塩頭の貫禄のあるやつ(実際は30過ぎ)。背が高くちょっと贅肉が付いている。貧相な役者か、昔はいっぱしの人間だったという感じ。良家の出だと称している南部人。随分知的な奴だがそうは見えない。
ハゲタカみたいにフィリップのまわりをうろつき、惚けただらしない笑顔を浮かべている。知り合いで最高の奴のひとり。これ以上の仲間はいない。
←気持ち悪いストーカー像以外のカメレアの様子がよくわかる。バロウズが最高のひとりというくらい評価しているのも。
マイク・ライコー 19歳 (←これがケルアック)
赤毛のフィンランド人 商船の船員が汚いカーキを着ている感じ。←これは随分変更を加えてるかな?ただケルアックも元船員なので、軟弱なインテリではなく、海の男っぽいタフさを感じる恰好をしていたんだろうなというのは伝わる。
ジェイニー ライコーの彼女(ケルアックの彼女エディ・パーカー)
実は良家の出 バーバラより広大な西部育ちの雰囲気 背が高くてほっそりしたブロンド 歩き方、悪態のつき方 酒の飲み方も男勝り
バーバラ・ベニングトン フィリップの彼女(カーの彼女のセリーヌ・ヤング) 長い黒髪のいわば社交娘 肌の色は蒼白 不機嫌そうな黒い目 へディ・ラマーに似ていた。
バロウズはウィル・デニソンとして登場する。ただデニソンは各登場人物の描写を書いてくれてるけど、ライコーはデニソンについて書いてないので客観的なデニソン像が無い。
他にもレズビアンのアグネス・オロークや棍棒を借りに来るダニー・ボーマンなど色々な人物がチョロチョロ出てくるけど、物語や事件に特別影響があるわけでもなく、何のために出てきたのか?何のために細かく描写したのか?憶えようとして損した!みたいなキャラがいっぱい出てくる(苦笑)。基本は上記の6人を憶えておけば事足りる。
あと不思議だったのは、この本にギンズバーグに相当する人物が出てこないこと。これはなぜなんだろう?🤔 絶対この時期にこのグループに接触しているはずなのに。「Kill Your Darlings」の世界が全く無いことになっている。
この本は有名作家二人の共著なのにずっと出版されずに伝説の本となっていた。それが2008年に出版される。ルシアン・カーが2005年に亡くなって漸く出版されたという流れ(ケルアックは1969年、バロウズは1997年に亡くなっている)。
バロウズの秘書兼恋人兼遺産管理人のグラワーホルツが著者の代わりにあとがきを書いている。そこではカー&カメレア事件の経緯や、ふたりが執筆に至った経緯、さらには作品の辿った背景、後にギンズバーグがほぼ忘れ去られていた事件についてインタビューで話題にしたことで再び注目され、事件のことを知らなかった同僚たちに知られることになりカーが怒ったこと。それでカー側に付いたバロウズ、バロウズを通してカーと友人になっていたグラワーホルツは著作権侵害訴訟を起こしたりして作品が外に出ないよう尽力し、厳重にお蔵入り。カーが存命中にこの「カバ本」を出版しないという約束をした件などが説明されている。
とにかくカーはこの事件を蒸し返されたくない想いが非常に強かったことが伝わってくるし、バロウズもそこは協力している。殺人経験者二人がガッツリ組んで隠蔽しているところがちょっと怖いかな。破天荒に生きたかった若い時とは真逆の人間になっているカー。単に反省して生き直してる邪魔をしないでくれってことなのか…。まあその気持ちもわかるけど、DVしてたという話を知ると、う~ん、どうなんでしょうね?
本の内容よりはこのあとがきの方が色々と参考になったかな。
あと訳者・山形浩生氏のあとがきもズバッと率直な意見が書かれていて共感する部分が多かった。
これはバロウズもケルアックも人気作家になる前の無名時代に書かれたもので、小説としても稚拙で習作に近いものだと。なぜ出版されなかったかというと、そもそも大した作品ではなかったからとバッサリ!w😆
そこに事件を蒸し返されたくないカーの干渉も入り、存在は知られているが出版されないことでドンドン伝説の「カバ本」になっていったんだと。
バロウズはカメレアに近い人物視点で、ケルアックはカーに近い人物視点で書いている。とはいえ同じ仲間だし、似たような生活してるグループだし、それほど二人の視点に差が無い点も指摘されていた。
そうなんですよね。この前に読んだ有吉佐和子の「ぷえるとりこ日記」は、作者は一人だけど二人の女学生(アメリカ人と日本人留学生)の視点で日記が交互に書かれていて、同じものを見ても全く違う視点や考え方が書かれていて非常に面白かった。そういうものがこの「カバ本」には全然なかった。バロウズのパートは多少客観的&俯瞰的な感じで、ケルアックのパートがより人物の主観的視点で物事を追っている感じの描写、それぐらい。
なので、タイトルのインパクトの強さで面白そうと思って読み始めても、おそらく看板負けしていると思うので、その点は覚悟、承知の上で読まれた方が良いかと思います。私みたいにビート・ジェネレーションに興味があってこそなんとか楽しめるのではないかな?
ということで、とりあえずビート・ジェネレーションの誕生と、カー&カメレア事件についてはこの辺で。
次はケルアックと彼にまつわる関係、特にニール・キャサディという存在について書けたらいいな~と思っています。←面倒くさくなって書かなかったらゴメンナサイ<(_ _)>。
