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最新号の準備をそろそろ始める頃合いだ

大学時代、テニス&スキーのサークルに入った。
春夏秋はテニス、冬はスキーにいそしむ、当時の王道サークルだ。

上は博士課程のおじさんも所属していたが、年齢に関係なく和気あいあいとしたサークルで、とくに20人ほどいた同期の仲のよさといったらなかった。

僕の通う大学はほぼ男子だったので、女子メンバーの多くは近隣のいくつかの女子大から参加していたが、短大生も多く、たった2年で同期の約半数が社会へ巣立っていった。
まだ学生を続ける呑気な僕らとの間に生じるギャップを埋めるため、さっそく同窓会が組織され、僕はその万年幹事となった。

メールもケータイもまだ一般的でない時代、活動の場が異なってしまった仲間を繋げる方法として、名簿を作ることにした。
名簿といっても単なる氏名、住所の表ではなく、1人1枚A4の紙に自由に書いてもらったものを綴じる、いわゆる会報のようなものだ。

近況をたっぷり書いてもらった原稿を回収し、人数分コピーして綴じる。
平綴じは安っぽくて嫌いなので、仕上がりの美しい中綴じは絶対。

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中綴じだと1枚の紙に裏表で計4人分の原稿が入るので、綴じたときに五十音順にするためにはどの4人をいっしょに印刷すればよいかが結構難しい。

そして表紙のイラストは、毎号僕がイラストを描いている。

第1号(1992年)

表紙に描いたのは、コンピューターの呪縛からの自由。
大学ではコンピューターばかり使うので、ほとほと嫌になっていたのだ。

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第2号(1993年)

就職を前に描いたのは、どんな雑音もものともせず貫くマイペース。

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レタリングが好きで、毎号フリーハンドで題字を描いている。
今でこそPCでフォントを選べばこの程度は簡単にできてしまうが、手描きで仕上げるにはそれなりの時間と根気を要した。

この年から、表紙とストーリーで繋がるイラストを裏表紙に描きはじめた。

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第3号(1994年)

京都で遷都1200年祭が開催された年だから、表紙も裏表紙も平安テイスト。

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第4号(1995年)

震災、サリン事件と重苦しいニュースに押しつぶされた年、森の中で優しい心を見つけたみたい。

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同期は今も15人ほどが互いに連絡を取り合い、4年に一度、冬のオリンピックの年に京都や大阪に集う。
初めは1泊キャンプに行ったりしたが、大人になった今は昼食会が精一杯。
全国に散らばったメンバーも、この時ばかりは都合をつけて参集する。
次は来年、感染症が収まっているといいのだけど。

名簿が皆を繋げていると信じて発行を続け、もはや僕の毎秋の恒例行事。
最新号の準備をそろそろ始める頃合いだ。
この名簿、今年ついに第30号を迎える。

(2021/9/16記)

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