イタリア人おじさんが驚愕! 『日本人女性は怒らない』幻想の崩壊
「あなたが日本人? いや違うでしょ。日本人の女の人はそんな風に怒らないよ!」
バスの検札のおじさんは、私にそう言ったのだった。
夫がかつてイタリアに単身赴任していた時のことだ。娘が受験生であった為に、家族で移住はしなかったが、その代わりに、夏と冬に一ヶ月ほど有休を目一杯使って行っていた頃のお話。
このとき、私たちはヴェネツィアへの旅の前に、ミラノ市街地の観光に行くところだった。ヴェネツィアとミラノは列車で2時間半ほどの距離にあり、観光ルートとしても人気の組み合わせである。
バスに乗り、刻印機に回数券を入れようとしたが、紙が柔らかくなっていた為にうまく入らない。
これには理由がある。夫はうっかり回数券をポケットに入れたまま洗濯したのだ。買ったばかりで捨てるのも勿体ないからと、乾かしてアイロンをかけてシワを伸ばし持っていたのである。
「あれ? 入らない!」と夫が試し、私も試し、そうこうしている間に、隣のバス停に着いてしまった。夫の家の近くの停留所から、次の停留所までは、とても短い距離だった。すぐそこに見えているくらいの近さ。
運悪く、その停留所には検札の人が2人待っていて、ドカドカと乗り込んできた。
夫はすぐに事情を話す。相手は、
「駄目だ。刻印していないのだから。回数券を洗濯したのはあなたの責任だ」の一点張り。
すぐ近くに座っていた人が、見るに見かねて、
「この人は前のバス停で乗って、刻印しようとしていましたよ」と助け舟を出してくれた。ありがたかったが、検札にとって重要な事は、その時に刻印がしてあるか否か、それだけだ。全く融通は効かない。
バスから降りるように指示された。夫は深い溜息をついてがっかりしている。罰金30€。これから旅に出る高揚感がぺちゃんこになった様子だ。
今ほど円安ではなかったにせよ、まだ夫は若かったから、給料も今よりもずっと安かった。長い旅行には費用がかかるし、30€は痛手だ。それもこんな事で使うのは、買い物や食事で使うのとは気分が違う。
バスの外に出て、夫は一人の検札と話しながら手続きをしている。私のそばにはもう一人の検札のおじさんが。
暇そうにしていたので、話しかけてみた。その人は先程も英語で話していたので英語で。
「私たちが刻印ができなかったのは事実なのだから、罰金は支払いますよ。でも酷くないですか?」と。
検札のおじさんは、先程の話を繰り返した。
「刻印ができなかったのだから、罰金を支払ってもらうだけのことですよ。」
鼻で笑われた。ムカついた。
「もし日本だったら。こんな事はあり得ない。そもそも洗濯してしまった回数券だって、事情を話せば取り替えてくれるし。さっきそばで見ていた人の話を聞いたでしょう? 私たちは刻印をしようとしていたけれど、ここの停留所まで近すぎて間に合わなかったんですよ!」
本当に、こんなに近くなくてもいいのに、と思う程の近さなのだ。腹が立つ。もう少しゆっくり時間をかければ、刻印機に差し込めたかもしれないのに。
喋れば喋るほど、頭にきて、口調が荒くなった。
すると、その人は、
「あなたが日本人? いや違うでしょ」と言うのだ。
「日本人はそんな風に怒らないよ。日本人の女性は大人しくて穏やかだ。あなた、日本人じゃなくてK国人でしょう?」
「はあ? 私は日本人ですよ。あなたの知っている日本人は、たまたまあなたに対して怒る機会がなかっただけでしょう? それか英語で怒れなかっただけでしょう? それに、そんな言い方はK国人に対してだって失礼よ!」
エスカレートする。私自身もK国の女の人の怒り方は激しすぎて好まない。私は、あんなに噛み付くような物の言い方はしていない。しかし、この場合はアジア人への差別だと感じ、言うだけ言わないと、という気になっていたのだ。
日本人の女の人は、大人しく、たおやかで、控えめで、優しくて‥‥彼の頭の中の日本の女性はこういうイメージだろう。議論を交わすような機会もなかっただろうし、少なくとも、言いたい事をはっきり言うイメージはなかった筈だ。
おまけに私は[英語で怒る]ことは学習済みだった。
英語の個人レッスンを受けていたが、遅刻魔で怠け者の講師にクビを申し渡した経験だ。
遅刻などの理由をいくら告げても、楽をしてレッスン代が手に入る私の個人教授継続を望む講師は、
“ No Idea💦 (わからない)”を繰り返した。
なので怒った。言うべき事は学習済みだ。この個人レッスンは、テキストを使わず、私が喋りたいテーマを決めて、ひたすら喋り、講師は間違った表現や発音を直す。充実した内容にしたいなら、私がいかに事前に勉強しておくかにかかっている。また、予習したところで、相手の返事によって内容がどんどん変わるので、冷や汗をかきつつ、必死で沈黙の状態を作らないように喋るのだ。
講師にとってはこんな楽なレッスンだったのに、あやつは怠けたのだ。会話の内容も適当になっていき、表現や発音の修正なども減っていった。私が上達するにつれ、それがわかるようになったのだった。
最後に、「どうしてわからないの? あなたはね‥‥」と始め、一通り怒ってみた。
[はっきり怒りの感情を込めて、言うべき事を告げる]
これが最後のレッスンとなった。ちゃんとこの日もレッスン代は支払った。
「他の人からそんなこと言われた事ない‥」と愚痴るので、「思っても言わないだけじゃないの? 日本人だから」と答えておいた。
後日、紹介してくれた人に事情を説明したところ、「あいつ馬鹿だな〜💦ごめんね」と謝られ、代わりにとても真面目な人を紹介してくれたのだった。
お調子者の馬鹿な奴だと、周囲の人は勿論知っていたのだ。
[英語を話す外国人(日本語喋れず)]に対して、大抵の人はちょっと気後れする。怒る機会などなかっただろう。
おまけに英語を話すことだけでカッコいい! 、と講師を持ち上げた、英語コンプレックスの日本人の奥さんたちは甘すぎたのだ。
このバスの検札の人に対して、理不尽さの怒りをぶつける場面で、ちゃんと怒れたのはこのレッスンの賜物だ。怠け者であってくれた講師に、ほんの少しだけ感謝する。
[怒る機会を私に与えた]という点において、彼は役に立ったのだ。
夫が違反の手続きが終わって振り向いた。私の様子を見て、慌ててやって来て、
「やめてやめて💦もう仕方ないから」と私を止めた。
「だってこの人、私に日本人じゃないだろうって言うんだもん! 『日本人はそんな風に怒らない』って!」
凹んでいた夫は、これに力が抜けたようで、面白そうにおじさんに言った。
「妻は日本人ですよ 笑」
するとおじさんは、
「妻? 娘じゃなくて?」
「‥‥妻です。一歳下の」
「はぁ?」
何か二人で笑っていた。
その後、旅行から帰って来て、また街に出る為にバスに乗った。新しい回数券を買って、あんな事がないように、気をつけて刻印を済ませていた。最初の停留所に着くと、またいた、検札二人。あのおじさんもいた。
ドイツでもバスや電車で検札は行われる。ICEや長距離の急行などでは、毎回必ずチケットの確認が行われる。しかしそれ以外、普通のバスや電車、地下鉄では、未だに一度もお目にかかった事はない。
これだけ毎日のように調べているなんて、いかにイタリアでは不正乗車が多いかがわかる。
そんな事を考えていたら、おじさんはこちらを向いた。私と目が合うと、満面の笑顔を浮かべて、
「マダム!」と手を振っている。
私はまだ怒っていたので無視を決め込んだ。
「イタリア人らしいなぁ。何かあっても、次に会えば『あっ知り合いだ ♪』ってあんな風にするんだな。
手を振ってやりなよ」と夫。私は、
「私、日本人だからさ、すぐに忘れるなんてできない!」とむくれる。
それから滞在中、何回もおじさんを見かけた。おじさんはその度に、「マダム!」と笑顔で手を振ってきたのだった。
—了—





[ドゥオーモとガレリア 写真解説]
実際にこの場に立つと、写真では到底伝えきれないほどの荘厳さと精緻な美しさに圧倒されます。
建物そのものが『生きている彫刻』のようで、時間のスケールさえも変わって感じるほど。
ドゥオーモ前広場からの撮影の構図にこだわるなら、広角レンズや魚眼レンズを使えばもっと壮大に撮れるそうで、武智倫太郎氏も『最近のスマホ、あなどれない』と話していらっしゃいました。
なお、この記事の続編となるイタリアの旅行記につきましては、実際に現地で耳にした『買い方の品格』にまつわる印象的なエピソードを、以下の記事にまとめています。あわせて是非ご覧ください。
イタリア人おじさんもちょっぴり登場しています😑
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