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そして道は続く

 ふと手のひらを眺める。運命線が濃くなっているのがわかった。手相とは変化するものだ、とかつて人に話したことがあるが、その頃から何年も、私の手相はさほど変わる気配がなかった。同じような生活を続けているのだから、変わりようもないのだろう、くらいに考えていた。

 素人ながら、本でちょっとした知識を得て、それを元に、人の手相を見せてもらっていた時期がある。
 基本の見方を覚えると、つい他の人の手相は実際はどうなのだろう、と考え始めた。
 私の興味はいつも気まぐれだ。


    ✨✨🖐️✨🖐️✨🖐️✨✨


 仕事をしていた頃の話だ。
 取引先の人と仕事の打ち合わせが終わって、お茶を飲みながら歓談している最中、ふと手相のことを思い出した。

「もし宜しかったら、右手の手のひらをお見せいただけますか?」と頼んでみる。
「え? なになに? 手相を見られるの?」
いつもは硬い話しかしない相手が、途端に相好を崩す。

 相手の手のひらを眺めて、徐ろに私は金色のボールペンを取り出す。
 その人の子どもの頃からの育ち方、職業、健康面、金運、人との関係性、直接手のひらに触ると誤解を招くので、持っていた金色のペンでちょっと触れながら解説してみる。この金色のペンを使うのも、本に書いてあったことだ。

 不思議だ。手相にはちゃんと傾向があるのがわかる。
 これは当然のことで、手相の見方を考えた始祖は、統計的にその人の人生と手相を関係づけたのだから。
 これは生年月日を判断の基準とする、四柱推命などの占いと同じことだ。

 手の平の線とその人の印象や言動の傾向を見て、《人》を語る。
 手相は何かあると線が乱れたり、途切れたりする。また線が交わる時は変化がある時だと示す、等々、さほど見方としては難しくない。
 覚えた手相は、右手は現在を、左手は過去を表すという考え方による。



 「で、どうなの?」と相手はそわそわし始める。
手相で見た通りの事柄を話し始めると、次第に表情が変わってくる。
 「小さい頃、親御さんとの縁は薄かったように見えます。ただご自身は理性的で明るく、人との関係性も良く、そうした人からのお引き立てにより、お仕事は順調に推移してきたと思われます。
 経営者の多くの方が持つ運命線は強く濃く、生涯この道一筋で進んで行かれることでしょう。
 金運線は濃く、長く続いて運命線にまで達しています。理想的な資産状況かと」

 たまたま見せてもらった相手は、実際立派な人であり、それを表すかのような立派な手相だと感じた。

「どうしてわかるの? 親は離婚していて、小さい頃から父親とも意見が合わなくて嫌だった。会社を始めたのも、親のようになりたくなかったからだよ」

「そうですか。健康に関していえば、長寿の手相ではありますが、40代で大きな病気をなさったのでは? 線が一旦途切れています。でもそのあとは親指の下の方まで強くはっきりと出ていますから、お元気で長生きなさるように見えます」
「どうして病気したってわかったの〜?!」
仕事先の経営者は、普段の冷静さを失って、大きな声を出された。

 いや、私はどこかの誰かが始めた、統計学上の知識に基づく内容、そのままを話しただけ。

「頼む、見てもらいたい社員がいる。ちょっと待ってて!!」
と社長は言い残し行ってしまった。しばらくすると若い男性を伴って戻って来た。

「個人情報ですから、同席なさらないでいただけますか?」
私は一端のプロの占い師のように話す。個人情報なのかな?  まあ、そういうことにしよう。
「うんうん、勿論だよ。頼むね」と社長は部屋を後にした。

 何のことかわからないまま連れてこられた社員A。私の求めに従って、彼は右手を差し出す。
 社長が連れて来た意味がわかった。彼の手のひらの線は滅茶滅茶だ。おそらく社員として雇ってみたものの、扱いに苦労したのだろう。
 
 こんなことあるだろうか? 生命線も知能線も、運命線も何もない。あるのは手のひら全体にクロスと呼ばれる×のような線が至る所に出ているだけなのだ。
 左手をついでに見せてもらうと、似たようなものだった。さあ、これをどう解釈する?
 
「これまで苦労なさってこられましたね? 家族との関わりがほぼないと出ています。ご自身の健康状態もよくなかった。夢とか希望とか特にないまま、ここまでいらしたのではないですか?」
言葉を出すのに躊躇した。でも他に何も言いようがない激しい手相だ。

 Aさんは顔を上げた。
「小さい頃から引きこもってきて、まともに人と関わってきたことないです」
「この会社にはどうして入られました?」
「縁故で雇ってもらって‥」

 それ以上この人から聞いてはいけない、と思った。それだけで大体の事情はわかる。身の上話を話してもらう必要もない。

「この会社、皆さん良い方ですね。社長もご立派な方です」
Aさんは「‥はぁ」とだけ答えた。

「Aさん、本を読むのはお好きですか?」
「はい。まぁ本だけは」
「そうしたらね」と話しながら、私は金色のペンで知能線の辺りを示した。そこにくっきりと線を書く。実際は全くない知能線が、金色の線になって現れた。

「これからも楽しんで読んでください」と話しながら、線の端は上向きに書く。
「芸術家肌の気質を感じます。この線は上の方に向かって長めに書いてください。そのほうがご自身に合っていると思います」
「え? 書く?」Aさんは驚いていた。

 それには答えず、
「それから今後体調が良いのが一番ですから」
と親指の膨らみに沿って、くっきりと長い弧を描いた。

「社長とのご縁に感謝して、ここの皆さんともうまくやっていってくださいね」
と、薬指の付け根から下に3センチほど太く線を書く。太陽線と呼ばれる、人気運を表す線だ。
「仕事が楽しくなるには、人との関わりが大事ですからね」

「沢山お給料をもらえるように頑張って働いて、お金も貯めましょう」
と小指の下に長く線を伸ばす。金運線。

「それから、もしあなたが、人に雇われるのではなく、今後自分で仕事を興そうと望む気持ちが少しでもあるのなら、この手の真ん中、手首に近い側から、上に向かって、中指の下までしっかり線を書いてください」
「え、何故?」Aさんは目を丸くする。
「あなたがそれを望むなら、です。運命を変えるのは、いつも自分です」
 本当にまるで私は一端の占い師のようなことを話す。こんな事まで口から出るのだ。全くの素人なのに。
 私って詐欺師っぽいぞ、とふと思う。

 ただその時は、慌ててAさんを連れて来た社長の顔と、目の前の不安気なAさんの役に立ちたい、と思った。そういう気持ちにさせるほどの、深刻な様子の手の平だったのだ。

「手に書くのは、いつも眺められるからです。会社の壁にも、社訓や目標が書いてあるでしょう? 心掛けることややり遂げたいことを毎日眺めることで、人はそっちの方向に進むんですよ。
 だから、『自分がそうなりますように』って、願いながら手に書くんです。紙に書いて壁に貼る代わりに」
「ふうん、そっか‥」
 Aさんは何だかよくわからないことを、初めて会った私に言われたというのに、なんとなく納得していた。

「これからやりたい事がたくさん出てきますよ、きっと」
 私はにっこり笑って、もう一度線の意味と書き方を教えた。教える立場ではないけれど、とにかく教えた。

「この金色のペンあげるから、毎日書いてみて」
「どうして金色なんですか?」
「縁起良いじゃない? それに黒だと目立ちすぎるし」
「ふうん」
「さあ、お仕事頑張ってくださいね」

 Aさんは部屋から出て行って、 しばらくして社長が戻って来た。
「ありがとう。何だかあいつ笑ってたな」
「きっと大丈夫ですよ」

 社長から、Aさんを親戚筋の縁故で雇ったものの、接し方に苦労していた話を聞かされた。あの激しい手相を見た印象は話さなかったけれど、
「きっと大丈夫ですよ。こんな風に生きられるといいね、って話をしてみました」

 社長には健康面だけアドバイスした。もう一本金色のペンを持っていたので、それで途切れた線を繋ぐように、そして健康でこれからもお仕事できますように、と生命線を親指の下の方までくっきりと書く。
 Aさんに話したように、手の平に書く意味を伝える。

「何だか凄く良い話が聞けて面白かったなぁ。彼のこともどうもありがとう」
と社長は笑った。

 次に用事があって、その会社に伺った時、廊下でAさんにばったり会った。
 Aさんは頭を下げ、少し恥ずかしそうに、こちらに右手の手の平を向けた。
 手相のお手本のような、見事な金色の線が書かれていた。
 きっと彼は大丈夫。


 さて、そんなことをしばらく気分転換でやっているうちに、人伝に話は広がり、少し評判になってしまった。
 本社の役員にまで話が伝わり、たまたまあった食事会の席で、頼まれて会長や社長の手相まで見ることとなった。
 多くの社員の上に立つ厳しい経営者も、手の平を見られる時は、モジモジと恥ずかしそうな顔をする。
 会長や社長、素晴らしい人生の線が表れていた。会長の趣味を当てて驚かれる。知能線に芸術家の傾向があり、とても太く強い線だったからだ。

 そんなこともあり、食事会の最中、私のテーブルの横には手相を見てほしいと希望する社員が並んでしまった‥‥ただで見てもらう手相、それは楽しいことだろう。
 前菜だけは口にしたが、おかげでフランス料理のフルコースを食べ損ねた‥‥

 面倒になって、手相を見るのはこれを機にやめにした。
「占い師でもやっていかれるよね!」と何人からも言われたのだが、勿論転職はしなかった 笑

 人生の中で、何か転機を迎えることがあるならば、それは理由があり、何もしないまま、いきなりそこに至るわけではない。
 努力、興味、才能、人との縁、運、全てが絡み合いながら、運命は少しずつ変わっていく。


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 noteを始めてから数ヶ月経ち、いろいろ思うこともあり書くのが辛くなり、もうnoteはやめてしまおうかと思ったことがあった。ふとコメント欄にそんな弱音を書いたところ、作者からコメントをいただいた。

 noteをやめることに関してどう思うか、とか、やめない方がいいとかいうアドバイスではない。
 コメント欄三面にわたって『人間らしい創作」として私の記事論をまとめたコメントをいただいたのだ。

 あれほどの情報量の記事を毎日投稿され、記事以上あるのではないかというコメントを返信される中、私の書いたものを読んでくださっていたという事実。

 本当に驚いた。私が書こうとしている《何か》、それが自分自身ですらよくわかっていなかったのに、それを読み取って、論説してくださった。
 元々凄い人だとは思っていたが、想像を遥かに超えている。


 人を慰めるのに、慰めの言葉を使わない。
 この場合、『私が書いたものの価値を認める』という文章によって、この方は私を動かしたのだ。
 真の知性はこういう場面で現れる、と感動した。

 難解で専門的な記事をお書きになるが、質問すれば、申し訳ないほどの詳細な解説をしてくださる。ましてや有料記事ではない場である。

 知識を惜しみなく与えてくれる、この方の親切について、『それはおそらくホスピタリティである』と紹介させていただいたことがある。
 これを書いたのは、私がまだnoteを始めて日が浅い時期で、誠に拙い記事であった。またいつかバージョンアップした内容で、この方の凄さをご紹介する記事を書きたいものだ。
 知性で人を動かす、改めて凄い事だと思う。

 

なお、書いた内容がお気に召すと、返歌のようにご自身の記事で返してくださる。

 大変光栄だ。永久保存版として神棚に奉っておきたい。
 
 
 長い間私は、1文字も書きもしないのに、『いつか私は書くはずだ』と根拠もなく思っていた。
 『誰かに向けて書きたい』と願ってきたことは現実化して、今も私は書いている。
 途中で止めようとした時の、あのコメント欄で書いていただいた内容に報いる為にも、今後も書いていこうと思う。
 この方は、既に沢山の望みを叶えられていると思われ、手相で目標を掲げることなど不要であろうけれど、今後のお仕事の為に、運命線を太めに、中指のすぐ下まで太く濃く書くくらいだろうか。あと生命線も。目は使いすぎのはず!!!



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 私の手相は、仕事を辞めた年齢辺りから計算される、運命線の位置、数年間分は途切れてぼやけていた。
 その後のことは特に深く考えていなかったし、金色のペンで書くことなどすっかり忘れていたけれど、今その線は濃くはっきりと中指の上まで繋がっている。手相は変わるのだ、と初めて実感する。
 書くことは、私の現実の生活を変えたのだ。

 退職した時に途切れたと思った運命線は、こうしてまた繋がり、まだまだ続く人生を指し示す。



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 また、noteで知ったある人は、『人の記事を読む、感想を書き、それをまとめて通信とする』数年間のこの地道な活動が共感を呼び、口コミならぬ記事コミとして広がり、700人を超える大きなまとまりとなり、この活動は評価され、昨年の創作大賞ベストレビュアー賞に輝いた。
 そして、99人の路地裏仲間の記事を集めた4冊の電子書籍が発売されたのだった。


 また先日、ラジオ番組に出演される運びとなり、その長きにわたる活動を語られた。



 note内にエンターテイメントを生み出した功績は大きい。
 決まった期間の中で、コミュニティの合言葉に#を付けて投稿すれば、回収してくださる。
 投稿されたその全員分の記事を読み、感性と愛情とユーモアを込めた感想を加え、憂鬱な月曜日に元気の出るような通信を出してくださる。半端な気持ちではできない作業だ。地道すぎるこの活動に頭が下がる。

 編集作業は週に数十時間かかるという。
「目から血が出るんじゃないかと心配になる」、とラジオの共演者は語った。

 もうこうなれば、それは一つの人生の形だ。自ら立ち上げ、関わる人たちからの共感で記事コミは広がった。

 おそらくこの方の右手の太陽線は太く、濃く、長いだろう。
 ペンで書き足すまでもなく、既に自ら歩み出し、変化させ、パワーを増幅させ、継続している。

「これからどこへ向かうのでしょう?」とコメント欄で質問した事がある。その返信は、

Violaさん。

どこに向かっても結局は「なんのはなしですか」で終われるのがポイントです笑

最終的にブームが去り、一人になって人生終える時に呟くのがゴールかなと思っています笑


 肝が据わっている。
 揺らぐ事なく、この人生に対する覚悟ができている。そしてこのムーブメントを面白がっている。
 良い人生だ。
 

 目から血が出てはいけないので、生命線だけ太目に書いておくといいんじゃないかな? と今度お伝えしておこう。金ペンでね。


                —完—



あとがき】
 「未来をより良く変えていく為に、望むことを叶える為に、実際に手相の線がないのなら、自ら書いてしまえばよし」
という、ユニークで前向きな思考の上に考案されたと考えられる、手相の見方について。

 これはたまたま雑誌に載っていて、私が面白がって覚え、趣味として応用して実践したのだった。

 その雑誌は『ゆほびか』(当時はマキノ出版より刊行)。健康やスピリチュアルについての内容がメインの興味深い雑誌であった。
 忙しく働く中、ふと目に留まり、健康管理の為に継続して購読し、随分役立ってくれた記憶がある。
 この手相についても、私の生き方に随分手を貸してもらった気がしている。
 金ペンは箱買いし、全て手相を見た人に差し上げた。プレゼント好きなもので。





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