ある女Vの疑念
『‥‥イメージが違う』ある女Vは、その写真を眺めて、腑に落ちないものを感じた。
Vはそれまでの人生経験で、人相や手相というものは、ほぼほぼその人のリアルな姿と一致すると感じていたからだった。
「人は見た目9割」この手の本は、タイトルだけ見て、『知ってる』と思い、読みもしなかった。何なら、見た感じに加えて、目つき、話し方などを加えれば、9割9分だとすら思っていた。
髪型、化粧、洋服の着方は経験で変えられるので、100%とはいえないだろうけれど。
それでも、Tシャツ一枚取ってみても、こなれたTシャツの所ジョージ、ブランドTシャツのセレクトショップのお兄さん、沖縄の足元は魚サン&Tシャツ姿の人、紅白初出場なのに白Tで現れて、後で和田アキ子から「紅白なめんなよ」と叱られたTUBE、白Tであってもそれぞれ大違いなわけで、どこかにごまかしきれない生き方や素性は表れる。
さて、写真である。
Vが眺めていたのは、SNSの投稿サイトNの記事だ。
ある男K氏が、コメント欄で、
「私は時々顔出ししています 笑」と書いてあるのを読み、おや?と気がついた。
Vは、それまで読んできたK氏の記事の中で、写真を目にした記憶がなかったので、うっかりアイコンの絵=K氏と思い込んでいたのだった。
まあ、アイコンのように、実際に蛇に噛まれてはいなくても、人物はイメージに近いのだろうと。
K氏の過去記事の中で、Vは読んでいなかった幾つかを選んで読んでみたところ、あったあった。若い頃の写真のようだ。
目がギョロッと大きく、はっきりした顔立ちだ。
『おや? 文章とイメージが違う‥‥』
しかし、アイコンの絵と比べると近い‥? 近くもない気もするが、絵なので。
他の記事でも同じ人物の写真であったから、間違いないと納得することにする。
Vは、このサイトに投稿する人々が、どんな顔をした人なのか、特段興味を持ったことがなかった。たまたま「顔出ししている」と書いてあったので、そういう人もいるのか、と思ったまでのことである。
K氏の写真を見て以降、Vには妙な疑念が湧いた。
『文章って、その人自身が表れるのに、この人、違う気がする』
K氏が文章やコメントのやり取りで使う言葉は、ユーモアに溢れ、おっとりとして温かく繊細だ。人の書いたものを語る視点も、実に奥深い味わいがある。
その写真の人物は、投稿サイトに小説を書くタイプには見えず、本を読むのが大好き、という印象も感じられなかった。
[かなり好みのタイプ]の女性が多いのは、まぁわかる気はした。
K氏は、大正〜昭和の文豪の作家の作品が好きなようであるし、自分の作品を書くだけではなく、主催する集合体の人々と関わりを持ち、送られてくる彼らの記事をまとめ上げ、更にそれらに一つ一つ丁寧に批評を加えた、膨大な通信を発行しているような人なのだ。
写真の人物は、そういう活動を自ら発信するタイプには見えない。
顔立ちは女性ウケする感じだけれども、一般女子とごく一般的な付き合いをしている感じでもなく、気の良い面白そうな人ではありつつ、何となく風変わりな空気も滲んでいる。
「仲良しの男友達とつるむ方が楽しいや、俺」という顔だ。何となく。
しかし、私の長年の経験といっても、関わった人物には限りがある。例外はあっても不思議はない。
写真の人物が、年齢を重ね、雰囲気とは別の趣味を持ち、実は静かにカフェでコーヒーを楽しみながら、様々な人の文章を楽しむのに歓びを感じる人であっても、不思議はないのだ。
文章を書くのが好きだから、人の文章に対しても誠実に向き合い、コツコツとまとめ上げる、一人の時間を大切にしている人。
自分の作った世界、そこに関わってくる人たちとの付き合いを楽しみ、自分の決めた役割を真っ当する人生を選んだ人なのかもしれない、とVは思い直した。そうだ、きっとそうに違いない。
と、ここまで考えたVであった。Vはそのように、読んではいたにも関わらず、K氏が創り出した集合体に足を踏み入れたかというと、そういうわけでもなかった。
アウトローを自負するVは、集団が苦手であり、長年会社勤めをしていたものの、20年以上『私は何故ここにいるのだろう』と考え続けたようなタイプだ。
頭の中ではいつもふざけたことを考えていたが、それをうっかり口にすると、周囲が感じるVのイメージと違う為に、戸惑われたり、違和感や変な好奇の目で見られるので、極力イメージ通りの行動を心がけていた。
話の合う同類の友人はいたので、その場合だけはふざけ倒した。
公にふざけるのを控える生き方をしていると、集団は更に苦手になる。また一人で過ごす時間がないと駄目な気質でもある。賑やかにワイワイするのは避けたい。
K氏が投稿サイトの中に創った集合体は、自由に出入りも許され、何を書いてもOKだと明記されている。
だからといって、Vは『自分はノリが違う』とか、『異分子が踏み入って迷惑をかけてはいけない』とか、Vなりの気遣いをする為、なかなか入っても行かれないのだった。
たまに近寄って覗いてみたり、中にいる人の記事をツンツンと突いては、速攻で自分の世界に逃げ帰るような関わり方に留めていたのだった。
それにやはり、自分なりに納得したとはいえ、読めば読むほど、あの写真の人が書いているとはどうしても思えない、という疑念がチラついているのだった。
嫌という訳ではない。昔からの経験で、違和感があるというのは、必ずそこに何か理由があるのだ、という確信のようなものが、Vに一線を引かせるのだ。
Vが投稿サイトを始めてから、7〜8ヶ月目のこと。ある日、疑惑は簡単に晴れた。
K氏は、集合体メンバーとリアルに集まる会の計画を立て、またそのうちの一人との縁から、ラジオ出演の機会を得た。
そんなこんなの賑わいの中、K氏が改めて記事の中で顔出しをしたのだった。
それを見たVは、
『‥‥文章そのまんまの人じゃん💦』
と、自分の勘違いを知り、衝撃を受ける。
真実のK氏の写真を見る限り、いかにも文学好きな、おっとりと優しそうな人だ。文章の中で選ぶ言葉もそのまんま、この人のイメージだ。
若い頃から師と仰ぐ人との熱い関わりも、この人ならそうするのだろうな、と納得がいった。
じゃあ、最初にVが見た写真の人は?
‥‥お友達P氏。
K氏が記事の中でしばしば語る友人P氏。
こちらも見たまんまじゃん!!!
そう言えばP氏の隣にふわふわした髪の人(K氏)が写っていた気もする‥‥
『だってあの写真の中に、お友達Pって説明が書いてなかったし、そのお友達のことを書いた記事じゃなかったんだから、ど真ん中に写ってる写真なら、ご本人だと思っちゃうじゃないのよ( ⌯᷄௰⌯᷅ )💦』
とVは声を大にして叫びたかったが、勘違いが恥ずかしすぎて、誰にも言えなかった。
K氏が応募企画に投稿した小説を読んでは、ご本人が溢れている‥‥と更に納得したのだった。
大勢の知らない人たちと会うのが、得意そうには見えないK氏が、渋谷の楽しいオフ会の後、開催までの緊張や疲れがどっと出たようで寝込んだ、という記述を読んでは、『そうでしょうとも』と、この人らし過ぎるエピソードに、更に更に納得したのだった。
ラジオ放送も、後からではあるが聴いてみた。
K氏は、そのまんまの印象の声、そして想像よりも堂々とした語りだった。自信を持って、この集合体の存在を語るK氏であった。
その後、何だかご本人とイメージが合致したせいか、不思議な納得感があり、Vはしばしば、しれっと通信に参加するようになった。
膨大な記事なのに、更に一人分増えてごめんね🙇♀️という気持ちはあれど、あの人なら負担が増えても許されそうだ、という安心感で、ついつい#を付けてしまう。
ちなみにP氏は、K氏に誘われて、
「じゃ、行くよ」
とオフ会に参加された後、読みも書きもされないようではあるが、投稿サイトNに登録をされたと知った。
Vは面白がって、フォローしてみた。
数日後、フォローバックされたのだった🤭
何だかP氏も思った通りの人だと感じたのだった。
—了—
コニシ木の子さんとポップさんのお顔を、何ヶ月も勘違いしておりましたことを、ここに告白致しました🙇♀️
へへっ
