ルイーゼさんとハンナさん〜時代の波に呑み込まれた、禁断の愛を語る〜
Vの家、ルイーゼさんとハンナさんは、今日も皆が留守なのを見計らって、二人でお喋りをしている。
H:「やっと少し涼しくなってきたわね〜。雨の朝なんて寒いくらいよ」
L: 「Vさん、あの6月の猛暑の頃、昼寝してたら、久しぶりに夢を見たのよ。劇的な恋愛の」
H: 「『暑すぎるから、家の中で静かにしているしかない』って、ソファにひっくり返って本読んでた日ね?」
L: 「暑かったもんね〜あの頃。Vさん、バテてたから早く寝るようにしてたけど、暑くて眠れなくて、諦めて夜中に本読んでたわよね」
H: 「何読んでたんだっけ ? Vさん、持ってる本は読み尽くして、別のが読みたいっていつも喚いてるじゃない?」
L: 「それがさ、Oパパが借りてきた本で、ラストまで読めずに積んであったのがあったじゃない。分厚い上下巻の」
H: 「あ〜『プラハの春』!」
L:「厚いのよ。そして、チェコスロバキアやドイツの歴史と当時の政治情勢がびっちり。
Vさん、近代史苦手だからさぁ‥‥この本、歴史の教科書よりもリアルで重厚で詳細なのよ。
情勢の記述を読み飛ばしたり、没入できなくてサラッと読んじゃうと、その後結局『訳わかんなくなった💦』ってなるのよ。
そこを理解しないと、登場人物の動向や背景も微妙に分からなくなるから、結局戻って読み直したりね。だから、まぁなかなか進まなかったこと!」
H: 「今のプラハがいくら好きでも、ソ連に軍事介入された頃の状況を慮るのはキツいわよね〜」
L: 「作者の春江一也氏は、1968年にチェコスロバキア日本国大使館在勤中に「プラハの春」に遭遇して、ソ連軍侵攻の第一報を打電した人なのよ。激動の時代を目の当たりにした人。
その外交官としての体験をもとに書いているから、ものすごくリアルで、ドキュメンタリーみたいなの。
物語にはそこに生まれた劇的なラブ・ロマンスが描かれてるんだけど、もしかしたらその部分もノンフィクション? って思っちゃう見事さなのよ」
H: 「え〜と‥‥この物語の主人公は、共産党支配体制下の社会で外交官として働く堀江亮介、在チェコスロバキア日本国大使館二等書記官、27歳、シュッとしたハンサム、クラシック音楽、オペラが好き。
亮介は初めての在外勤務、沢山の仕事を抱えていたんだけど、仕事の一つにクーリエ(外交文書を運ぶ仕事)という任務があったんだって。
ウィーンの日本大使館まで、「パウチ」って呼ばれる東京の外務本省宛の外交行嚢を送り届けて、帰りは本省から送られてきた大使館宛のパウチを持ち帰るお仕事。
パウチは当時安全の為に、西側諸国にある大使館を経由して送られたり、受け取られたりしていたの。
外交文書を狙う諜略やスパイ工作の危険を想定して行動するから、緊張するお仕事だったんだって。
社会主義国チェコスロバキアへの国境を越える時は、警備がものものしいから、大変な圧迫感だったみたいよ。
ヒロインとの出会いの運命の日、その日はクーリエじゃなくて、たまたま四日間の休暇の帰りの出来事だったの。
亮介はウィーンで美術館、博物館、夜はオペラに通って、必要な食品なども手に入れて、ご機嫌でチェコスロバキアに帰国。
国境の管理は厳しくて、チェコスロバキアに入国する人よりも、自由を求めて西側に脱出しようとする人を阻止するのが狙いだったの。多くの人々が共産党の独裁と偏狭な抑圧に反発していたから。
国境の厳しい警備を見て、亮介は華やかなウィーンで過ごした楽しい気分がすっかり醒めたのよ。
そこからプラハまでは350キロ、雨の中車を走らせた亮介が一休みの為にパーキングエリアに入ったところ、停まっていた東ドイツ製の車から美しい女性が降りてくるの。「バッテリーがあがってしまった」と助けを求められたわ。
彼女はカテリーナ・シュナイダー、東ドイツの人で、プラハのカレル大学でドイツ語の講師をしている、と。
亮介は自分が日本大使館職員であることを告げたわ。カテリーナはそれを聞いて緊張するの。
当時、社会主義国では[西側の外交官はスパイ]という教育が行われており、とりわけ東ドイツでは厳しい隔離政策が取られ、当局の監視網が張り巡らされていたし、更に日本と東ドイツには国交関係がなかったのよ。
日本だけではなく、アメリカ、イギリス、フランスをはじめ、西側諸国の殆どが西ドイツとは特殊な関係を発展させていたけど、東ドイツの存在は無視していたような状況。
だから、カテリーナが亮介と関わったのは、非友好的な外交政策をとる国の外交官と接触したってことだから‥もしスパイの嫌疑でもかけられたらどんなことになるかわからないからね。怖いわね〜
結局、車は動かなかったので、亮介はカタリーナと車に乗っていた娘のシルビアをプラハの家まで送り届けたの。
亮介は親切で、ドイツ語も堪能だったので、親子は安心して打ち解けたわ。
後日、カテリーナはお礼の手紙と品物をシルビアに届けさせ、その後も何度か会う機会があったの。亮介はカテリーナのトラブルの折には進んで手を貸し、いつしかお互い惹かれあうのよ。
カテリーナは反体制活動家で、東ドイツからプラハに追放された立場だったのよ。プラハでは常にシタージ(東ドイツ国家治安省の要員)から監視されたり尾行されていたの。
出会った日、亮介はカテリーナとシルビアを車で自宅に送ったのを監視していたシタージに見られ、おまけに大使館員だから、関係性を疑われて、尾行されたりするのよ。
カテリーナは東ドイツからは執行猶予中の扱いであったけれど、やがてプラハでラジオ番組を持ち、国民に影響力を示すようになって、更に危険人物として厳しく監視されるようになるの。
でも彼女の愛も、反体制活動家としての情熱ももう止められなくなっていったのよ」
(ルイーゼ、ここで喋り疲れる)

※上巻465ページ、下巻459ページ。
チェコスロバキアは共産主義の抑圧から脱し、経済改革と自由化への気運が高まっていた。
上巻では亮介とカテリーナの偶然の出会いの直後から、二人の置かれた立場ゆえに不穏な空気に包まれる。カテリーナの弟がオーストリアに亡命しようとして国境警備隊に射殺される事件も起こる。二人の愛が高まると同時に緊迫感も増す。
下巻ではソ連の軍事介入、美しいプラハの街がソ連軍装甲車によって悲劇と混乱の坩堝となっていく。
その中で二人を引き裂く悲劇が起こる。
H:「‥‥歴史が重いわ‥‥重すぎるわ」
L: 「もうね、この本はVさんの記事ごとき(「ルイーゼさんとハンナさんシリーズ」は中でも軽い)で話題にするのには、重厚過ぎて畏れ多いから、この辺りで終わりにするわね。
喋り疲れたわ。ゼーハー😮💨
Vさんは物語の本筋を読みながら、背景の歴史の流れ全体を把握しようとしてたけど、もう重すぎて途中で何度も挫折したのよ。でもプラハに興味があるから、諦めきれずに、少しずつ何度も何度も読んでたの。
Vさん、以前もドイツの物語を読んでどんよりしてたわ。近代史は読むのが辛いって。
我がドイツの歴史、言葉にできない重さだからね‥‥」
H:「で、今回も私たちのシリーズってことは、Vさんの夢のお話でしょ?
重厚な本を語った後に夢の話。軽いわね〜💦
久しぶりの恋愛要素の夢、とうとう見たのね」
L:「そうなの。で、6月後半の二週間のあの熱波‥‥!猛暑日続きのある日、朝8時頃から一気に気温が上がって、夜も真夜中まで30度超えしてた日があったの。
外が暑すぎて出かけるのは危険と判断して、勿論犬のお散歩にも出ないことに決めたから、一日かけて『プラハの春』を一気読みしたのよね」
H:「Vさん、暑さで判断力もなくなってたのね。あの内容と長さを一気読みって、普通の状態じゃないわよ‥‥」
L:「窓のシャッターを閉めた薄暗い中、サーキュレーターを一番強くして上下左右にブンブン回して、その中でじいっと静かにしている以外なかったのよね。確かにじいっと読書でもするしかなかったのよ。エアコンがないって、怖いわよね〜」
H:「で、下巻の二人の関係‥‥二人の立場は危うすぎて、引き裂かれそうになるけれども、激しい愛はもうどうにも止まらない‥‥そして衝撃の悲劇的なラスト」
L:「もうさ、この国の歴史の重さだけでも頭がパンクしてたのに、あのラストがね‥‥辛いわ〜」
H:「Vさん、午後3時頃に読み終わって、ソファにひっくり返って、夕方まで寝ちゃったのよ」
L:「で、暑い空気の気怠さの中、夢を見たと」
H:「そうそう。歴史の闇の中に葬られた、亮介とカテリーナの愛の悲劇の丸パクリみたいな夢を見たのよ」
L:「‥‥丸パクリ‥‥暑さで頭がおかしくなってた上に、無理して一気読みした内容が激烈すぎたのね」
H:「で、夢の主人公の設定は物語そっくりで、プラハが舞台で、Vさんはカテリーナ(35歳くらい)よりも少し歳上の大学の講師、相手の外交官は物語と同じ27歳、シュッとした面差しの亮介とはイメージが違って、○ャニーズ顔だったんだって」
L:「‥そこでVさんの好みが出たか〜(^○^)
元○ャニーズの誰?」
H:「○ッキーと○越くんの顔を混ぜたみたいな可愛い系の顔だったって。小柄で。典型的よね」
L:「相手が年下すぎて、夢の中で罪悪感があったらしくて、亮介とカテリーナの激しいラブシーンみたいな状況は避けたらしいわよ。Vさんらしいわね〜」
H:「そういうとこが、お嬢ちゃんよね〜」
L:「夢の中くらい、何しても誰にもわかんないのにね〜笑」
H:「着ていた下着はすごく素敵だったみたいよ。豪華なレースをあしらった、グレーのシルクのキャミソール、ブラとショーツのセット、夢の中で着心地良かったらしいわ」
L:「着てたのね〜脱がずに 笑」
H:「着てたのよ〜笑」
L:「夢の中で、本で読んだままの歴史の渦に巻き込まれたけど、悲劇的な幕切れの前に、目が覚めたらしいわ」
H:「まあ、そのあたりで目覚めて良かったわね。読んで衝撃を受けて、いくら夢でも恐怖を味わうんじゃね」
L:「Vさん、プラハの街が大好きなんだけど、本を読み終わってから、それまでみたいに、『プラハが好き』って気軽に思えなくなったのよね」
H:「ドイツの近代史絡みの本を読んだり、博物館に行ったり、ドキュメンタリー観たりした後も、考え込んじゃってたわよね」
L:「平和な時代の日本に生まれ育ったんだから、仕方ないわよ」
H:「プラハに行った時、スメタナホールを見学した時も、《プラハの春》の歴史を感じる、と感動していたけど、実際はそれに関して知っていた歴史なんてゼロに近かったのだと、この2冊の本に打ちのめされたのよ」
L:「詳しく知れば知るほど、その旅先の街の見方が変わるわよね」
H:「あの夢はVさんがこれまで見た夢の中でも特別で、読んだ本を追体験したみたいなものね。恋愛部分はマイルドにし過ぎてたけどさ」
L:「Vさん、頭の中が浮世離れしてるって、身内で有名だからね〜」
H:「ま、いいんじゃない? そういう人だから私とルイーゼさんを家に連れてきたんだし」
L:「そうだったわね〜(^◇^;) 恩人だったわ〜!
他のお人形さんたちも幸せそうにしてるしね〜」
H:「劇的なラブ・ロマンス要素は、どうせ頭の中にないから他の人に任せて、近代史はもうちょっと勉強し直して」
L:「小説は書けないわよね〜ラブ・ロマンスも歴史物も。
Vさんが書けなくても、ご縁のあったドイツ生まれの私たちがお喋りするから、それでいいわ」
H:「Vさんはそれでいいわよ〜♪
で、ゆるゆるマイルドな夢を見てればいいの」
—了—
【あとがき ネタバレを含みます】
コメント欄にて、この(亮介とカテリーナの)二人は最後にどうなったのか」とAmachaさんからご質問をいただきました。
ネタバレになるから、と思い、本文には書かずにおりましたが、この大作「プラハの春」の結末こそがこの時代の奔流であることを改めて思い、このあとがきに簡単にまとめることにしました。
とてもまとめ切れる内容ではありませんので、ご興味のおありの方は、「プラハの春 上下巻」でじっくりお読みください。
カテリーナはプラハ国際放送のラジオ音楽番組のナビゲーターを行って、政治的メッセージを発信していた。番組が中止されてからも、地下放送を続けていた(プラハ城を中心に地下に四方八方に広がる地下道は、中世から17世紀に造営された。ナチス占領時代、ゲシュタポにも発見されず、レジスタンス運動の武器となった)。ロシア語でソ連軍兵士たちに語りかけるカテリーナの言葉は影響力があり、放送は妨害されることが常だった。
「モスクワ議定書」が出され、地下放送、地下新聞に関わった人々が一切逮捕が始まった。
カテリーナを国家反逆罪容疑で指名手配する緊急指令が、既に東ベルリンから届いており、東ドイツの特務機関員ヘス(東ドイツの表組織シタージに対立する、裏組織の東ドイツ特務機関がある。ヘスはかつて殺人を犯した上で、政治的影響を持つカテリーナを拉致する政治テロを起こし、シタージとチェコ当局に逮捕されていた)釈放され、カテリーナを追っているという極秘情報が届く。
「モスクワ議定書糾弾青年集会」が旧市街広場で開催され、夥しい数の若者が沈黙の抗議を続けていた、ソ連警備部隊が解散させる為に実力行使しようとした時、カテリーナはロシア語で抗議の演説を行う。熱意あるカテリーナの言葉はソ連軍兵士たちをたじろがせる。
シタージもカテリーナを見守っていたが、いよいよカテリーナを捉えるために接近しようとしたその時、老婆に化け市民の人垣に紛れていたヘスが突進し、至近距離からカテリーナを狙撃する。
カテリーナは銃弾二発を頸動脈に打ち込まれ、亮介の腕に倒れ込んで絶命した。亮介はショック症状で錯乱し病院に運ばれる。
狙撃したヘスはチェコ保守派公安要員の手引きで逃亡。シタージですら追求できない策略の闇に隠された。
マドンナと呼ばれ、多くの人に影響を与えた活動家カテリーナ。その遺体は東ドイツ大使館に引き渡され、当局によって司法解剖された。故郷の母と娘の元へ無惨な帰郷をする。
抗議集会にカテリーナの参加を呼びかけた学生運動のリーダー・ヤンは、数ヶ月後、ソ連軍巡視隊の前で抗議の焼身自殺を行う。ヤンの行為は共感を生み、ソ連の横暴に対する怒りはデモなどの行動となった。ソ連の崩壊後、ヤンの名誉は回復し、劇場前の広場にヤンの名前が付けられ、歴史に名を留めた。
亮介はカテリーナの死後、苦しみながら呻き続けながら生きていた。
ヤンの悲報を知り、祖国と民族の為に戦ったヤンを思い、電信室に閉じこもって泣く。カテリーナに対する想いはこの日を境に吹っ切った。
亮介は平成四年に本省に復帰、海外広報に関わった後、外務省で国際環境保護条約を担当、また国際会議の為、月の半分は海外出張している、と結ばれている。
